クラス転移したし最弱スキルだったけど元が魔王。   作:WillOfTheHeart

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3.ただいま異世界(3)

 夢坂たち勇者一行が送り出されて早数日。

 後続として戦闘クラス、及び補助クラスとなった生徒たちがそれぞれに隊を組んで彼女らを追うことになった。

 

「江藤。お前、少し痩せたか?」

「ん? あー、まぁ、こっちの食事のせいかもな。美味いモンは普通に美味いけど、なんつーの? ジャンクフードがこう……油っぽすぎねぇのが合ってるわ」

「成程。添加物の問題か」

「かもなー。ただ強くなったー、とか身のこなしがー、ってのはあんま実感湧かねえもんだな」

「ゲームじゃないんだ。レベルアップを実感できるのなら誰もが努力を惜しまんだろうよ」

「見えない努力の積み重ねが大事、ってな」

「そういうことだ」

 

 戦闘クラス。だから、江藤の格闘家もそれに含まれる。

 よって江藤とはここでお別れだ。俺は一応職人クラスに含まれるので、行くとしてももっと後。というより職人クラスは恐らく国力の底上げに使い潰される予感はしている。

 

 さて。

 

「江藤。あんまり実感がわかない、と言ったな」

「おうよ。俺としては軽いジャブ程度なのに、城の兵士さんたちがぶっ飛んでったりよ。あれが俺達を自信付けさせるための演技なのか、マジなのかが全く分からん」

「手応えがないと、はっきり言ってしまっていいぞ、江藤」

「……俺はお前と違って人間関係気にするタイプなんだよ」

 

 本を閉じる。

 読み終わった本を開いて読んでいるフリをしていただけだから、栞とかは要らない。あ、読書家のスキルにどこまで読んだかを記憶できるスキルがあるので、そもそも栞は要らなかったりする。

 

 立ち上がって──ま、一応結界は張っておくか。

 

「なんだよ」

「来い、江藤。手応えというものを感じさせてやる」

「は? ……おいおい、実感ないつっ立って俺は格闘家なんだよ。普通に岩とか砕けるんだぞ、パンチで」

「それがどうした。当たらなければどうということもあるまい」

「速さが足りねえ! ってか?」

「精度が足りない、が正確だな。この場合は」

「……お前が何を考えてるか知らねえけどさ。無理無理。俺お前のことちゃんと親友だと思ってんだよ。誰が親友をボコすかよ」

「そうか、ではこちらから行こう」

 

 踏み込み。一歩目で既に江藤の間合いにいる。

 

「!」

「反応するか。良い眼になったな。だが」

 

 思いっきり殴る。魔王クラスも読書家クラスも何も乗っけていないパンチだが、その頬を捉え、彼をさながら城の兵士の如くぶっ飛ばす威力はある。

 たかが殴りで人が飛ぶなど、それがあり得ないことを体感しろ。演技ではそうはならないと実感しろ。

 

 できるだろう。

 それがわかる域にまで、指先くらいは掛けているはずだ。

 

「……って、ェ」

「なんだ、読書家のパンチでぶっ飛ぶとは、軽くなったな江藤。痩せすぎじゃないか?」

「何が読書家の、パンチだよ……一回やった実地訓練の時の魔物なんかメじゃねえ重みだったぞ……」

「ああ、だから、読書家のパンチがこの威力だ。俺がクラスを偽っているとかではないぞ。金田に聞いてみろ、奴は賢者だからな、俺が読書家であることを保証してくれるはずだ」

 

 あの速度で人体がぶつかれば多少は砕けるはずの壁……は、結界が守っている。且つ江藤にも大したダメージは入っていないはずだ。この結界内部では、俺を含めたあらゆる力が減少する。重力とか減ったら面倒なものはちゃんと除外してあるが。

 

「じゃあなんだよ、日本にいた時から、お前はこんくらい強かったのか」

「そうだな。血を好む性格ではないから、表に出すことは無かったが」

「だろうな……はぁ。……わーったよ。つまりアレだろ。これから俺は、死ぬかもしれない旅に出るんだ。これが永遠の別れかもしれないんだ。じゃあ、まぁ、漢らしく拳でっつー話か? 古い漫画の影響受けすぎだろ」

