ゴブリンスレイヤー×プレデター ~The invisible Hunter~ 作:まるっぷ
鉱人道士が呼び出した雨雲が消える頃。
先程までの大火は嘘のように鎮まり、夜の森は月明かりが照らし出す奇妙な静謐さに包まれていた。
動物も虫も、植物さえも沈黙するような無音。それは暗闇にその身を溶かした、見えざる
そんな狩人を出迎える者が、一人。
薄汚れた革鎧に、安っぽい鉄兜。腕には小振りな円盾を括り付け、腰には中途半端な長剣。
月を背に立つ、ゴブリンスレイヤーである。
「……来たか」
「GOUARR……!」
ゴブリンスレイヤーは静かに息を吐き、前を見据える。
長年の小鬼退治の勘、などという不確かなものではない。
月を背に立つ彼の眼には、微かに歪んだ輪郭を浮かび上がらせた狩人の姿が映っている。今も滴る緑色の血も、その一助となっていた。
対する狩人の視界は鮮やか。いくら鎧に身を包んでいるとはいえ、装甲の薄い箇所、吐き出す息がもたらす熱は、ゴブリンスレイヤーの姿を明確に暴いている。
互いが互いの姿を認識できている。かといって、条件は
蜥蜴僧侶を片手で持ち上げる膂力。加えて、四方世界において見た事も聞いた事もないような武装を複数所持している。負傷を加味しても、やはりゴブリンスレイヤーの方が分が悪い。
しかし。
己が武装を奪われた失態を
「……CURRR……」
狩人は警戒しているのだ。あれほど厄介だった取り巻きの姿が見えない事に。
単体ではそれほどの強さではない。しかし彼らの連携がもたらす脅威の程は、その身に
故に、迂闊に踏み出す愚行は犯さなかった。
「来ないのか」
そこへ、ゴブリンスレイヤーの声が降りかかる。
「どうした。俺は一人だぞ」
これまでの戦闘で、狩人が言葉を解する事は把握済みだ。
だからこそ
「………」
狩人は周囲を一瞥する。その視界に他の生物を示す色はない。
少なくとも、この近くにいないのは事実であるようだ。ならば深手を負った仲間を逃がすための
可能性は十分にありうる。しかし、それが
幾つもの可能性が狩人の脳内を駆け巡るも、取れる行動は一つしかない。
「GURRR……!」
構えを取った狩人に、ゴブリンスレイヤーは剣を引き抜く。
「行くぞ」
その言葉を引き金に。
月明りの元、冒険者と狩人は同時に駆け出した。
§
「ここで迎え撃つぞ」
ゴブリンスレイヤーが言い放つと同時に、一党の視線が彼へと集中する。
そこに否定の意思はない。問題はその手段である。
「迎え撃つったってなぁ、どうするよ」
「同じ手は使えない……ですよね」
蜥蜴僧侶を近くの木にもたれさせる鉱人道士が眉間のしわを深めさせ、女神官は手持ちの
そも、ここには燃やすべき木々もまばらに生えるばかり。先程と同じ手は使えず、崖際という事もあって取れる行動は自然と限られてくる。
それでもここで迎え撃つと決めたのは、ここでこそ出来る事があるからに他ならない。
「術はあと
一息吐く時間すら惜しいとばかりに、崖際の木に縄を括りつけるゴブリンスレイヤー。視線の先にいるのは、鉱人道士と女神官である。
「儂はあと一回じゃな」
「私も……」
「そうか」
ぎちり、と縄の調子を確かめながらそう呟いた彼は、そのまま蜥蜴僧侶の方へと歩み寄る。
「傷の具合はどうだ」
「血は止まりましたが……戦うには、いささか厳しいかと」
確かに出血は治まりつつあるが、その息遣いは変わらず苦し気だ。戦線離脱を余儀なくされた蜥蜴僧侶は、口惜しそうに目を伏せる。
「面目次第もありませぬ……」
「構わん。後は任せろ」
そう言い、ゴブリンスレイヤーは自身の
