ハリー・ポッター ヴォルデモート部分殺害RTA 二重スパイチャート 作:永熊 詩人奈
「やあ、君がミネルバかい?先生から話は聞いているよ、優秀な生徒だったってね」
ハワード・ゴーント。闇の魔術に対する防衛術教授
担当科目こそ違うものの、教職に就いた時期の近さから関わることは多かった。
初対面の時からやたらと馴れ馴れしく絡んできたのを今でも思い出せる。
――――彼はなんというか、自由な人間だ。
「ミネルバ、お茶でもどうだい?」
「まだ仕事が残って―――」
「そんなものは後回しだ!」
「えぇ…」
意外にも彼の淹れる紅茶は美味しかった。
彼の語ることはなかなかに愉快だ。
校長と仲が良いからその影響もあるのだろうか。あるいはただの類友か。
………たまにはこんな時間も悪くない。
――――彼の考えることはよく分からない。
「ミネルバ、猫になってくれ」
「急にどうしたんです?」
「モフりたいなと思って」
「意味がわかりません」
「君は何のために動物もどきになったんだい?」
「断じてそのようなことをするためではないです」
そう言うと彼は見るからに落ち込む。こちらが悪いわけではないのにどこか罪悪感を感じてしまい、結局猫の姿へと変わることになった。打って変わってはしゃぐ彼に呆れてため息が出る。
それはそうと目の前で猫じゃらしを振るのはやめてほしい。
変身しているときは心も猫に近くなっているのだ。
――――もしかしたら結構気の使える先輩なのだろうか。
「ミネルバ、一緒に行きたいところがあるんだけど…今は暇かな?」
「そんな暇はないと何度言えば――」
「クィディッチの試合なんだけど」
「それを最初に言ってください!さぁ行きますよ!」
「………………。」
本当は忙しいんですけど、誘われたから仕方なく行ってあげますよ。
え?クィディッチが見たいだけでは?
そ、そんなわけないじゃないですか。嫌ですわよーおほほほほ。
そんなふうに少しずつ仲を深めていった。
同じ職場の同僚、あるいは先輩。
一言で表せる程度の関係でしかない。
しかしミネルバ・マクゴナガルにとってハワード・ゴーントはその言葉以上の存在だ。
良い意味でも悪い意味でも。
そうなったのはきっと、あの夜の語らいを経てからだろう。
勤め始めてから数年が過ぎたある日の夜の教室。
次の日の授業の準備に追われ、やっと休める時間が出来た。
昼頃に届いた実家からの手紙を開封する。
差出人は母親だ。
手紙の文字は彼女の近況とこちらを気遣う言葉、そして地元のくだらない噂話を伝えている。
母のコミュニティは村で完結していた。
近所間での下世話なことをぐらいしか娯楽がないのだろう。
呆れながらも目を通していくと、
手に力が入るのを自覚しながら読み進める。
すべてを読み終えたころには手紙は皺でくしゃくしゃになっていた。
独りの教室にすすり泣く声だけが虚しく響く。
震える肩を抑えるものは何もなかった。
「ミネルバ――――」
そんな教室へ無遠慮に入ってくる足音が二つ。
彼らは独り泣く彼女を見ると互いに顔を見合わせ、どうしたものかと伺っている。
「その、なにかあったのかい?」
「お二人とも、来ていらしていたんですね。私ったら………」
言葉が続かない。
「わしらでよければ話を聞くよ。きっと話すことで整理もつくじゃろう」
「………そうですわね。では少しよろしいですか?」
彼女は一度目を瞑り、そして開く。
その目は過去を懐かしむように遠くを見ている。
「とてもつまらない話ですよ。ええ本当につまらない――――」
彼女が語ったのは
魔法族と非魔法族の間に生まれた子供ならば珍しくもない、ありふれた悲劇。
完全には信用されていなかったことを自覚した父親。
愛に生きることを決めるも完全には魔法を捨てることのできなかった母親。
