恋する風は諦めない   作:とぅりりりり

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わたしの運命(さとうせいじ)

 

 消防車や別の防人さんもやってきて現場の消火やら復旧作業を横目に、寧々たちは捕まえた男の人と、卯月さんがなんとか連れ戻した男の子のお母さんたちと向き合っていました。

 一番近くの駐車場で専門の防人さんを待つ間に事情を聞くことにしたのです。

 

「寧々公、もうちょい待ってろ。坊っちゃんが今話聞いてっから」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 自販機で買ってきてくれたジュースを手渡されたのでいただきながら両手で持ちます。

 どうやら、お子さんを抱えて逃げようとした異能者さんとお母さんは親しい間柄というわけではなく、依頼関係のようです。

 

「だって、もう、しかたないじゃないっ! こんな、こんな子をずっと私っ、ひとりでそだてるなんてっ」

 

 お母さんは泣きじゃくりながら訴えていますが、隣でそれを見ている卯月さんの目は冷ややかです。

 

「異能児の育児ノイローゼ……めんどくせー……」

 

 口ぶりからして珍しいことでもないのでしょう。ちらりとお子さんの方を見ます。

 お子さんは市蔵さんがあやしてだいぶ落ち着いたようです。慣れた様子の市蔵さんから子ども慣れしているような気配があります。

 市蔵さんが寧々の視線に気づいたのか、小さく寝息を立てたお子さんを連れて近づいてきます。

 

「まあまあづっきー。元々一般家系みたいだし、しょーがないとこもあるよ。元々はちゃんと育てるつもりだったっぽいし」

「んでoss頼ってたら本末転倒だろ」

 

oss……たしか防人衆にも特定の企業にも所属しない異能者たちの総称……だったはずです。

 異能者の義務を放棄して東京スラムと名高いとある街にたむろしていると。危ないからそこには近づいてはいけないとよく口を酸っぱくして言われた記憶があります。

 すべてではないにしろ、半グレとか犯罪行為に加担している異能者も多いですし、未申告異能者も多いことから防人衆からしたら取締り対象です。

 

 今回の事件のあらましは、育児ノイローゼになったお母さんが、ossの人に息子さんを預け……正確に言うとossの施設に渡して防人衆から逃れるつもりだったようです。

 お母さん一人なら失踪するのは容易だと思ったんでしょう。お金のやり取りも出てきたらしく、正義さんが誠実さんにその件について耳打ちしにいっています。

 

「ま、oss絡みもあって注意じゃすまねーなこりゃ。とはいえガキは保護できるのだけはマシってところか」

 

 卯月さんがぼやいた直後、捕まえていた異能者さんがお母さんと口論になり、お母さんの方が異能者さんに掴みかかって大変なことになりました。

 どうやらお母さんは情緒不安定のようで、異能者さんが誘拐犯だと主張し始めたようです。

 誠実さんが止めていますが、異能者さんも暴れだして二人を抑えるために卯月さんも慌てて異能者さんを押さえに行きます。

 

「ちょ、落ち着いて! 落ち着いてください!」

「あああああああっ! 止めろマサ!! 早くしろマサァ!!」

 

 誠実さんと卯月さんががんばって押さえつつ、正義さんが助けを求められて慌てて制圧しに行きました。

 

 そんな光景を少し離れたところで、市蔵さんと見守っているだけの私は、お母さんの方を向いて、自分の両親について考えていました。

 

 あの人たちは、もし寧々が異能者だと知ったらどんな反応をしたのでしょう。

 両親に売られた直後に発現した能力ですので、たらればにすぎませんが、もしかしたら、少しは大事にされた? それとも怖がってやっぱり捨てるか売るかしたんでしょうか。

 親というものは、別にすごいものではないのだと、少ない事例だけで思ってしまう。

 

「子供ができても親になれるわけじゃないんだなぁ……」

「そうだねぇ」

 

 苦笑しながら市蔵さんが男の子の背を撫でながら返事というより、ぽつりと反応したような言葉を発します。

 

「初手でしんどい案件ぶつかって大変だね。なんか思うことあった?」

 

