「誰が品性に欠けている、ですってぇ……?」
嵯峨さんの声に反応するように、周りにいた生徒さんが立ち上がろうとして、その前に千明くんが寧々の前に立ちます。
「まさか、嵯峨家の人間が
「B組の薬袋千明……!」
それなりに有名なのか、周りからもざわざわとざわめくのが聞こえてきます。
しかし、千明くんの表情は余裕があるようなものではなく、むしろハッタリのようなものではないかと思ってしまうのです。
「それがかばうってことは、あなたが噂の転入生ね? まだここでの振る舞いがわかってないようだから教えてあげ――」
カツン、とやけに響く足音。
「騒がしいですわね」
寧々以外の人たちが一斉に動きを止め、口を閉ざす。
小気味いいコツコツという靴音がして、右手には閉じた番傘。この学園の制服とは違う、セーラー服。
騒がしい食堂に姿を現したのは――夢子ちゃんでした。
夢子ちゃんは寧々や嵯峨さんたちを気にした様子もなくまっすぐ進みます。
「食事のときくらい黙って静かにしていたらどうですか? それと――」
寧々を一瞬見たかと思うと、呆れたような顔をし、次に嵯峨さんを睨み、すぐ足元に座らされている生徒さんを見ます。
「
「ひっ……」
嵯峨さんは夢子ちゃんの発言に息を呑み、夢子ちゃんは通り過ぎる間際、一瞬だけ足を止めながら囁くように吐き捨てます。
「雑魚で遊ぶしかできない雑魚が、
思わず、寧々も息を呑むほどの強い殺気。他の生徒さんたちも全員恐怖、あるいは畏敬のようなものを抱えながら静まり返ります。
嵯峨さんはというと、震えながら顔を伏せていて、どんな感情かはわかりません。取り巻きらしい人たちも何も言うことができず、ただ黙って嵯峨さんを見て戸惑っていました。
そんな嵯峨さんたちを気にした様子もなく、夢子ちゃんは注文口へと向かいます。
「私の優雅な昼食に水を差すようでしたら外に出て全員ぶちのめします」
それだけ言うと、殺気を収めた夢子ちゃんは学食のおばさんに声をかけました。
「おばちゃん、生姜焼き定食、お願いしますわ」
学食のおばさんはこんなピリピリした空気にも動じず「はぁい」と返事をしています。さすがですね。
嵯峨さんはというと、夢子ちゃんがいる手前、余計なことは言えないのか、離れて座り直しています。
寧々の横の千明くんはホッとしたような、夢子ちゃんを見て冷や汗をかいているような複雑な表情をしています。
「とりあえずよか――」
「夢子ちゃーん!」
夢子ちゃんにせっかく会えたので、挨拶をしようと思って声をかけると、隣の千明くんがぎょっとしたような気がします。
夢子ちゃんは寧々に気づいて「ん?」と目を細めたかと思うと近づいてきます。
「ちょ、何してんだよ逃げ――」
薬袋くんが寧々の肩を掴んで下がらせようとしてきます。なぜでしょう。
夢子ちゃんが来る方が早く、薬袋くんが真っ青になっていますが怒ってるわけでもないのにどうしてそんなに怯えているのでしょうか。
「寧々もようやく学園に入れました! よろしくお願いしますねっ」
「ああ……ようやくですか。よかったですわね」
ざわっと周囲からどよめきがあがります。
なんで普通に挨拶しただけでそんな反応が……?
「夢子ちゃん、一人ですか? よかったら一緒に食べましょう! 寧々、誠実さんにオススメしてもらったメニューがあるんですっ」
「寧々……頼むからやめておこうって……! 鈴木先輩、すいません! お邪魔し――」
「私は別に構いませんが」
夢子ちゃんはさらっと答えながら生姜焼き定食を受け取って、寧々を見た後に横の千明くんや周囲を見て、ため息を付きます。
「それより、あなたが私といて大丈夫ですの?」
「なにがです?」
「……………………はぁ……」
一瞬舌打ちされたような気がしますが、聞き返す前に夢子ちゃんが呆れた様子でいいました。
「いえ、なんでもありません。お隣、失礼しますわ」
夢子ちゃんと一緒に昼食をとることになって、寧々が喜ぶと、千明くんはなぜか顔色を悪くしており、夢子ちゃんが怖がられているのかとようやく気づきます。
夢子ちゃん、いい子なのにそこまで怖いですかね?