「来い、江藤。お前がこの数日で得たもの全て、俺にぶつけて見せろ。その悉くを打ち砕いてやる」

 

 俺なんかやっちゃいました? のスタンスで死地にいけば、いざという時に困る。

 力を自覚しろ。弱いなら努力しろ。強いなら加減を覚えろ。

 

 意図しない暴力ほど恐ろしいものはない。

 ……夢坂がちゃんと俺の助言を聞いて、非戦闘員の魔族を殺していないことを祈るばかりだが。あれは何も魔族を思って言った、というだけではない。夢坂たちのこともちゃんと心配しているんだ。それなりの付き合いだからな。

 

「っらぁ!」

「良い不意打ちだ。直線的じゃなければな」

 

 行くぜ、なんて合図も無しに飛び蹴りを繰り出してきた江藤。その足を避けて、掴んで捻る。

 

「足技は威力が高い分隙も大きい。敵の攻撃を避けるのに向かない。軸足に重心を戻すまで時間がかかり過ぎるからだ。ゆえに足技を使う時は、息もつかせぬほどの連続攻撃をするか、あくまで軸足から重心を動かさないか、そのどちらかにしろ。こうして掴まれたら終わりだと理解しろ」

 

 投げ捨てる。本来はこのまま殴るなり斬るなり引き千切るなりするが、今はそういう戦闘ではない。

 人間の兵士が教えない殺し合いを江藤に叩き込む。力の自覚はついでだ。

 

「蛇打!」

「突きも同じだ。直線的であると言われたから軌道の読み難い蛇打を選んだようだが、軌道がどれほどめちゃくちゃであっても狙いが同じならば直線となんら変わらん」

「渦投げ!」

「無理だ。姿勢を考えろ江藤」

 

 スキルは何も、ゲームみたいにテンプレート通りの動きを相手に押し付けられるわけじゃあない。あくまで既存の動きをテンプレート化して、思考リソースを他に割けるようにするための技術だ。故にこそ使えば使うほど練度も増していく。

 覚えたてのそれを乱打したところで、俺には届かない。

 

「何より投げ技など大した威力を持たん。スープレックスよろしく首でも狙うならまだしも、合気を汲んだ投げ技に火力は無いと思え。そんなことをするくらいなら」

 

 江藤の腹に掌底を当てる。左手で彼の蛇打を掴んだ状態での右掌底。

 ──それは、彼の全身に伝播する衝撃となる。

 

「カ……っ!」

「殴った方が早い。投げ技は自分から突っ込む時ではなく、相手が間合いに入ってきてどうしようもない時用の緊急手段だ。良いか、一番火力が出るのは殴りだ。単純火力で言えば蹴りになるかもしれんが、総合火力なら殴りだ。殴れ、格闘家クラスなら。その上位に拳闘士というクラスがある。そこまで辿り着け」

 

 蛇打を掴んでいた手を離し、そのままの姿勢で今しがた掌底を食らわせた腹に、もう一発掌底を叩き込む。これは衝撃の伝播ではなく、単純な殴り。ゆえにまたぶっ飛ぶ江藤。

 

「弱いな、江藤」

「……てめぇ、こんな強いならなんで……有紗ちゃんと一緒に行ってやんなかったんだよ」

「読書家だからな。勇者の足を引っ張る気はない」

「なら、今お前にボコされてる俺は、足手纏い以外のなんでもねーじゃねーか……」

「そうだ。他の戦闘クラスの奴らもそうだろうな。たった一回の実地訓練、だったか。それに出て来なかった強敵と出会い、全滅するのが早いか。あるいは恐怖より逃げ帰るのが早いか。この国はお前たちに信頼など置いていない。勇者一行だけだよ、期待されているのは。お前たちは国周辺の魔物掃除屋程度にしか思われていないだろう。弱いからな」

 

