ゴブリンスレイヤー×プレデター ~The invisible Hunter~   作:まるっぷ

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第7章『反撃準備』

 

「はっ……はぁっ……」

 

上手く息が吸えない。

 

女神官の脳裏に過ぎるのは、最初の冒険の記憶。剣士の少年と武闘家の少女、魔術師の少女と共に挑んだゴブリン退治。

 

二人が命を落とし、一人は心に深い傷を負った。自分はそのどちらにも当てはまらなかったが、それは骰子(サイコロ)の出目が良かっただけに過ぎない。

 

その点で言えば今の状況は、限りなく最悪に近い。

 

「CURRR……」

 

歪んだ夜の森の景色が浮かび上がらせる獣の姿……狩人(ハンター)の姿は、人の形をしていた。それは蜥蜴僧侶と同等か、ともすればそれ以上に大きい。

 

捕食者(プレデター)

 

そんな言葉が、女神官の頭に浮かぶ。

 

極限まで引き延ばされる恐怖。その先にあったのは、狩人の足音だった。

 

「……ぁっ」

 

思わず後ずさる女神官。

 

しかし、そんな些細な行動さえも許さないとばかりに、背後にあった木が彼女の動きを止めてしまう。

 

「ぁ……ぁあ……!?」

 

喉が細まる。息が出来ない。

 

ずるずると木にもたれかかるように、女神官の尻が地面に落ちる。錫杖はしっかりと握りしめたまま、しかし身体は凍り付いたかのように動かない。

 

(ゴブリンスレイヤー、さん……)

 

何度も窮地を救ってくれた彼はいない。

 

最早これまで。何もかもを捨て去り、意味を成さない祈りだけを捧げようとした……その瞬間。

 

『考える事を止めてしまえば、人は死ぬ』

 

「……っ!」

 

思い出されたのは、ゴブリンスレイヤーのあの言葉。

 

冒険者に限らず、日々の営みの中でさえそれは絶対の理だ。

 

そうだ。人は今までそうして生きてきたのだから。

 

ならば、自分が今すべき事とは?意味の成さない祈りを捧げる事だろうか。

 

―――違う。

 

すべき事は、ただ一つ。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》―――!」

 

紡がれるは、魂削る祈りの言葉。

 

重なるように響くのは、無機質な金属音。

 

断頭斧(ギロチン)の如き鉤爪が振り下ろされるのと、女神官の祈りが聞き届けられるのは、同時であった。

 

「《聖壁(プロテクション)》!」

 

地母神への祈りが奇跡となって顕現する。

 

女神官を守るように前面に展開された不可視の壁。そこへ突き立てられるのは、またしても不可視の刃。

 

蜥蜴僧侶の巨躯さえ持ち上げた膂力で振るわれた刃は……果たして、女神官の眼前で停止した。

 

「はぁっ、はあっ!」

 

見えずとも、分かる。己の命は寸でのところで繋がったのだと。

 

玉の汗を浮かばせながら、女神官は目を背けない。眼前には、未だ不可視の狩人がいるのだから。

 

「CURRR……」

 

狩人は突如として現れた不可視の壁を興味深げに―――少なくとも、彼女の目にはそう見えた―――見据える。空いた片手でぺたりと壁に触れ、それが何であるのか観察しているようだ。

 

この好機を逃す手はない。女神官は汗ばんだ手で錫杖を握り直す。

 

当たり前だ。考える事を止めてしまえば、人は死んでしまうのだから。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷えるわたしどもに、聖なる光をお恵みください》!」

 

解き放たれるは《聖光(ホーリーライト)》。

 

夜目の効くゴブリンの目を幾度となく焼き、活路を切り開いてきたその光は、変わらず女神官の祈りに応える。

 

が、しかし……それは狩人を退けるには至らなかった。

 

「そんな……!?」

 

女神官の顔に、今度こそ絶望の影が走る。

 

