ゴブリンスレイヤー×プレデター ~The invisible Hunter~ 作:まるっぷ
ゴブリンスレイヤーたちを見送った受付嬢が、ほぅ、と息を吐く。
意識していた訳ではないが、ゴブリンスレイヤーがギルドを後にした途端、急に夏の暑さが身に染みるように感じた。
「お気に入りの彼は、今日も今日とてゴブリン退治に行っちゃったね」
頬の汗を指先で拭う受付嬢に、いつの間にか背後に立っていた同僚の監督官が茶化すような声色で話しかけてくる。
少しだけぎょっとしつつも、受付嬢はすぐに
「別に、いつもの事ですし?」
「ふっふっふ。声が上ずって聞こえるのは気のせいかな?」
「うっ……」
《
が、戯れはここまで。
この暑さで卓に突っ伏している冒険者たちが多いとはいえ、彼女たちまで仕事を放棄してお喋りに興じていては、西の辺境のギルドの名に泥を塗る事となってしまう。
受付嬢は気を取り直し、手元に残る書類に手を付ける。一番上にあるのは数日前に依頼を請けた、青玉等級の四人組に関するものだった。
(まだ帰って来ていない……無事だと良いのですけど)
意気揚々と出て行った彼らの姿を思い浮かべつつ、受付嬢は筆を取った。
§
西の辺境の街よりほど近い―――丸一日歩く事に比べれば―――場所にある森。そこがゴブリンの目撃情報があった場所である。周囲には小規模な村がいくつかあり、その内の二つからの依頼だった。
ゴブリンスレイヤーたちは二つの村に出向き、村人たちに聞き取りを行なった。目撃したゴブリンは何匹か、森の地形はどうか、などである。
可能な限りの情報を集め、一党は昼を待たずに森へと踏み入った。
先頭は妖精弓手、次にゴブリンスレイヤー、鉱人道士、女神官と続き、最後尾は蜥蜴僧侶という順である。
「あーあ、またゴブリンかぁ」
「不服か」
「当たり前でしょ!」
「ったく、何度同じことを繰り返すんだか。行くっつったんは自分だろうに」
「それは、そうだけど……」
森の中を一党は隊列を組んで進んでゆく。
すっかり眠気が覚めた妖精弓手は、後続するゴブリンスレイヤーと鉱人道士に愚痴を漏らしていた。
彼女にしては随分とあっさり承諾した様子だったが、どうやら単に寝ぼけていただけだったらしい。木漏れ日に照らされるその横顔は、しかし承諾したのは確かに自分なのだから仕方がないという諦めの色が見て取れる。
「ねぇ、今度はどこか遠出しない?古代の遺跡の調査とか!」
「ゴブリン退治の依頼がなければ、考えておこう」
「そもそも、そんな依頼があればの話だけんどな」
あれこれ想像を膨らませる妖精弓手に、鉱人道士がにやりと笑ってからかう。そこからはいつもの流れ、軽口の投げ合いが始まった。
「はっはっは、御二人とも調子が戻ったご様子。良き哉、良き哉」
「ですね。森の中なら、街道よりは涼しいですし」
蜥蜴僧侶がにこかやに笑うと、女神官も柔らかく微笑んだ。
木陰に囲まれた森の中は道中に比べ、確かに少しは涼しかった。肌に纏わりつく衣服の感触は相変わらずだが、それでも直接太陽に照り付けられるよりかは幾分マシだ。
「それで、二件の依頼は同一のものという考えで宜しいか、小鬼殺し殿?」
「ああ」
振り返らず、ゴブリンスレイヤーは肯定する。
依頼を出した二つの村は離れており、同じ『渡り』に属するゴブリンを見たとは考えにくい。森の中には何百年も前に放棄されたという
森の中ならば食糧には困らず、家畜にさえ手を出さなければ村人たちに姿を見られる事もそうない。それが姿を見せたという事は……。
「近々、村を襲うつもりだったのだろう」
「じゃあ、それなりの規模の群れって事よね。どうして今までバレなかったのかしら」
