「寧々公よぉ……」
「はい……」
申し訳無さでその場に正座したはいいですが、困ったような誠実さんと卯月さんに同時にため息をつかれて「ごめんなさい~」としか言えなくなってしまいました。
ボロボロになった修練場を卯月さんに示されます。
「限度っつーもんがな? あるんだわ」
巻藁やらダミーの人形やら、対人戦闘を想定したものたちが全てズタボロになって転がっています。
はい……寧々がやってしまいました……。
それは今から少し前のこと――。
――――――――――
誠実さんの復帰も早く、近衛さんに「いやぁ、無事でなによりなにより」と実家でお迎えされて解呪の儀式もしっかりこなしました。
3日ほど経過してだいぶ離れられる距離が広がってきたあたりで、誠実さんが寧々に"すまほ"をプレゼントしてくれました。
「前より離れられる距離も伸びたし、見失ってお互いウロウロすると事故に繋がりかねないからね。設定した範囲なら電子書籍とかも購入していいよ」
高価なものだから嬉しいけど本当にもらっていいのかわからなくて最初はベタベタ触っていいのかと戸惑っていました。
でも誠実さんに「せっかく寧々のために用意したんだから遠慮しないでいいよ」と言われて、使うのにも馴染んできた頃です。
そして誠実さんの実家と本庁を行き来する毎日。行動範囲が広がったこともあり、誠実さんは寧々から少し離れたところでお仕事をしています。といっても同じ部屋か隣の資料室ですが。
寧々は卯月さんの横でお勉強をしながら誠実さんから頼まれた卯月さんがサボったら叱る役を任されています。
卯月さん、確かに見てないとすぐサボろうとしますね。
「うっへぇ、仕事したくね〜。早く全員戻ってこねーかな……」
「他の人たち、まだ戻ってこないんですか?」
随分経ったがそれでもまだお会いしたことがありません。
寧々がいないタイミングでちょくちょく戻ってきたりしてはいるらしいのですがいつもタイミングが悪く……。
「まあ新年度始めでドタバタしてるところに魔物の案件も重なって……って感じだからね。もう少しすれば落ち着くと思うよ」
資料室から戻ってきた誠実さんがファイルを抱えて自分のデスクに置いてから寧々の近くにやってきます。
「そういえば、寧々の祝鳴への入学が遅れるかもしれない」
「あん? なんかあった?」
やる気がないせいか今にも溶けてしまいそうなぐったりとした卯月さんがぐにゃりとほっぺをデスクにくっつけています。
卯月さんのほっぺを突きながら、寧々はワイシャツの腕をまくっている誠実さんを見ます。
「祝鳴って、異能者の通う学園ですよね?」
「そう。まあ国立かつ、大きいのが東京と京都だから姉妹校とか田舎の小規模なところもあるけど、寧々は東京校に通ってもらうつもり」
基本的に、高校生の年齢になった異能者は異能者向けの学校に通うのが義務のようなものらしいので、寧々も本来であれば今すぐにでも通うべきです。ただ、誠実さんとの呪いのこともあり、まだ編入前だったので宙ぶらりんなままでした。
「呪詛が解け次第行ってもらおうと思ってたけど、基本的にあそこ、一部例外除いて寮暮らしだからね。そのあたりの諸々で処理することが多くてしばらくかかる、かもしれない。まあそのへんはまた伝えるよ」
卯月さんが横目で誠実さんを睨みながら起き上がると、大きく伸びをしてから「っは~」と息を吐きます。
「そんなら多少異能に慣れさせておいたほうがいいんじゃねーの。寧々公、せっかく風使いなんて便利なもんなんだし。坊っちゃん、家でもここでも勉強ばっかさせて異能訓練してねーだろ」
「しょうがないだろ。似たような異能でもない限り、知識が浅い人間の指導は悪影響にすらなるんだし」
「まーな。つっても寧々公がとりあえずど今どれくらい扱えるかは見ておいていいんじゃね?」
「……はあ」
誠実さんがため息をつきながら寧々と卯月さんを交互に見ます。
「寧々。やってみるかい?」
「せ、せっかくなので是非!」
寧々が異能をかっこよく使いこなして誠実さんが褒めてくれる様子を想像してしまいます。
寧々はどうやら優秀らしいので、役に立つってところを見せれば誠実さんがもしかしたら寧々を見習いにしてくれるかも……。
あれ? そういえば見習いにしたい子がいるって話、夢子ちゃんじゃなかったみたいですけどそれって誰なんでしょう。
気になりつつも、修練場へと移動すると、広めのスペースに巻藁とかが立てられています。
今は人がいないようで寧々たち以外の姿はありません。
