えっちがしたいTS欠損強化人間少女はえっちができない   作:大利トーリ

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競合のいない新規分野は独占市場

 

 

 この世界で用いられている言語は、私がかつて生きていた世界・暮らしていた国の言語とは少々異なる、独特なものであるらしい。

 

 直接精神が繋がり、意識が融け合っている相棒(テア)との間であれば、特に不都合も無く意思の疎通が可能である。

 また……先生(テア)が付きっきりで通訳ならびに学習支援をしてくれていたことで、なんとかこの世界の言語に適応することができた。

 

 ……逆に言うと、私がかつて生きていた世界の言語とは、この世界の人々にとっては聞いたことのない『音』なのだろう。

 

 

 

「……あー、……ァー、あァー…………んんっ」

 

 

 介助役の女性兵士――エリッサ・エアリー少尉、というらしい――に連れられて案内されたここは、いうなれば私の『私室』ということになるらしい小部屋である。

 私をこの部屋へと連れ込んだ時点で、彼女の監視任務は一応の完了を迎えたらしい。エリッサ少尉さんはかっこいい敬礼を残して退室し、部屋の中には私達一人(ふたり)が残される。

 

 

 はっきり言って広くはない、ベッドと机と椅子と造作棚がある程度の、実用性一辺倒のシングルルーム。単身向けの学生寮や……あるいは、刑務所の個室なんかが近いかもしれない。

 だがそれも当然のことだろう、なにせここは都市部の市街地なんかではない、正真正銘の軍施設なのだから。

 むしろ……つい先日まで敵そのものであった私が、こうして個室(※牢屋ではない)を与えられていること自体、まずもって異常事態であろう。

 

 ……まぁ尤も、恐らくは私達を監視するための様々な工夫が凝らされた、私達のための専用ルームなのであろうが。

 

 

――――あたり。音声と、映像、機器を隠してある。

 

(まぁそうだよな。監視するよな。……ちくしょー、やっぱお愉しみ夜のソロライブはまだまだお預けか……)

 

――――そ、ろ? らい…………なに?

 

(気にしない気にしない。……ほら、()()しなきゃ、ってことよ)

 

――――そう……? なんか、違うやつのイメージ、流れてた……とおもう、けど。

 

(気のせいだって。……じゃあまぁ、いっちょ聴かせてやりますか)

 

――――おー。がんばって。

 

 

「……ゥー、…………あー。ルル……らァー、らー、アー…………よし」

 

 

 この世界の『言葉』を紡ぎ、伝えたいことを文章にし、誰かに聞かせることは苦手だが。

 しかしこうやって、この世界の言葉ではない『音』を出すことには、何の懸念も問題もない。

 

 

 そもそもが、(テア)の声はなかなかに耳触りの良い、聴いていて心地よくなる声色なのだ。ヒーリングやらリラクゼーションやらの効果も間違いない……と思う。

 そんな心地よい声が、聞いたこともない神秘的な音を伴い、初めて耳にする旋律とともに紡がれるとなれば。

 それは、この世界で私にしか披露できない、唯一無二の演目と言っても差し支えないだろう。

 

 

 私がかつて生きた世界には、私の祖国を含め多くの国々で、そういった『国を守るために戦う兵士を鼓舞する歌』が親しまれてきた。

 同期の桜、海ゆかば、抜刀隊、雪の進軍、ズンドコ節などなど……ほかにも海外に目を向ければ、マルセイユの歌やクワイ河の歌、擲弾兵(グレナディア)の歌やら戦車(パンツァー)の歌やら少女(カテューシャ)の恋歌やら草原(ポーレ)の歌やら。

 流石にフルコーラスを正しい歌詞、ネイティブな言語で歌い切る自信など無いが、どこかで耳にしたことのある旋律や空耳歌詞なんかはそこそこ多い。

 

 

「さる、ごりらちんぱんじー」

 

――――ど、どうしたのファオ?

 

(しずかに。いま集中してるから)

 

――――う、うん?

 

「さる、ごりらさる、ごりらさる、とちん、ぱん、じー」

 

――――ち、ちん……?

 

 

 そして……それらの旋律はこの世界の人々にとって、もちろん耳馴染みなどあるハズも無い。適当な歌詞をでっち上げて歌ったところで、笑われることもない。

 そもそも、異世界語の歌詞が理解できるわけが無いのだ。多少以上に適当な歌詞でも問題ないだろう。

 

 私が連呼している『さる』とか『ちんぱんじー』とかいう音でさえも、この世界の人々にとっては『霊長類』の意味をなさない。

 ただただ不思議で、神秘的な異国の言葉に聞こえているはずなのだ。……たぶんだけど。

 

 

 それに……この行動を『模倣元(お手本)が存在する歌唱』として捉えれば、どうやら私の苦手な『言葉を発すること』『人前で自分の言葉を紡ぐこと』とは別物と認識できるらしく。

 つまるところ――これは正直良い方向に予想外のことなのだが――対人コミュニケーション能力が絶望的な私でも、『おうたを歌う』ことは問題無く行えるようなのだ。

 

 

 

「もすかう、もすかう、夢見るアンデンさん」

 

――――ね、ねえファオ、だいじょぶ? もういっかい頭スキャンしてもらう?

 

「おっさんですか、シャアですか、おっほっほっほっほ、へい」

 

――――ごめんってば、わたしもちゃんと案とか考えるから、ねえファオってば。

 

(な、なによぉ……いま頑張って練習してたトコなのに……)

 

――――あぁよかった、もとに戻った。

 

 

 やはり『鼓舞する』という目的がある以上、兵隊さんを応援する歌をメインに扱いたいところではあるが……しかしそれ以外の歌であっても、皆さんを純粋に楽しませることはできるだろう。

 勇壮なマーチも、アップテンポなカントリーソングも、この愛らしいソプラノヴォイスで口ずさまれれば、聴く者に感動を与えること間違いなしである。

 

 いやー……これはね、もう来ましたわ。異世界転生知識チート無双の始まりですわ。勝ったな、お風呂入ってくるか。

 

 

――――お風呂? ないよ、この部屋。

 

(言葉の(アヤ)ってやつでして)

 

――――ふうん?

 

 

 まあ……本格的に『興行』を開始するのは、また日を改めるとして。

 とりあえず今日のところはセトリを組んだり練習したり、あとは少しでも多くの歌を思い出したり、モノにしたり。

 明日以降の『生本番』に備えて、そういった準備に充てようかと思う。これダブルミーニングよ。

 

 

 ふふふ……待ってろよ基地のみんな、主に健全な男性兵士諸君。

 私の歌を聞いて、私の(というかテアの)容姿と声の可愛らしさにゾッコンになって……そして私とえっちな関係になるがいい。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

――――それはむずかしいと思うけどなぁ。

 

(なんでよ、完璧な作戦でしょうに。名付けて『歌姫ファオ』計画よ、どや)

 

――――うぅーん……まぁ、がんばって。

 

(まーかせて! ……ぐふふふ、これは勝ち確ですわ。やー明日が待ち遠しいね!)

 

――――夜更かししちゃだめだよ。

 

(はあい)

 

 

 

 

 


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