飯テロ3回目
「わぁ……!」
――絶景、か……。
朝日が地平線の向こうから昇り、ハイラルの大地を優しく照らす。
あの後、満腹になった私達は台地にて野宿をし、翌日には台地から脱出することを実行していた。
ハイラル王がリンクに逝けと指し示した目的地――"カカリコ村"に向けて、野宿をするためのある程度の食材はこの台地で確保できたため、あとは台地から脱出するだけ……のはずなのだが……、
「えっと、料理人さんは大丈夫? この高さ」
――…………。
リンクに聞かれ、自身の眼下に広がる広大な大地を見下ろす。
この"始まりの台地"という地形は、台地とあるようにほかの平地よりも、台のように一段高くなっている。
それも一段というには相当な高さのこの台地は、岩壁の途中に雲がうっすらとかかるほどだ。
それこそ、ここから降りるには岩壁を伝って時間をかけながら降りていくか、それともリンクがハイラル王からもらった滑空道具――"パラセール"などのようなものでもない限り、この岩壁を降りることは不可能らしい。
だがまぁ……
――ふむ、この程度なら問題ないだろう。
「え? それってどういう――」
そうして私は空中へと足を踏み出した。
「――ことぉ!?」
何故か聞こえるリンクの叫びを背に、私は加速的に落下していく。
おぉ、自由落下というのは存外心地いいものだ。
走る時とはまた違う風の切り方、まるで重力の軛から解放されたかのような全能感にしばらく浸っていたが、そう長くは続かない。
まぁ、当たり前といえば当たり前である。
標高の高い名峰などではなく、ただの台地から身一つで飛び降りているだけだからだ。
持って数秒の自由落下を体験し、今か今かと迫っていた地面へと着地。
特に自身の体に負荷がかかることもなく、無事に着地できた。
――ふむ、良い準備運動になったな。
ありきたりな感想を言いつつ、辺りを見渡す。
ここに来る途中で何度も見てきた景色だが、朝日が昇っていることもあっていつもとはまた違う味わいがある。
これこそ目で味わう美食だ。こういったものもまたいいものである。
さてと、目的地に向けて出発し――
「い、いきなり飛び降りないでよ料理人さん! びっくりしたじゃん!」
空からパラセールを使って降下してきたリンクが何か怒りながら詰め寄ってくる。
――ん? あぁ、リンクか。遅かったじゃないか。あの程度飛び降りるのが基本だろう。
「その基本は絶対に基本じゃない!」
――解せぬ……。
パラセールを持ってない私は滑空することなどできないのだから、あの方法でしか降りることができないじゃないか。
そう思っている間にも私は歩みを進めて目的地へと向かっていく。
そんな私の後を説教しながらついていくリンク。
そんな風に少し奇妙な関係が私達の間に構成されていた。
「スゥ…………」
息を潜め、目線の先に見える獲物に狙いをつける。
目的の獲物は、今も悠々と川辺で水を飲んでいる鳥類――"アオバサギ"。
矢をつがえた弓の弦を引き絞り、集中を切らさないように――矢を放った。
「クエェッ!?」
「ッ、よし!」
ターンッという音と共に、獲物へと吸い込まれるように飛翔する矢は、サギの急所へと命中した。
突然の痛みで慌てるように羽をばたつかせるサギだったが、急所を突かれたことで満足に動くことができない。
そのことを確認したリンクは、すぐさま草むらから飛び出し、腰に提げてあった"とどめ用"のナイフを引き抜き、サギの首に突き刺した。
「ク、クエェ……」
「ごめんね。あなたに罪はないの。でも、私達が生きるためだから……ありがとう」
首元から抜けていく血と共に弱弱しくなっていくサギに、生きるための糧をもらったことへの感謝をしながら、リンクはナイフを鞘に納める。
魔物と戦っていた時には必死過ぎて実感が沸かなかった命を奪うということの重さ。
何気なく食べていた食事をとるのに、自分ではない誰かの命を奪うことをしなければならない。
だが、彼らのおかげで私達は今も生きているんだと、命の重みを噛みしめ、獲物を持ち帰ろうとする。
――……少しの間で随分と成長した。
「うわっ! な、なんだ料理人さんか……いきなり背後に出てこないでよ……」
――少し前から近くにはいたぞ? 集中しすぎて周りが見えてないのは少し改善しなければな。
「うぐっ、わ、分かってるよ……」
いつの間にか背後にいた料理人の姿に驚きながらも、以前のように大きく動揺することはなく、少しばかり慣れてきたようである。
――"超集中"。私のものと比べてまだ荒いところはあるが、それでも警戒心の強い野生の動物を仕留められるのは進歩だ。
「そうだね、これでもっと戦える」
――自信が付くのは良いことだが、まだ集中の持続が甘い。これからも精進するように。
「も、もうちょっと素直に褒めてくれてもいいのになぁ……」
――指導の手を甘くしてどうする? それに君自身、存外面白いと思っているだろう?
