今日のお仕事は誠実さんと卯月さんと一緒に本庁から少し離れたところにある魔物頻出地帯の装置点検と確認です。
卯月さんは相変わらず浮かない様子ですが、誠実さんの車で目的地まで向かいます。
人は少ないですが、確実にいる土地のようで、魔物が出やすいところなのに住むなんて不思議だなぁと思ってしまいますが、ひとにはそれぞれ理由があるのでしょう。
「
「はーい」
第二とはこの東京では有名な場所です。
元々江東区付近が昔の災害によってかなりの土地が人の住める場所ではなくなったことから以前より計画していた人工島を作り出したのですが、魔物が出やすいということもあってなかなか人が定着せず、いつしか無法者たちがいつしか占拠してしまったため、現代スラムとなってしまった場所。それが第二江東
寧々ですら知っている場所で、寧々の歳とそう変わらない歴史しかないのに社会問題となっているのもよく耳にしています。
特に、その第二は未申告異能者の隠れ家や逃げ場になっていることでも有名です。これが
今日のお仕事もその第二が近い場所なので魔物が多いとされているのかもしれません。大災害のせいでその近くは侵蝕地として魔物の瘴気とかがたまに漏れると聞きますし。
誠実さんが警報の点検をしに機材片手に警報機に近づくと「うわ」と困ったように声を漏らします。
「接触不良起こしてる。怖いなぁ、もう」
どうやら点検のおかげで大事にならずに済んだようです。
ふと、卯月さんがあくびをしながらぼーっとしていたので、気になって声をかけてしまう。
「寝不足です?」
「まあな……人間って不便だよなぁ」
なんか変なことを言うなぁ、と思っていると、つんざくような警報音に思わずビクッとしてしまい、振り返ると誠実さんが警報機の点検と修理を終えて慌ててスマホで連絡を取ります。
「緊急! 東京エリアKT-07で災害レベル4相当の警報確認! 至急応援お願いします!」
誠実さんが焦った様子で警報機から離れて寧々と卯月さんを引っ張ります。
「もっと早くに鳴るはずだった警報が接触不良でずっと鳴らなかったからいつここに魔物発生するかわからない! 避難誘導と被害を抑えるための結界……!」
「やべー……先に結界張った方が――あ?」
誠実さんに引っ張られた卯月さんが何かに気づいたように右下に視線だけ向けます。それに釣られるように寧々も同じ場所を見ると、そこには可視化された霊力がまるでガラスがピシッと砕けるように徐々にひび割れていき、こちらが何かする前に弾けました。
霊力爆発――!
霊力の塊がまるで爆発するような現象。周囲の建物も一部吹き飛ばす衝撃。
結界も間に合わず、至近距離でモロにそれを受けた卯月さんと、少しでも衝撃を抑えようと誠実さんの放った札が見えたのを最後に、寧々は一瞬意識を失ってしまいました。
いったい、どれだけ気絶していたのか。ハッと目覚めると中型と大型の魔物がすぐそばでアスファルトを砕きながら闊歩していました。
「せ、誠実さん! 卯月さん!」
声を出してから慌てて口を閉ざします。魔物がこちらに気づいたら危険だというのに、大きな声を出してしまって自分が混乱していることがわかってしまう。
幸いにも魔物は気づいていないのか、そもそも聞こえていないのか通り過ぎて行きます。
二人を探していると、運がいいのか悪いのか寧々とあまり離れられない誠実さんはすぐ近くで気絶していました。怪我も、そこまでひどくはないです。
あとは卯月さん、と思って立ち上がると、足になにか引っかかってよろめいてしまいます。
瓦礫っぽくないような、と思って足元を見ると、そこには『腕』が落ちていました。
その手には、見覚えがあります。卯月さんがいつもしている手袋と同じもの。爆発で汚れたり破けたりしていますが、卯月さんのものだと見て間違いないでしょう。
それが腕だけ、着物の袖も一部巻き込んで落ちていたのです。
「え、あ……えっ……?」
あまりのショックで思考が完全に止まってしまい、少し離れたところにある黒い物体に気づいて近づくと、卯月さんの『体』がありました。
この羽織は間違いなく卯月さんのもの。
だけど、頭がない。
「卯月さ――」
爆発で頭と腕が吹っ飛んでしまったのだと理解してから、自分の想像を超えるショッキングな状況に力が抜けてしまいそうになるのをぐっと堪えて誠実さんを起こさないと、と思った瞬間――
片腕を失っていながら、無事な左腕で地面に手を付き、体を起こしています。
「ひゃあああああああああああ!?」
衝撃的な光景に思わず絶叫してしまい、後ずさると落ちていた卯月さんの腕もびくりと動いて声にならない声が漏れる。
どういうこと? どういうことなのかわからない。
「あ゛~……寧々公、無事か?」
瓦礫の奥から卯月さんの声がして、パニックになりかけていた頭がスッと冷静になります。
死んでない? 何かの術?