 寧々の言葉に思うところがあったのでしょうか。市蔵さんはサングラス越しに寧々と視線を合わせるように顔を傾けています。

 

「いえ……赤ちゃんが生まれたとして、それで、スッとお父さんやお母さんになれるわけじゃないから、お父さんやお母さんも辛いし苦しいことはあるんだと思います」

 

 誰だって人間だから、仕方がない。

 

「でも、寧々は子供だからなんでしょうか。親には親でいて欲しいって、思ってしまうんです」

 

 とんでもないエゴだということは寧々でも、わかります。

 でも、それでもお父さんとお母さんは無条件で安心できるような人であってほしかった(・・・・・)

 

「わっかる〜。でもま、そううまくはいかないのも理解できちゃうのが嫌なとこだよね」

 

 市蔵さんはケラケラ笑って、戻ってきた正義さんとアイコンタクトを交わすと「あ、ボクもこの子のことあるから向こう行くね~」と一言残して離れていきました。

 

 なんだかモヤモヤします。

 

 多分、絶対的な答えがないことだから、自分の中で折り合いをつけるしかないのに、うまく割り切れないせいなんだと思います。

 

 しばらくして本庁から来た別の部署の防人さんに引き継ぎをし、市蔵さんと正義さんが万が一のこともあるので残ることにしたようです。

 

「まあオレといっちーは最悪オレが異能使えばすぐ戻れるんで、先戻ってもらっていいですよ」

「うん、じゃあ先戻るよ」

「少しも心配してくれない……」

 

 正義さんと誠実さんがちょっとしたやり取りをして、寧々たちは本庁に戻ることになりました。

 さすがに火災にまで発展した案件なので、他の件にそのまま行くってわけにもいかないようです。

 卯月さんが「こんなんばっかかよ~」とぼやきながら後部座席に乗り込み、寧々は誠実さんに助手席においでと示されたので素直に従います。

 

「あの女、こんな案件に寧々公巻き込むつもりだったのか?」

「まあ、恐らく半分くらいはそのつもりだと思う」

「えっげつねー……」

 

 卯月さんと誠実さんの会話の意味がいまいちよくわかりません。

 恐らく、ボスと呼ばれている上司さんのことだと思うのですが……。

 

「寧々公が防人やりたくね~ってなったらどうするつもりだっつーの」

 

 あ、卯月さんは寧々が怖がっていないか心配してくれているんですね!

 

「寧々は平気ですっ! 必ず立派な防人になりますので!」

「……無理はしなくていいんだよ?」

 

 誠実さんは運転中のため視線こそ向けませんが、寧々を気遣っているような声で諭してきます。

 

「異能者増加に伴って、異能への理解がない一般家庭での異能児の扱いはここ数年解決しない問題なんだ」

 

「さっきのお母さんは……どうして申請しなかったんでしょう?」

 

 考えてみればまずその時点で不思議でした。異能があるとわかれば申告して、適切な指導を受ければいいのに、申告せず、防人衆からの注意やら指導を無視し続けていたのです。

 寧々の疑問に卯月さんの気だるそうな声が返ってきます。

 

「一般人はまだ異能者や防人衆を信用してねーんだよ。異能者になったら将来はほぼ定まったも同然だしな。補助金出るって言っても固定額だから異能によっちゃ足りないとかあるしよ」

「あとは……自分の子供を防人にしたくないって親は昔から結構いるね。まあデモとか昔は活発だったけど、今じゃなかなかできない空気だし」

 

 寧々がまだ小さいときの話でしょうか。色々と複雑なんでしょう。

 ふと、誠実さんが何かに気がついたように車を寄せます。

 

「小さいけど魔物発生してる。他の防人見えないし、対応するよ。結界張って」

「えぇー! ここの担当にやらせろよ!」

「被害出ないこと優先に決まってるだろ」

 

 卯月さんが錫杖を振るってコンクリートを割る魔物2体を結界に閉じ込めます。

 幸い、怪我人もいないようであとは倒すだけです。

 寧々も手伝おうと車から出て、2人を追いかけようとし――

 

 

「寧々……?」

 

 

 聞き覚えのある声に、足が止まる。

 

 振り向けば見知った顔の女性が、寧々を見ている。

 ああ、えっと、そうです。

 この人は――

 