表面上は何事もなく成り立っていた家庭にはもはや手遅れなほどに亀裂が入っていた。
魔法の世界へと旅立つ自分に、母親が祝福からではなく羨望あるいは嫉妬から涙を流した時。
あるいは父と母、魔法族と非魔法族の超えられない壁をその目で見た時。
彼女が家族と言うものに期待を抱くことなど未来永劫あり得るはずがなかった。
恋は一種の精神病、とはよく言ったものだ。
過去の失望を完全に忘れたかのように、彼女は村の青年に恋をした。
たった数か月間の短い時間。
それは思い返せば何よりも楽しく刺激的で、そして何よりも狂っていた。
どんな時間にも終わりは来る。
彼はその時間を深めるために勇気を出してプロポーズをしてくれた。
その時の自身の気持ちはどんなものだっただろう。
ああ、確かに幸せだった。
だがその申し出を受け入れられるかは別の話だ。
彼女はその生活がどのようなものになるかを身をもって知っていた。
虚飾にまみれた薄っぺらい家庭。
魔法族としての人生の終焉。
自分はそんな思いをするなど御免だ。杖を失い、無力に生きる母親とは違う。
ましてや愛した人を身勝手にもそんな生活に巻き込むことなど考えられるはずもない。
はっきりとした理由など説明できるはずもなく。
簡単な別れを告げ、数日後にはその地を離れていた。
自分の選択は正しかったはずだ、と己に言い聞かせて。
あとは詳しく語るまでもない。
彼は別の人と結婚し、自分はそれを全く関係のないところで知った。
自分が彼の選択を今更何か言うことのできる立場ではないことなど重々承知だ。
だが、この想いは。この気持ちは――――。
「後悔………なのでしょうか」
漏れだした心は音になって空へと消えていく。
己の過去を語り終えると心は凪いでいくが悲しみは消えない。
彼らは口を挟むことなく静かに聞いていた。
落ち着いた心はむしろ虚しさを増したように感じた。
「すいませんね。こんな――――」
「きっと!」
話を畳もうとした彼女に悲痛な叫びがかかる。
声の主に目を向けると彼は既にこちらを見ていない。
「………きっと君は間違えてなんかいない」
小さくそう言った切り、拳を握り締めたまま目を伏せ口を固く閉じる彼を見かねたのか老人が後を継ぐ。
「――――人生は後悔の連続じゃよ。わしの人生はそうじゃった」
老人らしく過去を振り返りながら笑うその顔にはどこか空虚さが見え隠れしていた。
「それはある程度年を積んだ者は皆覚えがある。――――かつて選んだ道が正しいかなんてことはその時に分かるはずはない。しかし選ばなかった道が正しいかという事が今現在分かるはずがないこともまた道理じゃ。」
「年を取りすぎればたいしたことでは後悔しないくらいに鈍感になるんじゃがの」
ほっほっと髭を撫でつける姿からその老人の内心までを完全に読み取ることは出来ない。だが、彼らしい振舞いというべき何かを見せている。
口を閉じていた彼も言うべきことが固まったのか、今度はしっかりと彼女の眼を見て話し始めた。
「――――私も…私も多くの後悔をしてきた。いや、今でもしている。――――でもどうしたって後悔した過去が変わるわけじゃない。多分違う道を選んだとしても同じように私は後悔するだろうさ。なら精一杯足掻く方が“らしい”と私は思うよ」
一言一言噛み締める様に言葉を紡ぐ彼もきっと彼にしかわからない苦しみを持っているのだろう。
それでも進もうとする意志は彼女にも輝いて見えた。
「そうですわね。自分で選んだ結末なんですもの。それを誇れなくてどうしましょう」
そう笑う彼女の眼は未だ濡れていたが、先の悲壮感は薄れている。
「なんだか喉が渇いてしまいましたわ」
「それは丁度良かった。良いものを持ってきたんだ」
そう言った彼はローブの中からボトルを取り出す。