「……否定はしないけど」
――ならばこのままで行こう。いずれは厄災とやらに挑むのだからな。
「はーい……」
どこまでも評価の厳しい料理人に少し残念がりながら、リンクは料理人の後をついていく。
そんなリンクは、生い茂る草を踏みしめながらも全く足音を立てずに先を行く料理人には、人間かどうか疑わしいともはや何度目か分からない程度には思ってしまう。
ここ数日に渡って接してきた彼との関係は、形式上ではリンクが主人で料理人が従者であるが、対外的に見れば料理人が技を教える師匠で、リンクはそんな彼に教えを乞うている弟子といったものに収まっていた。
いつの間にか立場が逆転している気がしないでもないが、リンクとしてはこの関係に満足している。
口では不満を言っているものの、何故だか分からないがどこか安心感を覚えるような彼との関係に、リンクは穏やかな気持ちになっていたのだ。
もしかして、『昔』の自分はこういった誰かを求めていたのではないのか……
――『あ、リンク!』
……誰かの声が頭に響いた。
「っ……」
――? どうかしたかリンク?
「ううん……なんでもない……」
――……そうか、無理はしないように。まだ君の"超集中"は不完全だ。少しずつ慣らしていこう。
「ありがとう料理人さん……」
痛む頭を押さえながらも、リンクは歩みを止めることはない。
そうだ、まだ旅は始まったばかり。
これから思い出していけばいいのだから……。
――さて、早速調理を行うとしよう。
「うん、今日もお願いします料理人さん」
少し不調のようだったがなんでもないと言うリンクと共に、"ノッケ川"近くの森に設置した野営地点に戻ってきた。
今回の成果は、リンクが仕留めた"アオバサギ"から獲れた"トリ肉"、それと私の方で集めていた"ハイラル草"を含めた野草に、野営地点付近の森で採取した"ハイラルダケ"だ。
「今日は何を作るの? トリ肉と野草にキノコ……どんな料理になるんだろ……」
――今回は以前までのような現地で手に入れた食材だけで調理をするのではなく、少しだけため込んでいた食材を使っていく。
「それって、お魚とか使うの?」
――バスはとある料理に調理中だ。我慢しなさい。
「うぐっ……」
以前ふるまった"バスの香草塩焼き"を思い出したのか、涎を垂らしながら問うてくるリンクにそれはないと断言する。
確かに美味かったがまだ改善の余地はあるので、もう少し待っていてくれと言いたいが気持ちは分かる。
だが駄目だ。
ちなみに、"始まりの台地"で獲ったバスはまだ残っているが、こちらは明日の朝食及び昼食に使うため、とある調理方法を行っている最中だ。
こちらに関しても美味いと断言できるが、今日の献立には加えない。
その代わりに、台地で採れた"あるもの"を使っていこうと思う。
――今日使っていくのはこれだ。
「これって……ポカポカ草の実? なんか乾いてる……でも、この前、生で食べたときは結構辛かったけど、これを使うの?」
――あぁ。……というか、君はこれを生で食べたのか……。
「な、何なのその目……」
――……こういったものにはもう少し考えてから手を出しなさい……。
「……お腹減ってたから仕方ないじゃん……」
――はぁ……。
そんな掛け合いをしつつも、私は荷袋から例の物を取り出していく。
それが"ポカポカ草の実"。
気温の低い寒冷地帯に多く生息しており、見た目は赤一色の小ぶりな果実である。
一見すれば"イチゴ"のようにも見えるが、前の世界で近いものに例えるなら……"トウガラシ"だ。
「"
基本的には「香辛料」として使われ、"麻婆豆腐"や"担々麺"など様々な料理に使われている。
そんな食材と類似しているのがこの"ポカポカ草の実"だ。
生息する環境こそ違うものの、調理する際の用途としては"トウガラシ"とほぼ遜色ない。
そのまま料理のアクセントとして加えるもよし、乾燥させて後入れの調味料にするもよし、はたまた旅をするための保存食を作るために使っても良し、かなり優秀な食材と言えるだろう。
そんな食材と、もう二つ事前に手に入れていた食材を使って"トリ肉"などを調理していく。
――これだ。
「"岩塩"と……これって……?」
――"ヤギのバター"だ。
「バター……なんなのそれ……?」
――これも覚えていないか……まぁいい。バターというのはだね……
「"バター"」……牛乳などから分離したクリームを練って固めた食品。
主な成分は「脂肪」であり、それ以外にも各種ビタミン、栄養素を豊富に含んでいる乳製品の一種。
前の世界では牛乳を加工したものが多かったが、このハイラルでは主にヤギの乳を使って作られているようだ。
バターの用途は多岐にわたり、魚を使った"ムニエル"、小麦粉や卵などと共に使えば"ケーキ"……などなど、美味い料理を作るためには欠かせない食材である。
今回取り出したバターは"ハテノ村"と呼ばれる集落の商店で購入したものだ。
質も味も良好。今回の食材として不足無し。
――そんなバターを今回は使っていく。
「おぉ……何かすごいものができそう! で、どんなのを作るの?」
――今回は"トリ肉"の方を"チキンソテー"に。キノコと野草を"バター焼き"にしていく。流石に長旅が続きそうだからな……今のうちにエネルギーを採っておいた方が良いだろう。それでは席について待っていると良い。
