恋する風は諦めない   作:とぅりりりり

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てんにゅう

 

 

 

 卯月の反乱の一部始終を、現場から少し離れた場所で見ていた男がいた。

 

「なんか騒がしいと思えば……」

 

 呆れたようにぼやいて、現場の修繕や対応に追われている防人衆たちを見下ろしながら男は舌打ちする。

 

「まさか本当だったとはね」

 

 男は、誠実と寧々をじっと見ていたかと思うと、そのまま第二江東市のほうへと消えていった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 あれから本庁に戻った寧々たちは誠実さんと一緒にソファに座りながら向かいに座る雲雀さんからの言葉を待っていました。

 

 卯月さんのあれはなんだったのか。

 

 わけもわからないままでしたが、寧々がしてはいけないことをしてしまったのが原因のはずです。

 

「さーて、どこから説明しようかしら」

 

 雲雀さんがコーヒーを口にしながら誠実さんのほうをちらりと見ます。

 誠実さんは何も言いませんが、小さく頷いたのを見て雲雀さんはふぅ、と息を吐く。

 

「寧々ちゃんは魔物についてどういう認識?」

「えっと……怖くて、突然出てくるモンスター?」

 

 実際、魔物は予知や予兆を感じとることができる人はいても、突然現れることが多くて危険です。防人衆が被害を防いではいますがそれでもやっぱり怖いですし、突然出るということに違いはないでしょう。

 

「魔物と呼ばれる怪物、あれらは基本的に凶暴な野生動物みたいなものなのよ」

 

 厳密には違うのでしょうが、あくまでイメージとしてはクマとかそういう分類なのでしょうか。

 

「じゃあ魔物と話をしてみようって、寧々ちゃん思う?」

「い、いえ……というか魔物って基本的に喋ったりしないですよね?」

「そう。あれら知性なんてほとんどないからね」

 

 そう前置きした上で、雲雀さんは「でも」とコーヒーを置きます。

 

「いるのよ。人間と同等か、それ以上の知性を持った存在が。それが卯月の本性」

 

 まさかの先輩にあたると思っていた人が人間ですらなかったことにぽかんとしていると、雲雀さんが苦笑しながら話を続けます。

 

「妖怪だとか魔人って呼ばれる高い知性を持った存在。ひっくるめて【魔族】と分類しているけど、これらは人間と近い見た目をしていることが多いらしいわ。完全に一致してないから耳の形が違ったり、一部の部位が人じゃなかったり、人より何か足りなかったり多かったり。人に限りなく近い姿をした怪物」

 

「過去の記録から人型ではないものもいたらしいけど、どれも共通して高い知性を持っている存在であることは間違いない」

「卯月さんがそれ……ってことですか?」

 

 誠実さんの補足に確認するように言うと雲雀さんは頷いてくれました。

 

「そうね。妖怪の一種で、かつて鷹司家がその力の大半を封じ、ほとんど人間と同じ存在にまで変化させたの」

 

 ただし完全に人間に変えることはできないため、妖怪としての力をほとんど封じているだけ。完全体の時は霊力も遥かに強く、能力や戦闘力もかなり強力だとか。

 封印が解けてからすぐだったので砕けた言い方をすると『寝起き』みたいなものだったため、完全に能力を発揮する前に取り押さえて再封印できたということらしいです。

 寧々の無知で危うくとんでもないことになるところでした。

 

 でも、どうしてそんな回りくどいことをしたのでしょうか。

 卯月さんに恨みはないのですが、聞いていると討伐してしまうのが正しいような気がします。それに、あの姿は男の人だったはず。

 

「あれをわざわざ封印したのは死なないからよ」

 

 寧々の疑問に答えるように答えを言ってくれる雲雀さん。

 そういえば、首が取れてもくっつけたら生きていました。あの不死に近いものは能力というより性質なので能力を封じても普通の方法では死なないようです。

 

「不死の怪物。永久に人と関わらせず封じておくべきだと思うでしょうね。でもこれは昔の防人衆と鷹司の方針でね」

 

 頭が痛いという素振りで足を組み直す雲雀さんは少し困ったように伏し目で言葉を続けます。

 

「魔族側のことを知る存在は少なく、長い時を生きるアレは有益な情報源になり得る。それに、大半を封じたとはいえあいつは便利な能力もあるし、基本的にはこちらの命令を聞くようにしてあるから長いこと鷹司が上手く飼いならしていたのよ」

「じゃあどうして――」

 

 

「17年前の大災害」

 

 

 その大災害は寧々が生まれる前のことでした。でも、何度も何度も忘れてはいけないという風に頻繁に取り上げられる話。

 侵蝕災害。

 かつて東京の一部が異界に侵蝕され、そこから魔物が溢れてきたこと。

 その対応にあたった防人衆は大勢犠牲が出ただけではなく、異界に取り込まれ『行方不明者』となってしまったというものです。

 当時、まだ防人衆を含めて異能者の存在は世間には公表されていなかったのですが、侵蝕災害の前後から異能者が一般人からも生まれるようになり、政府はその存在を公開したのです。

