ゴブリンスレイヤー×プレデター ~The invisible Hunter~ 作:まるっぷ
「火を絶やすな。少なくとも明日の朝までは」
「あいよ」
ゴブリンスレイヤーの指示のもと、一党はこの地を今晩の拠点とする事とした。森の中であって開けた地はそうそうなく、休息を取るにはここしかないという判断であった。
同時に、夜間に襲撃を仕掛けてくるとすれば迎撃するのもここしかない。鬱蒼とした木々の中であればやり過ごせるかも知れないが、先の追跡能力から鑑みるに、それは楽観視が過ぎるだろう。
「生木をくべても大丈夫なんですか?」
「本当はしっかり乾いてるんが良いけどな。火で炙りながら水分を飛ばしゃあ、まぁ問題なかろ」
鉱人道士は目の前で赤々と燃える炎に、新たな薪を放り込む。
もくもくと上がる煙の量に女神官が心配そうに近づいてきたが、鉱人道士がそれを杞憂であると答える。中には燃やすと毒気を出すモンもあるから、そこだけは気をつけろよと付け加えながら。
「して、策はおありですかな?小鬼殺し殿」
「限られているがな」
蜥蜴僧侶からの問いに、ゴブリンスレイヤーは黙々と作っていたものを手渡す。
それは樹皮を剥がして組んだ簡易な器であった。手で押しても一定の強度はあるが、水を入れればたちまち漏れてしまうであろう。
しかし、入れるのは水ではない。
「これに泥を集めろ」
「じゃあ、私も手伝いますね」
相変わらずの短い指示に、承知、と蜥蜴僧侶が答える。手持無沙汰にしていた女神官も彼に続き、神官服の裾が汚れるのも構わずに泥をかき集め始める。
と、そこに周囲の警戒を終えた妖精弓手が現れた。
手持ちの武器の点検をするゴブリンスレイヤーの背から顔を覗かせ、彼女は不思議そうに質問を投げかける。
そんな彼の背後から不思議そうに顔を覗かせる。
「泥なんて集めてどうするの?」
「奴はまた姿を消して現れるだろう。だから投擲よりも確実な目印をつける」
周囲は焚き木の火で明るく照らされている。そこに泥を被せれば、先ほどよりもより鮮明に敵の姿を浮き彫りにさせる事ができる。
単純ではあるが、上手くいけば有利に戦闘を行う事ができる。
「オルクボルグの事だから、てっきり
「姿が見えない相手には分が悪い。やるなら確実にだ」
「その手段は残ってるのね……」
森の中であって妖精弓手も顔をしかめたが、文句は言えない。手段を選んで勝てる相手ではないと、彼女も理解しているのだ。
一方、武器の点検を終えたゴブリンスレイヤーは傍らに置いた木の枝を削り始める。
枝とは言っても、それは子供の腕ほどの太さだ。先端を尖らせれば、不格好ながら短槍という新たな武器が出来上がる。
「……そういえば」
一本、二本と短槍を拵える傍ら、ふとゴブリンスレイヤーは呟く。
「奴はどうやって、こちらを見ているのだろうか」
「へ?」
木を削る作業を傍で見ていた妖精弓手が、きょとんとした顔を向ける。
「それは目でしょ。その為についてるんだから」
至極真っ当な意見である。
目が潰れてしまえば物を見ることは出来ない。彼自身もゴブリンに対して何度もやってきた手段だ。しかし、この四方世界には目に頼らずに生きる者はごまんといる。
「
「それは……こう……勘で?」
「ふむ……」
専門家でもないゴブリンスレイヤーは、そうとしか言えない。返ってきた答えがどんなものであっても、あざ笑う事もない。
重要なのは、敵からどう見えているのかという事。それさえ分かれば、戦略の幅も広がるというものだ。
「
火の番をしつつ、鉱人道士も話に加わる。
日の光が届かぬ洞窟に住み着く住民たる蝙蝠の話が出て、ゴブリンスレイヤーは興味深げに頷いた。
「それで分かるのか」
「洞窟みてぇな場所だと声が響くだろ。あいつらは俺たちよりもそれを敏感に感じ取ってるっちゅうこったな」
「なるほど」
「むぅ……」
自分よりも的確に、専門的な知識をひけらかされたようで頬を膨らませる妖精弓手。そんな様子を肴に、鉱人道士はぐびりと酒瓶を呷る。
「蛇もまた、匂いと熱を感じ取って周囲を把握すると聞いた事がありますな」
と、そこで蜥蜴僧侶が、鉱人道士とは異なる意見を告げた。
泥を集め終えた彼は器を地面に置き、火の近くに陣取る。
「蝙蝠もだが、目で見ているのではないのか」
「それが左程、視力は良ろしくないようで。弱い部分を他の感覚で補う動物とは存外多いものですぞ」
「あなたはどうなの?」
「無論、倒すべき敵はこの
