ゴブリンスレイヤー×プレデター ~The invisible Hunter~   作:まるっぷ

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第9話『窮地』

 

「GORRUORRAAA!!」

 

泥を被った狩人(ハンター)が咆哮と共に、今一度ゴブリンスレイヤーへと襲い掛かる。

 

「っ!」

 

迫りくる巨体を前に、ゴブリンスレイヤーは素早く後退する。それだけでどうにかなる訳がないが、それも予測した上での行動であった。

 

彼我の距離を見極めた上で、彼は鉱人道士の火酒を振り撒いておいた地面、そこに置かれた二つの火打ち石を思い切り踏みつける。

 

その摩擦により火花が生じ、瞬間的に火柱が狩人の眼前に現れる。燃える水(ガソリン)には及ばないものの、人ひとりの姿をかき消すには十分な大きさだ。

 

「GURR―――!」

 

先の戦術の焼き直し。しかしその効果は確かなもの。

 

赤い視界で敵の姿を見失った狩人の刃は再び空を切る。その隙にゴブリンスレイヤーは燃え上がる木々の隙間を縫うように、その身を熱に溶け込ませた。

 

まんまと逃げおおせた獲物に、狩人は怒りに身を震わせる。

 

逃げただと?あんな台詞を吐いておいて!

 

ゴブリンスレイヤーの行動は狩人にとって屈辱的なものだった。

 

怒りのまま、狩人は閃光を放とうと肩口の武装を唸らせる。しかしその時、ある直観が狩人の脳裏をかすめた。

 

炎でこちらの視界を潰し、不可視の肉体も泥によって暴かれた。己をここまで追い詰めた知恵者が、彼我の実力差を理解していない訳がない、と。

 

つまり、奴はただ逃げたのではなく―――!

 

「イイヤアァァアアアッ!!」

 

答えは、雄叫びと共にやって来た。

 

全身の筋肉を躍動させ、狩人目掛けて蜥蜴僧侶が飛び掛かったのだ。

 

「!」

 

両者の肉体がぶつかり合う。

 

蜥蜴僧侶の猛烈な体当たりを、狩人は全力で受け止めた。

 

身体能力では僅かに狩人に分があり、加えて彼には腕に()らない武器がある。次の瞬間には、蜥蜴僧侶の頭部はザクロのように弾け飛ぶ―――そのはずだった。

 

「ぬうぅん!!」

 

止まらない。蜥蜴僧侶の圧力が。

 

地を蹴り、己を圧し潰さんとする蜥蜴人の肉体が。

 

その肉体は、極限まで膨れ上がっていた。

 

擬竜(パーシャルドラゴン)》。恐るべき竜、偉大なりし祖霊の加護を願う奇跡の効果により、その筋力は竜に近い。

 

純粋な力比べにおいて、いかに狩人とて、竜に押し負けるのは道理であった。

 

「GRR―――!?」

 

背中に生まれた衝撃。次いで襲い来る浮遊感。

 

地面に叩きつけられたと思った次の瞬間、狩人は足首を掴まれ、猛烈な勢いで振り回される。

 

狩人の視界が回る。

 

狩人という特大の棍棒を以て、蜥蜴僧侶は周囲の木々をなぎ倒し、粉砕し、しかしその勢いは少しも緩めない。

 

「おおぉおおおおおおおお!!」

 

そうして十分に勢いの乗った状態で、雄々しき(たけ)びと共に狩人の足首を手放した。

 

重力に逆らい続けるかに思われたその巨体は、幾つもの木々をへし折って、やがて地面を転がった。

 

「GUR、RUA―――」

 

そのあまりの衝撃に、狩人は頭を振るって意識を再覚醒させる。視界に映るのは、己の身体から滴る熱い液体の色だ。

 

全身を鈍い痛みが叩く中、それらとは別の鋭い痛みが走った。

 

樹上より妖精弓手が放った矢が、その背に突き刺さったのだ。

 

「GOUR!?」

 

「今よ、畳みかけて!」

 

「言われずとも!」

 

