ゴブリンスレイヤー×プレデター ~The invisible Hunter~   作:まるっぷ

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第2章『それはありふれた依頼』

 

火の精霊が最も活気づく季節、夏。

 

放牧地には青々とした若草が生い茂り、牛たちはそれらを夢中で食んでいる。

 

大切な家族でもある家畜たちの元気な様子に、干し草を運んでいた牛飼娘は額に滲んだ汗を拭い、満足げに頷いて見せる。

 

「うん、今日もみんな元気だね」

 

最近では朝早くに起きても、もう外はだいぶ明るくなっている。起きる時間はいつもと変わらないのに、不思議なものだ。

 

前に幼馴染の彼となんとなくその話題になった事があったが、その時に彼は何と言ったか。

 

(確か、夏と冬とでは星の位置が変わるかららしいけど……うん、よく分かんないや)

 

答えてくれた彼も詳しくは知らなかった。かつて何度か行動を共にしたという孤電の術士(アークメイジ)から聞いたのだと言っていたが、内容が専門的過ぎたらしい。

 

しかし、だからと言って、別に困るような事ではない。

 

星の巡りを知らなくても朝は来るのだし、これまでもずっとそうしてきたのだ。子供の頃は夜が来るのが恐ろしかったが、今は違う。

 

それに、髪の長かったあの頃とは違い、今は彼もいる。

 

「あっ、もう終わったの?」

 

牛飼娘は、放牧地から少し離れた場所に設けられた小さな練習場から歩いてくる、安っぽい鉄兜の姿を認めた。

 

毎朝の日課である柵の点検と周囲の警備を終え、更には対ゴブリンを想定した投擲練習を終えたゴブリンスレイヤーが、牛飼娘の元へとやって来たのだ。

 

「ああ」

 

「そっか」

 

ずかずかと無造作な足取りでやって来る幼馴染の彼に、牛飼娘の頬が緩む。

 

「じゃあ、朝ご飯にしよっか」

 

今日は昨晩の残りのシチューがあるから、それを温め直して食べよう。それにゴブリンスレイヤーは「ああ」と短く答えた。

 

並んで歩く彼の足取りはいつも通りで、牛飼娘は再び頬を緩めた。

 

 

 

§

 

 

 

朝食を終えたゴブリンスレイヤーは、ギルドの長椅子で依頼書の貼り出しを待っていた。

 

酒場としての側面もある為、卓について朝食を取っている冒険者の姿もある。しかし夏の暑さゆえか、食も中々に進まない様子だ。

 

「あっちぃ、水……」

 

「駄目よ、お金節約しなきゃ……」

 

「けんども、ぼかぁもう茹だっちまいそうですよぅ……」

 

「でも、水を飲まないと三日で死んじまうって聞いた事があるんだけど……」

 

「……じゃあ、しょうがないかぁ」

 

棍棒剣士と至高神の見習聖女、そして白兎猟兵の三人などは堪らないといった風に、揃って卓に突っ伏している。

 

冒険者は身体が資本だが、その身体を維持する為には金が要る。金を得る為には依頼をこなさなくてはならず、その為にも体調は万全でなければならない。

 

体調と金。双方とも陰りを見せている彼らに運が回ってくるのかどうか、それは『運命』と『偶然』の骰子(サイコロ)の出目次第だろう。

 

冬の寒さも堪えるが、夏の暑さも中々に辛い。重い装備を着込んで依頼をこなす冒険者などにとっては、とても動きたくない季節だ。

 

しかし、ゴブリンスレイヤーには関係ない。

 

春も、夏も、秋も、冬も。一年を通して小鬼たちが大人しくする季節などない。であれば、ゴブリンスレイヤーが暇を持て余す事などなく、暑い寒いなど言っている暇もないのだ。

 

尤も、暑さも寒さも、彼はそもそも問題にもしないのだが。

 

「おはようございます、ゴブリンスレイヤーさん!」

 

鉄兜の奥でむっつりと黙り込んでいたゴブリンスレイヤー。そんな彼に、ギルド入り口より元気な声が投げかけられた。

 

顔を上げて視線を向ければ、そこには女神官の姿があった。笑顔を浮かべているものの、やはり暑いものは暑いのだろう、その額にはうっすらと汗が滲んでいた。

 

頬に張り付いた髪の幾本かを指で摘まんで整えて、再び笑う。

 

「今日もお早いですね」

 

「ゴブリンどもが大人しくする季節などないからな」

 

「あ、あはは、そうですね……」

 

今度は苦笑いを浮かべた女神官は、気を取り直してゴブリンスレイヤーの横にちょこんと座る。

 