「確かに……なんででしょう」
妖精弓手と女神官の疑問に、ゴブリンスレイヤーは短く答えた。
「この森は、よく冒険者や旅人が街道を近道するために通るようだ」
つまりは、そういう事だ。
ゴブリンたちの根城があると知らずに足を踏み入れた女の冒険者、あるいは旅人を攫い、仲間を増やす。
村に被害は出ず、ギルドも行方不明となった冒険者の捜索に全力を注げる余裕はない。そしてゴブリンの存在が浮上しなければ、
「成程。しかし小鬼どもにしては、ちくと小賢しいように感じますな」
「我慢っちゅうものを覚える訳がなかろうし、なんぞ頭目でも居るんかの」
「何であれ、やる事は変わらん」
これまでも、これからも。
それが当然だとばかりに、ゴブリンスレイヤーは兜の奥から言葉を響かせる。
「―――ゴブリン共は皆殺しだ」
§
一党は休まず森の中を進み、件の砦に辿り着いた。
木や蔦が生い茂る中心にそびえ立つ砦の内部は、今や小鬼どもの巣窟となっている。その証拠に、入口と思しき場所にはトーテムが確認できる。
その傍に、見張りと思しきゴブリンが二匹。
「トーテムあり。やはり頭は
木々に身を隠す格好の一党は、まず見張りのゴブリンを排除するべく動いた。
妖精弓手の放つ矢が、寸分の狂いもなくゴブリンたちを射抜く。
一射で二匹。卓越した武芸者でも舌を巻く芸当も、
「まず、二つ」
己が絶命した事にも気付かぬ内に骸と化したゴブリンたちを、姿を現したゴブリンスレイヤーが見下ろす。
骸から手早く武装を剥ぎ取り、それを腰のベルトの隙間に叩き込む。多少錆びていようが、ゴブリンを殺すにはそれで十分だ。
そして、兜をぐるりと回して女神官と妖精弓手を見やる。
二人は顔を見合わせると、首から下げていた匂い消しの香袋を取り出した。女神官はおずおずと、妖精弓手は自信満々に。
「汚すのが目的ではないぞ」
「はいはい。前にも聞いたわよ、それ」
女人の匂いに敏感なゴブリンへの対策。以前にゴブリンの血と内臓を頭から頂戴した二人にとって、香袋はもはや必需品となっていた。
ともあれ、突入の準備は整った。
「行くぞ」
一党は足を踏み入れる。
「どうやら、ここに小鬼めらは居らぬようですな」
「奥に引きこもってるんかの」
砦の奥には、巨大な倒木があった。ぽっかりと空いた
「今は奴らにとっての夜中だ。であれば寝ているか、あるいは……」
見つかりにくい巣穴に、見張りを立てる余裕のある群れ。ゴブリンスレイヤーは得た情報をもとに、あらゆる
「襲撃の準備をしているか、だ」
「襲撃……」
女神官の脳裏に、かつての出来事が思い出される。
絶対にあってはならない未来を阻止すべく、女神官は錫杖を握る手に力を込める。
恐れ故ではない。確固たる意志を持って、である。
であれば、この程度の暗がりなど恐れるに足らぬ。脅威は過ぎ去ったとて、かつては一党と共に
決して慢心などせず、しかし恐怖に身を固めない。
ゴブリンスレイヤーたちと行動を共にして早数年。右も左も分からなかった少女は、今や立派な冒険者の一員であった。
しかし。
この先に待ち受けているモノは彼女の……否。
彼らの想像を、遥かに上回っていた。
§
「CRRRRAA……」
カラン、コロン、と。
骰子が転がる。
§
ようやくだ、と、そのゴブリンはほくそ笑む。
哀れな虜囚の胎から産み落とされた彼は、生を受けた瞬間から己は他の愚図どもとは違うのだと感じていた。
小規模の群れでは小競り合いなど日常茶飯事だ。僅かな食糧、僅かな娯楽を奪い合い、同族同士で喧嘩が起こる。
