ゴブリンスレイヤー×プレデター ~The invisible Hunter~   作:まるっぷ

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遅くなりまして、申し訳ありません。


第4章『形跡をなぞる』

小鬼たちの亡骸で埋め尽くされた空間を、崩落した天井から差し込む地上の光が照らし出す。

 

満ちる色は赤。すなわち切り裂かれた肉とこぼれ落ちた臓腑、そして吹き出した鮮血とが作り出した殺戮の光景である。

 

それらが汚物と混ざり、吐き気を催す臭気が充満する中で、血に塗れながら佇む者があった。

 

その者は手にした田舎者(ホブ)の頭骨を、降り注ぐ陽光のもとに掲げていた。そしてしげしげと観察したかと思えば、(ゴミ)のようにそれを投げ捨てる。

 

興味が失せたと言わんばかりのその振る舞いに、ゴブリンスレイヤー率いる一党は息を飲んだ。

 

(な、何……あれ……)

 

女神官が抱いた思いは、この場の誰もが共有するものだった。

 

後ろ姿しか見えないが、明らかに人ではない。蜥蜴人(リザードマン)でも、ましてや蟲人(ミュルミドン)でもない。

 

四方世界全てを見て回った訳ではない故、未だ彼女の知らない種族の冒険者なのかも知れない。しかしあれほど血に塗れ、尚且つ近寄りがたい雰囲気を放つ者が、果たして冒険者なのか―――勿論、否である。

 

「……!」

 

ぐりんっ!と、目の前の存在が勢いよく振り返る。

 

すると、どうだろうか。今まで見えていたはずの輪郭は霧のように消え失せ、不可視の存在となったではないか。

 

まるで夢の住人のように姿をくらました目の前の存在。狼狽える一党は、しかし頭目たるゴブリンスレイヤーの放った鋭い声と共に我に返った。

 

「走れ!」

 

それが撤退を意味する事は瞬時に理解できた。

 

同時に彼は手斧を投擲する。僅かながらも時間稼ぎとけん制の意味を持って放たれた手斧であったが、それは命中するよりも早く、雷に打たれたかのような猛烈な光とともに爆散してしまった。

 

「ひゃあ!?」

 

「うおぉ!?」

 

妖精弓手と鉱人道士の声を置き去りに、蜥蜴僧侶が二人を抱えて踵を返す。

 

「きゃっ……!?」

 

棒立ちとなっていた女神官は、気が付けばゴブリンスレイヤーの肩に抱えられ、過ぎ去る景色の中に居た。

 

「小鬼殺し殿はあれをご存知で?」

 

「いや、知らん」

 

二人と一人を抱えているとは思えぬほどの速度で逃走する蜥蜴人と只人は、その最中で言葉を交わす。

 

「だが、ここで相対して良い手合いではない」

 

投げつけた手斧が謎の光によって爆散した事から、敵は魔法のような攻撃手段を持っている。ならば姿が見えないほどに引き離さねばならない。

 

曲がりくねった洞窟内は一党に味方した。彼らは記憶を頼りに、もと来た道を全力で駆け抜けるだけで済んだのだから。

 

が、敵の行動は予想外のものだった。

 

ドォンッ!と、轟音が響く。

 

「きゃあ!?」

 

身体が揺さぶられるほどの振動に、女神官の口から短い悲鳴が漏れる。土に親しい鉱人道士は、瞬時に何が起こったのかを理解した。

 

「あんにゃろう、やたらめったらぶっ放しとるぞ!」

 

「それって不味いんじゃない!?」

 

轟音は止まらない。

 

敵は姿をくらましたゴブリンスレイヤーたちを生き埋めにすべく、洞窟を崩落させようとしているのだ。

 

「急げ!」

 

「承知!」

 

更に速度を上げ、出口を目指す。

 

脆い土壁が見る見るうちにひび割れ、土の塊がいくつも頭上に降り注ぐ。地上の光が見え始め、ゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶は最後の一踏みに渾身の力を込める。

 

「抜けた……!」

 

一瞬白く塗りつぶされた視界に女神官は瞬き、辛うじて圧死を逃れた事を知る。

 

どうにか難を逃れたものの、彼女を担ぐゴブリンスレイヤーは走るのを止めない。

 

「ゴ、ゴブリンスレイヤーさん、もう大丈夫で……」

 

「まだだ」

 

左右に広がる古の森人の砦。

 

生い茂る草の隙間から這い出てきた(さそり)を踏みつぶし、一党はそのまま森の中へと走り去っていった。

 

 

 

§

 

 

 

一党が走り抜けた場所に、『それ』は立っていた。

 

一見すると不可視に、しかしよくよく目を凝らせば周囲の景色をいびつに歪ませるその巨大な輪郭は、己の足元で潰れている蠍へと視線を落とす。

 

体液を滲ませ息絶えたその死骸を、『それ』は手に取った。

 

只人の掌ほどの大きさは、しかし『それ』にとってはひどく小さい。

 

「………」

 

『それ』は蠍の死骸を捨て、立ち上がる。

 

