ハリー・ポッター ヴォルデモート部分殺害RTA 二重スパイチャート 作:永熊 詩人奈
時系列がかなり戻ります。
事実というものは存在しない
存在するのは解釈だけである
――フリードリヒ・ニーチェ――
学校は既に長期休暇へと突入していた。
生徒たちは思い思いの夏を満喫している頃だろうか。対して私は毎年のように訪れている教え子の家に行き、奮発して買った少し高めのお菓子でティータイムを楽しんでいた。
ただそんな時間は始まってすぐに終わりを迎えることになる。
「――――秘密の部屋を開いたのは、きっと…トムだと思います」
青年の告白はその場の空気を一瞬で変えた。
彼の顔は苦げに歪んでいる。声は震えて辛うじて聞き取れるかというものでしかない。しかし聞き間違えるはずもなく、言葉は音となってはっきりと自分の耳に届いていた。
それほどまでに彼が苦しげな表情をしたのはきっとそれが最初のことだったと記憶している。
談笑中の彼はいつもよりわずかに口数が少ない気がしていた。
とはいえ普段からそう多くを話す性格でもない。そんなときも偶にはあるだろうと思っていた矢先のことだ。
世界から音が消えたのではないかと錯覚するほどにその場は静まりかえった。
「今、自分が何を言ったか………わかっているのかい」
きっと自分の声も震えていたのだろう。思考がうまくまとまらない。
彼は僅かに首肯き、言葉を続けた。
「あの事件の犯人はトム以外にはあり得ない………」
その事実には大した驚きを覚えなかった。
ただ、なんというか…彼の口から事実を聞かされることを頭が拒んでいるような感覚。
それを認めてしまえば彼の未来が決まってしまうようで――――
「僕のせいだ、僕があんなこと言わなければ」
「なにも君のせいということは…」
「もうおしまいだ。もはや取り返しはつかない」
何が起きているか、まるで分からない。分かりたくない。
それでも彼がやり場のない怒りをどうにかしようと足掻ていることだけは理解できた。
「……少し落ち着くといい」
「落ち着くことなんてできるか!人が一人死んでいる!この先彼がどうなるかなんてわざわざ言うまでもない。でもそれを知ってどうしろと!僕に何をしろと言うんだ!気づいたときには手遅れだっていうのに!」
かけるべき言葉を失い、沈黙が場を支配する。
自分が何も言わないのを見ると彼は自嘲気味に続けた。
「『きっとトムだと思う』何故こんな曖昧な表現しか出来ないと思います?――――――――問い詰めなかったんですよ……そうだ、僕は弱い人間だ……友人から真実を聞くのを怖がった、関係を壊すことを我が身可愛さに恐れた臆病者だ……」
熱を全て吐き出したかのように声に力は入っていなかった。
「――――『魔法界の王』……あんなこと言わなければなにかは違ったのだろうか……」
独り言のようにつぶやく彼の眼は既に光を映してはいない。
溜め込んでいた感情が全て流れた先は絶望だったのか、項垂れている彼からそれ以上を知ることは出来ない。しかしそれを黙って見過ごせるほど、彼は無関心にも無感動でもいられない――――
「――――よく言ってくれた。辛かっただろう」
「辛かっただろう!?貴方に僕の何がわか――――」
「いいや、分かるさ。分からぬはずがないとも」
記憶が、過去が、想いが。この瞬間、全てが脳内を駆け巡る。
「――――なんせその道は私が既に歩いた道だからな」
――――その人が大切であると思えるのならば尚更。
ダンブルドアは懐かしむように、しかし少し寂しそうな顔でそう答えた。
彼には分っていた。青年の感じている想いは自分にしか理解出来ない、彼が相談するのが自分で良かった、と。それが同情か、はたまた後悔からくるものか。生じた感情こそいざ知らず、青年の気持ちを理解できた、できてしまった彼には選択肢などあってないようなものだったのだろう。
かけられた言葉に顔を挙げた彼の眼には微かに光が戻っている。
それでも不安げな様子は青年がまだ子供であることをより強く意識させる。
「大丈夫だ。そう心配するな」
青年に近づき頭をわしわしと撫でまわせば、彼は恐る恐る言葉を紡ぎ始めた。
「でも僕はあなたとは違う、空っぽの人間だ」
「そんなことはない。君はホグワーツで何を得た?」
「――――友人。たった一人の僕だけの友人を…」
「そうだ。ほら、君は独りじゃない」
「既に間違えた僕に何が出来ると……?」