 ギリ、と歯を食いしばる音が聞こえた。

 知っているさ。いつもは美少女ゲーに現を抜かし、こちらに来てもエルフだのマーメイドだのセイレーンだのとエロ系のことばかりを口にしていたお前が、けれど夢坂たちを直接手伝えないことに拳を握り締めていたことくらい。

 ずっとずっと秘めたるものはあったはずだ。格闘家なんてクラスになって、元から情熱を注げばとことんやり切るような男が──自身を捨て駒にされて耐えられるわけがない。

 ぶつけて来い、江藤。俺はそんなお前の親友であれて、心から嬉しく思う。

 

「すげえな」

「む?」

「あーあ。すげーや。すげえな。ちぇ、ちっとは追いついたと思ったんだがよ。あーあー。初めてお前を見た時と同じ感想抱いてるよ俺。あーあ。……なんだよ、遠いまんまかよ、お前」

「初めてお前が声をかけてきた時、ジジ臭い喋り方をするやつだな、とかなんとか言って来た覚えがあるが、今もそう思ったか」

「ちげーよバーカ。初めてお前を見た時だよ。……なんかさー、高校の入学式にさ、みんな浮足立って色めき立って、俺みたいに中学ン時から一緒の奴らとかとバカやってるのとか、新環境に慣れなくておどおどしてる奴とか、そーいうのがいっぱいいる中で、お前自分が何してたか覚えてるか?」

「漫画を読んでいたな。桜の木の周りに備え付けられたベンチに座り、足を組んで。ブックカバーは偽装していたが」

「そーだよ。誰にも気づかれず、なんなら最初からここにいた、みてぇにさ。最初上級生かと思ったよ。新入生のワッペン無かったらそういう変な先輩だと思ってた」

 

 入学式。

 そうだな。夢坂とは違うが、江藤とは高校からの友達だ。それで親友と言えるくらいにはコイツのコミュニケーション能力が高いのだが。俺みたいなとっつきにくいのに、よくもまぁ。

 

「あんとき俺、言葉が見つからなかったんだ。お前を見て自分に去来した感情に名前を付けられなかった。けど、今なら言葉にできる。──超然としていたよな、お前」

「そうか。そう感じたのなら、良い嗅覚を持っていると言っておこう」

「ああ。お前は超然としていたよ。馬鹿みてーに他と隔絶したなんかを持ってた。だから俺、声かけたんだよ。ずりーから」

「ずるい?」

「ズルいだろ。俺だってそーいうのに憧れてた時期があったし、何より……なんつーかさー、俺に無いもの全部持ってただろ、お前。やろうと思えば俺達みたいに騒ぐこともできるし、アホに溶け込むこともできる。かと思えばリーダーにもなれて、んでそん時は自然みてーだった。自然ってアレだぞ、木とか石とか」

 

 よいせ、と。

 江藤は立ち上がり──体の埃を払う。

 

「町原。お前ずりーんだよ。俺がお前と友達になりたがったのは、ちょっとでもいいからお前と対等になりたかったからだ。親友やってんのはお前が遠いって感じてたからだ。それで、異世界来てさ、嫌な奴だよな、俺。お前が読書家っつーなんか変なクラスで良かった、って思ったんだ。なんも出来なそうでさ。で、俺が格闘家だろ? ──これで俺がお前より優位に立てることが一個できた、って。っとにヤな奴だよ。対等になりたかったくせに、抱いていたのは劣等感だった。劣等感だったから、すげーもん手に入れたら優越感に浸ってた。最悪だろ」

 

 ファイティングポーズ。

 魔力の高まりを感じる。江藤的には集中しているだけなのだろう。だが、アレは紛う方なき魔法だ。身体強化も腕部強化も無意識にやっている。

 

 笑みがこぼれる、というのはこういうことを言うのだろう。

 

「それで、蓋を開けてみたら、お前が俺より優位なところなど一つも無かったと。ク、良い。いいぞ、江藤。俺はその鬱憤を受け止めてやる」

「すまねぇな、町原。こんなヤな奴だがよ、俺、お前の親友辞めたくねえんだわ。だから」

 