狩人は聖なる光などまるで見えていないかのように、不可視の壁を観察し続けていた。

 

やがて、それが壁以外の何物でもないと理解したのか、無造作な拳の一突きで打ち砕いてしまう。

 

「あっ―――!?」

 

小さな光の粒と化した祈りが、暗い森の中に消えてゆく。

 

もう己を守るものは何もない。次なる奇跡を紡ぐ時間もない。

 

許されるのは、数秒後に来るであろう“死”への覚悟の時間のみ。

 

女神官は目を瞑り―――しかし、心まで諦めはしなかった。

 

 

 

「ゴブリンスレイヤーさんっ!!」

 

 

 

直後。

 

夜闇を切り裂く矢の音色が、女神官の耳朶を震わせた。

 

「GUROO!?」

 

次いで聞こえてくるのは狩人の叫び。きつく結んだ(まなこ)を開けば、そこには体制を崩したように見える狩人の姿があった。

 

振り撒かれたものは色こそ違えど、それの意味するところは四方世界に生きる者たちと全く同じ。即ち、命に宿る温もりに他ならない。

 

そしてそれは、妖精弓手の放った鋭い一射が狩人の不可視の肉体に突き刺さった事を意味していた。

 

「今度は外さないんだから!」

 

声のした方へと向けば、矢を放った格好で得意げにしている妖精弓手の姿があった。

 

状況を理解出来ずにいる女神官であったが、びゅん!と、目の前を轟風が駆け抜けるのを感じる。

 

否、それは蜥蜴僧侶の特攻であった。その巨躯を砲弾のように突っ込ませ、狩人に凄まじい体当たりをかましたのだ。

 

「GORR―――!?」

 

狩人は勢いのままに背後の木に激突。動きの止まったその瞬間を見逃すはずもなく、蜥蜴僧侶の鋭い爪が新たな傷を刻み込む。

 

「シャアァッ!!」

 

「G……GAARRAAA!?」

 

更に、駄目押しとばかりに呪文が紡がれる。

 

「《仕事だ仕事だ、土精(ノーム)ども。砂粒一粒、転がり廻せば石となる》!」

 

いつの間にか、女神官の視界の端にいた鉱人道士だ。彼は雑嚢から取り出した一握りの砂を振り撒き、それは瞬く間に礫へと転じる。

 

「鱗の、娘っ子を!」

 

「承知!」

 

「きゃあっ……!?」

 

女神官の上に覆いかぶさるようにして身を屈める蜥蜴僧侶。これで障害はなくなった。

 

緑色に発光する血を流す狩人へと、《石弾(ストーンブラスト)》が炸裂した。

 

「こんだけ目立ちゃあ、暗闇ん中でも当たらぁな!」

 

ドドドドドッ!と、無数の礫が狩人に殺到する。

 

その巨体がぶつかった木は礫によって更に傷つき、派手な音を立てて倒れる。

 

「GURRR……!」

 

妖精弓手の放った一射。蜥蜴僧侶の特攻。そして鉱人道士の呪文。毛ほども臆さぬ見事な連携を前に、流石の狩人もすぐさまの応戦とはいかなかったらしい。

 

地面に緑色に発光する血痕を残し、狩人は再び夜の森へと姿をくらませた。

 

「……駄目、見失ったわ」

 

「構わん」

 

全ては計算尽くであった。

 

女神官の安全を最優先とし、可能であればここで撃破。あれだけ手傷を負わせれば、足跡の如く血痕も残るだろう。

 

「泥よりも、余程良い目印となった」

 

そう。全ては計算尽くであったのだ。

 

それを指示したのは他でもない、薄汚れた兜を被った冒険者―――。

 

「ゴブリンスレイヤーさん!」

 

「すまない、遅れた」

 

破顔した女神官を中心に一党は身構える。

 

妖精弓手は次なる矢を番え、蜥蜴僧侶は得物を構え、鉱人道士は触媒に手を伸ばし、ゴブリンスレイヤーは剣を構える。

 