夢子ちゃんの周りには嵯峨さんよりも周りの人が近寄ろうとせず、寧々はご飯をいただきながら夢子ちゃんにいっぱい話しかけてみました。
夢子ちゃんは時々「そうですか」「よかったですわね」と相槌をうってくれます。
それでも、周りは夢子ちゃんを怖がってずっと近寄ろうとはしませんでした。
なんだか、ちょっと変な気分です。
一瞬、視線を感じて振り返ると、睨んでいるような嵯峨さんと目があったような気がしました。
――――――――――
午後は実技の授業が多く、慣れない運動についていくのがやっとでした。
お着替えをしている時にスマホを見ると、誠実さんから『仕事ですぐに迎えにいけないししばらく連絡返せないから自分で帰ってほしい』とありました。
急ぎの文面から察するに、先日のように緊急案件がまた発生したようです。
電車の時間や駅を確認して、校門を通りすぎようとしたあたりで千明くんに声をかけられます。
「あ、そういえばそっちも通学組だっけ」
「千明くんもですか?」
「まあねー。通学組はたいてい実家か後ろ盾あるとこだから少ないし新鮮だなー」
寧々以外にも校門を出て駅に向かう人は確かに少ないです。
大半が寮に戻るなり、部活動に勤しんでいるのでしょう。
そのこともあって、放課後だというのに校門付近には寧々たち以外の生徒はほとんどいません。部活動や委員会に勤しんでいる人もいるからなんでしょう。
「寧々は迎えとかないの?」
「そのつもりだったんですが、誠実さんがお仕事でこれないみたいで……」
「ああ、まあそうなるよね。駅まで一緒に行く?」
校門から少し離れたあたりで、ふと気温が一度下がるような緊張を感じ取った気がして不思議に感じていると、急に後ろから声をかけられます。
「あー、いたいた」
明るく嬉しそうな声音。千明くんと一緒に振り返ると、寧々より年上のお兄さんが立っていました。
黒髪に眼鏡をかけて、ジャケットを羽織った男性です。見たことはない方ですが寧々より年上くらいで、誠実さんよりは若いくらいの歳の頃だと思われます。
「寧々ちゃんだよね? セージくんから頼まれて迎えにきたんだけど」
「えっ、誠実さんから?」
連絡には迎えを送るとはなかったですが、急ぎで伝え忘れたんでしょうか。
確認のため、スマホを取り出していると、千明くんが妙に低い声で男の人に声をかけます。
「防人衆?なら身分証明バッジ見せられるよね」
「あ~。今ちょっと持ってなくてさ。忘れてきちゃって」
なぜか千明くんが寧々を後ろに押し込むように立つと、今日一番怖い声で男性に言いました。
「なら異能者証出して。まさかそれもないなんて言わないよね」
「千明くん……?」
「あ~……」
男の人は困ったように笑って、手ぶらであることを示すように両手を見せます。その仕草は敵ではないと示しているかのように高くそのまま掲げられ、千明くんににこやかに告げる。
「ない、なぁ。でも誠実くんに聞いたらタキで通じると思うよ」
「ふーん」
千明くんは何かを察したように言ったかと思うと、おもむろにカバンから細いナイフを抜いて男の人に向けます。
「ち、千明くん!?」
「異能者法第3条第1項、異能者は身分証明をできるものを常に携帯し、異能者及び非異能者を問わず、身分証の提示を求められた場合はそれに従うこと」
淡々と、はっきりとした声で寧々と男性に向けて、千明くんは言います。
「防人衆ならこれを守れないわけがない。あんた、防人衆じゃないだろ。異能者なら卒業前に徹底して身分証の所持は義務付けられる。ってことは――」
千明くんが言い終わる前に、男の人が寧々たちの視界から消えます。いえ、消えたわけじゃなく、移動しただけだと気づいたときには千明くんのナイフは取り上げられて地面に押さえつけられていました。
「がっ――!?」
「最近のガキってしっかりしてんのなー」
つまらなさそうな声で、千明くんから取り上げたナイフで千明くんの首に刃を立てながらぼやく男の人に、咄嗟に強風で千明くんから引き剥がそうとしますが、風を発生させるよりも早く、男の人は千明くんから離れて、奪い取ったナイフをくるくると回しながら笑います。
「いやぁ、殺意殺意。くすぐったいくらいの殺意どーも」
押さえつけられた千明くんは自由になってすぐに立ち上がろうとしてよろめいています。だらんと腕に力が入っていないように揺れ、一瞬ぎょっとしましたが男性がけらけらと笑ってナイフの切っ先で千明くんを示します。
「肩外したくらいじゃメげねーか。まあそんくらいガッツがないとなー」
千明くんは確か霊術のタイプも攻撃系ではなかったはず。異能はともかく、脱臼した状態では危ないでしょう。
そして、この僅かな対峙でわかります。
この人は強い。
即座に千明くんを抱えて突風を起こします。
当然、相手には回避されますが同時に寧々も風で加速して学園の方へと戻ります。
勝てない相手とわざわざ正直に戦うより、大人がいるところへ逃げたほうが――
「おっせーな」
風で加速した。身体強化も使ってできるだけ早く駆け出した。
だというのに、その男は一瞬で回り込んで、寧々を蹴り飛ばす。
千明くんが咄嗟に結界術で衝撃を緩和してくれたおかげで衝突のダメージはマシですが、逃げ切れる見通しがありません。
「……こんなやつが、ねぇ……」
忌々しげに呟いた男性は寧々を見下ろして舌打ちすると、千明くんにはさっきのにこやかな笑顔を向けます。
この人、寧々を敵視している?