まだ非力だった彼は、己の力の限度を知っていた。己より強い者には逆らわず、弱い者には容赦なく当たる。そうして成長していった。
ある時、彼は冒険者に出会った。たった一人でゴブリン退治にやってきた男は中々腕が立つらしく、あっという間に同族を亡骸へと変えていった。
得意げに一息つくその男へ、彼は一瞬の隙を付いて毒の短剣を突き立てた。全滅させたと油断していた男を攻撃するのは簡単で、間もなく男は血の泡を吹いて死んだ。
その時に確信した。己はやはり特別なのだと。
現にこうして、群れを率いるまでに上り詰めた。
産まれた巣穴を去り、森の中に砦を見つけ、頭の悪い『渡り』の同族を仲間に引き入れ、間抜けにも森を通りすがる女どもを捕らえる。
そうして孕み袋を使って数を増やし、今に至る。
「GAOR!」
「GRROU!」
暗い穴倉の中、ゴブリンたちが手に武器を取りぎゃあぎゃあと騒いでいる。
この総勢四十にも迫る規模の群れは、全て己が作り上げたのだ。成長し、
手始めにまず近隣の村を襲う。多少抵抗はされるだろうが、数で押せば問題ない。減ったらそれ以上に増やせば良いだけだ。
次は街を攻め落とし、その次は都を。そしてゆくゆくはこの世界そのものを……彼の思い描く未来は、徹底して己にとって都合の良いものだった。
「GORB,GROOOU!」
さあ、同胞たちよ!今こそ間抜けな人間たちから全てを奪い尽くしてやろうではないか!
禍々しい錫杖を掲げ、彼は目の前の仲間たちに向かってそう高らかに言い放った、その時だ。
彼の背後で轟音が鳴り響く。
弾かれたかのように振り返った彼が最期に見たもの、それは―――。
§
ずん、という振動は一党のもとへも伝わっていた。
低い天井からは土がパラパラと落ち、何らかの事態が起こっているのは明白である。
「止まれ」
妖精弓手と共に先頭を歩くゴブリンスレイヤーの言葉に、一党は歩みを止めた。真っ暗に広がる先を静かに見据え、彼は慎重に息を吐く。
「何か見えるか」
「いいえ、何も……待って、何か来る」
妖精弓手は目を凝らして洞窟の奥を観察する。
松明の明かりを必要としない猫の如き眼差しをもって、彼女はこちらに向かってやって来る存在をいち早く察知した。
「ゴブリン!」
「数は」
「一匹だけ!」
確認するや否や、ゴブリンスレイヤーは腰のベルトから短剣を引き抜き、闇に向かって一投する。
「OUGR!?」
ゴブリンの悲鳴が上がる。
小鬼の喉の高さを狙った一投は、どうやら命中したようだ。
「三つ」
小鬼を始末したゴブリンスレイヤーが、骸のもとへと歩み寄る。しかし、そこで彼は怪訝そうに眉をひそめた。
そのゴブリンの全身は、血に
喉からの出血だけではこうはならない。武器も持っておらず、こちらの侵入に勘付いて襲ってきたのであれば、あまりに不自然に過ぎる。
「……何かが起きている」
仲間割れか、或いは―――自分たち以外の襲撃にあったか。
その場から逃げてきたのだとすれば、この先にいるのは一体何者か。
足元から這い上がるような不穏な気配が、一党を包み込む。
「嫌な予感がするわ」
「ああ、儂もだ」
が、ここで引き返す訳にはいかない。
この先にいるゴブリンたちがどうなったのか、それを確認するまでは。
「……行くぞ」
腰を落とし、慎重に。
いつも以上に気を張り、ゴブリンスレイヤーたちは最奥の空間へと進んでゆく。
一歩、また一歩と最奥へ近づくにつれ、濃くなってゆく血と臓物の匂い。
そんな悪臭の根源へと足を踏み入れた一党が見たものは―――。
頭蓋骨ごと脊柱を
そして。
穿たれた洞窟の天井から差し込む陽光のもと、血塗れの頭蓋骨を天に掲げる、これまた血に塗れた巨大な人影であった。