 その結果、色んなことが変わってしまったり、色んな犠牲や変化に振り回される人が出た。

 とても、ひどい事件。

 

「あの災害が起こるまでは卯月も鷹司家の管理下でうまくやってたんだけど、侵蝕地の影響で魔物が増えたことや、負のエネルギーの発生が激しくて元々の孟夏童子としての本能が顕在化しているのよ」

「鷹司さんちの巫女も行方不明となってしまったし、ブレーキが完全になくなったのも大きいよ」

 

 鷹司さんちも巫女の家系だから巫女がいたんでしょう。行方不明ってことは時期的に侵蝕災害絡みでしょうか。

 あの災害は本当に、色んな人に傷跡を残しているのですね。

 

「まあ、元々反抗的だったけどね」

 

 ふと、話に入ってくる男の人の声がして振り返ると、少し眠そうな穂高さんが無遠慮に入ってきました。

 

「あら、早かったわね」

「そりゃ卯月がやらかしたっていうならこちらが早急に折檻しないと」

 

 ぼりぼりと頭を掻きながら「どこにいる?」と雲雀さんに聞いてから穂高さんは雲雀さんと一旦外に出ました。

 

「……あとで雲雀さんや正義さんたちにも謝らないといけませんね」

「うん?」

 

 寧々のせいで危うく大惨事になるところでした。卯月さんのことを信じて鵜呑みにしてしまった結果、誠実さんを始めとした皆さんに迷惑をかけてしまいました。

 

「気にしすぎないでいいよ。元はと言えばあいつが騙したほうが悪い」

「でも……」

「次しなければ大丈夫。約束、できる?」

 

 寧々をもっと怒ってもいいのに、誠実さんは優しい声で言い聞かせてきます。

 もう二度としない。そう決めました。

 

「はい。何かあっても誠実さんを頼ります!」

「それはそれで荷が重いけど……」

 

 すると、ひょっこり帆高さんが部屋に顔をのぞかせ「そういえば」と誠実さんに言います。

 

「呪い解けてるじゃん。おめでとう。多分卯月のやつが力を取り戻すときに近くにいたせいで弱まってた呪いが霧散したんだろうね。まあどうせあと数日保つような呪いでもなかったけど」

 

 えっ、と試しに寧々が誠実さんから離れてみると……確かに問題なさそうです。とはいえ室内なので絶対とは言い切れないのですが。

 

「あら、解呪できたの?」

 

 雲雀さんも戻ってきてじっと誠実さんを見ます。すると納得したように「あら、本当ね」と腕を組みます。

 

「これで誠実の仕事の制限はなくなったけれど……卯月がしばらく謹慎だし、寧々ちゃんもしばらくは学園に慣れてもらわないとだし、メンバーとスケジュールの調整しないといけないわね」

 

 学園!

 

 そうでした、呪いが解けたのであれば寧々も1人で行動できるようになりました。

 誠実さんの制限もないですし、卯月さんの件はともかく、色々と変化が起きそうです。

 

「さすが智和さんね。あの人のおかげでだいぶ早く復帰できそうじゃない」

「……そう、ですね」

 

 誠実さんはなぜか少しだけ、もごもごと言葉に悩んでいるような様子でした。

 

 

 

――――――――――

 

 

 寧々は早速おうちに戻ってから明日の準備をしていました。

 転入初日ですから荷物も多いですし、忘れ物があってはいけません。

 持ち込み禁止のものもきちんと確認して、あとは明日の朝です。ふと、あることに気づいて慌てて夕飯の準備をしている誠実さんの元へ早足で向かいます。

 

「誠実さん誠実さん! お弁当箱ってありますか!?」

 

 そうです、高校といえばお弁当。それなのにお弁当箱を買った覚えがありません。

 

「うん? 弁当なら必要じゃないから用意はしてないけど」

「えっ、お弁当じゃないんですか!?」

「基本的に寮生活が多いからね。食堂で食べるのがほとんどかな。自分で持ち込んだものや外で買ってきたりする子もいたにはいたけど」

 

 ねねーん(ガーン)

 

 夢を見ていたお弁当箱を持ち寄って机をくっつけあってお昼にお話をし合うイメージがガラガラと崩れていきます。

 それに、誠実さんが作ってくれたお弁当があると完全に思い込んでいたのでショックでした。

 

「誠実さんのお弁当、食べてみたかったです」

「どうせ男飯で地味なものしかないと思うけど……」

 

 苦笑する誠実さん。寧々としてはしょんぼりなので温度差を感じました。

 

「まあ、あそこの学食美味しいよ? まだあるならハンバーグ定食がオススメかな」

「ハンバーグ!」

 

 お弁当がないのは残念ですが、オススメされたハンバーグが楽しみになってきました。明日、早速食堂でチェックしましょう。

 

 新生活に浮かれていたせいで、誠実さんがずっと心配そうな顔をしていたのに寧々は気づけませんでした。

 