 気付いているのだろうか。 

 その拳にエーテル光が宿っていることに。それは──格闘家クラスの最上位スキルの一つであることに。

 

 いいや。ただのパンチだと思っているはずだ。

 ああ、そのままにしておこう。これは面白い。

 

「本気で行くぞ、町原ァ!」

「来い、江藤。お前がまだ何者にもなれていないことを突き付けてやる」

 

 此度も踏み込みは一瞬。だが、肉迫したのは江藤の方だ。その足は結界を突き破って床を割り、エーテル光を纏う拳は確実に俺の中心を捉える。

 

 吝かではない。

 彼の自信をつけるために、実感を得させるためにここでぶっ飛んでやるのも一興だ。

 

 だが──だが。

 挑戦者に対して演技をするなど、魔王としての矜持が許さん。

 

「ッ……っそが!」

「踏み込みが甘い。全体重が拳に乗っていない。腰の捻りも甘い。だが、届かせるという意思だけは伝わった。──それが限界だ、江藤。今のお前の限界だ。強くなれないなら、俺は遠いままだよ」

 

 動かない。一歩たりとも動かない。

 その素晴らしい拳を受けて、よろめくことも呻くことも、服が破れることさえない。

 

 超然としていた、というのなら。

 超然としていよう。

 

 今の江藤程度の拳では、俺に何の影響も与えられないのだと。

 

「気が変わったよ。本当はクラスの皆についていって、守ってやるつもりだったんだがな。お前がいれば十分だろう。俺は俺で、好きにやらせてもらう。……次に会う時、一歩でも俺を退かせられる戦士になっていることを祈っている」

 

 転移する。あ、床は修復済みだ。江藤はまぁ、ダメージらしいダメージがあるとすれば、魔力を使い過ぎたことくらいだろう。今は崩れ落ちてしまっているが、自分で立ち上がるか城の兵士に見つかるか、どちらにせよ大事無いはずだ。

 

「どこ、行く気だよ、お前……」

「お前たちがまだ届かない場所へ」

 

 消える。

 ……守ってやるつもりだった、か。

 

 心にもないことを。

 

 

 

 

 

 霧を纏って、件の最上階に座る。

 

「またか、ミスト」

「まただ、エリド。どうだ、あれから。姫君の様子は」

「……悔しいが、とても快調だ。あれほど……あれほどの笑顔を見たのはいつぶりか。痛みも苦しみも、もう何もないそうだ。あとは体力さえ戻れば、民衆の前に出ることも可能になるだろう」

「ああ、そうか。すまないな、生命力も分け与えてやればよかったか。失念していた」

「……」

 

 パミルというリンゴに似た果実を齧る。あっちのどんな高級リンゴより蜜が多いこれは、まぁ元が魔物なので当然だ。魔物が自分の棲み処という罠へ獲物を引き込むための餌だからな。当然美味い。

 

「何も、要求しないのか」

「俺が褒美でやったことに何を要求する。ああそうだ、イミドの件だが」

「チ、やはりアレもお前か。……母が言っていたよ。夢で父と久方ぶりにあったと。そして、身に覚えのない高品質タリスマンが置かれていたとも」

「それでどうして俺になる?」

「夢で父が語ったそうだ。何があったか、どうして帰ってこなかったのか。全て夢に過ぎないと片付けられたらそれが一番なのだがな。……何より母が、幸せそうにしていたから、私はもう何も言えん」

「母親は好きか、エリド」

「当然だ。……そして、理由を聞いて……父も、まぁ、帰ってきたら殴るつもりではあるが、嫌悪は……消えた。今まで受けて来た悪質な嫌がらせの主犯も露呈したしな」

「なんだ、あのご令嬢、怨霊を送るだけでなく物理的な嫌がらせまでしていたのか」

「それもお前か。はぁ。今スケイルレッドの組合が下手人を探し回って奔走しているよ」

 

 さて、そこまでの恨みとなると。

 