狩人は背中に手をやり、突き刺さった矢を引き抜いて立ち上がる。

 

眼前には、爪爪(そうそう)を唸らせる蜥蜴僧侶が迫っていた。

 

 

 

§

 

 

 

「おう、かみきり丸!こっちじゃ!」

 

ゴブリンスレイヤーが狩人の前から姿をくらませた後、彼は鉱人道士、女神官と合流を果たした。

 

「お前たち、怪我はないか」

 

「そりゃあこっちの台詞だわいな」

 

表情の読み取れぬ鉄兜の奥から放たれた問いに、鉱人道士は呆れた様子でそう返した。

 

狩人を嵌める為とはいえ、最も危険な役回りをした当の本人がこれなのだ。言いたい事は色々とあったものの、女神官はそれらを飲み込んで一先ず胸を撫で下ろした。

 

「貴方という人は本当に、いつも無茶をして……!」

 

「だが、その甲斐はあった」

 

そんな彼女の思いを他所に、ゴブリンスレイヤーは木の幹に身を隠しつつ戦況を窺う。

 

視線の先では蜥蜴僧侶と狩人が交戦していた。

 

蜥蜴僧侶の猛攻に加え、妖精弓手の放つ矢に手を焼いている様子で、狩人には閃光を放つ隙もないように見える。

 

「一先ずは、上手くいったか」

 

全ては計算された行動だった。

 

一帯に火を放ち、狩人の視界を潰す。そうすれば必然的にゴブリンスレイヤーの待ち構えていた場所、すなわち火の気のない空間へと狩人をおびき寄せられる。

 

そうしてやって来た狩人を罠に嵌め、泥を被せて姿を浮き彫りにする。後はゴブリンスレイヤーと入れ替わりに、《擬竜(パーシャルドラゴン)》によって身体能力を強化させた蜥蜴僧侶が肉弾戦を仕掛ける。

 

事前に伝えられたこの作戦に、蜥蜴僧侶は願ってもないと牙を剥き出して笑って見せた。

 

「しっかし、このまま呑気に見とる訳にもいかんだろ」

 

「ああ。火の回りも思った以上に早い。早急に片を付けねばならん」

 

とはいえ、このまま動かずにいる訳にもいかない。

 

妖精弓手の援護射撃もあるが、あの怪物相手にはそれでも足りない。時間を掛けすぎればこちらも焼け死んでしまう。現状を考慮した上で、ゴブリンスレイヤーは鉱人道士に問いかける。

 

「ここから狙って奴の足元に沼を出せるか」

 

「ちくと難しいな。鱗のも巻き込んじまう」

 

「そうか」

 

狩人と蜥蜴僧侶の戦闘は立ち位置が目まぐるしく変わり、この状況で《泥罠(スネア)》は得策ではない。彼ごと動きを止めてしまえば、すぐにでもあの閃光の餌食となってしまう。

 

鉱人道士の言葉を受け、彼は即座に別の策を練り上げる。

 

「では俺が近付き、合図を送る。その瞬間に術をかけろ」

 

周囲は火で囲まれている。ゴブリンスレイヤーが近付いたとて、戦闘中の狩人に勘付かれる可能性は低いだろう。

 

蜥蜴僧侶を退()かせ、その瞬間を狙い鉱人道士が《泥罠(スネア)》を唱える。そうして泥の沼で身動きの取れなくなった狩人を、一斉に叩く。

 

現状これが最も有効な戦術であると、ゴブリンスレイヤーは踏んだ。

 

「なるほど。それなら何とかなるの」

 

「……気を付けて下さいね」

 

「ああ。では、仕掛けるぞ」

 

いつもの小鬼退治のように、洞窟の中の暗闇に姿を消すように、ゴブリンスレイヤーは燃える木々の中へとその身を潜り込ませた。

 

いくら体温を誤魔化せているとはいえ、派手に物音を立てる訳にはいかない。故に慎重に、しかし慎重になり過ぎない絶妙な足運びで、狩人と戦う蜥蜴僧侶の元へと向かう。

 