「あらあら、それは。でもいいんですか?少しお高いのではなくて?」
「もともとそのつもりで来たんじゃよ」
にこりと笑いそう言う老人に彼女も笑顔で返した。
杯に注がれたワインは波打つように踊っている。
その日ホグワーツの一室から明かりが消えることはなかった。
その夜を超えてからも彼との関係に目立った変化はない。
とは言っても以前のように暇があれば彼は構ってきたし、それを断らずに時間を作るようにした。心の底では今までにはなかった絆のようなものを互いに感じていた。
信頼――――それが今の関係を正しく表している。強くそう思えるのは決して嫌なものではないからだ。
もう過去に囚われたままの魔女ではない。
後ろを振り返り後悔するばかりの人生ではない。
だって今の生き方が最高に自分らしいと思えるようになったから。そんな自分を誇りに思える自分が今ここにいるから。
彼女の胸の中にはいつだって頼れる仲間がいる。
ユーモラスでお茶目な上司。
不器用だけど優しい同僚。
彼らに振り回されるのも悪くないと今では思えるようになった。杖を閉じ込めた未来では決して味わえないような刺激的な毎日を送らせてくれる。
ほら、今だって――――
「ミネルバ、少し散歩と洒落込もう」
「あらハワード。今度はどこに行くんです?」
「それはまだ内緒だ。大丈夫、ダンブルドア先生の許可はちゃんと貰ってるから」
どこかあどけなさを感じさせるその笑顔。
アルバスに通じる不思議な愉快さ。
彼は何を見せてくれるのだろうか。
今日も楽しい一日になりそうだ。
ホグワーツに行けば何かが変わると思っていた。
窮屈な家から抜け出し、自由に魔法を使って、リリーと一緒の学園生活を送る。――――そんな都合のいい夢は儚くもすぐに霞のように消えてしまった。
リリー・エバンズはグリフィンドールに入り、自分はスリザリンへと入った。
リリーとの関係は消えなかったものの、その関係のせいかスリザリンでの居場所はなかった。
グリフィンドール寮とスリザリン寮は考えのスタンスや多くのことが原因となって対立しているため、表立って関係を続けることも難しかった。
自分の血筋だって誇れたものではない。
純血主義の思想が蔓延るスリザリン寮ではマグル生まれの者も混血の者も全てがさも自分は純血ですよといった顔で生きる。
寮外に対する建前はそれで完結していたが、寮内ではもちろん格差があった。
今まで生きてきて身に着いたみすぼらしさは行動に現れる。
外見などをあまり気にすることはなく、また虐待同然の環境で育った彼にはそれを気にする注意力も観察力もなかった。
呪いなどの学業の面では優れていたが結果として寮内での立場は弱いものだった。
そんな中ホグワーツにはいらぬお節介を続ける教師が一人いる。
寮でうまく馴染めていなかったからか、それとも他の理由があったのか、ただの気まぐれか。
理由は何であれ、なにかとこちらを気にかけてくる。
幾度かその施しを断ったこともあったのだが、困った顔をしながらもそれを続ける彼を完全に拒絶することは出来なかった。
寮内で孤立することもなくなった現在でもその関係は続いている。
ある日彼の研究室で魔法の練習をしていた時。
彼は教授の中でも間違いなくトップクラスに優秀だったため、その研究室を使うことができるのは間違いなく利点と言えた。
「セブルス、少し休憩にしてお茶でもどうだい?」
「ありがとうございます、先生」
茶葉のいい香りが部屋を満たしている。
バターケーキを一切れつかみ、口へと放り込めば、濃厚で芳醇なバターの風味が口の中いっぱいに広がった。
基本的に勉強のことしか頭にない彼もその時間は嫌いではなかった。
教授は窓の外を眺めながらお茶を飲んでいる。
外ではクィディッチの練習をやっているのか、微かに子供たちの黄色い声が聞こえてきた。