 

――――――――――

 

 

 

 祝鳴(いわいなり)学園。

 異能者は中等教育修了後、異能者向けの学校に通うのが必須となっています。

 といっても、異能者向けの学校は普通の学校と比べても県に1つしかなかったり、田舎だと隣の県にいかないとそもそも異能者学校がなかったりするそうです。

 誠実さん曰く、祝鳴学園は東京と京都にそれぞれあり、どちらも最大規模、そして最も優秀な異能者が集まる場所だそうです。

 そのため、名家や代々異能者の家系が集う名門学園……なのですが、現在は異能者が増えたこともあって、一般人出身も増えたことから名家出身といえどもあぐらをかいていては入れず、地方の学校行きになったりすることもあるそうです。

 そうすると、防人衆の本庁や京都庁に就くことが難しく、地方で頑張るしかないとか。

 異能者は防人衆か、認可された職業、職種にしかなれないらしいので、選択肢のためには祝鳴学園に入りたい人、入らせたい人が多いようです。

 

 寧々の場合、誠実さんの実家のことや、寧々の能力の鑑定結果から祝鳴学園の資格を有していたようなので無事転入となりました。

 

 車で送ってもらったのは東京郊外。誠実さんの家と本庁からは少し離れていますが東京にあるのですごく遠いとは感じませんでした。

 

 広い土地が使われているのか、車で門に行くまでに高い壁が見えました。寧々と同じ制服を着た子たちが数人門へと向かっているのもわかります。

 制服は当然ですがとても丈夫で、少し品のあるものだったので似合っているのか不安です。

 

「あそこが入り口。祝鳴は二重になっていて、あの門を抜けたら寮や寄宿エリアなんだ」

 

 先生たちもそこで生活している人がいるのでしょう。安全のための措置なのでしょうか。

 

「道をまっすぐいけば校門が見えるから。それじゃ、行ってらっしゃい」

「はいっ!」

 

「……気をつけてね」

 

「え?」

 

 なぜか妙に不安そうな声で言われ、不思議に思っていると、誠実さんははぐらかすように言います。

 

「気にしないでいいよ。それより、制服似合ってる。じゃあ、僕も仕事に行ってくるね」

 

 誠実さんの意図を聞く前に、似合ってるという言葉が嬉しすぎて頭からすっぽ抜けてしまいました。

 えへへ、似合ってるって言われちゃいました。

 

 そうです。きっと友達ができるか心配されたとかでしょう。確かにちょっと苦手ですがここでは寧々のことを誰も知らない新天地。

 きっとなんとかなるはずです。

 

 最初の門を抜けると外からではわからなかった光景が目に映ります。

 制服を着た同年代の人たちが奥の寮から校門へと向かって歩いており、人が多いからか寧々に注目が集まることはありません。

 寧々のように通学している人は少なめなのか、寮の方から来る人のほうが多いです。

 

 ドキドキしながら校門をくぐり抜け、これからの学園生活に思いを馳せ――

 

 

 目の前で人が吹き飛んで地面と壁にめり込むのを直視しました。

 

 

「えっ?」

 

 地面にめり込んでいる男子生徒と、壁にめり込んだ女子生徒を交互に見ると、甲高い笑い声が響きます。

 

「あははははっ! 無様ねぇ! この私に逆らうからよ、底・辺・さんッ!」

 

 吹き飛ばされた二人を嘲笑うのはきっちり制服を着こなしていながら、男子生徒を4名ほど侍らせている女子生徒でした。

 よく見てみると、全員刃はついていないものの、武器を持っており、女子生徒に至っては霊力を使った様子です。

 赤茶色の髪に黒い大きな目をした彼女は侍らせている男子生徒にめり込んだ生徒を回収させているようです。

 

「勝者! 嵯峨(さが)愛華(あいか)チーム!」

 

「えー……?」

 

 遠巻きから見ているとはいえ、なんだかいきなりとんでもない喧嘩だと思ったらなにかの勝負だったようで、風紀委員と書かれた腕章をつけた生徒の宣言が聞こえました。

 思わず口から混乱が漏れてしまうほどに。

 

「みなさ~ん! 負け犬は~?」

 

 女子生徒、嵯峨愛華と呼ばれた生徒が取り巻きや近くにいる生徒たちに嬉々として呼びかけます。

 取り巻きたちとはまるで女王様に従う騎士のように、野次馬は自分に関係ないとばかりにノリノリで囃し立てます。

 

負け犬(まっけいぬっ)! 負け犬(まっけいぬっ)!』

椅子(いーす)! 椅子(いーすっ)!』

 

「えぇ……?」

 

 そして負けた男子生徒は椅子にされ、負けた女子生徒は嵯峨愛華さんに頭を踏まれながら呻いています。

 

 他の生徒さんたちは関わりたくない、目をつけられたくないと足早に校舎へと、目立たないように向かって行きます。

 

 

 

 寧々の新しい学び舎はとんでもないところでした。

 

 

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