恋する風は諦めない   作:とぅりりりり

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どうせい

 

 

 東京新宿区にある防人衆の本庁に保護されました。

 どうやら寧々を助けてくれた人は、寧々と一緒に呪われてしまったとのことで、これから検査を受けることになりました。

 

「すまないね。手間をかけて」

 

「い、いえ……その、えっと……お兄さんこそ大丈夫ですか?」

 

 どうも呪いとやらで制限を受けているのは彼の方らしく、寧々は移動するときに制限がないようです。その距離感が上手くつかめなくてここに来るまで3回ほどお兄さんがどこかぶつけたようになっていたのは申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

「僕が迂闊だっただけだから。それより、君も困るだろう。ただでさえいきなり異能が発現したようだし」

 

 えへへ、と苦笑して誤魔化す。実はそこまで困っていないというか、異能というものについてそこまでよくわかっていないのも大きい。

 不思議な力を持つ人たちを異能者と呼び、そういった人たちはどこか別世界の人たちのように思っていたからだ。

 今も、本当に自分が異能者になったのかぴんときていない。

 

「諸々の手続きはこちらで対応するよ。高校生なら転校の手続きも取らないとだし」

 

 異能者は高校入学可能年齢になると異能者が通う学園に入学する義務がある。なので、転入やらなにやらが必要なのは当然なのだが……。

 

「あのぉ……寧々、お父さんとお母さんが……その……」

 

「え?」

 

「おーう、早速地雷原練り歩いてるぅ」

 

 話に割り込んできたのは和装のお姉さんでした。

 

「あ、そういや名乗ってなかったな。俺は"わたぬき卯月(うづき)"だ。よろしく、嬢ちゃん」

 

 わたぬきさん……綿貫さんかな。もしかして和狸さん?

 

「ややこしいから卯月でいいぜ。んで、ちょいと調べたんだけど」

 

 ニッと笑って数枚の書類を彼に見せると腰に手を当ててすらすらと言葉を並べ立てる。

 

「高橋寧々。現在15歳。早生まれだから一応高1な。両親は借金のカタにヤクザどもに売り飛ばしたあと消息不明。これまでの定期検診で異能の兆候はなかったため完全に後天性だな」

 

 素性を調べたのか、普段自分が見たことないようなことまで記された書類を見られて少し恥ずかしい。

 

「保護者なしときたもんだ。一応本庁預かりも考えたけど完全に血統由来じゃない新規覚醒者だ。うちのボスが不在の間じゃ、変なやつに目ぇつけられる可能性ある」

 

「何が言いたいんだ?」

 

「坊っちゃん、とりあえず呪いのこともあるし、しばらく預かれよ」

 

 ニコニコと笑顔で提案してきた卯月さんに、彼は今までにない険しい顔で声を荒らげます。

 

「未成年の! 女の子を! 一人暮らしの男が預かれるわけないだろう!」

 

「つったって呪いのこと考えたら、本庁預かりだと坊っちゃんが寝袋担いでしばらく生活することになるぜ? けっこーしんどいと思うけど」

 

「あ、あの……」

 

 このままだと話についていけないので控えめに手をあげて話に入らせて欲しいと主張する。彼はしまった、という様子で頭を下げる。

 

「ごめんね。君が悪いわけじゃないんだ。ただちょっと……」

 

「いえ……あの、寧々はお兄さんと一緒のほうが、嬉しいです」

 

 卯月さんが後ろで面白そうだと言わんばかりの顔をしているのが一瞬見えたような気がする。

 彼は頭痛でもこらえるように頭を抑えて寧々に優しい声で言います。

 

「あのね……不安なのはわかるけども、同性の人がいたほうが何かあったときに相談しやすいだろう? 僕よりも適任がいるはずだから――」

 

「で、でも呪い……とかいうので寧々はお兄さんと離れられないんですよね? 迷惑は……かけたくないです……」

 

 別の人に面倒を見てもらうとしても、しばらく呪いでお兄さんに迷惑がかかるなら、寧々が合わせた方がいいと思ったのに、彼はまだ渋い顔をしている。

 

 まだざっくり調べた程度にすぎないらしいけど、どうも寧々が起点となってそこからお兄さんがある程度離れるとそれ以上離れられないというふうに制限がかかるみたいです。

 寧々が移動したら行動範囲が変わるので、寧々の動きに合わせないといけないみたいで、不便そうなのが申し訳なくて。

 

「坊っちゃんさぁ〜、潔く責任もって面倒見てやれよ。どうせ見立てによると呪いがいつまで続くかわかんねぇし。上に呪詛手当ての申請すりゃ多少は業務の都合もつくだろ」

 

 卯月さんがペンをくるくる回しながらお兄さんに言う。お兄さんは何度目かもわからないため息をついて苦虫を噛み潰したような顔をします。

 

「未婚の男女どころか未成年の女の子だぞ……。簡単に言うけど気を使うのは当たり前だろ」

 

「んだよ。そんな性欲も強いってわけでもねぇのに」

 

「顎割られたいの?」

 