「とりあえず寧々公、一回気楽にあの束に突風とか向けてみ」
言われた通り、集中して藁束の一つに強い風を向けてみます。ただ、それだけでは巻藁が風に煽られるだけで揺れるだけです。
「現場についてきたときとか、結構攻撃的なことできてたよな?」
「咄嗟に使ったときのほうがいい感じではあったね」
卯月さんと誠実さんが腕を組みながら「ダミー人形出してみる?」と言ってちょっとぎこちない動きをする人形を出したり、場を整えてくれます。
「あ、あの……せっかくなのでおもいっきりやってみても、いいですか?」
ちょっと自分でも意識しすぎてうまくできないような気がしていたので、ここなら人もいないし安全に練習できそうです。
そこまで危険でもないでしょうけど、一応周りの人を巻き込む可能性がありますし。
「う~ん、まあ最大出力を見ておくのはありかもな。坊っちゃんどう思うよ」
「そうだね……危ないことはしちゃダメだよ?」
「はいっ!」
お墨付きをもらったので魔物と対峙したときのことを思い出します。
無我夢中で、やればできると強く思って――
「……あ? 坊っちゃん、寧々公止め――」
そこからはもう、嵐のような風によって修練場がズタボロになっていくのを寧々たちは呆然と見ていました。
巻藁はかまいたちによってずたずたになり、ダミー人形は突風で巻き上げられて天井に激突し、壁や床にも切り傷のような痕を残していくのでした。
――――――――――
そして今に至るというわけです。
わざとでは……わざとではないのです……。あんなにすごいパワーになると思っていなかったんです……。
「修繕課、ぜってーキレんだろこれ……どうするよ」
「……元春、今いるかな。そしたらまだなんとかなりそうだけど」
しゅんとして二人がどうするか相談しているのを聞いていると、別の人の声がします。
修練場にやってきた他の防人さんでしょうか。
「なんだなんだ? ここは私有地じゃないんだが?」
四人ほどの男性が中の惨状を見て鼻で笑うように嘲ります。
むう、確かに寧々が悪いですがそこまで言わなくとも。
誠実さんは一切反応せず、元春さんにでしょうか。連絡しているようでやってきた人たちを無視し続けています。
「傍流とはいえ阿賀内の恥晒しが女連れてなにをしているんだか」
「連れ込みならホテルでも行ったら?」
卯月さんが「あちゃー」という顔で誠実さんの顔色を伺っていますが誠実さんは気にした様子もなく「元春が直しに来てくれるって」と卯月さんに報告します。
元春さんは修繕課というところの所属らしいです。
なんとなく、4人グループの視線が気になって居心地が悪いですが、原因の寧々がここを離れるわけにもいきません。気持ち、誠実さんの斜め後ろに隠れるように立ちます。
「まあ見るからにバカそうな股のゆるい女引っ掛けるしかできないんだろうけど――」
また?
多分バカにされたんだと思いますが、イマイチぴんとこないので何を言っているんだろうと思っていると、誠実さんが一瞬で4人組のすぐ近くに移動していました。
「品性がない君たちにもわかりやすい方法で合法的に僕をコケにするチャンスをあげるよ。決闘だ」
決闘!?
そういえば異能者同士は揉め事の際に決闘をすることが許可されているとかで、学園でも決闘でよく部活動や行事の決定権が手に入るという情報を見た覚えがあります。
防人衆でも禁止はされていなかったはずですが――
「僕が勝ったら寧々に謝罪しろ。そっちが勝ったら好きにすればいいさ。メリットが欲しいならその安っぽい頭で安直な要求でも出してみれば?」
ダンッと音を立てて台に叩きつける勢いで置いたそれは革製のカードケース、でしょうか。結構な厚みがあって、誠実さんが親指で留め具を外すと中から出てきたのは……花札?
「はっ、なんでそんな勝負受け――」
「別に逃げるなら逃げればいいさ。君らのバカにしてる阿賀内誠実に負けるのを恐れて逃げたって周りから思われたいならね」
誠実さんの煽りに、4人組のうち、さっきの発言をしたリーダーっぽい人が舌打ちをします。
「……勝負の付け方は?」
「こいこい。12回するのは面倒だし、5回やって得点勝負としようか」
決闘内容は勝敗がつけばなんでもいいんでしょうけど、花札でって、どうしてでしょう。
「だ、大丈夫なんでしょうか……!」
不安になって卯月さんのすそを引っ張ると、卯月さんは「俺しーらね」と言いたげな顔で煙管を取り出しました。
「ん? ああ、大丈夫大丈夫。寧々公花札のルール知ってるか?」
わかりません!