「それは小鬼殺し殿が持っているべきかと……彼奴を相手取るならば、なおさら」
「む……」
静かなその眼差しは、ゴブリンスレイヤーのしようとしている事を見透かしているかのようであった。
戦上手な蜥蜴僧侶の事。追い詰められたこの局面で、また自身が深手を負っているこの状況で矢面に立って戦う者が誰なのか、思い至らぬ道理は無い。
「―――!」
その時。
妖精弓手はその長い耳をぴくりと揺らし、緊張を滲ませた声で一党に告げる。
「……近付いてきてる」
「……っ!」
残された時間は確実に迫ってきている。女神官の身体が、寒さによらず僅かに震えた。
ゴブリンスレイヤーの策が何であれ、実行に移すより他に選択肢はない。一党の視線が、再び彼へと集中する。
「正直なところ、上手くいく確証はない……分の悪い賭けかも知れん」
彼らの視線を浴び、彼は淡々と―――少なくとも、本人にとっては―――告げる。
「それでも良いか」
彼は一党を見据える。
答えは、彼らの表情を見れば明らかであった。
「……そうか」
ならば、後は実行に移すだけだ。
作戦を伝えられた彼らは迅速に行動した。鉱人道士は術を使い、女神官は蜥蜴僧侶を気遣い、妖精弓手は弓の調子を確かめるように弦を弾く。
そして、ゴブリンスレイヤーは。
「すまん。縄をくれ」
「へ?」
準備を終えつつある女神官の背に向かって、そう言い止める。
彼の手には、狩人から奪い取った
§
「始まったの」
「っ……はい」
戦闘が始まった事を確認した鉱人道士の言葉に、女神官は生唾を飲み込みつつ言葉を返した。
狩人の警戒していた通り、彼らは先に撤退した訳ではなかった。彼らがいるのはゴブリンスレイヤーと狩人が戦っている場所……そこから少し離れた、木々がまばらに生えている
「息苦しくはないかの、鱗の」
「なに……むしろ泥の感触が心地良くすらありまする」
「はっは、その様子じゃあ大丈夫そうじゃの」
ゴブリンスレイヤーから渡された《
「あとは手筈通りに行きゃあ良いんだが……まぁ、
ここより更に奥に身を潜めている妖精弓手を身を案じつつも、鉱人道士は泥の中から這い出て移動を開始する。
泥に塗れた
「GOARR!」
大振りの横薙ぎ。僅かに輪郭を浮かび上がらせる二本の鉤爪が狙う軌道上には、ゴブリンスレイヤーの首があった。
剣で受け流す事は出来ない。あの
彼は咄嗟に身を躍らせ、狩人の真横を転がるようにして通り過ぎる。そうして素早く立ち上がり、狩人の左大腿を切りつけた。
「ふっ!」
「GURR!」
「ぐっ―――!」
吹き飛ばされる身体。
身体能力の差をまざまざと見せつけられた彼は受け身を取りつつ、両脚で地を噛んで静止する。
追撃を仕掛けようとする狩人。しかし一歩踏み出したところで、その巨体が僅かにぐらついた。
「GOA……!」
「っ!」
いかに頑強な肉体であっても、あれだけの負傷で全く影響がない訳がない。
これを千載一遇の好機と見たゴブリンスレイヤーは、呼吸を整えるよりも早く動いた。
「GU、GOARR!」
一拍遅れ、狩人も動きを見せた。肩口の武装が唸り、閃光が放たれる。
鉄兜の奥で瞠目するゴブリンスレイヤー。踏み出した足はすでに宙にあり、回避は不可能。咄嗟の判断で小盾を構える。
が、衝撃は来なかった。
放たれた閃光は目の前の標的の頭部すれすれのところを通過し、遥か後方にあった木々を粉砕するに終わった。
「!?」
驚愕する狩人は、同時に理解した。
先の爆発の際に、武装の内部構造に僅かな歪みが生じていたのだ。狩人の
そんな事を知る由もないゴブリンスレイヤーは、ここぞとばかりに畳みかける。