視線の先にあるのは、うっそうと広がる森。間もなく、日が暮れ始める頃合いだった。

 

 

 

§

 

 

 

「ちょっと!もう撒いたんじゃない!?」

 

「確信が持てん」

 

日が暮れ始めた森の中を、ゴブリンスレイヤーたちは砦を脱出した格好のまま走り続ける。

 

形の良い鼻先にくっついた葉もそのままに、妖精弓手は蜥蜴僧侶の背から降ろすように抗議するも、ゴブリンスレイヤーはその訴えを一蹴した。未知の敵に遭遇した以上、彼が安全圏まで離れたと判断するまで軽々に許可は出来ないのだ。

 

妖精弓手は不服そうに鼻先の葉を摘まみ上げるも、途端にその顔つきを険しいものに変える。

 

「……待って!」

 

「む……これは」

 

つぶさに反応したのは蜥蜴僧侶であった。

 

湿地に生まれた彼も周囲に漂う異変を察知したのか、足を止め、背を低くして警戒するように辺りを見渡す。同時にゴブリンスレイヤーも急停止し、腰の剣へと手を伸ばす。

 

「どうした、鱗の?」

 

「野伏殿、分かりますかな?」

 

「ええ……この先ね」

 

森人の、そして蜥蜴人の感覚を以て感じ取った異変。一見すると薄暗い森の中で、彼らだけがその尋常ならざる雰囲気に警戒を強める。

 

「どうした」

 

「……血の匂いがする」

 

血の匂い。

 

不吉極まる妖精弓手の言葉に、一党は息を殺した。

 

先の襲撃者が追いついた気配はない。であれば、この先に広がっているであろう光景はゴブリンによるものか、或いは……。

 

「……行くぞ」

 

確かめない訳にはいかない。

 

一党は先ほどまでとは打って変わって、慎重な足取りで進んでゆく。

 

うっそうと広がる草木をかき分け、やがて女神官にも分かるほどに強くなってゆく血の匂いに顔を強張らせ―――とうとう辿り着いた。

 

「うっ……!」

 

咄嗟に口元を手で覆った女神官の喉が狭まる。

 

そこにあったのは死体だった。

 

明らかに二人分の、そして恐らくは、更に一人分の死体である

 

「こいつぁ……」

 

眉間に盛大にしわを寄せる鉱人道士。

 

彼の視線の先にあるのは赤黒い山だ。調理前の角切り肉を彷彿とさせる肉片と、同じく角切りにされた木と、鎧と思しき金属の残骸。それらは一緒くたになっている。

 

少し離れた場所にはもう一つの死体があった。女人の身体に頭部はなく、周囲には脳漿と骨肉の欠片が散乱している。

 

最後の死体は、全身の皮が剥がされていた。

 

逆さ吊りにされ、裂かれた腹部からずり落ちた臓物が小山を作っている。黄色い脂肪を露出させたその胸部からして、恐らくは女性であろうという事が窺える。

 

哀れな三人の死体には、死肉を好む蟲どもが蠢いていた。

 

「酷い……」

 

かつて姉の結婚式で訪れた故郷の森。その奥に潜んでいたゴブリンどもの所業を彷彿とさせる凄惨な光景に、妖精弓手の口から言葉がこぼれる。

 

「どう見る」

 

「まず間違いなく同業者かと。そこに武器も落ちておりますからな」

 

ゴブリンスレイヤーから意見を求められた蜥蜴僧侶はぐるりと周囲を見渡し、そう答えた。

 

「問題は誰の仕業かという事ですが、十中八九、先の手合いでしょうや」

 

「目的は何だと思う」

 

「それについては拙僧も考えておりましたが、恐らくは……」

 

「おぉい、二人とも。こいつを見ろ」

 

蜥蜴僧侶が己の見解を述べようとしたその時、彼の言葉を遮り鉱人道士が臓物の小山を指差した。

 

そこには薄暗い森の中でも確かに輝く、青玉の認識票があった。それは赤黒い塊の中にも、頭を潰された死体のそばにも転がっている。

 

「全員が青玉等級だ。むざむざとやられるような連中じゃねぇ」

 

「ふむ……」

 

ゴブリンスレイヤーは頭を潰された死体へと歩み寄る。

 

骨肉が散らばる赤い染みの中には、特徴的な形の耳があった。であるならば、森の中で彼らが道に迷ったという事はない。

 

(強襲され、迎撃する間もなく全滅したという事か……?)