教授はセブルスに向き直り、やわらかい笑みを浮かべながら彼に話しかけた。
「このバターケーキはお口に合ったかな?」
「ええ、これはかなり好きな味です」
「それは良かった。これはね、校長に紹介してもらったんだ」
お菓子を味わいながら自分の世界に入り込みかけていた彼に、教授はぽつりと尋ねる。
「――――セブルスは将来やりたいこととかあるのかい?」
「いえ、特には。……そういえば先生はどうやって進路を決めたんですか?」
急な質問に大した返答も返せず、ならばと思い世間話のように適当な話題を振る。
「私の場合か。私は……そうだね、成り行きっていうのが近いのかな」
「成り行き、ですか」
「そう、成り行きだ。まあいろいろ事情もあったし」
「でもこの場所が好きだったからっていうのが一番の理由だったのかもしれないね」
さして興味があるわけでもないので他人事のように聞き流す。お茶がウマい。
「今の君は将来がどうこうよりも他のことの方が大事か――――例えば女の子のこととか」
「ゴフッ!」
いきなりのことに思わずお茶を口からこぼしてしまった。
教授が杖を一振りすればたちまちこぼしたお茶は消える。
「ああ、すまない。デリカシーに欠けていたね」
「いやそういうわけじゃ――」
「学生らしくていいと思うぞ、先生はな」
少年は誤魔化すことに意味がないと悟り、諦めて勝手に話を続ける彼に耳を傾けることにした。もしかしたら人生の先輩として有益なことを聞けるかもしれないのだから。そこに願望が含まれていることは多少なりとも自覚はしている。
「でも恋愛かぁ。私は学生の頃にそんな経験はしなかったしねえ」
「お茶美味しかったです。ではまた」
「まあ待て、そう結論を急ぐな。多分それは私がしてきたことに通ずるものがあると思うよ。」
「してきたこと?」
教授は頷き、そのまま続ける。
「結局恋愛ってのはどうやって相手の心に潜り込むかってことだろう?」
違うと思います、という彼の意見は黙殺された。
「相手にどう思われるか、重要なのはそれだけだよ」
「どう思われるか、ですか………」
「そうだ。君が思う君自身の強みは何だい?」
「魔法の技能が優れていること、特に闇の魔術が」
「うん。それは君の立派な強みだ。君が僕の職に就きたいのであればもちろん応援するとも」
「何が言いたいんですか」
「つまり君の言う強みは恋愛において強みには成り得ないってことだ」
己の努力を否定されたように感じてムッとするも、見つめられると自分が悪いような気がしてくる。テーブルに目を落としカップに手を伸ばすことで居心地の悪さを誤魔化した。
「別に闇の魔術を勉強するのが悪いと言ってるわけじゃあない。それは間違いなく君の財産になる」
慰めるようなその言葉に顔を向ければ教授は諭すように続ける。
その顔は柔らかく微笑んでいた。
「自分の長所を相手に好きになってもらおうとするだけでは意味がないんだ。だってそれは相手が求めているものとは限らないからね」
そんなことは分かっている。
カップを握る手から軋むような音が聞こえた。それ以上力が入ると割れてしまいそうだ。
「まあそんな難しく考えるな。人生ってのは上手く行かないことのほうが多いもんだ。辛いこともあるし、時には泣きたい時もある。もちろん私にだって」
そこで教授は一息ついて区切った。
「でもそう思うだけで都合良く変化するほど世界は甘くない。
だったらどうにもならないことを嘆くより、世界をどうにかできるように自分を変えていけばいいのさ。そうすればたとえそれが本物の自分ではなくても、自分の動かしたい方向に世界は動いてくれる」
教授が一体どんな気持ちで、なぜそんなことを自分に話しているのかを推し量ることは出来ない。
