それでは最新話、どうぞ。
―――風見幽香。
それが、向日葵の咲く頃にいつも現れる、彼女の名前。人間にしてはとても珍しい、緑色の髪をしている、整った顔立ちの女の子。人里では大層モテるだろうに、どうしてこんな辺境の地に来るのやら。僕には理解が及ばないよ。
さてさて、そんな彼女は今、僕の目の前でむくれ顔を顕にしている。はて、何故だろうか。僕には心当たりが全くない。
疑問に思っている僕をよそに幽香ちゃんは、いつもどおりさしていたお気に入りであろう傘を唐突に閉じると、その傘の切っ先をこちらに向けてきて、僕を睨みながらこう言ってきた。
「ちゃん付けをいい加減やめなさい、日向(ひなた)。私は立派なレディーなのよ?」
「どの口がそれを言うんだい、幽香ちゃん。もっとグラマーな体になってから出直してきてよ」
言った瞬間グーパンチが飛んできた。全然痛くない。むしろ微笑ましい。つい微笑んでしまった。だが、それが癪に障ったのだろう。彼女は更に顔をむくれさせる。やはり微笑ましい。
「何笑ってるのよ......」
「いやぁ、あはは。君のむくれ顔がおかしくてね」
なんですってぇ!?とか叫んでいる目の前の幽香ちゃんは無視して、とっとと僕の家に向かいますか。立ち話ってのもなんだし。それに、おもてなしの準備もしないといけないしね。
「ほらほら幽香ちゃん。いつまでも怒ってないで、僕の家に向かうよ。それに、今のうちにそんな怒ってると、将来シワが増えちゃうよ?」
「だ・れ・の・せ・い・だ・と?」
「すぐ怒る幽香ちゃんのせいに決まってるじゃん。責任転嫁はよくないと思うんだ」
うがーっ!!とか言って閉じている傘を振り回しながら僕を追ってくる辺り、まだまだ子供なんだよね、君は。ちょうどいいから、このまま僕の家まで鬼ごっこでもしよっか。
「待て日向ー!捕まえてアンタの体バラバラにして人食い妖怪の餌にしてやるー!」
「何それ怖い」
やばい。捕まったら何されるかわかったもんじゃない。......って言ってもまあ、妖怪である僕の身体能力に、ただの人間である幽香ちゃんがかなうはずもないけどね。
余談だがこの時、そーなのかーが口癖の何処ぞの人食い妖怪がくしゃみをしたとかなんとか。
❁❀✿✾
「今回も鬼ごっこは僕の勝ちだね。36戦36勝だよ」
「ゼェ......ゼェ......!そ、そもそ、も。アンタと私じゃ、体力も体格も、なにもかも、違うでしょうがぁ......!」
息を切らしながら幽香ちゃん(負け犬)が何かのたまっているが、聞こえなーい。ふっ。ただの人間の女の子に、妖怪の大の男が勝ち誇る図......うん、ないわ。自分でも引くね。
「まあ、そこで待っててよ、幽香ちゃん。走って疲れたでしょ?とりあえず水でも持ってくるよ」
「だから、だれの、せいだと......!」
ところ変わって現在地は、向日葵畑から僕の家へと。未だに息切れをおこしている幽香ちゃんのために、リビングから台所へと向かう僕。まったく、幽香ちゃんももうちょっと落ち着きというものを持った方がいいと思うんだ。......いやまあ、誰がどう見ても僕のせいなんだけれどもね。
そんなことを考えながら、水を入れてある瓶を保管している冷蔵庫――原理はよくわからないが、とある氷精の力を応用しているとスキマ野郎は言っていた――を開ける。水道から水を出してもいいのだが、やはり飲むなら冷たい方がいい、という僕なりの配慮である。......ってあ、そうだ。
「......幽香ちゃーん!」
僕はあることに気付き、リビングにいる幽香ちゃんを呼ぶ。幽香ちゃんは心の底から気だるそうな声で『なぁにぃ〜?』と返してきた。女の子としてその声はどうかと思ったが、あえて言わない。言うと怒るから。......まあ、いいや。
「実はさぁ、スキマ野郎からある飲み物を寄越されたんだけど、飲んでみるー?」
そうだ。ちょうどこの前、いけ好かない胡散臭いスキマ野郎から、『これなんていかがかしら?あの少女が喜ぶんじゃなくて?』とか言われて渡された飲み物があったのだ。冷蔵庫を開けて思い出した。
幽香ちゃんは興味あり気な声音で、『どんな飲み物なのー?』と返してきた。これは脈ありか?僕としては、あのスキマ野郎から渡された得体のしれない物を飲みたくない。幽香ちゃんが飲んでくれるのなら、こちらとしても万々歳だ。......えぇと、あいつからこの飲み物を渡された時、言われたことは......。
「グラマーな女性になれる飲み物、セノビックだってー!」
「寄こしなさい!!」
ドタドタ!という音と共に、神速の早さで現れる幽香ちゃん。そのまま僕が認知できないほどの速度で僕の手にあるスキマ特製の飲み物を奪うと、リビングへと走って戻っていった。神ががったその一連の動作に、僕は為すすべもなく呆然とするだけだった。......時々、あの子が人間なのかどうか疑う時がある。一応この台所からリビングまでちょっと距離はあるんだけどなぁ。瞬間移動なみの速度で目の前に現れたよなぁ今。
......まぁ、幽香ちゃんがあんなに喜んでくれるなら、あのスキマ野郎にも少しは感謝しとこうかな。いけ好かないけど。
お礼に賞味期限切れの野菜とか送ろうかなぁ、などと黒いことを考えて、冷蔵庫から酒瓶を取り出す。その際にお気に入りの盃をタンスから取るのも忘れない。
毎年よく幽香ちゃんに『お酒っておいしいの?』と聞かれるが、僕は別段おいしいとは感じない。気分なのだ、こういったものは。幽香ちゃんにもわかる日が来るよ、って言って頭を撫でたら、子供扱いしないで!って言われて顔をグーパンチされたっけな。あの時の幽香ちゃんは、顔を真っ赤にしてたなぁ。いやぁ、いじめがいがあったね。
「......今年もまた、そうなるのかなぁ」
そう。今年もまた、いつもと変わらない幽香ちゃんとの日常がきたんだ。怒って、笑って、楽しんで......そんな日常が、また今年もやって来たんだ。
「あはは。今年も、騒がしくなりそうだね......」
でも、嫌なんかじゃない。夏以外は何もない、何もすることがない日常なんかよりは、ずっとマシだ。
さて、と。
そろそろリビングに行こうかな。どこぞやの高飛車な女の子がさっきから、『日向ー、これおかわりー!早くー!』などとうるさいからね。まったく。おかわりはもうないっての。あのスキマ野郎に頭下げて持って来いって言わなきゃいけないの?やだよ僕は。
「日向ー!まだー!?」
「はいはい。今行きますよ、幽香ちゃん」
幽香ちゃんとの騒がしい夏は、まだまだ始まったばかり。
そう思いクスリと、笑みを一つこぼした。
こんな幽香ちゃんも、いいじゃないですか。そう思いこの作品を書きました。他にはない幽香ちゃんです。少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
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