「おかあさ――」

 

 どくんと心臓が跳ねる音。

 最後に見た時よりもやつれた顔をしたその人は、寧々に駆け寄ってきて手を掴んでくる。

 

「あなた異能者になったんですってね!」

「え、あ……はい……」

 

 どうしよう。早く誠実さんたちのところに行かないと。呪詛が緩和されてるといっても、戦闘なんてしてるときに動けなくなったりしたら大変だ。

 でも、足が動かない。

 この母親(ヒト)を前にして、思うように喋ることもできない。

 

「ねえ、いくら貰えるの(・・・・・・・)?」

「……はい?」

 

 今そんなこと言ってる場合じゃない、とか、危ないから離れないと、とかいくらでも浮かぶのに、言葉がうまく口にできない。

 もしかして、もしかしてこの母親(ヒト)は――

 

「異能者の子って補助金出るっていうじゃない!」

 

 心臓の音だけが妙に耳に残る。

 自分の心臓の音と、この人の声以外、無音になったかのように何も聞こえない感覚。

 

「寧々。お母さんと一緒に帰りましょう」

 

 どうして。

 

 寧々を売ってもまだお金を理由に、寧々を連れ戻そうとするんですか。

 もう、あなたたちとは何の関係もない。

 そう言えばいいだけなのに、声が詰まって全身から汗が吹き出る。

 

 嫌、嫌――。

 

 

「寧々!」

 

 

 お母さんが掴んでいた手が離れる。

 強く引っ張られたおかげでお母さんが手を放したようで、寧々のすぐそばに誠実さんがいた。

 

「なにを、しているんですか……!」

 

 怒りの滲んだ声でお母さんを問い詰め、誠実さんは寧々を支えてくれる。

 じんわりと、誠実さんがいる安心感で涙が出てきてしまう。

 

「そ、その子は私の娘――」

「あなた方は娘さんをossと関係がある反社会勢力に差し出したという記録があります。異能者保護の観点から寧々の親権も剥奪されている! 寧々の保護者は僕だ」

「ね、寧々の意思は!? 寧々! お母さんと帰りましょう!」

 

 必死に訴えてくるお母さんの目はどこか焦っているようで、違和感がありました。

 ふと、誠実さんの方を見ると耳元で囁かれます。

 

「君のしたいようにしていい。僕がなんとかする」

 

 本当に……したいようにしていいんでしょうか。

 本当に、こんなことをしていいんでしょうか……。

 

「お母さん……」

 

 寧々がいい子でいれば、誰にも迷惑をかけないんじゃ。

 

 そう巡る思考に、誠実さんの手が添えられる。

 大丈夫だと、言ってくれているようで、惑う心に踏ん切りがつく。

 

「寧々はもうお母さんとお父さんのところには帰りません。寧々は――」

 

 なんて、親不孝なんでしょう。

 それでも、寧々はもう搾取される日々に戻りたくない。

 

「”わたし”は、お母さんたちの都合のいい子じゃないよ……!」

 

「あんた――!」

 

 カッとなったお母さんが手をあげようとして、平手打ちされる前に誠実さんがそれを止める。

 

「お引取りください。魔物トラブルの処理がありますので、一般の方は避難及び立ち入りを制限しますので」

 

 そうだ、魔物!

 

 振り向くと結界内で卯月さんが仰向けになりながら手を振っています。魔物はもう倒されたようですが……。

 誠実さんに連れられて卯月さんの元へ向かう背に、お母さんが寧々を呼び止める声がします。

 

 振り払うように、寧々はその声を無視して誠実さんの前を歩きます。

 

 合流した卯月さんは「うっへぇ……」とぼやきながら体を起こし、誠実さんを睨みます。

 

「1割しか解放してくれなかったせいでめっちゃ疲れたんだが?」

「倒しきったなら問題ないだろ?」

 

 どうやら卯月さんに任せて寧々を助けに来てくれたようで、自分が迷惑かけてしまったことを改めて理解します。

 すると、卯月さんがぎょっとした顔で寧々を見て慌てた様子で飛び上がります。

 