「――――確かに君は間違えたかもしれない。臆病者だったかもしれない。だが君が未だ彼の友人であることに変わりはない、そうだろう?」
「……トムを何とか出来るんですか?」
「それが出来るとしたら……きっとそれはハワード、君だけだ。君にしかできない」
彼はまだ迷子のような顔をしていた。
「そう心配することじゃない。正しき事と容易き事の選択、それを間違えるな。しっかりと君自身が考えろ」
彼はきっと間違えない。
愚かな私とは違う。だからトムに流されることはない。
トムは確かに危険だ。だが必ずしもそうなると誰が言えるだろうか。未来とは我々の複雑で多様な行動の因果として現れる。予測できない不確定なものだからこそ世界は美しいのだ。
私がトムに何か出来る時期は疾うの昔に過ぎている。洋箪笥を燃やして怖がらせたあの時は遥か昔、彼が犯した罪を償わせたりすることはもはやできない。このままではハワードの言う通り、彼の未来は決まっているようなものだ。
しかし今の彼にはハワードがいる。ハワードが彼の隣にいるならば必ずしもそうなるとは思わない。だから彼を疑うのは私だけでいい。ハワードが私のような人間になる必要はない。それをするのは我々大人の役目だ。
他人の正しさを許すより、間違いを許す方がずっとたやすい。その他人が私のようなものだったら言うまでもないだろう。彼が道を誤るならその道を正せるのは彼の友人だけなのだから。
ハワードたちの卒業時期が近付いてきた。
自分の監視が利いていたのか、それとも彼が友人としてうまくやったのか。それを知ることは叶わないが、トムが在学中に再び問題を起こすことはなかった。
もしまだハワードが二年前のような迷子であるならまだ面倒を見る必要がある。私にとって自分の教え子はいつまでも生徒だ。その関係はこれからも変わらない。
「ハワード、もう就職は決まっているのかい?もし行きたいところがなかったら、ホグワーツで教鞭をとるのもいいだろう」
彼はもういつかの状態ではなかった。
しっかりとした顔つきで少し誇らしげに胸を張り私の質問に答える。
「先生、僕はやりたいことを見つけられました。きっとこれは僕にしかできないことだ」
そうか、ようやくハワードにも人生の意味と思えるような夢を見つけられたのだろう。それを見つけるまでは苦しさを感じていたのかもしれない。初めてハワードとあった日からの彼との思い出が走馬灯のように頭を駆け巡る。昔のような弱々しかったころに比べてどれだけ成長してきたか。きっとその変化は外面だけではない。彼が何を思うようになったのか。雛が巣立つのを見るような気持ちとでもいうのだろうか、少し寂しさを感じながら卒業する彼を見送った。
「あーでも、もしかしたら10年ぐらい経ったらまたお世話になるかもしれないです」
先の言葉を訂正するのが少し恥ずかしいのだろう、照れながらはにかんで笑う彼を見て、彼らが自分たちのような結末を辿らずに済む未来、それを願わずにはいられなかった。
彼らは卒業する。
きっとすぐ後に私も自分の過去を清算するときがやって来るだろう。そんな予感がする。
言葉通り彼は再びホグワーツに戻ってきた。
「久しぶりじゃのうハワード、10年ぶりぐらいな気がするよ」
「9年ですよ、ダンブルドア先生」
「そうかそうか。――――これからは同僚なのじゃ、名前で呼んでも構わぬよ」
「いえ、私にとってダンブルドア先生はずっと僕の先生ですから」
「そうか、ここで立ち話も何じゃろう、昔みたいにお茶を飲みながらはどうかな?」
こうして久しぶりの再会と相成った。
しばらくは旧交を温めるようにお菓子をつまみながら他愛無い話を続ける。
最近の流行りはなんだ、この前買った靴下がどうだ、最近目が遠くなった、とか。
そして遂に本題へと移り変わった。
「それでやりたいことは出来たのかの?」
目を向ければ彼は窓の外へと目線を移し、遠い声で続けた。
「そうですね、終わったわけではありませんが、布石を少々。といってもこれ以上はどうしようもないので先生の力をお借りしようかと思いまして」
「わしにできることなら協力してやりたいところじゃが……」
「いえ、今ではありません。そうですね……おそらくあと10年もすれば自ずとわかると思います」
「ふむ、そういうもんかのう」
ちょうどお茶も菓子もなくなり、茶会はそれで終わった。
更に10年と少しが過ぎたころ、彼は校長になっていた。
その日は雪が降っていた。外は暗く、青みがかった雪片が窓をよぎって舞い、外の窓枠にも積もっているのがいっそう寒さを感じさせる。
