クラス転移したし最弱スキルだったけど元が魔王。 作:WillOfTheHeart
あの日、勇者に討滅され、こっちの世界に転生を果たしてから早十七年の時が過ぎた。
日本。平和と治安は切り離して考えるべきだとは思うが、寿命の長い国ではある。だからだろうか、十七といってもまだまだ子ども扱いで、勉学に励むことが許されている。あるいは──武器を取ってはいけないとされている、か。
魔王である。魔王であった。前世、あの若き勇者に討滅される前までは魔王であった。千年に渡って君臨し続け、あらゆる魔族の安住の地とさえ呼ばれたあの魔王国……でさえも、勇者に滅ぼされたことだろう。悲しい話だが、憎くはない。魔族とはそういうものだし、人間とはそういうものだ。
千年の間魔族が優勢であったのは俺がいたから。ならば俺の倒された次の千年は人間の時代。その次にまた強力な魔王が現れ……という歴史を繰り返すのだろう。
その輪廻から外された事に安堵はあれど憎しみは無い。……部下には悪いことをした、という思いはあるが、まぁそれだけだ。十七年前の禍根を今になってまで引き摺っているほど俺の性根は湿ってはいない。
「と、思っていたんだけどなぁ」
当然ではないのかもしれないが、転生したことであちらには無かった文化に悉く嵌った俺。その中にはゲームや漫画、ライトノベルの類も含まれていて、だから自分の生まれ育った世界が所謂「異世界ファンタジー」に類される世界であることも知った。
そしてその中に細分化されて存在する「クラス転移」──に、今俺は遭遇している。
クラス転移。主に学生の一教室全員が異世界に召喚されるとかいう魔力無駄遣い狙い甘すぎファンタジー。宝石の入った砂袋に手を突っ込んで、まぁこのヘンだろう、と鷲掴みにして自分の世界に引きずり込む……言ってしまえば雑オブ雑な召喚魔法の顕現。
それに巻き込まれた。
「町原、アンタ何落ち着いてケータイ見てんのよ。つか圏外でしょ」
「圏外だがオフラインに保存してある漫画を読んでいる。省電力モードでだ。少なくとも十三時間は保つ」
「……わかってんの? 今がどんだけ異常事態か。今どんだけみんなが混乱してるか」
「わかっていないから、わかっている君が対処すればいいだろう、夢坂。どうやら奴らお目当ての"勇者様"は君だったようだしな」
「っ……だから! ……だから、私が守らないといけないから、少しでも手を貸して欲しいって言ってるんじゃない!」
勇者。
今代の勇者……つまり俺を討滅した勇者はまだ死ぬ年頃ではないはずだが、何かしらの謀略に巻き込まれたか、やる気でも失くしたか。新たに現れた魔王への対抗策に異世界の勇者を呼び立てるとは悪徳ここに極まれり、大人しく死んでいろ人類と言いたくなる所ではあるものの、まぁ合理的な判断でもあるのだろう。
で、その勇者が目の前で憤慨している女、夢坂有紗。成程みょーに俺に突っかかってくる女子だと思ってはいたが、魂の相性が絶望的に合わなかったせいか。死んだところで、転生したところで魂の質は変わらない。ゆえに相性も変わらない。魔王と勇者である俺と彼女の間には、当人間にも知らない斥力が生まれていたことだろう。
「君が勇者だったからクラスの奴らが巻き込まれた……とは、まぁ、自己中心的な考え方だな」
「はぁ? 事実でしょ」
「あの召喚士共の腕が悪かったから君だけを召喚できなかったんだ。無論、世界の壁を跨いでの召喚で、目当ての人間一人だけを狙い当てるというのが至難であることは理解しているが、多数に迷惑をかけても必要な犠牲であると判断したのはあちらの言い分。君が責任を感じる必要は欠片もない」
さて、魔王であった頃の俺が仮に異世界の何らかの要素を持つ人間を召喚したいと思ったとして、……あー、準備にひと月以上はかかるだろうが、不可能ではないだろう。あそこにいる召喚士の腕なら半年くらい練り上げれば行けたんじゃないか?