このように、と、ずいと顔を近づける蜥蜴僧侶。仲間とはいえ、急に強面が迫った妖精弓手はひゃあと驚いた。
そこからはいつもの通りだ。気を張り詰めつつ、しかし緩めるところは緩める。気力を無駄にする事なく、油断せず周囲に気を配る。
「はい、ゴブリンスレイヤーさん」
「ああ」
生木を火で乾かす傍ら、女神官が水袋を差し出す。
葡萄酒が混ざった液体を兜の隙間から流し込めば、腹の奥にほのかな熱が宿る。寝ずの番は何度も経験があるが、こういったものはやはり有難いものだ。
「お前も飲んでおけ」
「はい」
そう言って女神官はゴブリンスレイヤーのとなりにちょこんと座り、
ふう、と一息つくと、彼女は視線を隣へと向ける。そこには、相変わらず顔色の分からない兜の横顔があった。
「……ゴブリンスレイヤーさんは、その……こういう時は、どんな事を考えているんですか?」
「こういう時とは」
「えっと、その……」
何故いきなりこのような事を言い出したのか、彼女自身も分からなかった。
いつも通りのゴブリン退治。そのはずが、今や正体不明の襲撃者に狙われている状況。数年前までの自分なら膝を抱えてうずくまり、地母神に祈りを捧げる事しか出来なかったかも知れない。
今そうしていないのは、間違いなくゴブリンスレイヤーのおかげだ。そも、最初の冒険から生きて帰れたのも。
蜥蜴僧侶、鉱人道士、妖精弓手。彼らと出会い、共に冒険してきた中で、確かに女神官は成長した。等級も上がった。しかし未だ、こうした不足の事態には慣れない。
一方のゴブリンスレイヤーと言えば、常に冷静沈着で状況を観察し、最適な答えを導き出しているように思える。時には骰子の出目が悪い時もあるが、それでも、少なくとも動き続けている。
「……考える事を止めてしまえば、人は死ぬ」
言葉に詰まった女神官の胸中を察したのか、ゴブリンスレイヤーは兜の中で口を開く。
「何も冒険者に限った事ではない。人はそうして今まで生きてきた。だから俺も、同じ事をしているだけだ」
端的に、ともすれば突き放しているようにも聞こえるその言葉は、しかし女神官にとっては十分すぎる返答であった。
何かに行き詰った時、人は選択を迫られる。生き死にの場であろうと、普段の生活であろうと。日々突きつけられる選択と同じようにしているだけだと、彼は言っているのだ。
だから、いかに危機的な状況であろうと、考え続ける以上は絶望的ではない、と。
「こんな答えで良いか」
「……はいっ」
シャッ、と三本目の短槍を削り終え、ゴブリンスレイヤーは兜を傾ける。
そんないつも通りの彼の姿に、女神官は顔をほころばせた。
§
数刻後。
規則正しい寝息を立てる女神官を囲むようにして、ゴブリンスレイヤーたちは夜の番をしていた。
勿論、不可視の敵による奇襲に備えての事だ。
あの閃光の前触れ。赤く光る三つの点を見逃さないよう焚火の明かりが必要最低限の場所まで離れ、周囲を警戒しつつも互いの背後を監視できるような、独特の布陣である。
しかし、用心に越した事はないが、蜥蜴僧侶曰く『あれは強力過ぎる』そうだ。
歯応えのある敵を求めているのであれば、あの閃光で遠距離から一方的に……という可能性は低いだろう。わざわざ追いかけて肉弾戦にまで持ち込んだのだから、尚更である。
故に、警戒するのであれば未知の攻撃手段。或いは不可視となっていつの間にか背後を取られている、という状況。
森人の優れた五感を総動員しつつも、妖精弓手はすやすやと眠る年下の友人を優し気に見守る。
「こんな状況なのに、よく寝てるわ」
「これも、かみきり丸の教育の賜物じゃの」
いかに経験を積んできたとは言え、彼女は神官職である。
体力面で戦闘職に勝る訳もなく、故に一番に休息する必要がある。本人は大丈夫と言っていたが夜の、それも蒸し暑い森の中というのは想像以上に体力を消耗する。
いざという時に動けないでは話にならない。そうして半ば無理やりにも横にさせたのだが、今やすっかり眠ってしまっていた。
「神官殿も年若いながら様々な経験を積んでおりますからな。このような時でもしっかりと休めるのは、良き事でありましょうや」
「それはそうだけど……何ていうか、どんどん図太くなっちゃってるわね、この子」
確かに、良い事ではあるのだけれど。
休める時にきちんと休めるのも冒険者にとって大切な事であり、それを否定する訳では無いのだが……それでもなぁ、と、妖精弓手は形の良い眉を歪ませた。
「オルクボルグも、あんまり無理させちゃ駄目よ?」