これまで幾多の試練を乗り越えてきた冒険者たちが、再び合流を果たした。

 

 

 

§

 

 

 

腕に突き刺さった矢を無造作に引き抜く。少量の血が飛び散り、それは草木を不気味に照らし出す。

 

次に、狩人は己の胴に刻まれた傷に触れる。

 

斜めに走る四本の線。獣の如き獰猛さでつけられたそれは、内臓には達していない。礫による追撃も同様に痛みはあるが、強靭な肉体により致命傷には至らなかったのだ。

 

「CRUUU……」

 

血もやがて止まるだろう。しかし状況が良くないと、舌打ちにも似た唸り声をあげる。

 

奴らは今までの獲物とは違い、頭が回る。

 

仲間の救出だけが目的ならば、ああまで己の身を危険に晒す必要はなかったはず。ならば奴らもまた、こちらを仕留めるつもりで行動しているに違いない。

 

「CURRR……」

 

そう判断した狩人の漏らす声は、やはり嬉し気であった。

 

奴らは逃げない。夜はまだ明けず、狩猟(ハンティング)はまだ続いている。

 

そうして狩人は音もなく、腰に吊るしていた頭蓋骨(トロフィー)を手に取った。

 

己の血がべっとりと付着した、その手で。

 

 

 

§

 

 

 

「大丈夫?怪我してないっ?」

 

「あ……はい。大丈夫です」

 

周囲を警戒しつつ、妖精弓手は女神官が負傷していないかと心配そうな声を漏らした。攻撃は受けていないようだが、斜面を転がり落ちた際の打ち身を案じての事だ。

 

流石に無傷とはいかず、女神官の顔にはいくつかの擦り傷が見られた。それでもこうして合流できたのは、まさに奇跡的な事であろう。

 

「しっかし、あんにゃろうも嫌らしい事しやがる。よりにもよって娘っ子から狙うなんざ」

 

「群れからはぐれた獲物を優先して狩るのは、我らも同じ事。拙僧らも気をつけねばなりませんなぁ」

 

「だが、《聖光(ホーリーライト)》は良い手だった」

 

毒づく鉱人道士に、蜥蜴僧侶は自戒の意味も込めて言葉を返す。

 

次いで出たゴブリンスレイヤーの言葉に、女神官は思わず目を丸くした。

 

「あれでお前の居場所も早く特定できた。よくやった」

 

「え、ぁ……ありがとうございます」

 

寡黙な兜の奥から出たその言葉に女神官は頬を赤らめるが、すぐに冒険者の顔を取り戻す。

 

それよりも、率先して伝えるべき事があるからだ。

 

「その事なんですけど……あの敵、《聖光(ホーリーライト)》が効きませんでした」

 

「何?」

 

女神官から告げられた事実に、ゴブリンスレイヤーが兜を傾ける。

 

目眩(めくらま)しのつもりで使ったんですけど、全く動じていませんでした。《聖壁(プロテクション)》もすぐに壊されてしまって……」

 

「《聖壁(プロテクション)》が……!?」

 

「はい。それに……ゴブリンスレイヤーさんの声を真似てました」

 

「おいおい、まじかよ」

 

これまでも一党の窮地を救ってきた女神官の奇跡が、そうも簡単に破壊されるとは。それに加えて、狩人はこちらの声までも真似てくると言う。

 

仲間とはぐれても迂闊に助けも呼べず、聞こえてくる声も仲間のものとは限らない。その事実に、一党の背に冷たいものが走る。

 

そんな中、ゴブリンスレイヤーは別の事に思考を巡らせていた。

 

目眩(めくらま)しが効かないという事は、奴は目で物を見ていないという事か?ならば音か、匂いか……)

 

先の会話。

 

鉱人道士と蜥蜴僧侶の言葉を思い出し、より深く考える。

 

音であるならば、これまで襲う機会は山ほどあったはず。今この瞬間にも仕掛けてきそうなものだが。

 

匂いであれば、ここは森の中だ。様々な動植物が放つ匂いが混ざり合い、それなりに近くなければ判別するのは困難なように思える。

 

勿論、これらの感覚が並外れている可能性はある。彼はゴブリン退治の専門家であって、それ以外の専門家ではないのだから。

 

その上で、ゴブリンスレイヤーはこの二つを考慮から除外した。それ以上に納得できる候補があったからだ。

 

(……熱か?)

