私が望むとき、仮面ライダーは蘇る 作:妄想作家
沈んでいた意識が浮上する。まるで空を飛んでいるかのような浮遊感と、不安になりそうなほどの多幸感に包まれながら私は起き上がった。
「……知らない、天井だ」
愛しい後輩の言葉を借りるなら、どこか分からないがプレハブ小屋でそれはもう安らかにレムレムしていたようだ。
「私は、どうしてこんなところに……? また監獄みたいなところに来ちゃった?」
最後の記憶を振り返る。今日は確か…そうだ、カルデアの技術の粋を集めて作られた魔術礼装「決戦礼装」のメンテナンスの日だった。カドックからの座学とスパルタ直伝のトレーニングのあと、ダ・ヴィンチちゃんに依頼したんだ。その後は、 魔術礼装「カルデア」に袖を通して自室で休息を取っていたはずだ。
その時、カルデアの通信機が受信音を鳴らした。
「もしかして、マシュ! ダ・ヴィンチちゃん! 聞こえますか!」
しかし、返ってくるのはノイズだけであった。
パスの感覚がないことから、一人でこの特異点と思しき世界に迷い込んだという想定で動くことにする。
とにかく、プレハブ小屋から出ようとドアを開けると、酷く懐かしい光景が広がる。
それは日本だった。光を反射して輝いているガラス張りのビルの並びと、アスファルトで綺麗に舗装された道路。
無機質でいて人の暮らしを感じさせるその光景に安心感を覚えるとともに、酷く不気味だった。
なぜなら、人間がどこにもいないのだ。車の往来はなく、通りを歩いてもすれ違うことはない。
信号機は誰も渡らない横断歩道のために点滅している。
街を探索する中で、顔のないマスクの集団に襲われた私は、右も左もわからない特異点の街を逃げ回る。
大量発生型相変異バッタオーグと呼ばれる黒い仮面の怪人に襲われている中、首領と自称する姿なき声が私に向けて楽しそうに説明してくる。彼らの名は「SHOCKER」と呼ばれるらしい。今の私にとって、命より大事な話はなく、名前しか認識する暇はなかったが、ビルの間に隠れ、今もこうして歩道橋の陰に身を潜めていると嫌でもその声が耳に入ってしまう。
バッタというのは、群体としての側面と個体としての側面の二面性がある。
聖書にも語られる蝗害は、群体としての側面の象徴であり、群れることで狂暴化するのだ。
奴らは、そんな群体としての側面を人間の体に落とし込み、意のままに操れるように改造した兵士であるという。量産型ライダーと呼ばれるのは、その群体の性質か、それとも代わりはいくらでも作れるという皮肉なのだろうか。
そして、逃走劇が始まってから2時間が経った。
サーヴァントの助けもなし、カルデアに来たばかりの頃に身に纏っていた礼装の魔術を駆使してなんとか逃げ回っていたが、ついにバイクで囲まれてしまった。
辛うじて動いている所持品の一つである通信機からは、同じく迷い込んでいたカドックもオーグを名乗る怪人たちから襲われ今現在も逃走しているということだけ。
このまま死を待つばかりの私は、一つの可能性に賭けた。
それは、戦闘中の緊急召喚。
こうして囲まれている状況で行使するには最悪の一手。
悟られた瞬間、私を囲んだ連中はハンドルを切り私を轢き殺すかもしれない。悟られなかったとしても、英霊が応えるまでタイムラグがどうしても生じてしまう。
だが、やるしかない。
いつだって万全なときなんてなかったし、先の総力戦に比べれば可愛いものだ。
だから、私は賭けた。今この瞬間を生きるために。
「────告げる」
バイクを走らせていたバッタオーグが、こちらの動きに気づく。
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に!」
ハンドルを切り、こちらに前輪を振り上げた。
「聖杯の寄るべに従い、人理の轍より応えよ!」
英霊達との訓練がなければそのままタイヤにすり潰されていた。鍛えられた動体視力と回避スキルによって、もう一節詠唱の時間を作る。
「汝、星見の言霊を、纏う! 七天!」
これまでの旅で培われてきた直感と反射でバイクの中をすり抜ける。
「降し、降し……!」
あと一歩のところで、奴らはその鋭い手を伸ばしてくる。
「裁、き、たま……え……!」
伸びてきた手に気を取られていた私は、もう一方の魔の手に気づけなかった。
後ろから羽交い締めにされたことで、他のバッタオーグの真っ黒な手が再び迫る。
その狙いは、私の喉だ。
立香が今何かをしようとしているのはわかっても、それが何を目的とした行動かわからないバッタオーグたちは、手っ取り早くその詠唱を中断させると同時に彼女の命を刈り取ることを選択した。
「ぐっ……! ッが……ッ……!」
徐々に力が込められる度に、視界が霞む。
段々意識が朦朧としてくる。視界が酸欠によりもうまともに見えなくなり、意識が途切れようとしている。
『君にはまだ、使命がある』
その時、声が聞こえた。優しさと力強さを感じる。何者にも屈しないという強い意思を感じさせる声が、彼女の耳に聞こえた。
『ここで死ぬには、君はまだ道半ばだ』
耳に届いているわけじゃなく、魂に響いてくるような声。それを聞いて、今にも堕ちそうな意識を気合で無理やり繋ぐ。
そうだ、私はこんなところで死ねない。
『諦めてはいけない。何が何でも、君は君の使命を、やり遂げるんだ』
こんなところで、諦めてちゃダメだ。
自分の首を掴むバッタオーグの腕に、自らの手を掛け少しでも息を吸えるように最後の力で藻掻く。
『思い出せ、君の望みを。声だけじゃない、心で叫ぶんだ』
私の望み。ふとそれは何だと考えようとしたとき、私の脳裏には旅の中で出会ったみんなの顔が思い浮かんだ。旅の中で出会った友達。カルデアの仲間たち。助けてくれるサーヴァントのみんな。そして……。
あぁ、そうだ。負けてられない。そうだ、こんなところで……こんなところで負けてちゃ、大統領にも、ドクターにも顔向けできない!
