ゴブリンスレイヤー×プレデター ~The invisible Hunter~   作:まるっぷ

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第5章『交戦、状況確認、執着』

 

夜闇を切り裂く閃光に、ゴブリンスレイヤーは瞬時に走り出した。

 

同時に、妖精弓手も異常を察知する。自身へと迫る閃光を振り返る愚は犯さず、弾かれたようにその身を跳躍させる。

 

森人の中でも数少ない銀等級の冒険者だからこそ出来る芸当であろう。しかし間一髪であった事に変わりはなく、結わえた髪の先が掠った閃光で焼き焦げる。

 

直後、爆散する地面。

 

倒木の欠片が(やじり)のように四散し、その内の幾つかが妖精弓手の背を叩く。

 

「うっ!?」

 

そのまま倒れ込むかに思われたが、宙へと投げ出されたその身体をゴブリンスレイヤーが抱き止めた。

 

「無事か」

 

「何……とか!」

 

そのままくるりと身を翻し、二人は走り出す。

 

蜥蜴僧侶はすでに女神官を抱きかかえ、鉱人道士を尻尾で絡めとり、その後を追う。

 

「おい、儂を酒樽と勘違いしとりゃせんか!」

 

「なれば、本望でありましょうや!」

 

「はっ、違ぇねぇ!」

 

軽口を叩き合いつつも、蜥蜴僧侶の目は先行する二人の背を見据えていた。

 

「オルクボルグ、どうする!?」

 

「お前が先を行け。とにかく撒く事に専念しろ」

 

「了解!」

 

いかにゴブリンスレイヤーとはいえ、完全に闇に包まれつつある森の中を自由自在に動き回る事は出来ない。それ故の適材適所である。

 

妖精弓手は己の感覚を総動員し、森の中を駆ける。後方の仲間が安全に走り抜けられる道を選び続け、一党は速度を落とさず速やかな離脱を実行していた。

 

しかし、脅威は未だ去らない。

 

姿の見えない襲撃者は、今この瞬間もこちらを狙っているに違いないのだから。

 

「……っ?」

 

激しく揺れる蜥蜴僧侶の腕の中で、女神官はその異音を確かに感じ取った。

 

まるで熊のような巨体が、猿のように木々を飛び渡る、そんな音。

 

着地した足場を粉砕し、枝と木の葉が足跡のように暗闇の奥から降ってくる。そしてそれは、着実にこちらへと迫ってくる。

 

「っ、小鬼殺し殿!」

 

ゴブリンスレイヤーさん!と叫ぶよりも早く、蜥蜴僧侶は腕の中の女神官を彼へと投げ渡す。

 

同時に鉱人道士も尻尾を唸らせ投げ飛ばす。酒樽扱いされた彼は、しかし今度は軽口を叩かない。

 

「鱗の!?」

 

直後、一党は地鳴りにも似た衝撃を感じ取った。

 

暗闇を駆けていた妖精弓手は驚き振り返り、その後を油断無く追従していたゴブリンスレイヤーは投げ渡された女神官を抱き留め、鉱人道士は地面を転がりながら、全員の視線が蜥蜴僧侶へと集中する。

 

「ぬうっ……!」

 

果たして、彼は不可視の敵と相対していた。

 

不可視ゆえに姿は見えないが、蜥蜴僧侶の体勢から察するに、どうやら手四つに近い状況にあるらしい。あの奇襲に対処できたのは彼の技量の高さか、或いは竜の末裔たる本能によるものだろう。

 

そして竜には、尻尾がある。

 

「ぬぅんっ!」

 

長大な尻尾を唸らせ、目の前の敵へと叩きつける。

 

「GUR……!」

 

確かな感触と漏れ出た声に、蜥蜴僧侶は目を光らせた。

 

僅かに崩れた体勢を好機と捉え、追撃を仕掛けようとする……が、それよりも早く、敵の攻撃が彼の顔面に叩きつけられる。

 

「ぐっ!?」

 

鼻っ面に発生した衝撃。

 

痛みに視界が白く弾け、思考を一瞬奪われる。それが頭突きによるものだと、蜥蜴僧侶は遅れて気が付いた。

 

それが命取りとなった。

 

逆に体勢を崩された蜥蜴僧侶の手を振りほどき、不可視の敵が彼の首をひっ掴む。そしてあろう事か、そのまま彼の巨体を持ち上げてしまったではないか。

 

(なんという膂力……!)

