Area50 ──50番目の未踏領域──   作:MIKKA

2 / 4
(2)小屋の中の棺桶

 

 

「希望とも言ってられないぞ……三十人のうち七人と逸れたのだからな」

 

 思い詰めるサンドラに対し、男の隊員たちが次々と彼女を勇気付ける。

 

「気を落とさないでください、殿下。俺ら、入隊するときに誓約書を書いたじゃないですか。「全てを賭してリシャレアの苦境を打破する」って」

 

「そうですよ。あいつらだって、こういうことを覚悟の上だった筈です。あいつらが生きてたとして僕らに望むのは、この出来事を宮殿へと持ち帰ることであって、逸れた自分らを探しに戻ることじゃない!」

 

「それに、きっとしぶとく生きてますよ。あの風は軽々と僕らを持ちあげたけれど、俺みたいに何人かは振り解くことができてここにいる。レーナさんのように怪我をしている者もいるが、殆ど切り傷で大したものじゃない」

 

「そう楽観できるものだろうか?」

 サンドラはなおも不安だった。

 彼女は続ける。

 

「皆、風と言っているが、わたしにはのほかに魚の群れも見えたんだぞ。さっきのあれが風なのか、魚なのかすらわかっていないのに、気を落とさないなんて不可能だ」

「獣……? 殿下、魚だけでなく獣も見えていたのですか? 」

 

 問いただしたのはレーナだった。

 サンドラはまた茶化されているのかとも一瞬思ったが、出発前とは違い彼女の様子はいたって真面目である。

 

「……そうだ。どうやらわたしだけのようだが。……獣か魚、どちらでも良い。わたし以外に見えた者はいるか?」

 

 王女の問いには、一人も手を挙げなかった。

 

「うむ……これはわたしが王族だからなのか、それとも他に理由があるのか……。追々考えるとして……」

 

 サンドラは一呼吸おいて言った。

「……レーナ。一体ここはどこなんだ?」

 

 周りには無数の木々。

 人の痕跡はない。

 森の奥深くまで迷い込んでしまったのだろうか。

 

「風から逃げてて必死でしたからね……日も雲に遮られて影ができないし、特定には時間がかかりそうです。殿下、ここは一息つくのが賢明かと」

 

 提案を受け入れるサンドラ。

「そうだな。皆もそれで良いか?」

 

 他の隊員達にも確認したが異論はなかった。

 空はいつの間にか分厚い雲に覆われていて、太陽の位置がどこにあるかもわからない程だった。

 

 

 *

 

 レーナの提案により冒険隊はしばし足を止めることになった。

 王女らは凍えてきた体に冬用の装備を羽織ったあとで、負傷者の手当てと補給、状況の記録、地質の調査など各自の作業に努めていた。

 

 それらがひと段落つく頃になって再び太陽が顔を出し、隊員の一人が王女に声をかけた。

 

現在地が判明しました。我々はどうやら……入った所と反対側、森の出口のほど近くまで来てしまったようです」

「驚いた。でも必死だったものね」

「ええ、調査を予定していた地点のうち、既に六つも通過してしまいましたし」

 

 王女たちは獣から逃げる際に普段の何倍もの速度で、途中休まることもなく移動してきており、森の縦断があと少しの所まで来てしまっていた。

 つまり少し先には緑の霧の壁、即ち「エリア50」がある

 隊員は王女にこの先の行動を問う。

 

「王女──今後の進路はどうなされますか。来た道を戻るか、出口へ急ぐか」

「……今の私たちに夜明け前の戦力はない。ここは、急ぎ来た道を戻りましょう」

 

 王女の一言により隊は再び進みだす。

 しばらく進んだ先で、木々の繁った斜面のその先に何かが垣間見えるのに何人かの隊員が気づいた。

 王女も気付き、詳細を問う。

 

「あの小屋はなんだ」

「それが……地図に無いようです」

「なんだって」

 

 一見古い見た目の小屋だが、地図への記載が無い。

 

「進路を変更して、少し寄り道しましょう」

 

 不思議に感じた王女は、小屋を目指して隊を進めていくことにした。

 

 

 

 

 小屋に辿り着いた隊員達は調査のため玄関扉の前に立つ。

 戸を叩き、何度か呼びかけるものの応答はない。

 人は住んでいないらしかった。

 

(ただの記載漏れ、ただの空き家ならいいのだけど……)

 

 サンドラは意を決すると、小屋に立ち入る隊員を指名した。

 

「小屋の中はこの四名と調査する。残りはこの場所にて警戒しつつ待機せよ」

 