「今日はどうされたんですか?」

 

「依頼書が貼り出されるのを待っている」

 

返ってきたのは予想していた答えであった。

 

彼がこうして黙って長椅子に座っている理由はそれくらいだろうと思っていた女神官は、そうですか、と答える。

 

(本当に、この人は休まないんですね)

 

暑くても寒くても、いつも同じ時間にここにいる。

 

それが心配でもあり、ほっとするようでもあり。そんな女神官の耳に、聞き馴染んだ声が飛び込んできた。

 

「皆さん、本日の貼り出しの時間ですよ!」

 

事務所の中から出て来たのは受付嬢だ。豊かな胸に抱いた依頼書の束を貼り出すその顔には、この暑さにも拘わらず汗一つかいていない。

 

(きっと、それだけの訓練をしているのでしょうね)

 

ギルドの受付嬢という職は、ただ冒険者に依頼を斡旋すれば良いというものではない。佇まいも相応なものを求められるのだ。

 

ましてや、ここは西の辺境のギルド。銀等級冒険者も多く抱えるこのギルドの顔とも言える受付嬢が汗に(まみ)れているのは、非常に頂けない。

 

見栄えも大事なのだ。受付嬢も、そして冒険者も。

 

(まあ、この人にとってはどうでも良い事なのでしょうけど)

 

傍らのゴブリン退治だけしかしない、通称“変なの”の顔を横目で見て、ふふ、と笑う。

 

「おい、貼り出しだぜ。行くか……」

 

「暑いけど、仕方ないかぁ」

 

受付嬢の声に、覇気のない顔をした冒険者たちものそのそと動き出す。

 

仕事が無ければ生活は出来ぬ。その日暮らしもザラな冒険者たちは日銭を稼ぐため、死に損ない(アンデッド)のような足取りで依頼書に目を通し始めた。

 

ゴブリンスレイヤーは動かない。

 

ゴブリン退治は白磁の仕事、とまで言われるほどに人気がないのだ。この暑さでは新米冒険者の白磁の若者たちはまともに動けず、故にゴブリンスレイヤーは他の冒険者たちが粗方の依頼を受け終えるまで動かない。

 

ややしばらくして、その時が来た。むっつりと黙り込んでいたゴブリンスレイヤーはすっくと立ち上がり、無人となった張り出し場へと向かい、残された依頼書に目を通した……のだが。

 

「む……」

 

「どうかしましたか?」

 

ててて、と女神官がゴブリンスレイヤーの後を追う。そして彼が見ている方へと目を向けると、おや、という風に小首をかしげた。

 

「少ないですね、依頼書……」

 

「うむ」

 

残されたゴブリン退治の依頼書は、僅か二枚。先に集まった冒険者たちに白磁の者は居らず、彼らがゴブリン退治の依頼を受けたとは思えない。

 

つまり、最初からこれしかなかったのだ。ゴブリンが大人しくする季節などないと断言していたゴブリンスレイヤーは、どこか不満げに頷いた。

 

「あ、ゴブリンスレイヤーさん!」

 

そんな二人に声をかけたのは、件の受付嬢だ。ぱぁ、と花の咲いたような笑顔は、同性である女神官にとっても眩しい。

 

「今日もゴブリン退治ですか?」

 

「ああ、そうなのだが……」

 

尋ねられた問いに、ゴブリンスレイヤーは再び依頼書に顔を向けた。受付嬢は、ああ、と察したような顔になり、曖昧に笑みを浮かべた。

 

「今日はこの二件だけですね」

 

「昨日の依頼は一件だけだった」

 

「はい。その前も、確か一件だけでしたね」

 

そう、少ないのだ。

 

暑い時期に動きたくないのはゴブリンとて同じ。しかし腹は減る。故に今時期は放牧されている仔山羊などを狙った家畜への被害が多発するはずなのだが、今年はやけに少ない。

 

よもや(かすみ)を喰う(すべ)を身につけた訳でもなし。いつもと違う状況に、ゴブリンスレイヤーは再び不満げに息を吐いた。

 

「で、でも、被害が少ないのは良い事ですよね!」

 

「そうとも限らん」

 

「え?」

 

若干悪い空気の立ち込めた場を和ませようと、女神官が口を開く。しかしそれをゴブリンスレイヤーはバッサリ一刀両断する。

 

「以前のような大攻勢。その準備期間という事もある」

 

「大攻勢……」

 

大攻勢とは、女神官がゴブリンスレイヤーと共に行動し始めてからしばらく経過した時に起こった、牧場への襲撃の事だ。

 