それは目の前の彼に言っているようにも聞こえるし、違う誰かに言っているようにも聞こえる。
それでも実感のこもったその言葉は不思議と胸に響く力強さを持っていた。
「君は“持っている側”の人間だ。才能がある」
教授はもうお茶を片付けようとしている。
「心を偽ると良い」
聞き返そうとするも、流しへと向かう彼はこちらを見ていない。
先程までの熱さは消え、どこか無責任に、そしてどこか悲しげな声が聞こえてくる。
「それはほとんどの場合では必要にはならないが、ある場面では役に立つ。――――スリザリンらしく狡猾であれ!ってわけさ。それに君はまだ若いんだ。いろいろ失敗して経験するのが君のためになる」
最後にこちらを振り返り呟いたときにはその声にまた柔らかさが戻っていた。
「さっ今日はもう寮に戻りな」
「はい先生」
暗闇が広がる深夜の学校。
微かな月明りだけが城を照らし、静寂が空間を支配している。その時、一人の少年が期待と緊張を胸にベッドを抜け出した。
夜の校舎は不思議な魔力を持っている。昼間とは全く異なるその光景に少年は取り憑かれたように進んでいく。足跡を響かせないように静かに廊下を歩くのは、まるで禁忌の領域を進む探検家のようでもあった。
時たま見回りの先生が歩いてくるのがその足音からわかる。咄嗟に自分に呪文をかけ、暗闇に息をひそめた。足音が通り過ぎるまでの一瞬は永遠のように感じられる。静かに壁に身を寄せ、呼吸を抑えるために口を手で覆う。心臓の鼓動が自分の鼓膜にうるさく響き、見つかってしまいそうな気すらしていた。
先生の足音が遠ざかると、少年は安堵に包まれ息を吐いた。先生を出し抜いたことで有頂天になりかけるも、探索の途中であったことを思い出す。彼は恐怖と興奮の最中、再び静かな足取りで歩きだした。夜はまだ長い。
探検の末、彼は天文塔の屋上へと辿り着いていた。
そこから見える夜空は、星々が煌めき、無数の輝きで満たされていた。彼はただただ立ち尽くし、宇宙の神秘に圧倒された。授業で空を見上げるのとは違う、一人で何となく星を見ることなど初めてだった。
この一瞬のために、夜中の学校を探検した甲斐があったのだとそう思った。
「――――夜中の徘徊」
「うおっ!」
突然背後から声を掛けられる。振り向けば防衛術の教授だ。
「グリフィンドール1点減点だ。やあ、驚いたかい?」
彼は少し笑いながらそう言った。
「なんだよ先生か。脅かすんじゃねえって」
「ははは悪いね。君が星に見惚れて背後に立つ私にいつまでも気づかないから仕方なくさ」
教師としてそれでいいのか、とも思うがこの性格に助かっている部分もある。気やすく話せるような間柄の教師とは、得ようと思っても意外に得られないものなのだ。
「俺の目くらまし、どうだった」
「まだまだ甘いね。慣れている人にはわかる」
「そっか、まあいいや。ちょっと話に付き合ってくれよ」
「………ああ。もちろんいいとも」
そう言うと教授は杖を振り、空がよく見える位置に寝椅子を置いた。
少年は椅子に寝転がり、空を見上げる。
教授も同じように椅子に座った。
「今日はよく晴れているね。星が凄く綺麗だ」
「………………。あの空に光る一番明るい星。俺の名前はあそこからとったらしい」
「………いい名前だ」
教授の言葉に頷き、少年はまた星空を見上げた。
風がそよぎ、星々が煌めく中、時間がゆっくりと流れていく。
「先生はさ、純血主義ってどう思う?」
少年は起き上がり、静かに呟いた。
「………………。君は私の姓を知っているかい?」
「そりゃあもちろん。ゴーント、だろ?」
「そうだ。その家系について知っていることは」
「聖28一族の一つってことぐらいしか。」
「そう。おまけにスリザリン寮。あとは言わなくても分かるな?」
「俺が聞きたいのはそういう事じゃねえよ。そうじゃねえって知ってるから聞いてんだ」