「はーい」
私の言葉に間延びした声で答えたリンクは、即席で作っておいた切り株の椅子に座った。
そんな彼女の様子を尻目に、私は調理に取り掛かる。
まず最初に手に付けるのは"ハイラル草"と"ハイラルダケ"だ。
これを使って「副菜」を作っていこうと思う。
名前はそうだな……無難に"キノコと野草のバター焼き"でいこうか。
バターを焚火の上に設置したフライパンに乗せて溶かしながら、手始めに"ハイラル草"をざっと水洗いし、根っこを取って等間隔に切っていく。
大きな葉を持たない丈の高い野草ということで前回は燻製をするかのように使ったが、今回は"ハイラル草"自体を食していくので、食べやすくするために切っていくのがポイントだ。
今回使用しない根っこに関しては、またいずれ使い道があるようにと保存しておく。
よし、等間隔に切れたな。これならフォークでも食べやすいだろう。
さて、続いては"ハイラルダケ"だ。
今回手に入れられた"ハイラルダケ"は、台地で育っていたものと比べて少し小さい。
だがそれでも拳大の大きさはあるので、食い応えは抜群だろう。
まず柄の根元にある石づきを包丁で切り取り、柄とカサを手で裂いて分けていく。
柄の部分は繊維が太く、なかなか食べる人はいないがこれが存外美味い。
大地の力強ささえ感じる歯ごたえは、いつも私の心を喜ばせてくれる。
だが、流石にこのままでは食べにくいので繊維に沿って裂いていく。
おっとカサの方も忘れずに裂いておかねば。
カサの方も栄養が集中する部位であるため、当たり前のように美味い。
前回の串焼きの時には串を刺してそのまま火を通していたが、今回はバター焼きを作るために小さく裂いていく。
こうすることによってバターの油分を吸って美味くなるからだ。
よし、これで大丈夫だろう。
先にバターを溶かしておいたフライパンの上に先に"ハイラル草"とキノコを投下。
ジュワァアアア……という音を立てて火が通っていく様子を見つつ、次の調理を開始させる。
今日の主菜となる"トリ肉"をまな板に出す。
先程も言った通り、今回はチキンソテーを作っていく。
しかし、ただのチキンソテーではない。
"ポカポカ草の実"を調味料にした"ピリカラチキンソテー"を作っていくのだ。
まず軽い処理をしていた"トリ肉"に包丁を入れ、大きな塊であった肉を開いていく。
おぉ、思っていた以上に脂身が少ないな。これは期待できそうだ。
脂身が少ないことで、これだけならとてもあっさりした肉となるのだが、今回はどっしりとしたバターを使っていくので味のボリューム感に関しては問題ない。
さて、切り分けることができた。次は味付けだ。
前回も使っていた"岩塩"を、暇がある時に抽出することで入手した純粋な塩を"トリ肉"に振りかけつつ、乾燥させていた"ポカポカ草の実"を「ペッパーミル」と呼ばれる道具で粉砕し、塩と同様に振りかけていく。
……よし、丁度良く副菜が焼きあがった。
副菜を皿によそい、空いたフライパンに追加のバターを投下。
溶け切ったバターの上に味付けをした"トリ肉"を置き、上から木べらで押し付ける。
こうすることで表面がパリパリに焼き上がり、食感にアクセントが生まれるのだ。
それから数分後、主菜が焼きあがり、待ちに待った食事の時間が来たのである。
「お、おぉ……! 美味しそう……!」
――……うむ、良い焼き上がりだ。
そして出来上がった今日の献立。
"ピリカラチキンソテー"と"キノコと野草のバター焼き"だ。
「いただきます!」
――いただきます。
湯気を立てて皿に置かれている今回の食事を前に、私達二人は涎が垂れそうになっていた。
こんがりと焼けた"トリ肉"のソテーに、バターの濃厚な香りが漂うキノコと野草のバター焼き。
旅の一品としてはとても素晴らしいものだ。
おっと、語っている場合ではない。冷める前にいただかねば。
荷袋から出しておいたフォーク、それとナイフでチキンソテーを一口大に切り取り齧り付く。
「………………………………美味しぃ~………………」
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………美味い。
次々に切っていき矢継ぎ早に口に運んでいく。
バターによって濃厚な味が付け加えられており、あっさりするはずだった食事が豊かになった。
表面をカリカリに仕上げたことで食感にも飽きが来ず、思わずチキンソテーの無くなる速度が速くなってしまう。
おっと、キノコと野草のバター焼きも食べていかねば。
シャキッとした音を立ててフォークに突き刺した野草とキノコを口に運んだ。
………………………………………………………………美味い。やはり美味い。
それほど味付けをしていないというのにとてつもない満足感だ。
これを野外で食べられてもいいのだろうか……そう思ってしまうがこれを味わえるのは私達だけの特権ということで許してもらおう。
「今日も美味しかったね料理人さん!」
――うむ、明日も引き続きカカリコ村を目指して行こう。
数分程度で食べ終えた私達は明日の予定を話し合いながら野営を続けていくのであった。