それに、大切な後輩、マシュに、胸を張ってただいまが言えない!
『俺たちの名を、君はもうわかるはずだ』
彼女の脳裏にシルエットが浮かぶ。ほとんど影で分からないが、バッタオーグに近しいシルエットであることはわかった。しかし、大量発生型相変異バッタオーグと呼ばれる黒仮面の怪人の恐ろしさは感じない。
それに、立香の中に一つの名前が浮かんできた。バッタオーグなんて刺々しさを感じる無機質な名前ではない。誰かの純粋な思いが込められた名前が。それは生まれてきて初めて初めて聞く響きだが、間違いない。これが今呼ぶべき名だと、確信があった。
「き、て……!」
体に残った最後の力を振り絞り、その名を呼ぶ。
「来てッ! 仮面ライダーッ!」
そして、風が巻き起こる。立香を中心に吹き荒れた風は囲んでいたバッタオーグたちを吹き飛ばした。
立香の決死の召喚は成功したが、召喚した当の本人である立香にも、状況が把握できていない。
一つわかるのは、今眼の前に立っているのは、私の呼び声に答えてくれたサーヴァントということだけだ。
それでは、彼女は、何を呼んだのか?
「何やら声が聞こえたが、お嬢ちゃんか?」
彼女は、誰を呼び出せたのか?
「んーーーー、俺の頭に何故か入っているサーヴァントととやらの知識、周りを取り囲むオーグたち。そして、目の前にはボロボロのお嬢ちゃん。どうやら、厄介なことに巻き込まれたらしいな」
そう言って、彼は私の方を向いた。
黒いトレンチコートから覗く胸部装甲に年季の入ったグローブ。
古代の英雄ではない、近代的な衣装だ。服装からは自分の住んでいた時代と同一のものであるように見える。
立香の方を振り向いた男は、優しげな眼差しから一転、周りのバッタオーグを鋭い目つきで見渡す。獲物を見つめる鷹のような攻撃性を宿した瞳。
「サーヴァントというのは初めての経験だが、なんとまぁ、奴さんの顔触れは変わらないな。まるで同窓会だ」
彼の口調には優しさと気さくさが感じ取れる、まるで近所に住んでいるお兄さんといった感じだ。
脇に抱えたヘルメットを見た彼は、何かを言いかけたが、躊躇うようにまたバッタオーグへ視線を戻す。
そしてコートを翻し、腰についたベルトを見せた。
「そのベルトは……貴様!」
バッタオーグはそれを見て狼狽え、信じがたいものを見たと言わんばかりに声を漏らす。私が呼び出した彼のベルトは、バッタオーグの着けているものと酷似しているが、見た目からわかる完成度という点でバッタオーグのほうが著しく低いように見える。
脇に抱えていたヘルメットを被り彼は構えを取る。
ベルトの中央についたシャッターが開き、風車が回転する。
「安心しな、お嬢ちゃん。たかが量産型なんかに遅れはとらないさ」
風が、ベルトに集まっていく。甲高い回転音と共に彼の胸部装甲とベルトからは光が漏れ出ている。
「それではお見せしよう」
ヘルメットが表裏が裏返るように変形して、マスクとなる。
『変身』
両腕を体の右側へと流し構えを取った彼の仮面の目が、赤く点灯する。
これが、私と仮面ライダーの出会いだ。
なにか思いついたら、続きか、また別の形で投稿します。
読んでくれてありがとう。