腰から引き抜いた黒光りする鋭利な刃物―――妖精弓手から受け取った黒曜石のナイフを、狩人の右大腿へと深く突き立てた。
「GOAARARRR!!」
轟く絶叫。それでもまだ足らぬとばかりに、ゴブリンスレイヤーは突き刺さった黒曜石のナイフへと剣の柄頭を叩き込む。
鋭利かつ砕けやすいのが黒曜石の特性だ。衝撃によって砕けたそれは、狩人の右大腿内部で無数の刃物となって筋肉を切り刻む。
「今だ!」
「よし来たぁ!」
ガクンと膝を折った狩人。ゴブリンスレイヤーは即座に飛び退き、鉱人道士に合図を送る。
「《
「!!」
狩人は声が発せられた方向へと身構える。伏兵の存在は最初から考慮していた、故にこの行動は当然のものだ。
しかし、結果から言えば、これは悪手だった。
「GOUR……!?」
「悪ぃな。もう術は看板での」
泥に塗れた鉱人道士の姿を狩人は認識できない。その一方で、狩人を欺いた声の主はにやりと笑い、そう言って見せた。
鉱人道士の役割は、狩人の動きを一瞬止める為の
「……今だ」
―――分かってるわよ。
誰の耳にも入ることのない呟きを妖精弓手が落とすと同時に放たれる
今日一番の冴えを見せたその一射は、狩人の内に存在する重要な臓器のうちの一つ……肝臓が位置する場所へと吸い込まれていった。
§
「GA―――……」
風を切り裂き、狩人の背面に深く突き刺さった妖精弓手の矢。
ごぽり、と流れる緑色の血。これまでとは比にならない出血量は、間違いなく致命傷であるに違いない。
ゴブリンスレイヤーが機を見計らい合図し、鉱人道士が囮となって決定的な隙を生み出し、森の奥に潜んでいた妖精弓手が致命傷を与える。
姿かたちが似通っているならば、主要な臓器の位置も
「やったんか?」
「まだ安心はできん。止めを刺す」
狩人は蹲ったまま動かず、このまま放置していても問題はない。多くの者はそう判断するであろうが、ゴブリンスレイヤーは違った。
小鬼が世界を滅ぼす事はなくとも、少なくとも自分のいた村は滅びたのだ。この狩人は小鬼ではないだろうが、念には念を入れるのは当然の事。
剣を手に、彼は慎重に歩を進める。
沈黙する狩人。歩み寄るゴブリンスレイヤー。固唾を飲んで身構える鉱人道士。
妖精弓手は木々を伝い、彼らの元へと急ぎ駆け寄り―――その目が見開かれる。
「オルクボルグっ!!」
「GOOAARAARRRORR!!」
彼女の発した警告の声が、狩人の咆哮によってかき消される。
「っ!」
突如として起き上がった狩人は噴き出す血も無視して、ゴブリンスレイヤーへと襲い掛かった。
「GARAA!!」
鉤爪による鋭い一突き。踏み込みながら放たれたそれは両者の間合いを一気に潰し、容易くゴブリンスレイヤーの命に迫る。
「ぐっ!!」
それに対し、彼は弾かれたように身体を捻った。鉤爪は革鎧を抉り少量の血を飛ばすも、寸でのところで致命傷は免れた。
が、潰された間合いは戻らない。
もはや正確さなど必要ない閃光が、ゴブリンスレイヤーの身体を真正面から捉えていた。
(一か八か、か―――!!)
もはや他に手段などなく、ゴブリンスレイヤーは小盾を構えて防御の姿勢を取る。
来たるべき恐ろしい瞬間に時を止める一党。彼らに出来る事など何もない。
ただ一人、彼女を除いては。
「
次の瞬間、女神官がもたらした聖なる輝きと、狩人の放った冷酷な閃光が夜の闇を打ち破り―――。
小盾の欠片をまき散らしながら、ゴブリンスレイヤーの身体が宙を舞った。
お久しぶりです!
なかなか更新出来ませんでしたが、完結目指して頑張ります!
……ブラボの方も更新しろって話ですよね。