「割れるようになってから言いな」

 

 会話の内容が物騒です。怖くはないけど入り込んでいいのかわからなくなってしまう。

 不安そうにしているからか、卯月さんは寧々を見て肩を組んでくる。

 

「まあ今サポートできんの俺くらいなもんだし、ぶちぶち文句言う気持ちもわかっけど、優先すべきは嬢ちゃんのケアだ。そうだろ?」

 

「…………」

 

 お兄さんは反論せず、悩むように頭をガシガシとかいています。

 

「……高橋さん。本当に僕に合わせる形でいいのかい? できる限り配慮はするけど、いきなり知らない男と……」

 

「だ、大丈夫です! というか……その……」

 

 せっかくこんなに気になる人と出会えたのに、ここを逃したらもう縁が切れてしまうような気がして、いつもよりも積極的な思考になっていた。

 

「寧々はお兄さんが……いいです……」

 

 だけど、改めて口にするととっても恥ずかしい。それにまだ名前すらちゃんと聞いてないのにこんなふうに思うなんて、寧々は本当にどうにかなってしまったのでしょうか。

 

「……わかった。嫌なことや不満があったらすぐに言うんだよ。君は巻き込まれた被害者で、庇護されるべきなんだから遠慮しなくていい。確認しておきたいことや聞きたいこととかある?」

 

「あ、ありますっ!」

 

 目線を合わせてくれるお兄さんの眼差しはレンズ越しにも優しい。けど、言葉の通りその目は寧々を子供として見ているものだというのはわかる。

 

「あ、あの! お兄さんのお名前……教えてほしいです……」

 

 そう、絞り出した言葉にお兄さんは面食らったように瞬きすると、苦笑してから名乗った。

 

佐藤誠実(さとうせいじ)。誠実と書いてセイジだ」

 

「せいじ、さん」

 

 噛みしめるように、繰り返すだけでなぜか一歩進んだような気持ちにすらなる。

 

「あの……それと……寧々のことは寧々って呼んでほしいです」

 

 高橋と呼ばれることへの忌避感と、名前で呼んでほしい気持ち。どちらも確かではあるが、呼んでほしい気持ちがわずかに勝った。

 

「寧々、さん」

 

 まだ距離こそ感じるものの名前で呼ばれたことで心がじんわりとする。久しぶりに名前を呼ばれた気がする。

 

「んじゃ決まったし色々な連絡とか申請は俺やっといてやるから、坊っちゃんは嬢ちゃんとしばらく暮らすための準備しに行けよ」

 

「任せて大丈夫?」

 

「ドジった坊っちゃんの尻拭い何年やってると思ってんだ。カップ麺作ってる間に処理してやらぁよ」

 

 卯月さんは寧々の方を一瞬見たかと思うとウインクして笑ってくれる。

 そんなに顔に出ていたんでしょうか。

 誠実さんは気づいた様子もなく、寧々の方を向くと、優しく手を差し伸べてくれる。

 

「それじゃあ行こうか。まず君の家から必要なものを取りに……」

 

「必要ないです」

 

 だって、寧々には何もありませんから。

 

「でも、服とか……」

 

「寧々の一張羅はこれなので大丈夫です」

 

 着ていた制服を指先でつまみながら誠実さんに安心してほしくて笑いかける。するとなぜか信じられないとでも言いたげに誠実さんは卯月さんを見ていた。

 

「なあ、これ……」

 

「……坊っちゃん。とりあえず道中で諸々買っていけ。ひとまず手持ちあるだろ。領収書忘れずにな」

 

 あれ?

 

 なんだか逆に気を使わせてしまったみたいです。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 誠実さんの家に向かう前にお買い物をすることになりました。

 新宿駅の近くのお店に向かうと、あまり経験したことがない空間に戸惑いながら、誠実さんは寧々に言います。

 

「何着か、君が着る服を選んでおいで。お金のことは気にしなくていい。他に必要なことがあれば呼んでね」

 

 そう言って誠実さんは少し離れたところでスマホで誰かに電話をかけ始めます。

 といっても、自分でお洋服を選んだことがないので困ってしまいました。

 うろうろしていると、店員さんが話しかけてきたので店員さんに頼りながらいくつか選んでみましたが、誠実さんが通話を終えてこちらにやってきます。

 

「決まった?」

 

「あ、はい」

 

 相手をしてくれた店員さんにそのままレジまで案内されてお会計を済ませると、紙袋に入れてくれる店員さんがニコニコと笑顔でこちらに差し出してくる。

 

「ご兄妹(きょうだい)ですか?」

 

「あ、いえ……」

 

 兄妹ではないと言いかけて、それにかぶるように誠実さんが「そうです」と短く返事をした。

 

「まあ、仲良しさんですね」

 

 顔色一つ変えずに袋を代わりに受け取って、売り場から離れると、誠実さんは手を引いてくれる。

 

「他のものも買いに行こうか」

 

 あくまで優しいけど、どうしても壁がある。

 誠実さんにとっては、寧々は庇護する子供であって、女の子ではないんだと痛感する。

 

「……誠実さんって、何歳なんですか?」

 

「僕? 23だよ」

 

 ということはだいたい7~8歳差!