 

己を持ち上げる敵の膂力に驚嘆しながらも、彼の聴覚は鋭い金属音を聞き逃さなかった。

 

脳裏に浮かぶのは小鬼たちの惨殺死体と、首を切られた斥候の男の亡骸。であればこの首を狙うのは、鋭利な刃物か。

 

絶体絶命の状況の中、しかし蜥蜴僧侶は口の端を吊り上げる。

 

「時は稼げましたかな?小鬼殺し殿」

 

不可視の敵の背後に見える、見慣れた姿。

 

暗い森の中を利用して敵の背後を取ったゴブリンスレイヤーが、腰から引き抜いたナイフを迷いなく投擲する。

 

「GURA!?」

 

(はた)から見れば、それは空中にナイフが浮かんでいるようにしか見えないだろう。しかし同時に噴き出した蛍光色の血液(奇妙な色の液体)が、投擲に成功した何よりの証である

 

「畳みかけろ!」

 

「分かってる!」

 

ゴブリンスレイヤーの声に反応したのは、いつの間にやら樹上に移動していた妖精弓手である。

 

彼女は木々の葉に隠れるようにして姿を隠し、そこから鋭い一射を放つ。

 

森人の矢に仕損じなし。その矢はゴブリンスレイヤーの作った()()を頼りに、真っ直ぐに吸い込まれていった。

 

が、それは甲高い音とともに弾かれてしまう。

 

「嘘!?」

 

「鎧か!」

 

ここに来て、賽の目は敵へと微笑んだ。

 

不可視ゆえに見えなかった敵の姿。どうやら鎧を身に着けているらしく、それにより妖精弓手の矢は防がれてしまったのである。

 

「もう一回!」

 

次こそは仕留めると意気込み、妖精弓手が矢をつがえる。ゴブリンスレイヤーもまた剣を引き抜き、突貫の構えで走り出そうとする。

 

が、敵もいつまでもされるがままではない。

 

大きく身を(ひるがえ)し、捕らえていた蜥蜴僧侶をゴブリンスレイヤーへと投げつける。

 

「!?」

 

これには構えていた剣を下げるしかなく、突如の事にゴブリンスレイヤーは蜥蜴僧侶の巨体と正面からぶつかる形となってしまう。

 

同時に、敵の視線は妖精弓手のいる樹上へと向けられる。

 

そして奇妙な音を響かせ、再びあの閃光を彼女へと放った。

 

「また!?」

 

慌ててその場から離れる妖精弓手。次の瞬間には彼女がいた場所は爆散し、太い幹が火の粉とともに地面へと落ちてゆく。

 

「きゃあ!?」

 

響き渡る轟音に、少し離れた場所で待機していた女神官から悲鳴が上がる。その傍で彼女を守るように控えていた鉱人道士は、舌打ちと共に声を荒らげる。

 

「かみきり丸!もうやっちまうぞ!」

 

「ああ、やれ!」

 

「ほい来た!」

 

あらゆる場合に対し策を講じるのは当然の事。故にゴブリンスレイヤーは、このような事態においても策を用意しておいた。

 

幸い、敵は蜥蜴僧侶を開放した。ならば躊躇する理由はない。

 

「《土精(ノーム)水精(ウンディーネ)、素敵な(しとね)をこさえてくんろ》!」

 

鉱人道士の唱えた魔術《泥罠(スネア)》が、不可視の敵の足元に広がる。

 

「GURR……!?」

 

もとより湿気の多い森の中。精霊たちも気前よく応えたのか、敵はあっという間に腰ほどまで―――恐らくは―――泥の中へと飲み込まれてゆく。

 

困惑の色を含んだ声を漏らす敵に、ゴブリンスレイヤーは追撃を仕掛ける事はなかった。

 

「退け!」

 

飛び道具がある以上、初手で仕留めきれなかった場合は撤退する。頭目たるゴブリンスレイヤーの声に、否を唱える者はいなかった。

 

一党は再び夜の森の中へと身を隠す。

 

後に残ったのは燃え燻る木と、泥の中から這い上がる……不可視の敵のみだった。

 

「CURRR……」

 

 

 

§

 

 

 

「全員、無事か」

 

しばし森の中を駆け、少し開けた場所で足を止めた一党は、ここで小休止を取る事とした。

 

自動人形(オートマトン)のようにいつまでも動き回れる訳ではない。生きている以上は疲労が常に付きまとい、休息を取れるのであれば、そうしなければならない。

 

