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「なぁ、賭けをしねぇか?」
我が担当。ナカヤマフェスタは、いつも唐突だ。
「賭け?」
「ああ、そうだ。まぁ、簡単なもんだよ。ちょっくら付き合ってくれないか」
酒を嗜むように飲む自分を、とても面白そうに眺める彼女。今日は気合いが入っているのか、いつものニット帽を基調としたラフな服装ではなく、真紅のドレスに身を包んでいる。その姿は、酩酊泥酔有象無象の溢れかえる中で、可憐に咲いた一輪の華のよう。
そんな酒の匂いに溢れた世界で、いつもの様にフェスタが賭け事を持ちかける。改めて、その姿を見つめてみる。最初に出会った時期から数年が経ち、見事大人になった彼女は、色香を含んだ妖艶さが増していた。
それにしても、以前ならば、"こんな場所に来るんじゃない"と言っていたのに、今じゃ自分が連れ込むのだ。これだから、人生は面白い。そんな今を楽しむために、ジャケットの内ポケットから、煙草の箱を一つ取り出す。
「吸いながらでもいいか?」
「構わねぇよ。今日は?」
「メビウス。海外煙草に切り替えるか迷ってるとこ」
「値段、変わらなくなったからな」
「まあ、そんなところ」
マッチ棒を箱の側面で発火させれば、煙草へと移す。吸い込んだ煙は、静かに灰を満たした後に、喉を通って再び外へと抜けていく。最初に吸い始めた時も、彼女が脇に居たはずだ。
「で、勝負の内容は」
「カードだ。シャッフル頼むよ」
「了解」
トランプの山札を受け取ると、手癖のようにファローシャッフルから始める。フェスタに出会う前から、ディーラーまがいのことは、趣味程度にやっていた。そして、彼女と出会ってからは、魅せ技として披露しているリフルシャッフルも、今じゃ板についてきた。
こういう時、彼女の提案してくる勝負は、大体コインかカードか麻雀か……数多の中からひとつを選び、気分の乗った賭けを行う。"それなら、雰囲気や見た目も良くしよう!"ということで。改めて、動画を見て練習したのも懐かしい。
「さて、今宵のルールは如何程かな、お姫様」
「よせよ、私には似合わねぇ」
「シンデレラ街道を駆け抜けたヤツが、今更何を言ってるんだか」
「それがむず痒いんだよ」
こうした軽口は、穏やかな日常に必要なスパイスだ。照れて髪をいじる仕草は、いつになってもいじらしく、そしてとても愛らしい。数年前から何一つ変わらない、フェスタの魅力の一部だろう。
さて、思考を賭け事に戻さねば。詳しいルールは、手段を選んだ後に公開する。それも、自分たちの流儀だ。お互い、相手を驚かすことしか考えていないのだから、それ位が丁度いい。大方の予想は、ブラックジャックかポーカーだろうか。
「さて、今夜のルールだ。あんたがシャッフルした山札から、二枚引く。そのトップのスートを言い当てられれば、私の勝ちだ」
いくつか想像したものより、もハードなものが返ってくる。驚きは、一旦胸の中に隠し、ポーカーを行う時のように、薄い笑みを浮かべて山札を二人の間に置く。
「へぇ、勝算がほぼゼロなものを選んだな」
「いつもの通りさ。分の悪い賭けの方が、面白いだろう?」
「まあ、そうなんだが」
大抵、フェスタの賭けが当たった試しなんてない。ここぞと言う時には強いのだが、それ以外はてんでだめ。ざっと数字で表すなら、80:20か90:10の確率だ。それ故に、彼女が選んだ対象に、伸るか反るかを考えるとしたら、だいたいは反る方が安牌だ。
そんな彼女が、自分で運命を掴むという。さて、今日は何か大事な日だったか。酔いどれ知らずと程遠い、酒に酔った頭を回す。記念日なんて、色々あるから思い出せないのだ。
「それじゃあ、引くぞ」
ふと、思考の波から引き戻される。カードを引くらしい。慣れた手つきで、二枚同時に手に取れば、カウンターに並べる。無機質な裏面からは、何も感じることは出来ない。
「さぁて、と。悪いな。私はなんとなくわかる。今夜の勝負に限っては、どうしても外す予感がしねぇ」
しかし、ニヒルに笑ってくれるものだ。そんな彼女が、どんなウマ娘よりも魅力的に見えてしまうのは、染まってしまった証だろうか。