「まさかとは思うが、イミドの奴をエマ嬢が盗ったのか?」

「人聞きの悪い言い方をするな。……母に父が惚れたのだと聞いている。元々ライザ・アーグライトが父へ猛烈なアピールをしていて……それを無視して、父が母に、と」

「あー。全く、身辺整理をしてから魔族になればいいものを」

「……父が、魔に堕ちた理由も、もしかしたらアーグライトの呪いが原因かもしれないと……今調査中だ」

 

 それは流石に違う、と言いかけて、やめる。

 だからなんでお前がそれ知ってるんだよ案件だ。クラス云々の話は本で読んだで通じるが、人間が魔族になるプロセスはそこそこ秘された事項だから、魔族ではないとしている俺が知っているのはほぼあり得ない。

 

 ただまぁ、そういうことにしておけばイミドが人間に戻った時の環境も良くなるか。これは奴の肉体探しに注力しなければな。部下の幸福は俺の幸福でもある。イミドの奴が働き者であったからこそ、尚更に。

 

「ミスト。ミスト・ガスフーライル。お前は……まさか、本当に最高神なのか?」

「そう見えるか?」

「いや、まったく」

「だろうな。そして最高神扱いされても困る。なんなら憎んでいた時期もあったくらいだ」

「最高神をか。……教会の人間の前では言うなよ、それ」

「極刑か。受けて立つ」

「立つな」

 

 はぁ、とエリドは溜息を吐く。

 吐いて──俺に、頭を下げた。

 

「なんのつもりだ。首を貰う趣味は無いぞ」

「礼を言いたいだけだ。姫様のことも、母のことも。お前の仕業は断りが無いから業を煮やすが、なんだ、結果は……良いものばかりだ。なら、そこに礼を尽くさないはずがない」

「息苦しい生き方をするものだ。素直に気に入らないと言えばいいものを。姫君を救うのも、嫌がらせの根源を断つのも、自分がやりたかった、と」

「ひねくれものが過ぎるぞお前。礼くらい素直に受け取れ」

 

 ひねくれものが過ぎる。

 良い。前、それこそバスに言われた言葉だ。魔王様はひねくれものが過ぎますぞ、などと。……イミドに間違った手法を教えたようだが、バスが事霊魂の技術でミスをするはずがない。何か黒幕は別にいると見たが。

 ああ、思考が飛躍した。

 

「エリド? 屋根にいるの?」

「え? ──な、ダメです姫様! ここには今侵入者が!」

「それって、私の病気を治してくれた人?」

「い、いや、ぅ……」

「俺がひねくれもの過ぎるのなら、お前は素直が過ぎるな。咄嗟の嘘も吐けないか」

「ひ、姫様には……嘘は、吐きたくない」

「姫君思いで良いことだ。さて、それではそろそろお暇しようか。姫君に近づくと、エリドが酔っ払ったオーガのように怒り立てるのでな」

 

 また霧となって散っていく。

 

 散って行こうとした。

 

「待って!」

「なんだ、姫君」

「お礼! させて!」

「ダメです姫様! こいつは危険な男です!」

「またか。良いか、姫君。俺はエリドへの褒美として姫君の身体から病魔を祓ったに過ぎない。ゆえ、礼は要らない」

「それじゃあ私が納得できないから、私の自己満足で、お礼をさせてって言ってるの!」

 

 おお。

 これはまた。エリドが頭を抱えている。

 

 これはこれは、とんでもないお転婆姫と見た。体を動かせなかった鬱憤は並みではなかったか。

 

「あなた、名前は?」

「ミストだ。ミスト・ガスフーライル。偽名だ」

「でしょうね! 本名は?」

「教えない」

「むぅ……じゃあ、何か欲しいものない? 私がお父様に言えば、なんだって」

「無いな。地位も名誉も手に入れ、捨て去った後だ。友も仲間も持っているし、帰る場所もある」

「む、むぅぅう!」

 

 エリドに隠されて顔は見えないが、恐らく今膨れっ面をしていることだろう。

 感情の見えやすい良い子だ。病に罹る前は人気も高かったか。

 