 

兜の奥で思考するゴブリンスレイヤーであったが、そこで草木が不自然に倒れた形跡を発見する。それはこの先へと続いており、まるで何者かが走り去っていったかのようだ。

 

つまり、生き残りがいたという事だ。

 

「……祈りは済んだか」

 

「……はい」

 

錫杖を手に、死した者たちへの祈りを終えた女神官が立ち上がる。

 

きちんと埋葬する事は出来ないが、彼らの亡骸はいずれこの森と一つとなるだろう。いつか蜥蜴僧侶が言っていた自然の理を胸に、彼女は今すべき事をしっかりと見極めた。

 

「先頭は俺が行こう」

 

「私じゃなくて良いの?」

 

「ああ」

 

薄暗い森の中、エルフの感覚は最も頼りになるが、ゴブリンスレイヤーは自身が先頭を歩く事とした。

 

それは自身が一党の頭目である……という自覚から来るものではない。

 

(あの冒険者たちの死体の中に、斥候らしき者はいなかった)

 

斥候は罠の解除以外に、敵の存在を察知するという重要な役回りも担っている。青玉等級のパーティにその者がいないとは考えにくく、逃れた一人は恐らくは斥候であろう。

 

そしてその斥候が仮に仲間の敵討ちを考えるような人物であれば、森の中というのは都合が良い。身を隠す場所は多く、死角となる場所も至るところにある。

 

(どこかに陣取り、周囲に罠を張り巡らせるには理想的な環境だ)

 

歩きながら、ゴブリンスレイヤーは考える。

 

今まさに歩いている、倒れた草木が示す道標。それすらも罠に使うとすれば……そう、ちょうどこの辺りに……。

 

「止まれ」

 

ゴブリンスレイヤーが後方に手をかざし、合図を送る。

 

彼の目の前には中途半端に倒れかけた大木があり、植物の蔦が先の視界を遮っている。

 

そんな緑色の暖簾を注視すると、その中に縄が紛れている事に気が付く。ゴブリンスレイヤーは慎重に縄の根本を確認すると、後方へと向き直る。

 

「何かありましたかな?」

 

「ああ。罠だ」

 

それは簡易な、しかし時には効果的なものだった。

 

只人の身長を想定し、首の位置にくるよう垂らされた縄。絞殺するには輪が大きすぎるが、その先に繋がっている折れた木の枝の大きさは只人の腕ほどはある。

 

「首か、どこかしらに絡めば当人は驚き混乱する。それを狙ったのだろう」

 

「それだけで、どうにかなるの?」

 

「どうにもならん。が、本命はこれだ」

 

妖精弓手の疑問に、ゴブリンスレイヤーは視線を地面に向ける。

 

緑に埋もれた地面には、先端を削って尖らせた木の枝が生えていた。落とし穴を掘る時間も無かったのだろうが、暗い森の中ではこれでも十分な罠となる。

 

「この上に倒れ込めば致命傷にもなりかねん。そうでなくとも、迂闊に踏み抜けば足に穴が開く」

 

「うわぁ……」

 

いつか目にした小鬼の仕掛けた罠を思い出し、妖精弓手は顔をしかめた。

 

しかしこれを仕掛けたのは先のパーティの生き残りであり、そこには何としてでも仲間の仇を取ろうという執念のようなものも感じる。

 

「しかし罠がそのままっちゅう事は、(やっこ)さんは掛からなかったっちゅうこったな」

 

「そもそもが、この道を通った確証も無い」

 

逆棘の罠を足で蹴り払い、ゴブリンスレイヤーは再び先頭を歩く。

 

すでに視界は闇が多くを隠しつつある。纏わりつくような湿気に女神官は眉をしかめ、そんな彼女を妖精弓手が気遣いつつ歩を進める。

 

幸いな事に、それから先に罠は無かった。

 

しかし、神経を尖らせた彼らの歩みの先にあったのは、哀れな一つの亡骸であった。

 

「また首無しかいや……」

 

「……っ」

 

ゴブリンスレイヤーの予想通り、斥候と思しき恰好をした男の死体は仰向けに転がっており、鉱人道士の言葉通り首無しである。

 

ただ、先ほどの森人の死体とは違い、その頭部は何か鋭利な物によって刈り取られたような断面をしていた。

 

「ふむ……」

 

ゴブリンスレイヤーは死体の次に、宙にぶら下がった猪の死骸を見る。

 

捕縛用の罠だが、かかった猪が死んでいるというのは妙だ。

 

つまり猪の死骸を使ってこの罠を作動させたという事であり、この惨状を生み出した者は、罠の存在を察知していたという事を意味する。

 

そうやって斥候を誘き出し、殺したのだ。

 

「これは……」

 

「何か分かったか」

 

敵の目的は未だ掴めず、その上頭も回る。

 

ゴブリンスレイヤーが次の出方を思案していると、蜥蜴僧侶が何やら神妙な面持ちで尖った顎に手を当てていた。

 

「そう言えば、先程何か言いかけていたな」

 

「ああ。その事なのですが、拙僧の考えが正しければ、恐らくあの手合いの目的は……」

 

と、そこまで言った時である。

 

偶然にも、ゴブリンスレイヤーの視界に妖精弓手が映り込む。

 

彼女は斥候が陣取っていたと思しき場所から、周囲を見渡していた。彼が見ていた景色から、何か得られないかと思っての行動であろう。

 

そんな彼女の後頭部に、突如として赤く光る三つの点が現れる。

 

その直後。

 

夜闇を切り裂く閃光が、妖精弓手目掛けて放たれた。

 




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