 

 ……そんなに無茶な年齢差じゃないと思いたいのですが。

 

 

 

――――――――――

 

 

 電車で移動し、そこそこの買い物袋を抱えてたどり着いた誠実さんのおうちは綺麗なマンションでした。

 

「トイレはそこ。お風呂はそっち。とりあえず買った荷物はこのケースにでもしまっておこうか」

 

 一緒に買っておいたケースを一時的な収納場所にして、寧々の仮のすまいのお部屋をお借りしました。

 

「物置代わりにしてたから少し埃っぽいね……。掃除するから待っててくれる?」

 

「ね、寧々がやります!」

 

 さっき教えてもらった洗面台に雑巾を握りしめて向かうと、ゴンッという音がした気がしますが、そのまま洗面台で雑巾を絞って戻ると、誠実さんが頭をぶつけたのか、おでこを赤くしています。

 

「寧々さん……動くときは事前に言って欲しい」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 そういえば離れすぎると誠実さんが困ってしまうんでした。

 眼鏡をかけ直して誠実さんが荷物を端に寄せて窓を開け、換気してから掃除をして元がそこまで乱れていなかった部屋はすぐに寝て過ごす分には困らない部屋となりました。

 ですが、誠実さんは浮かない顔をしています。

 

「どうしました?」

 

「……ちょっとそこで立って動かないでね」

 

 部屋を一旦出たかと思うと、しばらく無音が続き、一分もしないうちに誠実さんは戻ってきました。

 

「……ごめん、僕の部屋のベッド動かすからちょっとこっちまで来て」

 

 どうやら元の位置だと距離がアウトだったようです。

 誠実さんの部屋は片付いていて、生活感はあるものの、大人っぽくまとめられていて思わず意識してしまうのですが、ベッドの位置調整で調和が死にました。なんてことでしょう。雑に廊下側の壁に近いところにベッドを添わせてため息をつくと、寧々にもう一度部屋に戻ってみて欲しいと頼みます。

 なんとか距離問題は解決しましたが、こうなってくると日常生活でも色々とお互いを意識しなければいけないようです。どちらかというと寧々が勝手に動くと誠実さんがあちこちぶつかったり、引っ張られたりするようなので、不用意な行動ができないという意味でも。

 

 その後、一段落ついてからリビングで向き合ってお話をすることになりました。

 

「改めて、これから一緒に生活するわけだけど、不満や嫌なことがあったら遠慮なく言ってくれ。ただ、僕も呪いで制限が多いから、全部叶えられるかは難しいけど、呪いを早くどうにかする努力はしよう」

 

 誠実さんのお仕事は防人衆の本庁のとあるチームで異能者や魔物に関する様々な問題を担当する地域で調査して解決するものらしい。

 誠実さんはその業務の一部を一旦おやすみして、呪いを解除するための調査や、他のお仕事の手伝いをするみたいです。

 

「寧々もお手伝いできることはありませんか?」

 

「といっても君、元々一般人だろう? 異能者について、どれくらいのこと知ってるんだい?」

 

 そう言われると寧々はなんにも知らないことが多いです。

 異能者っていう存在は知っているし、防人衆も漠然としたイメージしかなくて、警察みたいなものという認識でした。

 

「それでも、寧々は誠実さんのお役に立ちたくて……」

 

「……そうか」

 

 誠実さんは立ち上がって手招きすると、本棚の方に案内してくれます。

 そして、本を一冊手渡してくれます。

 

『防人衆の役目 ―地方から本庁まで―』

 

「別に無理することはないけれど、君も異能者になったなら、今後役に立つ知識ではあるからね。勉強するつもりがあるなら、しばらく仕事も減るし付き合ってあげるよ」

 

 突っぱねられるかと思いきや、前向きに検討してもらえそうな流れに目を輝かせた。

 この本だけならなんとかなりそう!

 

 そう思っていると、誠実さんはもう一度本棚を物色してもう一冊、乗せて来る。

 

『霊術のキホン』

 

 あれ?と思っていると次々と本が追加されていく。

 

『10代から始める異能者との向き合い方』

天贈(てんぞう)家録』

祝鳴(いわいなり)学園案内』

『異能者向け資格20選』

『学生のうちから始める資格のミチ』

 

 どんどん積み重なっていく本は気づけば十冊くらいになっていました。

 

「これくらいは読んでおかないとね。無理だとしても、本来ゆっくり身につけていくものだから気にすることは――」

 

「で、でぎま゛ず……」

 

 ここでできないと言ってしまえばただ庇護されるだけで終わってしまいます。

 呪いが解けるまで、せめてその間はそばにいても邪魔にならないように……。

 

 でも、一冊目ですでに知らないことばかりで頭が溶けてしまいそうです。

 誠実さんと勉強をしながら、夜ごはんも誠実さんに作ってもらって、結局初日は何から何まで世話される子供であることをひしひしと感じるはめになってしまいました。

 

 

 

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