 それぞれ戦闘学、考古学、医学、文化学を専門とする博識な隊員達だ。

 四人は大荷物を背負う。

 王女のみ、かばんを他の隊員に持たせて手ぶらになろうとするが。

 

「わたしが代わりに持つよ!」

 

 そう買って出たのはレーナだった。

 

殿下、わたしもついていきます。殿下が大発見をなされる際に、側に立ってしみじみと感傷に浸るのがわたしの夢なのです」

大発見ってそう簡単に言うがな……レーナ。もしこの小屋にがいて、二人とも倒れたら残りの隊は誰が指揮を執る」

「そんなこと起きっこないって。見た感じこの小屋凄く古いし、長い間放置されてきた様子だよ。……それに、何かあったときに貴方に触れて良いの、私だけでしょう?」

「……そうだな……。六人で行こう」

 

 サンドラは折れたのだった。

 

 *

 

 

 六人のうちの一人、戦闘学を修めた男が小屋の扉を開くと残りも続いた。

 どうやら、中は木造の多室住居のようで中はしんと静寂に包まれていた。

 だが、油断は禁物である。

 

(誰かいたりしない……よね?)

 

 王女たちは思わぬ敵との遭遇にも警戒しつつ、部屋の様子を一つずつ確認していく。

 そしてまたひとつ部屋の扉を開けたとき、一同は驚きの声をあげた。

 

 書斎になっていたその部屋。

 窓が布で覆われ、外の光が遮断されているので、薄暗い。

 中には、無数の画と書が四方余すことなく飾られていた。

 王女はすぐに考古学を得意とする隊員を指名し、画と書の調査にあたらせる。

 程なくして、十三年前リシャレアじゅうに名を馳せたあの冒険家、エンシオ=アウノラについての著作であるとわかり、隊員たちはさらに驚いた。

 

「まさかアウノラ直筆の書が見つかるなんて」

「早まるな。断定するにはまだ早い」

「大発見ですね、これ」

「レーナお前までも……少し落ち着かせてくれ」

「いま、凄く嬉しいですよね? 顔が綻んでますよ」

「き、気のせいじゃないか……? ははは」

 

 隊員たちに対し王女は平静を装ったが、内心喜びも感じていることは表情が物語っていた。

 絵や書はいずれも彼が最後に目撃された十三年前までのものであり、時折提唱されてきた死亡説などは覆らないものの。

 伝説的扱いの冒険家であるアウノラの生きた証を新たに発見したことは極めて偉大な成果だ。

 一行は冷静にと努めつつも、心の底では気分が高揚していた。

 

 

 

 その後も次々と部屋を確認していく。

 最後に残った部屋の扉の取っ手に触れて、王女は驚いた。

 

「わっ」

「どうなされました?」

「取っ手が熱くてな……いや火傷するほどではないが」

 

 王女はすかさず服からハンカチを出し、再び取っ手の温度を確かめる。

「ほのかに温かい程度か……しかしなんだこれは……」

 

「大発見では?」

「んな大袈裟な……」

 

 レーナに茶化されつつ、サンドラは熱された取手をハンカチで包んで持って、扉を開けた。

 そこは、まるで暖炉がそこにあるかのような熱のこもった部屋。

 それより眼前の光景に驚かされた。

 

「ありえない」

 

 ──部屋の中央に、謎の、大きな黒い棺桶のようなものが僅かに宙に浮かんでいたのだ。

 王女たちは二度見して驚く。

 そこには確かに、木の床との間に掌一個分の僅かな隙間が存在しているのだ。

 

 さらに不思議なことに、この棺桶のようなものにはどこにも継ぎ目がなく、不気味に、超自然的に滑らかだった。

 これらの技術は王女の知る限りこの世界の文明水準ではありえない。常識ではありえない光景であった。

 

 そして、その棺桶らしきものの上には、黒く輝く宝石がゆっくり時計回りに横回転しながら浮かんでいる。

 石の中には見慣れない古い文字が浮かんでいる。

 宙に浮かぶ怪しげな石。

 王女はこの石に見覚えがあった。

 

「あれは──夢見石だな」

 

 夢見石。

 その黒い石は、王族のみが触れることを許されてきた神聖な石として知られる。

 ただし残存する数は少なく、王女であるサンドラにとっても未だ触ったことのない石だった。

 

 レーナがサンドラにまたも問う。

 

「……大発見では?」

 

「うむ……これだけ続けば認めざるを得ないな。不確実なうちから喜びたくなかったんだが」

「凄く嬉しそうだね。サンドラの幸せな様子が見れて、やっと報われて、わたし、わたし……」

 