 

思い当たる節はある。

 

洞窟から逃げおおせた後、狩人が積極的に攻撃を仕掛けたのは夜が近付いてからだった。そして夏とはいえ夜の森は冷え、自身の体温をより鮮明に感じられる。

 

その体温を、狩人が敏感に察知していたのなら?

 

(辻褄は合う……か)

 

ならば、そこにこそ勝機はある。問題はどう動くかだ。

 

更に深く、思考を巡らせるゴブリンスレイヤー。手にした松明が、無言の鉄兜を鈍く照らす。

 

「……」

 

そんな彼の脳裏に一つの案が浮かぶと同時に、妖精弓手が口を開く。

 

「ねえ、あそこ……」

 

彼女の構える矢が示す方向。そこには一際大きな木が見える。

 

木の陰からは僅かに覗くのは、緑色に発光する液体。地面も同様に淡く光っており、先の奇襲で負った傷は、存外に深いのかも知れない。

 

「怪しいわよね。不自然なくらい」

 

「ふむ……」

 

妖精弓手の腕ならばまず外さない距離。しかしあれだけ狡猾な手段を取ってきた狩人が、こんな隙を晒すだろうか?

 

僅かな思案の後ゴブリンスレイヤーは、決断を下す。

 

「よし、()て」

 

「いいの?」

 

「ああ。誘っているのならば乗ってやるまでだ」

 

「ふむ。罠は嵌まって踏み潰すものですからなぁ」

 

無謀に思える行動でも、起こさなければ何も変わらない。

 

方針は決まった。妖精弓手が番えた矢を引き絞る。

 

四方への警戒を更に強め、奇襲に備える一党が見守る中、彼女の放った矢は一直線に標的へと飛んで行く。

 

カッ、という高い音が木霊する。妖精弓手だけが、緑色に塗れた頭蓋骨を打ち抜いたのだと即座に理解した。

 

そして、状況が変わる。

 

鉱人道士の額に、三つの赤い点が浮かび上がったのだ。

 

「術師殿!」

 

「うおっとぉ!?」

 

瞬間、飛来する閃光。それは矢の命中した場所とは反対の方向から放たれた。

 

蜥蜴僧侶が鉱人道士を引っ掴み、大きく跳躍。ゴブリンスレイヤーも女神官をかき抱き、真横へと飛ぶ。妖精弓手は持ち前の身軽さで、くるりと一回転。

 

着弾と同時に地面がえぐれ、一党の頭上に大量の土が降り注いだ。

 

「やっぱりっ!やっぱり罠だった!」

 

「分かりきってた事だがなっ!」

 

妖精弓手と鉱人道士が大声で怒鳴る。居場所が割れてしまった以上、お行儀良く黙っていても意味がない。

 

「どっ、どうしましょう……!?」

 

「して、ここから如何しますかな、小鬼殺し殿」

 

「……一つ、考えがある」

 

体勢を整え直す女神官。この中では最も非力な彼女を守りながらも、周囲へ視線を配らせる蜥蜴僧侶がゴブリンスレイヤーに問いかける。

 

彼は、妖精弓手に向けて口を開いた。

 

「状況が状況だ。手荒になるが構わないか」

 

「何でも良いわよ!」

 

「そうか」

 

()()を得たゴブリンスレイヤーが、雑嚢からあるものを取り出す。

 

それは止血に使う包帯と。

 

そして、どろりとした液体の入った小瓶であった。

 

 

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