「おう。儂も娘っ子も怪我はしてねぇぞ」

 

「拙僧も」

 

「いや、思いっきり攻撃されてたじゃない」

 

「何のあれしき。怪我には入りませぬ」

 

女神官の護衛も兼ねて控えていた鉱人道士が酒を煽りつつそう言えば、蜥蜴僧侶の言葉に妖精弓手が突っ込みを入れる。

 

それを軽くいなした蜥蜴僧侶は鼻に指を当て、ふんと一息。固まりかけた小さな血の塊が片方の鼻孔から飛び出し、にやりと笑って見せる。

 

つまり、一党は全員無事であった。

 

「そういうお前はどうなのだ」

 

「えっ?」

 

「背中を痛めただろう」

 

蜥蜴僧侶の言葉に顔を引き攣らせていた妖精弓手は、ゴブリンスレイヤーからの言葉にきょとんとした様子を見せた。

 

そして彼の言わんとする事に気が付き、ああ、と少し恥ずかしそうに笑って見せる。

 

「大丈夫。そんなに痛くなかったし、破片も刺さらなかったわ」

 

「そうか」

 

それは、閃光の奇襲によって弾けた木っ端の事を意味していた。

 

僅か数瞬の出来事であったが、ゴブリンスレイヤーは見逃してはいなかった。一応の確認はしていたが、大きな怪我ほど後になって気が付くものだ。

 

(そういう気配りはよく気が付くんだけどね)

 

こと冒険、或いは小鬼退治の際に発揮される気配りの僅か少しでも、常日頃から見せていれば変人扱いなどされないのに、と妖精弓手は場違いながらもそう思い、口角を緩ませる。

 

そして、それに着いていく年下の友人も色々と苦労しているのだろうなぁ、と思う。

 

「はい、どうぞ」

 

「うん、ありがと……あなたも大変ね」

 

「へ?」

 

「何でも。こっちの話」

 

差し出された革袋を受け取りつつ、妖精弓手は片目を瞑って答える。きょとんとした顔の女神官は、ついぞその意味を理解することはなかった。

 

さて。

 

小休止も終え、次にすべき事は対策である。

 

つまり、あの不可視の敵とどう戦うか、である。

 

「どう見る」

 

「ちゅーてもなぁ、敵の思惑もさっぱりだわい。いきなしぶっ放してきたと思えば、しつこく追っかけて来よるし」

 

「冒険者もゴブリンも見境なしだし。全くなに考えてるのか分かんないわ」

 

「ふむ……」

 

燃える薪の周りに集まり意見を述べ合う一党。頭目たるゴブリンスレイヤーの問いに、鉱人道士も妖精弓手も眉をしかめて頭を捻るばかりであった。

 

「何か目的というか、個人的な考えで動いている……という事でしょうか?」

 

「であれば、それが敵の正体を掴む糸口となるだろう」

 

女神官の言葉に、ゴブリンスレイヤーは己の意見を乗せる。

 

そも、この四方世界では祈らぬ者(NPC)こそが人類の敵である。もちろん盗賊などの後ろ暗い稼業に身をやつした者は数え切れぬほどいるだろうが、それでも人類の敵とは言えない。金を稼ぐ手段が公にできないだけで、金を使うのに世界が破綻しては元も子もないからだ。

 

であれば、敵の正体は何か?

 

「その事なのですが、拙僧の内に一つ浮かんだものが」

 

謎かけ(リドル)に苦しむゴブリンスレイヤーたちに一筋の光明を与えたのは、唯一直に敵に触れた蜥蜴僧侶であった。

 

「そう言えば、あの時何か言いかけていたな」

 

「左様。直後に奇襲を受け、機を逃してしまいましたがな」

 

彼は懐から取り出したチーズを木の枝に刺し、火で炙る。どこかもったい振った様子に、全員の視線が蜥蜴僧侶へと向けられた。

 

「拙僧が冒険者となったのは、異端を殺し位階を高め、竜となるため」

 

表面がとろりと蕩けたチーズを引き上げ、蜥蜴僧侶は一口でそれを平らげる。その最中、誰も口を挟まなかった。

 

「しかし、あ奴は違う。己を高める為であれば、例え四方世界を敵に回しても構わない。拙僧はそのように感じましたな」

 

「そう思う根拠は?」

 

「あの斥候の亡骸です」

 