「うわっ、ちょ、寧々公どうした!? おい坊っちゃん!」

「え? 寧々!?」

 

「え?」

 

 ボロボロと涙が止まらなくて、拭っても拭っても止まりません。

 ごしごしと袖で目を覆ってもじわりと涙が出続けてしまう。

 

「卯月! 引き継ぎ頼む! 帰りタクシーか正義呼んでくれ!」

「まーた俺にばっか押し付けやがってよぉ! 埋め合わせしろよ!」

 

 誠実さんは慌てて寧々を引っ張って最近生活していた誠実さんの実家ではなく、誠実さんが住んでいるマンションへと戻ってきました。

 最近戻っていなかったのにもかかわらず、なんだか妙に安心してしまう。

 

「寧々……」

 

 寧々を椅子に座らせた誠実さんは、寧々と目を合わせようと膝をつく。

 

「どうして泣いているのかな」

 

「寧々が……また誠実さんや卯月さんに……迷惑を……」

 

 全然役に立てていないどころか、迷惑をかけて、こんな有様でどうして誠実さんのそばにいたいなんて厚かましいことを考えているんでしょう。

 そう思うと、情けなくて、恥ずかしくて。

 

「あと、お母さんに初めて、口ごたえして……」

「うん……」

 

 誠実さんは寧々の手に触れて、安心させるようにトントンと軽く叩く。

 

「とにかく、その、いっぱいいっぱいで……」

「うん……そうか。一つ聞いてもいいかい?」

「はい……」

 

 鼻声になりながらも頷くと、誠実さんは寧々をまっすぐ見上げてくる。

 

「寧々。まだ見習いになりたいと思っている?」

 

 見習い――。

 誠実さんのそばにいるための手段。でも、こんな寧々が本当にそんなことをしていいんでしょうか。

 

「正直ね……僕みたいな人間より、もっと真っ当な人の元で君は保護されるべきだと思っている」

「……」

「まあ、それはあくまで一般論の話。さっき君のお母さんに啖呵切ったけど、実はまだギリギリ僕保護者じゃないからね。申請、通ると思うけどまだ確定じゃないから」

 

 冗談めかしながら誠実さんは続けます。

 

「本当はもっと、寧々が落ち着いているときに話をしたかったんだけど」

 

 そう言って一度立ち上がった誠実さんはファイルを引き出しから取ってきて、それを寧々に手渡します。

 

 ――先行見習い申請書。

 

 すでに誠実さんの記入欄は書かれていて、あとは見習いとなる誰かの部分を書くだけでした。

 

「正直、今後君は色んな派閥の人間に目をつけられるだろう。綺麗事が通じない、魑魅魍魎の人でなしたちから、びっくりするくらいのお人好しまでいる上位陣。それらにできるだけ巻き込まれないように、寧々を守りたい」

 

 再び、誠実さんが寧々の前に膝をついて、王子様のように寧々の手を取った。

 

「寧々。僕の見習いとして、これからもそばにいてくれないかな」

 

 これからも。呪いが解けても。

 

「君が大人になるまで、僕が君の後見人としてそばにいるから」

 

 大人になるまでの間、誠実さんの庇護下にいることが許される。

 でも、いいんだろうか。

 

「い、いいんですか……? だって、見習いにしたい人、いるんじゃ……」

「うん……でも、いいんだ。それは僕のエゴでしかないし、きっと叶うことはない」

 

 そう返す誠実さんの表情は、どこか悲しげで無理して笑っているようでした。

 叶わないと、断言する様子から寧々に気を使っているわけではなくて、ただ本当に叶わないという諦めが感じ取れます。

 

「そんな僕の感傷より、君の願いを叶えるために使うほうが、僕のためでもあるんだ」

 

 どこまでも優しい人。

 寧々の手を握る誠実さんはもう一度、確かめるように聞きます。

 

「――君の好きにしていい。僕は君の選択を尊重するから」

 

 

 寧々の運命の人。

 あなただから、”わたし”はあなたに恋をした。

 

 

「よろしく、お願いします……っ」

 

 

 強くなろう。

 ずっとずっと、この人のそばにいるために。

 誰でもない、自分がそれに納得できるくらい強く。

 

 

 

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