よくよく見ると、卯月さんの胴体は血が出てはいますがだらだらと出ているわけではなく、もう血が止まったようにぶよぶよと血の塊があるだけです。
「う、うづきさん……?」
恐る恐る瓦礫の奥を探すと、卯月さんの頭がありました。
「こっちこっち」
横向きの頭は多少怪我していますがやっぱり出血は少ないです。
眼鏡は爆発で吹き飛んだのか、ついていませんでした。
「わりぃ~……寧々公、俺の右腕取ってくんね? 体の方」
「は、はいぃ!?」
当たり前のように言われて困惑しますが、会話ができているということはなんとかなるのでしょう。そう思って右腕を体の方に持って行ってあげると、取れた右腕をくっつけるようにあてがい、そのままくっついてしまいました。
まるで血の塊が接着剤のようで、ちょっと、怖い。
そして腕を取り戻した体がそのまま頭を取りに行って、首をくっつけると爆発で少し破れた服以外は元の卯月さんに戻ってしまいました。
「とりあえずこれでよし、と……坊っちゃんは?」
「まだ気絶しています。ど、どうしましょう……」
気絶して何分経ったのかわからないこともあり、援軍が来るまであとどれくらいかもわかりません。
とりあえず、誠実さんを起こして一度撤退と、救助が必要な人がいればその人達を……と考えていたところで卯月さんが言います。
「坊っちゃんは起こしてる暇はなさそうだぜ」
言われて見上げてみれば、中型と大型の魔物が寧々たちに気づいたようです。慌てて暴風で近づけないようにしますが、巨体すぎてもっと出力をあげないと防げそうにない。でもこれ以上出力をあげたら周りにまで被害がいってしまいます。
そんな寧々に、卯月さんは落ち着いた声で語りかけてきました。
「寧々公……俺の言うことそのまま繰り返してくれ。そしたらこのヤバめな状況をなんとかしてやる」
「……! わ、わかりました!」
悩んでいる状況ではない。誠実さんも気絶しているし、卯月さんも補助系なので戦闘を寧々と二人でやるのは厳しいです。何か策があるのであればそれに頼るしかないでしょう。
「”浅ましくも半鬼なるその身を赦したもう”」
「あ、あさましくもはんきなるそのみをゆるしたもう」
卯月さんの言葉に続いて繰り返す。急いでいるので意味はあまりわかりませんが、何かの詠唱のようです。
「”咎宿す身を解き放つこと、我ら防人の聲が承認いたす”」
咎? なんとなく、違和感を感じつつも、迫る魔物と風を維持できなくなった焦りで考えずに復唱します。
風が弱まったあたりで、誠実さんがふらふらと起き上がり「なにが――」と言いかけてぎょっとします。
「”その力の全てを――”」
「そのちからのすべてを……」
寧々ではない何かの霊力が高まっていくのを肌で感じます。恐らく、卯月さんのだとは思うのですが、一つだけではないような、そんな不思議な感覚。
「”孟夏の怪異に返したまえ!”」
「もうかのかいいに……」
「駄目だ寧々! 止め――」
「かえしたまえ!」
誠実さんの制止と同時に、復唱が終わり目も眩むような強い光と霊力の渦がその場を包み込みます。
誠実さんが慌てて寧々の腕を引いて、卯月さんから引き離すと、とても不機嫌そうに吐き捨てます。
「いつかやると思っていたがこんな状況で寧々を騙しやがって!」
「え……?」
卯月さんの姿がその場から消えており、迫ってくる魔物が一瞬で崩れ落ちるように次々と形が崩れていきます。
「ギャハハハ! ご苦労なこった! おかげで久しぶりに力を取り戻せたぜ!」
男の人の声。知らないその声なのに、なぜか知っている人のようで、視線がそちらに自然と向かう。
瓦礫の山に降り立ったのは破れた袖のある着崩した着物の男の人。黒い羽織が風で揺れて、オレンジ色の髪がよく映えていました。
「…………卯月、さん?」
その顔は間違いなく男性だとわかるのに、雰囲気がどこか卯月さんとそっくりで、着物も卯月さんのものだとわかります。
「おう! んじゃ悪いが、死んでくれや」
卯月さんらしき男の人はほとんどノーモーションで術を放つと当たったら死んでしまいかねない不可視の衝撃がすぐ近くにぶつけられます。
誠実さんが札で少し軌道をずらしたおかげみたいですが、完全には防げないようです。
「弱ぇ、弱ぇなぁ坊っちゃんよ。寧々公はともかく、てめーは地にデコこすりつけて今まで俺を馬鹿にしたことを謝ったら許してやってみいいぜ?」
「お前に下げる頭なんてないよ」
寧々には状況がよくわかりません。先程の魔物は卯月さんによって殲滅されましたが、なぜか卯月さんは誠実さんや寧々を殺そうとしてくる。
卯月さんの見た目が変わったことも含めて、どういうことかわからない。
「かわいそーで何も知らねぇ寧々公。俺のことを素直に信じてあっさり封印を解いてくれた礼に、教えてやるよ」