その余裕が無いから、というか余裕がなくなったと気付くのが遅かったからこんな強硬手段に出たんだろうけど。
「君自身の目線で考えたら君が特別だったから周りの凡庸が巻き込まれた、に見えるだろうが、奴らからしたらスコップで砂を掘り起こしたら宝石が入っていてラッキー程度の感覚だ」
「慰めるのか貶すのかどっちかにしてくれない?」
「無論後者だ。さて、ケータイの充電が勿体ないのであっちに行って欲しい。あと十三時間しか漫画を読めないんだぞ。俺の楽しみを奪うな夢坂」
「はいはい。……で、アンタはなんだったのよ、クラス」
クラス。クラス転移なのにクラスだとややこしいけれど、要は「勇者」だの「魔王」だの「賢者」だのと言った魂の質の話だ。とはいえ俺の場合、魔王の魂をそのままにしておくと魔素で周囲がヤバかったのでそっちは軽い封印をしてある。
よって今の俺の魂は仮のもの。粗い作りがそのままクラスに出た、と見るべきだろう。
「読書家だ。最高に俺らしいクラスだと思わないか」
「あー……納得が行きすぎる……」
「そら、クラスの奴らの混乱を鎮めるんだろう。とっとと役目を果たして来い」
「言われなくても。……一つ忠告しておくけど、アンタ勝手にどっかにいっちゃダメだからね」
「……確約はしない」
「し・な・さ・い!」
星辰を辿る限り、こっちの世界とあっちの世界の時の流れは同じ。
つまり俺が死んでからまだ十七年しか経っていない、ということだ。十七年も経たば人間は老けようが、魔族は違う。勇者に討滅されていないのであれば部下達に会いに行きたいと思うのは当然だろう。別に恐怖政治を敷いていたわけでもないし、あの勇者は高潔で非戦闘員には手を出さなかった。生きている、生きていて再会を祝える可能生は十分にある。
となれば、まずはこの国が地理的にどこに位置するのかを調べる必要があるだろう。
というのも魔王国のあった大陸は、人間の多く住む大陸とはそこそこ離れている。基本的に魔王国にいた俺は案外この世界の地理を知らないのだ。
いやまぁだったら方角だけ調べて飛んで行けばいいじゃんという指摘はごもっともなのだが、果たして「読書家」が空を飛ぶものか。ラノベのテンプレをなぞるのならば「死にクラス・スキルで無双」をするべきなのだろう。読書家を拡大解釈して古代文字が読めるとかで。
でも俺普通に読めるしなぁ。というか俺の生まれた頃の文字が古代文字扱いされてるだけだしなぁ。みたいな。
あるいは読むだけで力を得られる魔法書あたりを、というのもあるが、それは別に「読書家」でなくてもいいだろうし、本が自ら歩み寄ってくるというわけでもない。
多角的に考えて多方面から考えて、奇を衒うも王道を行くも、飛んでまっすぐ魔王国、より地理を調べて皆と、の方が外聞が良い。
勿論途中離脱するつもりではある。いくら倒されて人間になったとしても、元同族に刃を向ける趣味はない。それが悪漢の類なら話は別だが。
魔王国が崩壊したことで盗賊に身を窶すしかなかった魔族も多くいるのだろうが、まぁそれは運命というものだ。同じ境遇でありながら他者に迷惑をかける道を選ばずに死んだ者も多くいように、生き永らえるために他者を卑しめる道を選んだというのなら、それは俺の障害足り得る。
などと。
捕らぬ狸の皮算用。
「では! 勇者様、賢者様、聖女様、剣聖様はこちらに! ほかの皆さまはこちらへお願いいたします!」
その四人以外は用済みか。あるいは兵力の増強に使うのか。
案の定夢坂を含む隔離された四人が抗議している。ちゃんと高潔な魂がちゃんとしたクラスについているのは僥倖だ。ラノベ的テンプレートを辿るのならば、重要な役割なのに性格が終わっていて死にクラスな俺みたいなのを排除する、という一連の流れがあるのだが、それも無いらしい。