 さっきまで茶目っ気たっぷりだったレーナはいつのまにか涙を流し泣き崩れてしまった。

 

 「お、おい泣くな……こういう時どう対処すれば良いか分からぬのだ。教えてくれ、学者の皆」

 

 そう言っても4人の研究者達は首を振るばかりだ。

 

 「あああもう。泣くのはまだ早いんだレーナ。わたしの思い描いてた大発見てのはだな、見つけた後で検証して詳細を知るところまで含めての話なんだ。わたしの大発見の一部始終を見たくないのか?」

 

「み……見たいですぅ」

「分かったら泣くのをやめるんだ。今涙を拭いてあげるから」

 

 サンドラはそう言うと再びハンカチを出し、涙まみれのレーナに押し当てようとするが。

 次の瞬間レーナは大声で騒いだ。

 

「あ゛っつ゛っっっ!」

「ごめん! これはさっき使ったやつだったな」

 

「泣き崩れる乙女にしてあげる対処がそれか! 酷いよ! サンドラ! 酷いよ! 」

 

「本当にすまなかった。悪かったって! 誰かわたしの水筒を」

 

 王女が命ずると、隊員の一人はレーナが持っていたサンドラのかばんから水筒を出した。

 

 サンドラは水筒を受け取るとすかさず中身をレーナの顔に流した。

 

「どうだ、これで涙も熱も元通りだろ」

 

「対処が荒い! 対処が荒いよサンドラちゃん! 」

 

 レーナの顔面はびっしゃびしゃに濡れてしまった。

 

 「誰かタオル、タオルを……」

 

そう叫ぶレーナに、サンドラは慌ててタオルを差し出す。

 

 レーナはタオルを押し当てられて一言。

 

「小さい時はわたしが拭いてあげてたのにぃぃ……」

 

「わたしが成長した証だな!」

 胸を張るサンドラに、レーナはすかさず突っ込む。

 

「あなたはちっとも変わってないですよ…….」

 

 *

 

 一行は気を取り直すと、部屋の暑さを再確認した。

「水分補給としようか」

 冷えた水は皆の乾いた喉を潤した。

 

 

 各自が補給を終えた後で、王女は別の隊員の名前を叫び、命令した。

 

「軍手のままでいい、棺桶の表面を触れ」

「はっ」

 

 

 ──彼女の命令的な態度は、外面を取り繕うことで素の穏やかな性格を隠すという意味合いを持っていた。

 権力の中枢で生きる中で、優しさにつけ込まれないために身につけた処世術だ。

 とは言っても、もはや素など曝け出しまくっていたのだが。

 

 

 命令を受けた隊員は軍用手袋をはめたまま、宙に浮かんでいる黒い棺桶の表面を触れた。

 ふわっとした滑らかな感触と共に、彼の手袋はたちまち黒く焦げ出す。

 

「熱っ!」

「すまない、ご苦労だったな」

 

 王女はまだ半分ほど残っていた水筒の中身を少し注いでやり、隊員の手を冷やした。

 水は大部分が蒸発し水蒸気に変わった。

 それほどまでに棺桶は熱されていたのだ。

 王女は続いて、水筒の水を棺桶本体にも注いだ。

 しかし棺桶上部にかかった水はあっという間にプシューと蒸発していき、見る影もなくなった。

 この小屋がもつ熱の源は、この棺桶で間違いなかった。

 彼女はその上を浮かぶ夢見石を一目見ると、隊員たちへと告げた。

 

 

「呪文を試す。みな、しばし入口の外で待っていてくれないか」

「はっ。仰せのままに」

 

 ──あの黒い棺桶のようなものは、夢見石によって制御されているはずだ──

 サンドラはそう直感したのだ。

 予想がついたならば検証あるのみ。

 

「わたしは、どうすれば良いかな?」

 

「決まってるだろ。レーナは、ここで見届けてくれ」

 

「その一言を躊躇なく言ってくださる日が来るなんて。成長しましたね、殿下」

 

「う、うるさいっ。それと、また泣き出すんじゃないぞ!」

 

 彼女は、帯同してきていた隊員たちのうちレーナ以外を、小屋の外で待つ他の隊員たちと共に待機させ、その間に呪文の詠唱を試みることにした。

 夢見石は王族の詠唱にのみ反応し、石に仕組まれていた〈役目〉を発動するようにできている。

 この神聖な儀式は王家の血筋の者たちのみ行えるものであるほか、資格を持たない者に様子を見られたり聞かれたりされてはならなかった。

 ただし、サンドラ王女のほかに唯一レーナだけは儀式に帯同しても良い資格を持っていた。

 彼女はサンドラの幼馴染であり、サンドラへの貢献が国にも評価された結果儀式に立ち会う資格を獲得していた。

 

