ゴブリンスレイヤー×プレデター ~The invisible Hunter~   作:まるっぷ

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第8章『策』

 

狩人(ハンター)の視界は四方世界に住まう者たちとは異なっていた。

 

彼は、彼の属する種族は、熱で物を見ている。

 

四方世界に住まう者たちが火であれば赤、水であれば青を想起するように。狩人の視界は熱の変化を色に置き換え、周囲の状況を詳細に把握しているのだ。

 

故に、暗闇は彼にとっての障害足りえない。現にこうして樹上にいる事を、ゴブリンスレイヤーたちは認識できないでいる。

 

この場所に陣取る過程で仕込んでおいた罠。頭蓋骨(トロフィー)に自身の血を塗りたくったものを寸分の狂いなく射抜いた技量は賞賛に値する。

 

しかし、それだけだ。

 

どれだけ卓越した技量があろうとも、狩られてしまえばそれで終わり。試しに一撃を見舞ったが、動かぬようであれば早々に片を付けるつもりでいた―――が。

 

「……!」

 

状況が移ろう。

 

狩人の視界に、突如として()が現れた。

 

 

 

§

 

 

 

ゴブリンスレイヤーが取り出した瓶の中には燃える水(ガソリン)が入っていた。それを躊躇なく前面にぶちまけ、素早く火打石で着火させる。

 

一党の目の前に現れる火の壁。それ自体には物理的な防御力はない。にも拘らず、狩人からの攻撃の手が止まった。

 

「……どうやら、上手くいったらしい」

 

しかし、それも時間稼ぎでしかない。

 

このまま動かなければ状況は変わらず、一方的に嬲られるだけ。故にゴブリンスレイヤーは次の手に出る。

 

「ちょっと、何やって……!」

 

「説明するだけの時間がない」

 

突然上がった炎に妖精弓手が喚くも、彼は黙々と次の準備に取り掛かる。

 

「やってもらう事がある。全員にだ」

 

小鬼殺しの専門家が実行に移す、普通の冒険者では考えもつかない策。

 

それを手短に伝え彼は、彼らは、それを実行に移した。

 

 

 

§

 

 

 

ゴブリンスレイヤーたちの意図を、狩人は冷静に分析していた。

 

炎という熱源でこちらの視界を妨害している事は理解した。しかし一ヵ所のみでは効果は薄く、逆にそこに隠れていると教えているようなものだ。

 

こちらの視界をどのように把握したのかは不明だが、それも些末な事だ。

 

飛び出せば、そこを狙い撃てば良いだけ。狩人は静かに、樹上から彼らを見下ろし続ける。

 

その時だった。

 

「!」

 

炎の壁(熱源)から飛び出す人影。温度を示す色合いから察するに、恐らくはあの鎧の男。

 

その見立て通り、松明を片手にゴブリンスレイヤーが、狩人の前にその身を晒したのだ。

 

現れた!

 

即座に照準……赤く光る三つの点を彼の頭部に合わせ、狩人は油断なく肩口から閃光を放った。

 

直撃は死を意味する。命を狩る眩い輝きが、ゴブリンスレイヤーへと迫る。

 

「っ!」

 

が、それを予測していたのか。

 

彼はその身を、素早く木の陰へと飛び込ませた。

 

閃光が着弾すると同時に木は爆散し、バキバキと盛大な音を立てて倒れる。

 

「ぐっ……!」

 

直撃を免れたとはいえ、その威力は相当なものだ。礫と化した木片が全身を叩き、衝撃は振動となって内臓を震わせる。

 

これをものともしない者は余程の戦上手か、脳まで筋肉が支配している化け物に違いない。そのどちらでもないゴブリンスレイヤーは、一瞬とはいえその身を硬直させてしまう。

 

そして、そこを狙わない狩人ではない。

 

容赦なく、再び閃光を放とうとした―――が。

 

「―――!」

 

ヒュンッ!と、彼の眼前を矢が通過。

 

命中こそしなかったものの、それは閃光をけん制するだけの効果はあった。

 

「オルクボルグ!」

 

夜も森に響く甲高い声。

 

妖精弓手が倒れたゴブリンスレイヤーの手を取り、引き上げる。

 

「大丈夫!?」

 

「何とか、な」

 

動きに支障のない事を確認したゴブリンスレイヤーが、松明を拾い上げる。

 

「ほら、交代!後は任せて!」

 

「分かった」

 

そう言い残して走りだした背を見送る事もなく、妖精弓手は油断なく視線を巡らせる。狩人の次なる攻撃の初動、それを見逃さないために。

 

「……っ!」

 

研ぎ澄まされた感覚が捉えた、赤い三つの点。直後、閃光の雨が襲いかかる。

 

妖精弓手はそれらを躱しつつ、猫のように軽やかな動きで近くの木へと駆け上った。

 

一息に樹上まで到達した妖精弓手は、しかし止まらない。葉の生い茂る木々が爆散する前に別の木へと飛び移り、その度に焼け落ちた葉や枝が、夜の森を淡く照らし出す。

 