やはり「物語仕立て」というか「面白くするための山あり谷あり」に必要なヒールが彼らであるというだけで、こういう困窮たる状況に至った場合、同郷意識は強く発揮するんだろうな。
「町原、相っ変わらず落ち着いてんなぁオマエ。まさかマジの異世界転移に巻き込まれてもその仏頂面を崩さねえとは」
「笑顔の浮かべ方を母親の胎に置いてきたことで有名なんだ、仕方がないだろう」
「げぇ、じゃあ何お前、赤ん坊の頃から笑ったことねえの?」
「親が言うにはそうらしいな。常日頃しかめっ面だったと」
「カァーッ。ま、そんなお前でも異世界には心躍るだろ。そう──エルフだ。エルフといえば美女! 美女! 多少性格にキツい所があっても美女ゆえに許される!」
エルフの美醜観は知らないが、確かにエルフには美形が多い。ただアレは究極的な閉鎖的コミュニティの顕現であり、基本的に同族以外とは番わない。ライトノベルにおいてはハーフエルフなんて概念もあったが、確率はゼロではないにせよほとんどあり得ないことだ。生まれてくる子供が絶望を背負う未来を知っておきながら子を成すなど、とても親の所業ではない。避妊しろ。
子供を作らずとも、愛は確かめられるし、養子を取るという手段もある。人間には孤児も多いからな、そこから一人連れてくるだけだ。
まぁその見目麗しい彼ら彼女らを遠くに眺めている分には問題ないのではないだろうか。別に肉も食うし弓以外も使うから、その辺りの幻想は崩壊の一途を辿るだろうが。
「そうだ江藤、お前、クラスはなんだった?」
「ん-? 格闘家だとよ。俺格闘技なんかやったことねぇのにさ。お前は?」
「読書家だ。らしいクラスだろう?」
「読書つったってお前ラノベと漫画しか読まねえじゃねえか。つかそのクラス何の役に立つんだよ」
「知らん。知らんし、漫画とラノベもれっきとした書物だ。読書の範疇内だろうさ。惜しむらくは今まで読んでいた作品の続刊が読めなくなってしまったことだが……」
「いや別に、魔王討伐して元の世界に帰りゃいくらでも読めんだろ。なんだ、帰らないつもりか? 異世界美女とウハウハで定住するつもりか?」
──……考えていなかった、ということだろう。
確かに、あっちの世界に帰る、という選択肢も……あるのか。俺としては十七年ぶりの里帰りくらいの気持ちだったから全くそういう考えに至っていなかったが……そうか。
あっちの家族や友人を思えば……いっそのこと世界を繋ぐゲートでも構築するのが一番じゃないか? どっちかがどっちかへ侵攻しようとしたら、俺が魔王ぱわーでどーんと。
そういう平和的な力の使い方なら大歓迎だ。だし、どこかにいるだろう勇者にも協力してもらいたいところだ。あの気高き勇者なら、争いを停めるための力添えくらいしてくれるだろう。
「町原、移動だってよ。やっぱりあの四人と俺達は別枠なんだと」
「らしいな。まぁここからは声を大にして言うが、自ら招いた客人をもてなす部屋が兵士の使うような大部屋であれば国の品位も知れるというもの。勇者ではなかった俺達をどう扱うかがこの国の価値を決めるんだ。期待しておけ、江藤」
「今お前めっちゃ睨まれてたけど大丈夫か?」
「これで嫌がらせなり不当な扱いを受けようものなら国を出て喧伝してやればいい。この国の品位をな」
あっちの世界ではSNSというスーパー悪評広まりツールがあったが、こっちの世界にだってゴシップ好きのマスコミというのはいる。吟遊詩人という名前の奴らだ。アイツらはいいネタがあれば寄ってくる。醜聞だろうが悪評だろうが、勿論英雄譚だろうが「聞き映え」のある話には敏感だからな。
異世界から勇者を招く、というだけでも珍事だし、聞こえの悪い話だ。「自国ではどうにもなりませんでした」と告白しているに違わない。そこへ勇者以外を雑に扱ったという話が広まれば、中々良い支持率が得られるんじゃないか。無論次期国王への。