なので雰囲気で見ています。
「まあ役を作ればいいんだよ。詳しいことはあとで坊っちゃんに教えてもらえばいいさ」
「……あ、あのなんで花札なんですか?」
最初のが始まって、霊力で動かしているのか自動で場に札が並べられていきます。
「ん? ああ、坊っちゃんの異能だよ」
――誠実さんの異能。
「『遊戯札』。使い手さえ違えばかなり強力なんだけど……ま、坊っちゃんだからなぁ」
誠実さんの異能『遊戯札』はカードを使ったゲームを”作ること”。
事前に決めたルールやカードの効果は使い手の霊力などによって上限はあるものの、ある程度縛りや制限、条件の厳しさを追加すればかなり色々なことを組み合わせて作れるらしいです。
「……坊っちゃん、そういうの全然わかんねぇんだわ」
「あ、ああ……」
誠実さん、真面目ですもんね。
だから誠実さんは既存の花札を自分で作って役を作ったりすることでなんらかの効果をもたらすように使うらしいですが……なるほど、たしかに寧々でもわかります。
誠実さんだと使いづらそう!
「しかも今は戦闘じゃなくてただ花札してるだけだから意味ねぇし……」
「はい、月見で一杯。あがり5点」
卯月さんと話をしているうちに1戦目が終わっていました。
まず先制したようで、相手の方はイライラしているようです。
「盃札を警戒しなさすぎじゃないかい?」
「うるさい! 次だ次」
2戦目――。
「赤タンとタン、ついでにカス10枚で7点の倍で14点。これで勝負」
文字の書かれた赤い札を取って役を作ったようです。一気に点数が増えました。これで19点。
3戦目、相手の方が先に役を作りました。
「こいこいだ!」
こいこい、ゲームの名前にもなっているものですが、役ができても他の役を作るためゲームを続行することのようです。
ですが――
「悪いね、猪鹿蝶。こいこい阻止で倍返しの10点だ」
淡々と、得点を積み重ねていく誠実さんに相手は台を叩きます。
「イカサマしてるんじゃないのか!」
「なんだよ急に。自分が負けそうだからって」
緊張感が漂う中、修練場に新しく入ってくる人がいます。
「おっす~。うっわ、派手に壊してんな~」
連絡を受けてやってきた元春さんが、誠実さんたちを見て寧々と卯月さんのほうへササッと寄ってきました。
「どしたん? なんで花札バトルしちゃってんの?」
「実は……」
寧々の説明にも元春さんはうんうん頷いて聞いてくれました。
そして、一通り説明が終わると、へらっと笑って指を鳴らします。
「そりゃーあいつらが悪ィわ! んじゃ心配いらねーな。俺修繕作業すっから」
元春さんを話をしている間に花札は最終の5戦目までいっていました。
誠実さん30点。お相手は……0点。
「もうこれ勝負はついているんじゃ……」
「まあつっても7点倍が――お?」
卯月さんが相手の人が出した札を見て目を丸くします。
「花見と月見で呑み。これで10点、こいこいだッ!」
えーっと、えーっと。10点ということは最後倍になるので20点……ということはあと6点いったら32点で逆転されるのでは!?
「へぇ。ツイてるね」
誠実さんはそれでも落ち着いた様子で手札から場の札を重ねて取ります。まだ役は……できていないようです。
いつの間にか互いに手札が減っていき、相手はもうすぐ役の完成手前、といったところです。
「青タンとタネ狙いか? まあ牡丹の青タンまだ出てねぇしな……」
卯月さんの解説も兼ねた呟きは半分くらいしかわかりませんが、もしかしたら相手の方が勝ってしまうかもしれないと思うとはらはらします。
「次で――」
「次は来ないよ」
そう言って誠実さんが出した札は牡丹と青い短冊の描かれたもの。
それを、蝶と牡丹の札と重ねて――
「猪鹿蝶で上がり。こいこい阻止で倍返しの10点。しめて40点。僕の勝ちだ」
負けたことで悔しさからか、あるいはそもそも読まれていたことでこの勝負を受けたことが間違いだと気づいたからか、すっかり最初の様子は消えていました。
「寧々に謝れ」
最初の宣言通り、寧々への謝罪は果たされましたが、その……すごく睨まれているような気がします。
4人組はそそくさと逃げるように去っていきますが、ちょうど元春さんが修繕を終えて、声をかけてきました。
「おー、そっちもお疲れ。圧勝?」
「まあね」
「お前と花札やるなんてよっぽど調子乗ってんなぁ」
誠実さんの異能に関連してるから強いって有名なんでしょうか?
だとすれば確かに無謀なことをしているような……
「よう決闘でイカサマする気になるわ」
元春さんの発言にえっ、と驚いて誠実さんを見てしまいます。
誠実さんは「しーっ」と口に指を当てて微笑みました。
後で寧々は知ることになるのですが、花札はイカサマがしやすいらしく、そもそも札を用意したのが誠実さんの異能用の私物の時点で結果は見えていたと、卯月さんから言われました。
散らばった札を片付けながら、誠実さんの意外な一面を知れたような気がして、あとで花札を教わろうとちょっと心に刻んだのでした。
ここ最近花札を練習してたんですけどこいこいした直後に赤タンとタン6枚のコンボ決められたとき絶叫した。
花札……ルール通じんのかな……最悪加筆すればいいかの精神