(ごめんね)

 

森と共に生きる種族である彼女は、木々の悲鳴に僅かに唇を噛む。

 

そんな表情も次の瞬間には消し去り、閃光の出処へと目掛け、鋭い一射をお見舞いする。

 

響き渡る金属音。放った矢は、どうやら狩人の鎧に阻まれたらしい。同時に妖精弓手の視線の先で、一本の木が不自然に揺れた。

 

「そこっ!」

 

身体を宙に預けた状態で放たれた第二射。天地が逆転した景色で彼女は、噴き出す緑色の血を見た。

 

「GORUU―――!」

 

獣の如き唸り声は狩人のもの。

 

右の大腿に突き刺さった矢を引き抜き、彼は陣取っていた樹上から大きく跳躍する。

 

妖精弓手とは違い荒々しく、豪快な移動方法。木の幹に爪を立てて静止し、改めて敵を補足しようとし―――そこへ、第三射となる矢が飛来する。

 

「!?」

 

狩人は驚愕するも、その反射神経をもって幹を蹴り、これを回避。

 

地面に着地すると同時に、その身を茂みの奥へと潜ませる。

 

「CRUUU……」

 

想像以上の動きを見せた妖精弓手に、狩人は考える。

 

あの身体能力と感覚の鋭さからして、これまでの攻撃手段は通用しない。ならば、奴らにとって初見となる武器で仕留める。

 

最優先で狩るべきは、あの女だ。その後に、残った者たちを狩れば良い。

 

そうして動き出そうとした彼の聴覚が、僅かな音を感じ取った。

 

鎧の男の奇襲か!と、狩人は音のした方向へと閃光を放つ。しかしそこにゴブリンスレイヤーの姿はなく、乾いた骨の音が空しく響いた。

 

それと共に現れたのは、彼の視界一面に広がる炎だった。

 

 

 

§

 

 

 

ゴブリンスレイヤーの立てた策とは、単純なものだった。

 

狩人は熱で物を見ている。確証を得た彼は、ならば辺り一面に火を放てば敵の視界は機能しなくなると踏んだのだ。

 

無論、狩人の脅威は身をもって知っている。それでも動かなければ、一方的に狩られるのはこちらなのだ。

 

「まずは俺が出る。奴は何らかの動きを見せるだろう」

 

閃光が途絶えた僅かな時間。それを最大限に活用し、淀みなく一党へと指示を飛ばす。

 

「今しがたの攻撃からして、奴の居場所は恐らく木の上だ。そこが分かり次第、お前に陽動を頼みたい」

 

かつての水の都での依頼。

 

その地下水道で遭遇した大目玉(ベム)の放つ熱線を躱し続けて見せた妖精弓手の実力を見込み、危険を承知でその役割を打診する。

 

「それと、可能ならば地面に落とせ。その方が都合が良い」

 

「任せて!オルクボルグこそ、ヘマしないでよね!」

 

「そのつもりだ」

 

鉄兜の奥から、いつもと変わらぬ調子の声が響く。

 

「儂らはどうする?」

 

「やってもらう事がある」

 

鉱人道士からの問いに、ゴブリンスレイヤーは雑嚢から取り出した包帯の束を手渡す。

 

「これを森の中に巡らせる。奴のいる方へ、出来るだけ広範囲にだ」

 

「それはええが、そんな一気に燃え広がるモンでもないじゃろ」

 

乾いた布はよく燃えるが、爆発的に燃え広がりはしない。それこそ燃える水(ガソリン)か、あるいは酒精の強い酒でもなければ……。

 

「おい、まさか……」

 

燃える水(ガソリン)の残りも僅かだ。使いどころは別に考えている」

 

「……しゃあねぇか」

 

背に腹は代えられぬとばかりに溜息をつき、鉱人道士は酒瓶の栓を引き抜いた。

 

ビタビタと、包帯に火酒をぶちまける鉱人道士。重くなったそれをゴブリンスレイヤーが受け取ると、次に蜥蜴僧侶へ向き直る。

 

「手が足らん。あれを出せ」

 

「《竜牙兵(ドラゴントゥースウォリアー)》ですな。数は?」

 

「二体だ」

 

承知、と、蜥蜴僧侶が手で印を結ぶ。

 

触媒より出でた竜牙兵の一体に包帯を渡し、残るもう一体にある物を渡すゴブリンスレイヤー。

 

その意図を簡潔に説明し終えると、彼は女神官に向き直り、やはり短く告げる。

 

「《奇跡》の使いどころは任せる。無理はするな」

 

「はい。ゴブリンスレイヤーさんも、無茶はしないで下さいね」

 

「ああ」

 

これで準備は整った。

 

相手の有利となる事も、思惑に乗るつもりもない一党は行動を開始する。

 

「ここで片をつけるぞ」

 

 

 

§

 

 

 

「GAURR……!?」

 

一面に広がる炎が狩人の視界を奪う。

 