「町原お前さ、もしかして根に持ってんじゃねえか? 続刊読めねえの」
「勿論だとも。誰かいないのか? クラス:通販みたいな奴。俺に定期的に新刊を譲ってほしい。そのためならこっちの世界の金を稼ぐことも厭わん」
「いねぇだろそんな奴」
最近の奇を衒うラノベにはそこそこある設定なんだがな。
いないらしい。なんてことだ。新刊だけ召喚して代金を……いや、日本円が用意できない以上無理だな。はぁ、諦めるか。
こっちの世界でもなぁ、物語というものはある。
だが未踏の地が多すぎて異世界にまで目を向けている余裕がない。あと本は高いものだ。活版印刷の技術がないわけじゃないが、先述の通り魔族と人間は争うもの。技術発達は疎か学習機会まで種族間の諍いによって奪われていく。書く側も読む側も少ないという話だ。
決して
魔族以外の種族は魔族の放つ魔素に耐えられない。中毒になってしまうから。だから魔族は別大陸に引きこもることにした……が、確かにそこにいた人間を退かす形にはなった。だがちゃんとした交渉の元だったし、契約の呪いもまだ生きている。
逆に魔族は魔素の薄い場所では息苦しいものだ。だからどちらにせよ両者が手を取り合って、という未来は選び得ず、別大陸なんだからそのまま双方大人しくしていればいいものを、この世界の設計者が用意した俺達魔王と勇者のシステムのせいで、この世界に平和というものが訪れたことは一度もない。
さて、とりあえず霧の魔法で姿は隠した。江藤にも夢坂にも悪いが、彼らの記憶においても俺のデータは霧がかったように思い出せなくなっているだろう。一時的なものだから少しばかり気分を害すだけで、健康被害はない。
そのまま霧となって外……この召喚の間の外に出て、城から国を一望できるだろう場所、つまり最も高い所にまで行く。
……ああ、まぁ、懐かしい空気ではあるな。大気中にある魔力のせいで地球と大気中成分が若干違うこととか、同じく地中にある魔石が自然環境に大きな影響を与えているところとか。
斬、と。
郷愁に浸っていた俺の首が飛ぶ。
それを掴んでくっつける。今の俺は霧なので物理無効だ。姿も隠せる、記憶も誤魔化せる、物理攻撃を無効化できる、粗い作りの建物なら通り抜けられる……やはり霧の魔法は最高だ。
デメリットももちろんある。風魔法にすごく弱い。凄く凄く弱い。霧魔法行使状態で強い風魔法を受けると身体が散り散りになる。まぁ解けばいい話ではあるのだが。
「それで、何用だ。人がせっかく昔懐かしむ心地を楽しんでいたところに、無粋ではないか?」
「何が無粋だ侵入者。姫様の坐すこの最上塔を踏みしめるだけでも失礼千万だというのに、こちらに物言いまであるとは」
俺の首を斬ったのは、どうやらこの城の兵士らしき女。青髪ポニーテールとは……まぁ、こっちではよく見る色素だが、確かに日本にはいなかったなぁ。
クラスは剣士か刀剣士か。なんにせよ相性は最悪だ。ああ俺が良い方ね。
「魔族か」
「いいや、人間だ。そしてこの場を郷愁を楽しむ場にしたこと自体は詫びよう。姫様とやらがいる場所だとは思っていなかったのだ」
「戯言を。人間ならば姫様の事を知らぬはずがない。敵国の貧民であろうと知っていることだ。それを知らぬとあらば、魔族と見做す以外にはないだろう」
「無知を罪とするなよ、仮にも高潔な騎士様が」
「どれほどの無知でも城に勝手に踏み入りその城の最上階に立ち入ることは罪だとわかる」
ふむ。
これは負けだな。返す言葉もない。
「まぁ、安心してくれていい。その姫様とやらには興味が無いし、この国にもさしたる興味は無い。ああ地図が欲しいくらいか。この辺の地理に疎くてな。とりあえず周囲を見渡せる最も高い所を探した結果、ここだった、というだけの話故」