その最中(さなか)で、樹上の妖精弓手と目が合う。ゴブリンスレイヤーは手の動きだけで己の意図を伝え、妖精弓手も承知と頷きを返した。

 

あとはその機を見極めるだけ。

 

炎の森に身を潜ませ、彼は来たるべきその瞬間を待つ。

 

 

 

§

 

 

 

振るわれる爪爪(そうそう)の嵐と、死角から襲い掛かる鋭い射撃。

 

前者は脅威ではあるものの動きは読みやすく、後者は命に届くには遠く及ばない。しかし視界を潰された今の状況においては、そのどちらもが狩人を窮地に追いやっていた。

 

「シャアァァアアア!!」

 

肉を引き裂く猛爪を大きく飛び退き回避した狩人が、肩口に備えた武装から閃光を放とうとする。

 

「させないわよっ!」

 

しかしそれは妖精弓手によって妨害された。閃光の予兆を見逃さなかった彼女の正確無比な一射が、泥によって露わとなった武装に直撃したのだ。

 

直撃すれば即死の閃光も、僅かでも軌道を逸らされれば脅威足りえない。それは蜥蜴僧侶のすぐ横の地面を爆散させるに留まった。

 

「かたじけない!」

 

樹上の妖精弓手に言葉のみを返し、蜥蜴僧侶は再度攻撃を仕掛ける。

 

「GURRU!」

 

一方で、狩人も動いた。

 

大腿に装備していた武装を手に取り、それを投擲(とうてき)したのだ。

 

「ぬう!?」

 

眼前に迫ったそれを、蜥蜴僧侶は野生の勘とでも言うべき反射神経で回避。

 

狩人の攻撃は不発に終わったものの、その行動は思わぬ結果をもたらした。

 

投げられたそれは空気を切り裂き、生い茂る木々さえも容易く切断し、偶然にも鉱人道士と女神官のいる場所へと迫ったのだ。

 

「うおぉ!?」

 

「きゃっ……!」

 

がばっ!と、鉱人道士の大きな手が女神官の身体を地面へと押し倒す。

 

彼自身もその体躯のおかげで難を逃れた。二人の頭上を通過した投擲棍棒(ブーメラン)と思しき飛来物はそのまま背後の木々を切り倒し、炎の森へと消えてゆく。

 

「GUR―――!」

 

(……不味い!)

 

背を低くして身を隠すゴブリンスレイヤーは、狩人が二人のいる場所へと視線を向けた事に気が付いた。

 

正確にとはいかずとも、先ほどの声で鉱人道士と女神官の大まかな場所は特定されたに違いない。加えて切り倒された木々はそのまま、炎の勢いを強める薪となる。

 

もはや機を見計らっている場合ではない。

 

ゴブリンスレイヤーは立ち上がり、大声で叫ぶ。

 

退()け!」

 

「!!」

 

その声に、蜥蜴僧侶は瞬時に身を退()かせる。

 

彼への信頼と、このような場面で必ず何かをやってのけるという確信があってこその行動であった。

 

「《土精(ノーム)水精(ウンディーネ)、素敵な(しとね)をこさえてくんろ》!」

 

続いて、鉱人道士が淀みなく呪文を唱える。

 

瞬く間に《泥罠(スネア)》は完成し、狩人の足元が急速に緩んでゆく。

 

ゴブリンスレイヤーの思惑通り、その巨体は泥の中へと飲み込まれる―――かに思われた。

 

「!」

 

その驚愕は、他ならぬゴブリンスレイヤーのものだった。

 

狩人は地面が沼地と化すよりも早く、大きく跳躍したのだ。まるでそうなる事が分かっていたかのように。

 

人外の脚力によって《泥罠(スネア)》を回避してのけた狩人は、そのまま火に巻かれていない木の側面に鉤爪を突き立て静止する。

 

(避けただと―――!?)