「無理などさせてはいない」
妖精弓手からの苦言とも取れる言葉に、ゴブリンスレイヤーは変わらずの調子で答える。
「最近は、ゴブリンの
「ねぇ、それって皮肉?」
匂い消しの香袋を使うようになってからはめっきり減ったが、うっかり忘れた日には全身ゴブリンの血脂に塗れる羽目となる。一応は無理をさせているという自覚があったのが、せめてもの救いだろうか。
と、そんな風に軽口を交わしていた、そんな時である。
「………っ」
ぴくり、と妖精弓手がその長い耳を小さく揺らす。
瞬時に臨戦態勢となった一党。ゴブリンスレイヤーは警戒しつつ、女神官の肩を揺らした。
「んっ……ゴブリンスレイヤーさん?」
「備えろ。奴かも知れん」
「っ!」
その言葉に女神官も素早く身を起こし、杖を構える。寝起きの微睡みなどかき消え、そこには一人前の冒険者の顔つきが宿っていた。
感覚の鋭い妖精弓手は異変を感じた方向を。蜥蜴僧侶、鉱人道士はその周囲を。そしてゴブリンスレイヤーは女神官をかばえるようにしつつ、各々が緊張の糸を張り詰めさせる。
一秒、二秒……十秒。
緊迫した時の流れはこうも遅く感じるのかと、何度経験しても慣れない感覚に女神官の顎から汗が滴り落ちる。
「……来ませんね」
「気を抜くな。どんな手段でこちらを狙っているか分からん」
剣を構えるゴブリンスレイヤーは暗闇を見据え、不可視の敵を迎え撃つ姿勢を崩さない。
果たして、どう来るか。
頭上からの襲撃か。またぞろ件の閃光か。それとも全く別の攻撃か……それが分かったのは、直後の事であった。
「―――伏せろ!」
ゴブリンスレイヤーが言い放ったその声に従い、一党は身を屈める。
直後に聞こえてきたのは風切り音。肌すら震わすほどの何かが、己の頭上を恐ろしい速度で通過したのを、女神官は感じ取った。
「何、今の!?」
「
察するに、高速で飛来する回転体。しかしそれは彼らが知るものよりも遥かに速く、殺意に満ちたものだった。
そしてそれは、周囲の森が雄弁に物語っていた。
「こっちだ!」
ゴブリンスレイヤーの鋭い声が再び飛ぶ。
バキバキと音を立てて倒れる木々。信じがたい事に、先の飛来物が切り倒した事によるものだった。
「噓でしょ!?」
「言うとる場合か!」
一党を目掛けて倒れてくる巨木。巨人の一撃もかくやといった光景に、女神官はゴブリンスレイヤーの声に反応するのが遅れてしまう。
「きゃあっ!?」
暗闇に響く轟音。
倒れた巨木の下敷きを免れたものの、女神官は一党と分断されてしまう。
「神官殿!」
「だ、大丈夫です!」
己の無事を伝えるも、未だ事態は何も変わっていない。巨木に遮られ姿は見えぬものの、その切迫した状態は彼女にも伝わってくる。
どうにかして合流しようとするも、直後に妖精弓手の声が飛ぶ。
「また来るわ!」
飛来物の初動を感じ取った彼女の言葉に違わず、二度目の攻撃が一党を襲う。女神官は先の行動をなぞる様に身を屈め、その攻撃をやり過ごした。
「―――っ!?」
そして、木々が倒れる。
下敷きを免れるには動くしかない。それが例え、ゴブリンスレイヤーたちのいる場所から遠ざかってしまうとしても。
「はぁっ、はぁっ……ぅあ!?」
頭上より襲い掛かる重量物から逃れる事に必死で、女神官は躓いてしまった。
よりにもよって、そこは斜面であった。
ごろごろと地面を転がり、神官服を土で汚した女神官は、ようやく勢いの止まった森の中で顔を上げる。
「くぅ……み、皆さん……?」
呟くも、目の前には暗闇のみ。
孤立してしまった女神官は、知らずに錫杖を握りしめた……その時。
「こっちだ!」
「っ、ゴブリンスレイヤーさん!?」
耳を震わすのは、聴き慣れたあの声。
幾度も窮地を救ってくれた、彼の声。
女神官は足に力を込め、声のする方へと駆け出した。
「こっちだ!……こっちだ!」
「はぁっ、はぁっ……ゴブリンスレイヤーさん……!」
もうすぐ。もうすぐ会える。
女神官の顔に希望の色が灯る。
視界を遮る枝を払い、何度も躓きながらも、女神官は息を切らして走り続けた。
その先にあったのは、誰もいない開けた場所だった。
「………え?」
否。誰もいない訳では無い。
女神官の目の前に広がる暗闇の森。
その光景が、不自然に歪んでいたのだから。
『……コッチダ』
直後。
黄色く光る二つの眼が、女神官を見据えた。
『エイリアン ロムルス』観ました。
今までのシリーズを観てきて良かったと思える映画でしたね。最高でした。