「地図くらい市場で買えるだろう。あまりわかりやすい嘘を吐くな」
「そう怒るな。何せ一文無しでな、戸籍が無いからギルドにも登録できん」
「……難民か」
「十七年前の戦火に巻き込まれたのは事実だが、今一文無しなのは別の理由だ」
巻き込まれたというか。
当事者というか。
「確認する。この国を、姫様を、私達を害する気はないのだな?」
「ああ、約束する。少なくとも今宵においてはそうだ。そちらから手を出してくるなら話は別だが」
「私が貴様の首を斬ったことは、手を出したことになるか」
「ならんな。職務を果たしただけだろう」
そうか、と言って刀を降ろす女。
話は通じる類の人間か。ありがたいな。なんせ十ゼロでこっちが悪い。正論ぶちかまされたら詭弁で対抗するしかなかった。
「ここには要人が住んでいる。今後一切ここへは近づかないでくれ」
「俺を殺さないのか」
「殺せないからこの譲歩だ。私の技量では貴様を殺すことが敵わない。だが私も責務を果たさなければならない。お前に危害を加える気が無いというのなら、近づかないでくれと頼み込むまでだ」
「良い判断だ。が、元よりこちらが悪い。その上で頼みがある」
「……なんだ」
「もう少しこの景色を見させてくれ。懐かしい景色なんだ」
「……。……わかった。だが、私が片時も離れない。姫様に何かしようものなら死力を尽くしてでも止める。止められないとはわかっていても、だ」
忠義の騎士、か。
……部下に会いたくなってきたな。ウチの幹部にもいたんだ、こういう熱心なのが。アイツは今どうしているだろうか。俺が死んで……人間相手に暴れまわるようなことはしない奴だと思っているが、勇者には敵討ちを果たしたかもしれんなぁ。
そうであれば、死んでいるか。勇者には勝てないだろうから。
「……霧魔法のお前。名は?」
「ここで易々と名乗れば次の日にはお触れが、か?」
「私にそんな権限はない。ただ、この景色を懐かしいとお前は言っていた。……理由はそれだけだ」
「そうか。名。名か」
魔王の時と今の名、どちらを名乗るべきか。
どちらも名乗らないべきだろうな。名乗る名があるとすれば。
「ミスト・ガスフーライル。偽名だ」
「だろうな。不敬にも神の名を家名にするとは」
「だからミストでいい」
ガスフーライル。ガスフーライル神。勇者と魔王のシステムを作った神。
初めは恨みもしたが、既に亡き者と知ってからは何もない。死して尚システムだけが生き続けることだけは流石は神といったところだろう。
「お前は?」
「侵入者に名乗る名などない、と言いたいところだが、私から聞いておいて名乗らぬのはそれこそ名折れか。エリドだ。エリド・ヒューリッテ」
「ヒューリッテ?」
「無知なお前でも流石に聞き覚えがあるか。……そうだ。イミド・ヒューリッテの娘が私だ」
……おお。
えーと。
おお。
イミド・ヒューリッテ……は、かつての俺の部下である。
吸血鬼の一族で、激しい吸血衝動から魔に堕ちた者とされ、祖国を追われて魔王国に来た。吸血鬼は本来エルフやドワーフなんかと同じ人間側の種族であり、時たま出る先祖返りが魔族になる。
それが。
え、で、それが。
「イミドが結婚……いや、お前幾つだ? 吸血鬼の歳は外見じゃわからん」
「……今年で十二だが」
子供も子供じゃないか、と言おうとしたけれど、こっちの世界での成人は十五歳である。十歳で独り立ちしている者も珍しくない。十七歳になってまで子ども扱いなあっちがおかしかっただけで、こっちじゃ十二歳で要人守護は特におかしくはない話だ。
で、俺が言いたいのはそこじゃなくて。
「母親は、誰だ?」
「……」
俺が死んだあと、五年で結婚相手を見つけたと。なんだぁ? じゃあイミドの奴、俺の墓前にワインでもかけながら、今は家族円満でウハウハかぁ?