誠実さんが寧々の前に立って警戒するのとは正反対に、卯月さんは瓦礫の上で悠々と座りながら言います。
「おれぁ、孟夏。大妖怪
勝ち誇った顔で得意げに自分の話をする卯月さんは人の姿をしていますが、確かに今までとは違う、恐ろしい気配もします。
「はっ、封印されてこき使われる人間堕ちの分際で偉そうに。それしか誇るものがないのかい?」
誠実さんが挑発するようなことを言い出してぎょっとしていると、卯月さんの目が尋常じゃないほど殺気を帯びる。
ものすごく、怒っている。
「ああ、うん。やっぱてめーも殺すわ。人食は趣味じゃねーけど、お前はその肉食って――」
瓦礫から飛び降りた卯月さんが言いかけて何かを察知したように、大きく跳ぶ。
卯月さんがさきほどまで着地しようとしていた場所に、大きなトラバサミが現れて卯月さんの足どころか体を挟もうとしたのです。
「だらだら喋ってくれて助かったよ」
誠実さんがそう言うと、卯月さんの背後からカツカツという靴音が聞こえてきます。
そこにいたのは雲雀さんと、正義さんと市蔵さんでした。
「まったく。ヤンチャがすぎるんじゃないかしら?」
悠然と微笑む雲雀さんに、卯月さんは唾を吐く。
「まさかこの程度の数で今の俺をどうにかできるとでも思ってんのか?」
数の不利にも動じず、霊力を迸らせる卯月さんに、雲雀さんは静かな声で正義さんに言います。
「余計なことは考えず集中するように。繋げた精神通話は絶対切らないこと」
「――はい」
真剣な様子の正義さんの横で市蔵さんが面倒そうに刀を抜く。雲雀さんは特に手に何も持たず、卯月さんと向き合います。
「できるできないの話じゃないのよ、孟夏童子。悪いけど、女の子を騙すようなクソオスに、私は負けるつもりはないわ」
魔物は全滅したというのに、様子のおかしい卯月さんと、特殊総務課の面々での戦闘が始まった。
いえ、それは戦闘と言うより――狩りのようなものです。
卯月さんを襲ったのはいくつもの罠。
「チッ、正々堂々やれや!」
卯月さんが回避した先、移動した先で次々と展開されていくトラバサミやワイヤー、矢が卯月さんを執拗に追い詰めようと降り注ぐ。
これが雲雀さんの異能――。
"上位防人・特殊総務課代表"
あらゆる罠やそれに必要なものを次々に作り出し、設置できる生成系の異能。罠に必要なら縄から網、ボウガンまで自在に作り出せる。直接的な攻撃は難しいですが、それは異能だけで戦ったらの話。
雲雀さんは霊術も織り交ぜて、回避に失敗したらそこからもう抜け出せないように追い詰めていきます。
卯月さんもそれを理解しているので、雲雀さんの
「さっさと封印、されなっ!」
「仕事増やすんじゃないよ」
正義さんの瞬間移動と、市蔵さんの浮遊で瓦礫などで回避の軌道を阻害し、追い詰めたところで仕上げとばかりに雲雀さんが指を鳴らす。
「ハ段術、『
卯月さんが縄のような鉄に拘束されると、それは熱を帯びているのか、肉や服が焼けるような臭いがします。
「このクソアマ――」
「あんたと正面からやり合うわけないでしょ。私の勝ちは、あんたの再封印なんだから」
黒い鉄縄で焼かれる卯月さんは雲雀さんが巻物のようなものを取り出すと勢いよく開いてそれを掲げて見せました。
「封印修復。あんたしばらく死ぬほど絞られるだろうけどその覚悟はしておきなさいよ」
「く、クソがあああああああああああああっ!!」
卯月さんを包む霊力が卯月さんを変化させていき、男性の姿から見慣れた女性の姿へと戻っていきます。
封印が終わると、黒い縄は消え、その場には男の人の体格から女の人になったせいで着崩れた着物を引っ掛けて、ものすごく不機嫌そうに、それでいて気まずそうな卯月さんが目を合わせずに言います。
「……ほら、よく魔が差すって言うじゃん?」
「お前が魔なんだよ」
誠実さんの底冷えする声とともに「はい、じゃあ連行しようね」と正義さんと市蔵さんが卯月さんを抱えていきます。
「寧々ちゃん、変なことに巻き込んでごめんなさいね。あとでちゃんと説明してあげるから。……その前に」
トラップを全てその場から消して、雲雀さんは周囲の惨状を見ながら息を吐く。
「修繕課にまた文句言われるわねぇ……」
雲雀さんのぼやきの通り、このあとやってきた修繕課の人に「直すのはこっちの仕事なのに遠慮なく壊しますよね」と嫌味を言われているのでした。
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卯月の反乱の一部始終を、現場から少し離れた場所で見ていた男がいた。
「なんか騒がしいと思えば……」
呆れたようにぼやいて、現場の修繕や対応に追われている防人衆たちを見下ろしながら男は舌打ちする。
「まさか本当だったとはね」
男は、誠実と寧々をじっと見ていたかと思うと、そのまま第二江東市のほうへと消えていった。