閃光を放っただけでここまで火の手が上がる事はない。つまり、奴らはこの周囲に何らかの可燃性の物質を配置していたのだ。

 

一瞬で状況を理解した狩人は振り返り、女神官たちが潜んでいるであろう大火へと閃光を放つ。

 

しかし、それは地面を爆散させるだけのものとなった。

 

「おうおう、やっぱし狙ってきよったわ」

 

凄まじい爆音に耳を押さえつつ、鉱人道士がにやりと笑う。

 

彼らは場所を移していた。木の陰に身を潜め、各々に任された役割に徹するべく、ゴブリンスレイヤーと妖精弓手の動きに意識を集中させながら。

 

「上手く、いきましたね」

 

「全く、小鬼殺し殿の策にはいつも驚かされる。竜牙兵(ドラゴントゥースウォリアー)も良き働きをした」

 

「儂の酒もな」

 

中身の半分を包帯にぶちまけ、残りもゴブリンスレイヤーに持っていかれた鉱人道士。

 

必要だったとはいえ、鉱人と酒は切っても切り離せないもの。これが終わればしこたま飲んでやると固く心に決め、新たな呪文を紡ぐ。

 

「《踊れや踊れ、火蜥蜴(サラマンダ)。尾っぽの炎を分けとくれ》」

 

触媒たる火打石から飛び出す《着火(ティンダ―)》の火。

 

それは狩人の閃光によって爆散し、地に落ちても燃え燻る木の枝へと吸い込まれていった。

 

すると、どうだろう。広範囲に散乱した他の枝から枝へと、火が伝播してゆくではないか。

 

「わっ……!」

 

「周りに種火でもありゃあ、ざっとこんなもんよ」

 

地面を舐めるように、見る見る内に火の波は広がってゆく。

 

赤。赤。狩人の視界は、至るところに存在する炎で赤く染め上げられてゆく。

 

「GURRR……!」

 

これでは獲物の体温が明確に掴めない。その程度で屈する狩人ではないが、状況は明らかに不利に働いている。

 

ともあれ、動かねばならない。妖精弓手の狙撃に注意を払いつつ、ひとまずは俯瞰できる樹上へと戻ろうとした彼は、そこでふと気が付いた。

 

なぜ、あの女は攻撃してこない?

 

あの女の腕ならば、この僅かな時間でも射かける隙はいくらでもあったはず。

 

その意図を図りかねていた狩人の聴覚が、(こも)った声を捉える。

 

「逃げるのか?」

 

「!」

 

バッ!と、振り返る。

 

声のした方向。そこだけ火の手がなく、故に声の主の姿がはっきりと見える。

 

松明を手にしたゴブリンスレイヤーが、その身を晒して立っていた。

 

「歯ごたえのある敵が望みなのだろう。ならば、かかってこい」

 

小鬼が相手であれば、するだけ無駄な言葉の列挙。

 

しかし狩人は彼らの言葉を解する。解した上でそれを模し、獲物をおびき寄せる事もする。

 

故に、それが―――己への挑発である事も、狩人は理解した。

 

「この首を、落としてみろ」

 

「……GAARRAAAARRR!!」

 

不可視の刃が飛び出し、同時にゴブリンスレイヤー目掛け、狩人が猛烈な勢いで駆け出した。

 

見えない巨体が迫る。

 

不自然に歪んだ森の景色。踏みしめられる地面。そしてその足音を頼りに、ゴブリンスレイヤーは松明を放った。

 

己の前方。燃える水(ガソリン)を振り撒いた地面へと。

 

「GOR―――!?」

 

今宵、幾度目か。狩人の視界が赤一色に染まる。

 

すれ違いざまに首を落としてやる算段で振るわれた刃は空を切る。視界の効かぬ中、ゴブリンスレイヤーが真横へ逃れる気配を感じた。

 

次いで彼を襲ったのは、生ぬるい泥の感触だった。

 

「!」

 

咄嗟に刃を振るう狩人。

 

伝わる感触は、硬質な骨のそれ。竜牙兵(ドラゴントゥースウォリアー)の首が飛び、手にしていた(ざる)が地面に落ちる。

 

「GURRR……!」

 

全身に付着した泥が、不可視であったはずのその身体を浮き彫りにする。

 

只人を大きく上回る巨躯。(マスク)や胸当てなど、限定的に装着した鎧。そしてゴブリンスレイヤーたちを幾度となく苦しめた、閃光を放つ武器。

 

その全てが、周囲に広がる火によって照らし出される。

 

「馬鹿正直に戦ってやるものか」

 

素早く体勢を立て直したゴブリンスレイヤーが、狩人へ向けて言葉を放つ。

 

「ようやく暴いたぞ」

 

「……GOARRRR!」

 

剣を手に、構えを取るゴブリンスレイヤー。

 

狩人は夜空へ大きく咆哮し、目の前の獲物を睨みつける。

 

種族は違えど、両者の考えは同じだった。

 

即ち……ここで片をつける(仕留める)、という事だ。

 

 

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