小鬼(ゴブリン)小鬼術士(ゴブリンシャーマン)小鬼騎兵(ゴブリンライダー)田舎者(ホブゴブリン)小鬼英雄(チャンピオン)、そして小鬼の王(ゴブリンロード)

 

あの時はギルド総出でゴブリン退治に当たり事なきを得たが、あのように一致団結できる事はそうそうない。今度また同じような事が起これば……そのような考えが女神官と受付嬢の脳裏を過ぎり、思わずぶるりと身震いした。

 

「だが、その予兆は今の所はない。あのような事態になる可能性は低いだろう」

 

あのような事態。力を蓄えた小鬼の王(ゴブリンロード)が百を超えるゴブリンたちを従えるような事態など、そうそう起こる事ではない。

 

でなければ、この四方世界は今よりもずっと多くのゴブリンで溢れ返っているだろう。

 

が、ゴブリン退治はゴブリン退治だ。

 

「これを頼む」

 

ピッ、と、貼り出された二枚の依頼書を剥がしたゴブリンスレイヤーが受付嬢へと手渡す。はい、と受け取った受付嬢は、独楽鼠のように事務所の中へと戻ってゆく。

 

(本当に、仕方のない人ですね)

 

相変わらずの様子に、女神官はまた笑った。

 

と、そこへ、いつもの面子もやって来る。

 

「ふわぁ、おはよぅ~~~……」

 

「ったく、この耳長は。もちっとシャキっとせい、シャキっと」

 

「はっはっは。野伏殿は未だ夢の現の狭間のご様子で」

 

ギルドの正面入り口から入って来る妖精弓手と鉱人道士、それに蜥蜴僧侶。

 

いつの間にやらゴブリンスレイヤーを頭目とする一党が、ここに揃った。

 

「おはようございます、皆さん」

 

「ぅん、おはよぅ」

 

身なりこそ冒険者のそれだが、妖精弓手は寝ぼけ眼のままだ。茹だるような暑さも森の民には応えないのか、窓から照り付ける日差しも猫のように気持ち良さげに浴びている。

 

「しっかし鱗の。お前さんはこの暑さも平気なんか?」

 

「我ら蜥蜴人(リザードマン)の天敵は冬の寒さ。この時節はすこぶる調子が良うございますな」

 

「はぁ、そりゃあ羨ましい」

 

額に汗をかきかき、腰に吊るしていた酒瓶をぐいと煽る鉱人道士。この暑さでも一杯引っかける姿は、正しく鉱人(ドワーフ)(かがみ)と言えよう。

 

蜥蜴僧侶はどこに隠し持っていたのか、チーズの欠片を口に放り込み「うむ、甘露」と唸った。そしてぐるりと目を回し、ゴブリンスレイヤーに問いかける。

 

「して、本日はどちらへ向かわれるおつもりかな、小鬼殺し殿」

 

「ああ」

 

ゴブリンスレイヤーは短く答える。

 

「今回は、森だ」

 

 

 

§

 

 

 

どうしてこうなった。幾度となく胸の内で呟かれたその言葉が、再び紡がれる。

 

その男は冒険者だった。全身を覆う革の防具には艶消しが施され、危険な罠の解除を幾度も成功させた事のある只人(ヒューム)の斥候である。

 

そんな彼は現在、森の中にいた。横たわる大木に背を預け、乾いた唇を舌で舐めて潤している。

 

依頼の帰りだった。

 

第七位の青玉(せいぎょく)等級揃いの一党である彼らは、迂回するより森を抜けた方がずっと早いからという女の森人(エルフ)の細剣使いの言葉に、同じく女である只人(ヒューム)の野伏と男の鉱人(ドワーフ)の大盾持ちも同意した。無論、斥候も。

 

森人(エルフ)の言葉通り、途中までは順調に進んだ。街に着く頃には夜中だろうが、翌日は朝から豪快に酒盛りでもしてやるつもりだった。

 

肴には油の滴る腸詰め肉が食いたいと言えば、なら私は山盛りのサラダ!と返ってくる。私は温かいパンかな、という声が上がれば、なら儂はうんと強い火酒じゃ!とか、そんな風にあれこれ語り、笑いながら歩いていた。

 

「ん?」

 

しかし次の瞬間には、細剣使いの頭は弾けていた。彼女の瞳が最期に映したものは、赤く光る三つの点だった。

 

まるで地に落ちたザクロのよう。肉と骨、そして脳とがぐちゃぐちゃに混ざって飛び散る光景に、斥候たちは時を止めた。

 