「……ふふ。そりゃ、大層な自信だ。今まで、そんな自信と共に
「おいおい、そりゃあ言わない約束だろう」
ケラケラと笑う姿は、まるでこの世に降りた運命の女神。いつもと変わらぬ姿なのに、何故か圧倒させられる。これほどの気迫を見せる理由は、一体何なのだろうか。GⅠレースのようなひりついた空気は、ただの賭け事では初めてだ。
ここまでされれば、何も無いなんてもう言えない。自分達は、多くの勝負を乗り越えてきた。だからだろうか? 調子と呼吸は、手に取るように分かる。自信が本物だということも、とっくのとうに気づいていた。
「それじゃ、私は……ハートとダイヤのスートにベットする」
自信満々な笑みと同時に、ひとつ覇道を見せてきた。自分はウマ娘ではないのだから、お手柔らかに頼みたいのだが。そんな余裕は、与えてくれそうにない。
「なら、外す方にコール。賭け金はなんだい?」
だから、冷静に。先に溜まった灰を落として、肺の空気を掻き回す。白煙が天井に伸びると同時に、グラスの中に注がれていたはず橙色の液体も消えてしまい、口寂しそうな氷が"からん"と音を立てた。まるで賽を転がしたかのように。
「そうさなぁ、
「……なんだって?」
「さぁ、さらに私はハートのエース。ダイヤのエースであることにレイズだ。オープン、していいか?」
不敵な笑みは、勝利を確信していることを疑わせない。そこまで行けば、自分も冷めるような真似はしたくない。チップを荒く雑に投げ渡すかのように、
「……いいだろう、ドロップはしない」
フェスタは、そんな返答が気に入ったのだろう。嬉しそうに口角を上げた。出るのは、鬼か、蛇か。はたまた龍か。
「ふっ。いくぞ、オープン」
ここまで来れば、何も邪魔する者は居ない。ゆっくりと捲られた二枚のカードは、HighかLowかを如実に示す。白魚のような、艶めかしくも美しい指先が示す先。そこに描かれていた柄は、まさしく女神が微笑んだ証拠だった。
「……
いつの間にか、煙草の先が白く染まっていた。灰を落とし忘れていたのだろう。重さに耐え兼ね、"ぽとり"と灰皿に雪のように舞い落ちる。ハイになった高揚感は、全く隠せそうにない。そんな自分をよそに、見事、大量のチップの山を手にすることが確定したフェスタは、満足そうに指先の上でハートのエースを回し始めた。ここがカジノなら、彼女をクイーンと皆が崇めたことだろう。
「でも、なんで当たるってわかったんだ?」
それは、素直な疑問。
「あんた……まだ、分からないのか? 今日、何日だよ」
「何日って、三月の十四だが。なんの変哲もない平日の……」
そこまで言って、なにか引っかかる。そして、ついに思い出した。全く、なんでこんな大事なことが抜けていたのだろう。重要なことが、まだひとつだけあったのだ。ホワイトデーなんかではなく、それよりも心に残るもの。
「そう、か。出会った日だったな」
全く、酒に酔ってしまえばひとつ何処か抜けてしまう。そんなやらかしをしてしまったあとだから、彼女に向ける顔は気まずくなる。賭けに負けてしまったので、余計に合わせる顔がない。
「全く。あんたにしちゃあ、随分と抜けてるねぇ。それじゃあ、チップを頂こうか。私もハタチになったんだ。ついにこれを言える時が来た」
だから、おめかしをしていたんだな。なんて野暮なことは言わない。差し出された箱の中にある指輪に、普通は逆だろうと言いたくもなる。でも、自分が敗者なのだから、大人しく受け入れる。
「さぁ、あんたの人生を墓場まで貰うぜ。今回の賭けの勝者は、この私だからな」
いつの間にか、マスターがグラスに酒を注ぎ直してくれていた。フェスタのものまで用意されているのだが、どうやら奢りらしい。相変わらず、隅々まで気が利いているから頼もしい。
互いを称えるように、ジンとベルモットの入ったグラスをこつんとぶつける。クスッと笑えば、二人で噛み締めるように口に含んだ。……ああ、今宵これから混ぜ合わせて呑むカクテルは、酷く美味しいことだろう。
"──────末永く頼むよ、マイレディ。"
"上等。これからは、毎日ハラハラし続ける、退屈しない日々にしてやるよ──────。"