しばらくのち、老人は少し前から校長室に入っていた来客へとようやく顔を向けた。
「――――今日は遠いところからよく来たのう」
20年ほど前とはまるで顔立ちが異なり、外の雪のような不気味な青白さを顔に浮かべ、黒くて長いマントを纏う男に語り掛ける。
「あなたが校長になったと聞きましてね、ええほんとに素晴らしいことだと思いますよ」
「君がそう言ってくれてわしは嬉しいよ。飲み物はどうかね?」
「ありがとうございます。なにぶん遠くから来たものでして」
棚から少し高級なワインを取り出し、自分のものとそして相手の杯とに注ぐ。
「それでトムよ、今日は何の要件じゃ?」
「私はもう『トム』と呼ばれていません。今は――――」
「ああ知っているとも、ただわしにとっては君はずっとトム・リドルなのじゃ。不快に思うかもしれぬがこれは年寄りの教師にありがちな癖でのう。生徒たちの若い頃のことを完全に忘れることができんのじゃ」
老人は愛想よく微笑みながら言うのに対し、男は無愛想にワインを傾けるだけ。
会話の主導権は既に老人が握っていた。
「あなたほどの魔法使いがこれほどまで長い間ここにとどまり、更に校長にまでなるとは………正直驚いていますよ」
「わしにとって優先すべきは、昔からの技を伝え若い才能を磨く手助けをすることじゃ。君はたしか――――わしの記憶に間違いがなければ、じゃが――――こちらの方面にはあまり興味を持っていなかった気がするんじゃがのう」
「少し心変わりがありましてね………ただ、なぜあなたほどの方が、と疑問に思っただけです。噂では魔法省の方でも何度かオファーがあったとか」
「そうじゃな。たしかに今の時点で三度はされておるのう。更に増える気もするが………なんにせよわしは魔法省には一度も惹かれたことはないし、おそらくこれからもないじゃろうよ」
二人は少し息を吐き、奇妙な沈黙があたりを支配する。
二人のあいだに張り詰めている沈黙を老人は自ら破ることはせず、男が口を開くのをただ待ち続けていた。
「――――それで改めてお願いなのですが、私にこの学校で教えさせてください。ここを去って以来、私は多くのことを学びそして成し遂げたことをあなたはご存知でしょう。私であれば生徒たちに、他の魔法使いからは学ぶことのできないことを教えることができるはずです」
男は演説するように身振り手振りで己を評価した。
老人は男が話す様子を注意深く観察している。男が一通りの演説を終えると老人は試すように話を切り出した。
「いかにもわしは君が何を成してきたかを知っておる。君の母校にまで風の噂として届いておるのでな。実際はその半分も信じたくない気持ちじゃが」
「――――偉大さは妬みを招き、妬みは恨みを、恨みは嘘を招く。愚かなことよ」
「それを『偉大さ』と君は呼ぶのかね。なるほどなるほど。それは大層『偉大』なことなのじゃろうな」
男はまるで自分に酔っているかのように続け、老人の念押しに軽蔑と嘲笑が含まれていることにすら気付いていない。
「私は魔法についてその深淵へと進んでいった。誰も成し得ぬほどに――――」
「ある種の魔法、と言うべきじゃな」
「君はほかのことに関して、そう君は――残念じゃが――嘆かわしいまでに無知じゃ。友人からなにか学ぶことはなかったのかと」
そのとき初めて男は不快感を顕わにした。
話に水を差されるのがそれほど癪に障ったのか、それが男にとっての地雷であったのか。
「くだらんな、ハワードが俺様のやり方に反対するわけがないだろう」
男はもはや最低限の礼儀すら捨て、荒々しい口調で己の感情を叩きつけた。
「やつにどんな幻想を抱いてるかは知らんが、彼は俺様の唯一の理解者だ、お前如きが彼を語るな」
吐き捨てるように言った後、男は今度は表情と口調をうわべだけ取り繕い、嘲笑の意を込めて再び話し始める。あまりに似合わないそれは彼の本性を知るものが見れば、鳥肌が立つような気味の悪さを覚えたことだろう。
「私が学んでいる魔法よりも愛とやらが持つ力のほうがはるかに強い、あなたはたしかそんな意見をお持ちでしたね。ええ、結構なことですとも。ですが残念なことに私が見てきた中でそれを支持する者は皆無でしたよ」
「君はおそらく間違ったものを見てきたのであろう。それとも単に理解するだけの脳が足りていないのか」
老人は愚かな