敵襲じゃ!と叫ぶ大盾持ち。彼の言葉に野伏と斥候は三人で背を守り合い、姿の見えない襲撃者を探る。仲間がやられた直後でも行動できたのは、彼らが青玉(せいぎょく)等級である事の証だ。

 

しかし、それでも襲撃者の方が上だった。

 

パシュッ、という聞き慣れない音がした。その音に野伏と斥候が振り向けば、そこに大盾持ちの姿はなかった。

 

「ぐうっ!?」

 

彼は投網のようなものに捕らえられていた。投網は木に絡みつき、どういう事か、徐々に大盾持ちの身体を締め上げているではないか。

 

「た、助けてくれっ!」

 

「動かないで、今助ける!」

 

すかさず野伏は投網に手をかけた。斥候は大盾持ちの救出を野伏に任せ、自身は襲撃者を見つけようと目を凝らす。

 

が、野伏は伸ばしていた手を弾かれたように引っ込めた。顔を顰めた彼女の手の平は、鋭利な刃物で切り裂かれたかのように血が滲んでいる。

 

「ううぅ、ぅううあぅううううああっ!?」

 

言葉にならない悲鳴が大盾持ちから上がった。投網は締め上げる力を一切緩めず、彼の身体を容赦なく斬り裂いてゆく。

 

「ぐぎ、ぎぎぎぃぃぃ………」

 

みしみしと、音を立てて倒れる木。投網が絡みついていた箇所は木片と化し、全身を細切れにされた大盾持ちの無残な亡骸と一体となっていた。

 

「ひっ……ひぃっ!?」

 

仲間であった者の肉片を前に、野伏は恐怖に顔を引き攣らせた。

 

斥候は彼女を連れてひとまずこの場を離れようと、後ろ手に野伏の手を掴もうとして……その頬に、生温かい血を浴びた。

 

「かひゅっ」

 

振り返った斥候が見たもの。それは、宙に浮かび上がった野伏の姿だった。

 

正確には、不可視の―――血が滴り落ちるその形状から察するに―――刃らしきものに正面から胸を突き刺された野伏の、である。

 

彼女は自身の身に起こった事が分からない様子だった。目を見開き、鼻と口からごぼごぼと溢れ出た自分の血で溺れ、そして死んだ。

 

続け様に仲間を失った斥候は、半狂乱になりながら森の中を駆けた。

 

その背を、黄色く光る二つの眼が見つめていた。

 

 

 

§

 

 

 

どうしてこうなった。どうしてこうなった。胸の内で呟かれる問いは絶えない。

 

仲間が死んでからどれほど経ったか。周囲はすでに夜の帳が下りている。

 

奇跡的に開けた場所に辿り着いた斥候は、背後から正体不明の襲撃者がやって来ていない事を確認すると、周囲に即席の罠を張り巡らせた。

 

これで近付いて来た襲撃者への迎撃になる。しかし自分もまた動けない。斥候はその間倒れた大木に背を預け、葉に付着した水滴だけで喉の渇きを凌いだ。眠る事など出来る訳がない。

 

本当なら今頃は仲間と一緒に街に到着し、温かい寝台で寝ていたはずなのに。

 

なのに、どうして。どうして、どうして……と、同じ問いばかりがぐるぐると巡る。

 

その時だった。

 

ガサッ!と音がした。罠が発動したのだ。

 

網に何かがかかり、木の枝に吊るされる。あの襲撃者か?ならば仲間の仇だ、ぶっ殺してやる!!

 

そう息巻いて駆け付けた斥候が見たもの。

 

それは、ぐったりと動かない猪の死体であった。

 

畜生め(ガイギャックス)

 

猪だと?脅かしやがって、ふざけるな!そう毒づいた斥候であったが、ふとある事に気付く。

 

何故この猪は死んでいる?この仕掛けは捕らえる為のものなのに。よく見れば、猪の腹には鋭利な刃物で切り裂かれたような傷が付いている。

 

一直線に走る傷が、二本。

 

そういえば野伏の胸を貫いた不可視の刃も、恐らく二本だった。血に濡れたあの形状から察するに……鉤爪、という表現が最も近いか。

 

ぞっ、と悪寒が背筋を走り抜ける。

 

同時に、すぐ後ろに何者かが立っているような気がした。

 

がちがちに凍り付いた身体で背後を振り返ると、そこに広がっているのはずっと目を凝らし続けた、この森の光景。

 

ただ一つだけ違っていたのは……目の前にある景色が、不自然に()()()()()事だ。

 

悲鳴は上がらなかった。

 

代わりに斥候の頭が地に落ち、噴水のような鮮血が噴き上がった。

 




とりあえず話のストックはここまでです。
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