別に部下が幸せになることを僻むわけじゃないが、揶揄いたくなる嗜虐心は生まれるぞ、それは。
……無論、ウハウハでないことはエリドの態度を見れば明白なのだが。
「イミドの髪色は金だ。が、お前は濃い青。余程母方の血が濃かったか。となると……スケイルレッドの貴族あたりか? 加えて今お前が人間側にいるということは……」
「……無知者のくせに、吸血鬼の事情には詳しいんだな。父の事も……親しげに呼んでいる。やはり魔族か」
「否定も肯定も証拠が提示できないから答えないが、イミドとは知り合いだ。奴は今どこに……というのは私が一番知りたい、という顔をしているな」
「ふん。……アイツのせいで、母や私がどんな誹りを受けたかも知らないで、十二年帰ってきていない。どうせ他の女でも作って魔大陸の方で暮らしているのだろう」
「奴の甲斐性については俺も知らんから口出しはしないが、しかしそれでよく初対面の相手にヒューリッテ姓を名乗るな。偏見の目で見られることは間違いないだろうに」
「隠し事をするのは好かない。それが誰相手であっても、だ」
「成程。つまり霧魔法で隠し事しか無さそうな俺は大嫌いなわけだ」
「他人にまでこの信念を押し付けるつもりはない。お前を侵入者として排除したい気持ちに変わりはないが」
スケイルレッドか。
イミドの痕跡探しに訪ねてみるべきだな。
……クラスの奴ら。江藤や夢坂には本当に悪いとは思うが、このまま行った方がいいだろう。霧魔法で城内に入って行こうものなら、流石のエリドも城内中に警鐘を鳴らしかねない。
「さて、そろそろ俺は行くが……そうだな、一つ褒美をやろう」
「一文無しが何を言っている?」
「イミドとスケイルレッドの情報は俺にとっては得難いものだった。だから、そうだな……この中で病を患っている姫様とやらの病魔を消し去ってやる、というのはどうだ?」
今度は寸止めだった。
何がって、刀が。
「……貴様、やはり知っていたのか」
「知らん。名前も姿も知らん。が、病魔の気配ならわかる。この最上塔に隔離されているのは病が故だろう? エリド、お前にとって最も大切なものがこの姫君だというのなら、それを癒すのが褒美となる……と解釈したが、どうだ」
「余計なことをするな、ミスト。貴様がどこの誰なのかは知らないが、姫様に手を出されたら、私はお前を殺すしかなくなる」
「治癒でもダメなのか」
「それが治癒であると私には判断ができない」
なら仕方がない。事後だ。許せサス……もといエリド。
「──エリド! エリド!」
「姫様っ!? ……貴様、ミスト!!」
「許可を伺った時点で病魔を払い終わった後でな。事後報告という奴だ。まぁ早めに行ってやるといい、長年自らを苦しめた病が突然去るというのは恐ろしくもあることだろうカ、ラ」
最後上手く発音できなかったのは細切れにされたからだ。
だが、俺よりも優先すべき事項があるとみたのだろう、城の中へ戻っていくエリドに手を振る。
さて、エリドがいないのならばまたまた計画変更だ。
このままクラスの奴らの所へ戻って、「読書家」に戻ろう。あんまり軟禁されるようなら出ていく所存だが、城もいきなりのこの大所帯を抱えきれまい。どうせすぐに持て余す。
スケイルレッドのご令嬢たちの元へ向かうのはその時でいいだろう。
しかし、ミスト・ガスフーライルか。
霧魔法の最高神……最老神とは、我ながらなんともネーミングセンスの無き事よな。