 散々この国を批判したが──彼女が時期女王になるのなら、この国は安泰だろう。

 

「じゃあ! 私がお嫁さんになってあげる!」

「断る。俺にも選択権があるからな」

「ミスト、お前、姫様の好意を無下にするか!」

「受け入れたら受け入れたでこんな得体の知れない男と扱き下ろすだろう、お前」

「当然だ!」

 

 じゃどーしろと。

 ……しかし、そうだな。姫君から貰うものか。

 

「姫君。お前にとって、最も大切なものとはなんだ? 礼というのなら、それを──」

「ミスト!」

「そんなの決まってるじゃない」

 

 見えないけれど。

 胸を張ったのが、わかる。

 

「この国よ! お父様とお母様も、兵士さんたちも、民も! 勿論エリドも私も! 全部大切!」

「最も、と聞いたが」

「だから全部よ! この国全部が一個よ!」

 

 ふむ。

 

 ふむ。

 

宣言(コンテイン)

 

 ぶわっとこの国全体を魔力が包む。

 

「何、を……いや、今のスキルは」

「姫君。名は? ファーストネームだけでいい」

「フィナ! 愛称じゃなくて、これだけよ」

「そうか。受け取れ、フィナ」

 

 エリドの足元あたりに放り投げるは、美しく輝く石。宝石とは違う。

 

「魔石?」

「ダメです姫様、そんな得体の知れないものに触れては!」

「姫君。お前の最も大切とするものがこの国であるのなら、俺は礼としてこの国を貰い受ける。その石がお前の手にある限り、この国は俺の所有物であるとされる。他国……人間には然程効果は無いだろうが、魔物や魔族にとってはただそれだけで近寄りがたい国となったはずだ。ああ、イミドは外してあるから安心しろ、エリド」

 

 宣言(コンテイン)

 これは、この国は俺が貰い受けたと告げるスキル。それは当然、読書家のスキルなどではなく。

 

「人間同士の諍いは勝手にやれ。だが、悪しき魔族や知性なき魔物からは守ってやる。ただし、姫君が持っていなければ効果は発されない。あるいはお前の未来の子に渡ることもあろうが──その時は再度価値を示せ。貰い受けてやるかはその時に決める」

「……よくわからないけれど、もう一回だけ聞くわ」

 

 最大級の警戒がエリドにはあった。一言もしゃべらない。いつの間にか抜いた刀で、血走るほどに見開かれた目で、俺を睨みつけている。

 

「あなた、名前は? 偽名じゃなくて本名の方!」

「何故そうも聞きたがる」

「だって私の大事なものをあげたんですもの。名前の知らない誰か、じゃなくて、名前を知っている人にあげたいわ。あげたからにはね!」

 

 ──構わないか。

 どうせこの国を出るんだ。どれほど騒がれても蚊帳の外。ただまぁ、人間の身体では少々箔に欠ける。

 

 霧を解くと同時に幻影を被る。

 それは勿論。

 

「……やはり、そう、なのか……!」

「我が名を問うたな、娘」

「ええ、そうよ! 早く教えて!」

「威勢の良いことだ。──だが、すまないな。この名は既に俺のものではない。その護衛の娘にでも聞け。知らぬはずがないのだから」

「えー! ここまで来て!? ちょ、エリド、エリド! 彼を見せて! 知らないはずがないなら、私でも知ってるかもでしょ!」

 

 特に意味は無いけど指を鳴らす。

 同時、幻影と俺の本体が霧となって散っていく。こういう演出は大事なんだ。

 

「エリド、誰なの? 教えてよー!」

「……姫様。あれは」

 

 あれは。俺は。

 我は。その名は。

 

「前代魔王、ユーゲンフェイフウルト……!」

 

 ……まぁあっちの世界で特別な名前、とかじゃなかったから恰好つかないんだけど。

 

 そう、そういう長い名前が俺の名だ。愛称はユーゲンでもフェイでも良いぞ。

 

 では、サラダバー!

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