ゴブリンスレイヤーの問いに、チーズを刺していた枝を火の中に放りつつ、彼はさらに告げる。

 

「単に殺しが目的であれば、それで済む話。しかしその頭部を持ち去ったとあれば、筋は通るというもの」

 

「えっと、その……?」

 

理解が追いついていない女神官。その解答を授けるように、鉱人道士は口を開いた。

 

「つまり、奴は歯ごたえのある敵を欲しとるっちゅう事か?」

 

(しか)り。己を高める敵を欲し、それを打ち倒した証として首級(トロフィー)を持ち去る。差し詰め、この状況は敵にとっての狩り(ハント)といった所でしょうや」

 

種族柄、そういった事に理解のある蜥蜴僧侶だからこそ辿り着いた結論。

 

同時に、一党は理解する。

 

あれほどまでに()()に執着する狩人(ハンター)が、このまま自分たちをみすみす逃すはずがないと。

 

「……っ」

 

ごくり、と女神官の喉が鳴る。

 

自分たちが置かれた状況を理解し、隠しきれない緊張が地肌を這い上がる。

 

どうしようもない事態に陥った。そんな考えが脳裏を過るも、いつだって配られた手札(カード)で勝負するしかないのだ。これまでもそうしてきたし、これからもそうするしかない。

 

そして、今はまだ絶望する状況ではない。

 

「……だが」

 

そんな女神官の胸中を肯定するかのように、ゴブリンスレイヤーは兜の奥から言い放つ。

 

己の放ったナイフ。それが敵に突き刺さった光景を思い出しながら。

 

「血が出るのならば、殺せるはずだ」

 

 

 

§

 

 

 

不可視の敵、狩人(ハンター)は樹上に身を置いていた。

 

暗闇が支配する夜の森を俯瞰できる太い枝の上に立ち、身体にこびり付いた泥の跡のみが、その巨体を僅かに浮かび上がらせている。

 

やがて狩人(ハンター)は不可視の仕掛けを解き、枝に腰掛け、目の前に奇妙な形の器具を並べ始めた。それらは一見して食器のようにも、物騒な用途の武器にも見える。

 

その用途は医療器具である。ゴブリンスレイヤーの放ったナイフによって付けられた傷を、この場で簡易的に治療しようとしているのだ。

 

すでにナイフは引き抜いてある。背中側の脇腹付近に突き刺さった傷はさほど深くはないが、出血はなかなかに止まらない。ゆえに治療しなければならない。

 

もっとも、それは治療と呼ぶにはあまりに荒々しいものではあるのだが。

 

「GURR……!」

 

鉄の延べ板のような器具を、刺し傷に突き入れる。麻酔など使用しない。それは感覚を鈍らせ、戦場においては命取りになりかねないからだ。

 

そしてそれは、激痛を強いる事を意味する。

 

「……GAARAAAARRR!!」

 

一際大きな叫びが、夜の森に響き渡った。

 

一体どのような仕掛けか、赤熱した延べ板が傷を焼き、物理的に出血を止める。そして傷口を鋲で塞ぐ。これも痛みを伴うが、狩人(ハンター)は全く意に介さない。

 

狩人(ハンター)の頭の中には、先ほど交戦した者たちの事しかなかった。

 

大柄な蜥蜴面の男。

 

弓を操る細身の女。

 

奇妙な術を使う矮躯の男。

 

錫杖を持った女の力は未知数だが、まぁ期待はできる。

 

そして何より、あの鎧の男。

 

洞窟で遭遇した時から、あの男の指示が彼らを動かしていた。全体を指揮する立場であろう事は明白であり、何よりこうして己に手傷を負わせたのだ。

 

狩人(ハンター)は喜んでいた。

 

この地に来て初めて、歯応えのある獲物に巡り合えた事に。

 

緑色の貧弱な生物でも、ただの奇襲で呆気なくやられる人間たちでも、多少は策を巡らせて挑んできたあの男とも違う。彼らは今の今まで生き残り、こうして()()こちらを警戒している。

 

間違いなく、上質な獲物だ。

 

脇腹の激痛など、狩人(ハンター)はもはや感じていなかった。

 

彼の中にあるのは獲物への狩猟本能のみ。己を高めるであろう存在に、腰に吊るした頭蓋骨へと知らずに手が伸びる。

 

「CRRRRAA……」

 

―――狩猟、再開(ハンティング・リスタート)

 

 

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