「お前、家名は?」
「は?」
地面に倒れている千明くんと、尻もちをついている寧々と目線を合わせるようにしゃがんだ男性の考えがわからなくて、ここで大声を出して助けを求めるべきかもわからなくなります。
千明くんは困惑しながらも、答えなかったらどうなるか、という後のことを考えて、一瞬口ごもった後に答えます。
「み、薬袋……薬の袋で薬袋」
「あー、やっぱり? 悪い悪い。でもさ、俺の邪魔したから悪いんだぜ? つーわけで、こいつ借りて――」
こいつ、と言いながら寧々の襟首を掴んで無理矢理立たされそうになっていると、突然手を放されます。
男性がその場から跳んだかと思うと、男性がいた場所に柱のようなものがすごい勢いで伸びてきました。
「何しているんですの、お前」
はっとして振り返ると、傘を片手に学園の塀の上に立っている夢子ちゃんが男性を睨んでいました。
そのまま夢子ちゃんは塀から飛び降りて寧々たちのそばまで歩いてきます。その間、男性を狙うように柱が地面や壁、出現した柱からまた枝のように伸びるという様子で男性を攻撃と足止めをしています。
「夢子ちゃ――」
「前に出たら殴ります」
有無を言わせないはっきりとした発言に無言で頷くと、夢子ちゃんの攻撃をすべて回避しきって柱の上に立つと、男性はへらへらした様子で夢子ちゃんに語りかけます。
「や、夢ちゃん久しぶり」
「わざわざ表に出てきたということは、その首、突き出される覚悟ができたと見做しますが」
「いやぁ、そんなつもりはないけどね。さすがに夢ちゃん相手にするのはちょっとシンドイなぁ」
笑いながら、左の手のひらに収まるほどの先端の尖った金属棒を数本出現させ、指の間に挟んで言います。
「手ぇ抜かないと殺しちゃうし」
「随分と舐められたものですね。そこまで死にたいとは思っていませんでした」
夢子ちゃんはあくまで冷静に、一瞬だけ寧々たちの方を見て鼻で笑いました。
「このままぶちのめして
そう言って夢子ちゃんはもう1本の傘を出現させると、閉じたままどこかに投げ飛ばしました。
その直後、警報音が高らかに鳴り響きます。
夢子ちゃんの投げた傘の行き先はどうやら警報装置を故意に鳴らすためのものだったらしく、夢子ちゃんは「修理代は誠実にでもつけておきますか」と口笛を吹いています。
それを聞いて、男性は夢子ちゃんを嘲笑うように呟きます。
「随分丸くなったねぇ。こんだけ警報鳴ったらさすがに俺も引くけどさぁ」
男性は寧々と目が合うと、軽薄そうな雰囲気が霧散したように、寧々を見下します。
「まあいいや。セージくんに伝言よろしく」
「自分で言ったらどうですか? ムショで」
「『俺の代わりにするにゃ雑魚すぎて殺しちゃうぞ』って」
夢子ちゃんの言葉も無視して『伝言』とやらを言い残してそのままその場から姿を消した男性と、警報で駆けつけた先生たちが入れ違うようにやってきました。
いったいなんだったんでしょう。
千明くんはそのまま保健室に連れていかれそうになりながら「自分ちでやったほうが早いんだけど……」とぼやいていたり、警報を鳴らすためとはいえ、学園の設備を壊した夢子ちゃんが斎藤先生から「鳴らし方ってもんがあるだろぉ!?」と怒られていたり、現場は混乱していました。
寧々も、男性から向けられた冷たい目が頭から離れなくて座り込んでいると先生に怒られていたはずの夢子ちゃんが寧々を猫さんのように掴んで持ち上げます。
「さっさと立ったらどうです? ぼんやりしているようではあの男の言った通りですわよ」
「は、はい……!」
慌てて立ち上がろうとして、夢子ちゃんにぐいっと引っ張られてぶつかってしまいます。が、そのまま夢子ちゃんが耳元で囁きました。
「あれはossのとある集団のボスです。要するに未申告異能者ですわ。そして、誠実の馬鹿の因縁の相手」
「え――」
「
混乱の後の先生たちからの状況説明や、千明くんの治療などがあって寧々たちはしばらく学園で迎えを待つことになりました。
その間ずっと、あの人に言われたことが気になってどこか不安になってしまうのでした。