 

完璧とはいかずとも蜥蜴僧侶の機転もあり、そう簡単に読まれるような動きではなかったはず。

 

ならば、何かしらの予兆でも感じ取っていたのか……ゴブリンスレイヤーのその考えは、半ば当たっていた。

 

狩人の持つ数々の武装。その内の一つである(マスク)には、外部の音を波形として視覚化、記憶する機能が備わっている。

 

鉱人道士は、最初の交戦時に《泥罠(スネア)》の詠唱とその後に発生する効果を狩人に記憶されていたのだ。故に狩人は、彼らの狙いがこちらの動きを封じる事であると理解し、即座に反応したに過ぎない。

 

そのような事など知る由もない一党は一瞬狼狽えるも、すぐに行動を再開させる。

 

即ち、前へ。

 

獣の如く手足の爪で地を抉り、蜥蜴僧侶は未だ動かない狩人へと飛びかかろうとする。樹上に潜む妖精弓手は彼の援護を、そしてゴブリンスレイヤーもまた、剣を手に駆け出した。

 

「おおぉぉおおおおお!!」

 

勇ましい雄叫びを上げる彼に対し、狩人は左手を突き出した。

 

またぞろ何か仕掛ける気か。蜥蜴僧侶は油断なく狩人を睨みつけ、今まさに跳躍せんと脚に力を込める。

 

が、それは思わぬ方向からやって来た。

 

「鱗の、後ろだ!」

 

「!」

 

鉱人道士の声と、空気を切り裂く飛来物の音が同時に響く。

 

なんと狩人が投げた投擲棍棒(ブーメラン)が、蜥蜴僧侶の背後より迫って来たのだ。

 

この手の武器にそのような特性を持つ種類がある事を、一党は理解していた。しかし障害物をものともせず、しかもその勢いのままに返ってくるとは。

 

蜥蜴僧侶はその威力に背筋を戦慄かせながらも、どうにか避けようと全力で身体を(よじ)る。

 

が、そんな抵抗すらあざ笑うかのように、狩人は突き出した左手を僅かに横へと動かした。

 

同時に、投擲棍棒(ブーメラン)の軌道が不自然に変わった。

 

「ぐぅっ―――!」

 

堅牢な鱗をものともせず、投擲棍棒(ブーメラン)は蜥蜴僧侶の横っ腹を切り裂く。戦に滾り、熱を持った血が、ぱっと噴き出した。

 

それだけでは終わらない。

 

己が武器を左手で掴み取った狩人は、即座にその手甲から何かを撃ち出した。

 

パシュッ!という軽い音が響くや否や、それは蜥蜴僧侶の身体に絡みつく。

 

(これはっ……!)

 

勢いを完全に殺された蜥蜴僧侶が地面を転がる。

 

その姿はまさに、捕らえられた獣に等しい。

 

「やべぇ……行くぞ、娘っ子!」

 

「は、はい!」

 

仲間の窮地に、堪らず鉱人道士と女神官も彼の元へと駆け出した。

 

「こんにゃろっ!」

 

そんな二人に狙いが行かぬよう、樹上に陣取る妖精弓手はきりりと弓を引き、狩人へと射掛けた。

 

鋭くはある。しかしこの状況に冷静さを欠いたのか、それは狩人の鎧を響かせるに終わった。そして狩人は、これまでの意趣返しとばかりに閃光を放つ。

 

「くっ!」

 

同じ場所で援護射撃に徹してきたが故か、その閃光は彼女の潜む位置を正確に狙い撃つ。

 

咄嗟に跳躍し、直撃を回避した妖精弓手。しかし狩人の攻撃の手は止まなかった。

 

「ぅあっ!?」

 

隣の木へと飛び移ったその瞬間を狙いすましたかのように、投擲棍棒(ブーメラン)が彼女の足首を切り裂いた。

 

鋭い痛みが妖精弓手の身体を駆け抜け、羽を射貫かれた鳥のように地へ墜ちる。

 

「CURRRR……!」

 

蜥蜴僧侶の動きを封じ、妖精弓手も地面に落とした狩人。

 

泥に塗れた(マスク)の奥にある瞳は、ある一点を凝視していた。

 

赤く揺らめく炎の森。

 

その中で微かに見える、鎧に身を包んだ男の姿を。

 

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