「なんにせよわしが君をホグワーツの教授として採用することはなさそうじゃの。互いにわかっていることじゃが、望んでもおらぬ仕事を求めるために君が今夜ここを訪れたのはなぜなのじゃ?」
グラスの中身はとうに消え、会話は既に終わりへと差し掛かっている。
「まさかホグワーツが恋しくなったか、そんなことあるまいに。わしが受け入れることは全く考えられぬことぐらい君にもわかっとるはずじゃろう。それにも関わらず君はやって来た。はてさて不思議なこともあるもんじゃのう」
「――――それが最後に言い残すことか?」
それを最後に男は立ち上がった。
「そうじゃよ」
「ならば私が言う事は何もない」
「……そうであるか」
老人の眉間には深い皺が刻まれている。
その口は既に背を向け扉の方へと歩き始めている男へと伝えることを迷っているかのようで、口の中で言葉を転がし、結局引き留めるような形で一方的に話すことになった。
「―――わしが今更君にできることは何もない。昔のように罪を自覚させ反省させることすらも。できれば何とかしてやりたかったんじゃがのう。ハワードが何かを変えてくれることを願うよ」
男は一瞬憤怒に包まれローブ下の杖へと手が伸びかけたが、実際にそれが行動に移されることはなく、そのまま振り返らずに部屋を出ていった。
後には老人が独り残されていた。
老人が先のことに思い巡らしていると扉が開かれた。
「――――先程トムが来たのが見えましてね。どうでしたか」
「わざわざ分かり切ったことを聞くとは、君も大人になったのう。むろん悪い意味でじゃが」
青年は老人の嫌味を無視して自分の話題を進めていく。
「先生なら私がここに来た理由もある程度察しがついているのでは?」
老人も答える必要すらないと感じたのか、青年の問い掛けに対する答えを示さなかった。
「のう、ハワードよ。おぬしはこれからどうするつもりじゃ」
「私のやることは最初から何一つ変わりませんよ。今までの
軽く答える青年の様子を見て、そのとき老人はようやく己の間違いに気が付いた。
「まさかはじめからこうなることが分かっておったのか」
「――――ええ、トムが五年生の時に起こした事件はもちろん覚えているでしょう。その時先生は言ってくださいました。『君が未だ彼の友人であることに変わりはない』『それが出来るとしたら、きっと君だけだ』と。それを考えに考え抜いて、やっと7年生の卒業する頃に全て計画したのです、これならうまくいくと」
彼が何故ここに来たか、老人は即座に思い当ってしまった。
老人は理解力がありすぎた、それが最も効率がいい方法であることに気付けてしまったのだから。
「トムには何と言ってここに?」
「――――貴方の監視をするため、と」
一言。伝える言葉が短く少ないものであるのにも関わらず、全てが理解できてしまう。まるで鏡を通して己の心を見ているようだ。
しかし教え子に、最も愛を与えた人間にその道を歩かせるわけには、自分よりも酷い過ちを犯させるわけにはいかなかった。
「しかしそれではおぬしがトムを…」
「全て承知の上です。きっとそのために私は…いえ…僕は生きてるんですから」
「トムは僕の最初で最後の唯一の友人です。僕は彼がとても好きだ。それはいつだって変わらない。きっとこれからも。――――でもけじめは私がつける」
青年は杖を振って呪文を唱えた。
「――――
杖から漏れ出た銀色の光が幾重にも重なりその姿を顕わにする。
猛禽類――――鷲、だろうか。おおよそスリザリンらしくない、どこか親近感を感じさせるそれは、校長室をぐるりと飛び回ったあと、窓の外に広がる暗がりへと吸い込まれるように消えていった。老人は飛んで行く鷲を見つめ、それが見えなくなったとき思わずといったように呟いた。
「――――それほどまでにトムのことを…」
「――――ええ。」
――――守護霊の呪文は使用する者の本質を示す性質を持つ。
彼の覚悟も、そして彼の後悔も。その魔法にはきっと彼の全てが詰まっていた。
故に老人はそれら全てを言葉通り
彼がどんな思いで守護霊を出したのか。
どんな幸せを願って守護霊を生みだしたのか。
誰の言葉が彼にその道を歩ませたのかなど、もはや明白だ。
――――己を重ねて見ていた彼が己とは全く異なる人間であることを知った。
――――己の葛藤が見当違いな後悔を押し付けるだけのエゴであることも知った。
それでも――――たとえ彼がそれほどの気持ちを持っていたとしても――――否!だからこそ、己が最も信ずる愛のためにも、老人には彼にそれをさせるつもりなど微塵もなかった。