教授は少し驚いたような顔をしていた。
「ほう、それはまたどんな理由で?」
「スニベルス。あいつ純血じゃないだろ」
「なるほど。……君は聡い子だね」
「ほとんどの生徒は気づいていないけどな。でもあいつに可愛いところなんてあるか?」
「生徒はみんな可愛いさ。もちろん君もだよ?」
「………………。」
「わかった、わかったからそんな顔するな」
胡散臭い答えに無言で返してやれば、降参といったように両手を挙げる。
「えーと特別扱いしている理由だっけ?」
「いや、言いたくねえんだったら別にいいんだけど」
「隠しているわけじゃないさ。………彼はね、昔の僕に少し似ている気がしたんだ」
少し遠い目でそう言う教授に少年は俄然興味が湧いた。
どこまで踏み込んで良いかはわからなかったが。
「ほーん、先生がね?」
「結局全然違かったんだけどね。一度面倒を見たら最後まで見るべきだろう?」
「ずっと昔の話だ。私が今の君よりももっと若いときのこと。
僕はある人に救われた………ダンブルドア先生だよ。その時、僕は彼に多すぎるものを貰ったんだ、返せないほどにね。だから僕がそれを彼に返す代わりに、私が誰かにそれを与えるべきだと思った、それだけだ」
それを話す彼の顔はとても穏やかだった。
少年が言葉を失っているうちに彼の話は終わっていたらしい。
「話を戻そうか。純血主義についてどう思うか、だったね。私の家はさっきも言った通り聖28一族の一つだが、とっくに没落している。彼らは血を守ることに躍起になっていた。それ故の行き過ぎた近親婚により、すべてを失ったってわけさ」
「結果論として彼らはあまりにも愚かだったよ………。でも彼らの愚かさのおかげで私の今の人生があったならば、全てを否定することは出来ない。そんなところかな」
「先生って、なんていうかさ…優しい、な」
「――――君は私をそう思ってくれるのか………」
衝撃を受けたような愕然とした彼の表情を見るのは初めてだった。
普段から余裕たっぷりの彼からそんなものを見れるのはなんだか不思議な気分だ。
一呼吸おいて気持ちを落ち着ける。
「………………俺さ、家族と仲が悪いんだ」
「どいつもこいつも純血純血って馬鹿みたいに。血がそんなに大事なら一生家の中で引き籠ってろって思ってた。――――そんな家に嫌気がさして俺はグリフィンドールに入ったんだと思う」
「俺はね、先生。あいつらを理解しようと思えるほど優しくはなれないんだ」
「………いや、君は自分では気づいていないようだけど優しい子だよ」
相変わらずふざけたことを言う教師だ。
でもまあ、悪くない。
二人はその後、取り留めもない話を続けた。
最近流行りのマグルのバイク、無鉄砲な親友であるジェームズ、今度挑戦する新しい悪戯計画、まだ探索できていない隠し部屋のこと、苦手な科目の勉強について――――。
教授は少年の話をただ楽しそうに聞いていた。
星の光も淡いものになってきたころ、ようやく少年は部屋に帰ることになった。
「――――家族とうまく話が付くといいね」
「そんな簡単に済むんだったらここまで悩んでねえよ」
「それもそうか………。また何かあったらいつでも来るといい」
「ああ。先生もありがとな。なんか気が楽になった気がするわ」
渡り廊下を歩いていると空の端が少し明るくなってきた。まだ静寂に包まれた学校の中庭には、微かな風が吹き抜けている。木々の葉がそよぎ、小鳥たちのさえずりが耳に心地よく響く。少年は立ち止まり、そこから見える陽が昇る前の朝焼けをぼんやりと眺めた。
しばらくのち水平線から太陽が顔を出し、城を明るい陽光が照らし始めた。赤い光に少し眩しさを感じた少年は目をすぼめる。
少年は深呼吸をして太陽を背に再び歩き出し、その場を後にした。