 

 〈役目〉は石の中に光る古い文字が示しているが、画数が多く王女ですら読み解けなかった。

 画数は、多いほど複雑な〈役目〉を背負っていることを意味する。

 どんな〈役目〉を背負うかわからない夢見石を発動させることは本来は極めて危険である。

 しかし、この小屋には勇者エンシオ=アウノラにまつわる画や書が飾られていた。

 棺桶の中にはアウノラ本人が眠っている可能性すらあるのだ。

 彼にまつわる事柄なら自分が一番に見つけ出したい、という思いをサンドラは持っていた。

 

 

 

 

 王女とレーナを残すほかは誰もいなくなり、しんと静まり返る室内。

 部屋の隅の床にたった一つ置かれているのは隊員の残した王女のかばんだ。

 サンドラはその近くに水筒を置き、手袋も外したあとで再び、棺桶と思しき何かを緊張しながら見つめた。

 

「大丈夫だよ、わたしが見てるもの」

 

 王女の緊張を、見つめるレーナが和らげてくれる。

 サンドラは、石に触れる決心がついたようだ。

 

(この中に眠るのは伝説の冒険家か、あるいは……)

 

 棺桶の上を浮かぶ夢見石に手を伸ばすと、石は彼女の手のすれすれまで近付いていった。

 石と手が近づくと、手がだんだんほのかな温かみを感じていくのがわかる──石はおだやかな熱を持っているらしい。

 

 だが石は表面にわずかな反発力を有しており少女の手に完全に触れることはなかった。

 伸ばしていた手には代わりに、圧縮した空気の塊に触れたような感触が持たらされている。

 

 直後、夢見石はゆっくりと反時計回りに回転し始め、回転の速さは次第に加速していった。

 王女の手にも回転によるエネルギーが感覚として伝わってくる。

 石はやがて、与える感触はそのままに王女の手を離れると、さらに高い位置へと上昇していった。

 その後、天井にほど近いところで上昇を終えてとどまり、高速回転と共にくすんだ桃色の禍々しい光線を四方八方へと放ち出した。

 王女はそれに驚きつつも目を瞑って何やら呟きはじめる。

 

 

「────―! ────────!」

 

 詠唱の際に用いるのは現代の言葉ではなく王家に伝わる古い言葉だ。

 サンドラ王女は、幼い頃に王宮で教わった通りに丹精込めて呪文を読み上げていく。

 目を瞑っていても、王女の瞼には石から放たれる桃色の光線の眩しさが感じ取れていた。

 

(!!)

 

 全てを読み上げたその瞬間、夢見石から鈍く甲高い音が鳴った。

 光線を放つのをやめ、空気の塊のような感触も消えてなくなる。

 ほのかな暖かさも一瞬にして消え、直後にはコツンと音を立てて床に落下した。

 つまるところ役目を終えたらしい。

 

 王女は音を聞いたあとで目を開いて、石が落ちたのを確認した。

 音がしたと同時に棺桶も熱を発さなくなったらしく、辺りは急激に涼しくなりはじめた。

 空気中の水蒸気が冷やされたのか、表面には結露が付着していた。

 

 石が落ちると同時に、棺桶がわずかな音を立てていた。

 棺桶の表面には、はっきりと継ぎ目が現れ蓋が視認できるようになった。

 蓋は漆黒の煙を噴き出しながらゆっくりとオートマティックに開いていった。

 

 棺桶の中は、ベッドになっていた。

 漆黒の煙は絶えず噴出している。

 だんだん冷えていく部屋の中で、王女は煙を吸わないように鼻先を手首で覆いながら、中を覗き込む。

 

 

 ──そこには上半身裸の少年が横たわっていた。

 







 世界の情報
 2. 夢見石

 別名「願い石」。
 黒く輝く宝石。

 王族だけが触れることを許されている。
 国中に点在し、それぞれ固有の役目を背負っている。
 役目は古の文字で記される。
 古の文字は石の中央に浮かび上がっている。
 文字の画数が多いほど役目は複雑である。
 呪文を詠唱すると、記された役目が発動する。
 王族は代々呪文を受け継いでいる。
 呪文は門外不出のため、資格を持たない者が詠唱に立ち会うことは禁止されている。
 なお、役目を果たすと文字は消失する。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。