恋する風は諦めない   作:とぅりりりり

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なによりもこわいひと

 

「寧々!」

 

 慌てて入室してきた誠実さんは少しだけ乱れた服装からして急いで来たことが察せられます。

 さっきの件もあって学園の保健室、普通の学校よりも広めでベッドもそこそこの数があるのがちょっと驚きポイントですが。

 

「おー、誠実久しぶりだな」

「あ、お久しぶりです……」

 

 斎藤先生が誠実さんを見て少し懐かしそうに言うと誠実さんも少し気が抜けたように挨拶をします。

 そういえば学園は年代が近かったり、防人衆に関わっているとこうやって知り合いも多いのでしょう。

 

 誠実さんは学園からの連絡を受けて仕事が終わり次第迎えに来てくれました。

 忙しいだろうに申し訳ありません。

 千明くんはというと少し離れたところでお母さんに抱きつかれています。

 恥ずかしいのか「いくつだと思ってんのさ!」とお母さんを引き離そうとしているのがわかって少しほっこりしていると、誠実さんが寧々と目線を合わせるように屈んできます。

 

「本当に大丈夫かい? 異能者相手なら何か遅効性の術が仕込まれているかもしれないし、検査したほうが……」

「あ、えっと……」

 

 夢子ちゃんに言われたことを思い出します。

 今回の襲撃者が誰なのかはわかっているので、それを説明したほうが早いでしょう。

 

「その……襲ってきたのはえっと、吉田、田吉さんという人らしく――」

 

 その瞬間、誠実さんの瞳が大きく揺れました。

 明らかに動揺したように表情を変え、寧々の肩を掴んでまっすぐ寧々を見ます。

 

「それは間違いないのかい?」

「えっと……」

 

 夢子ちゃんが言っていたので寧々には判断できないのですが、夢子ちゃんがそこで嘘をつくとも思えないです。

 言い淀んでいると誠実さんの手が強く寧々の肩を掴みます。少し痛いくらいに強い力に戸惑っていると、誠実さんの頭が赤い傘で叩かれました。

 

「いい大人が取り乱すんじゃありませんわよ、みっともない」

 

 夢子ちゃんが呆れた様子で誠実さんに文句を言うと、後ろからすごい勢いで見知らぬ先生が駆け寄ってきました。

 

「すみません! うちの生徒がすみません! 鈴木夢子ォ! よその保護者さんに手をあげるな!」

 

 どうやら夢子ちゃんの担任の先生らしいです。苦労してそうな男の先生で、夢子ちゃんは聞いているのか聞いていないのかよくわからない様子でした。

 そういえば表向きは夢子ちゃんと誠実さんは他人ということになっているので、夢子ちゃんからしたら身内にしていることのつもりでも、知らない人からしたら生徒である夢子ちゃんがよその保護者に暴力をふるっているように見えるのでした。

 

 夢子ちゃんに叩かれてハッとした誠実さんは「いえ……」と先生に気にしていないことを伝えつつ、どこかぼんやりしているようでした。

 

 夢子ちゃんは眉をしかめながら、誠実さんを睨んで担任の先生に引きずられながら退室していきます。

 斎藤先生が「あっちも苦労してんなぁ……」と呟いて誠実さんに向き直ります。

 

「こっちも警備や周辺の警戒を強化するつもりっすけど、学園外ってなると完全にカバーしきれねぇんで生徒の送迎はできるだけお願いしたいっすね。まあそれが難しいようなら寮に入ってもらうでもいいが……」

「……いえ、こちらが対応します。お手数おかけしてすみません」

 

 どこかいつもよりもぼんやりとした返事に、斎藤先生も心配そうでした。ですが寧々も誠実さんの様子が違いすぎてどうしていいかわからず、一緒に校舎を出るしかありません。

 

 停めていた車までやってくると、ぶすっとした顔で夢子ちゃんが腕を組んで壁にもたれかかっていました。寧々たちを待っていたのか、遅い、とでも言うような舌打ちをして近づいて、誠実さんを疑うような目を向けながら低い声でぼやきます。

 

「私はあくまで私の縄張り(シマ)で舐めた真似をされたから今回は関わっただけですわよ。次はないと思っておきなさい」

「……うん、迷惑かけてごめん」

「助けてくれてありがとうございますっ!」

 

 寧々が改めてお礼を言うと夢子ちゃんはなんだか困ったような顔をします。

 そして、眉をしかめながら傘で誠実さんを軽く突きます。

 

「別にお前が一人で勝手に盛り上がるだけなら好きにすればいいですわ。私、知ったことではありませんので」

 

 突かれながらも誠実さんは「うん……そうだね……」と相槌をしています。

 

「ですがその子を巻き込むならしゃんとしなさい」

「……………………」

 

 誠実さんの長い沈黙。寧々が誠実さんを見上げても言葉は出てきません。

 それを受けて夢子ちゃんはとんでもなくイライラした様子で今にもつばを吐きそうな勢いでわざとらしい身振りをしてみせます。

 

「あーあーあーあー、当事者なのに何もわからない彼女がかわいそうだとは思いませんのー?」

「いや、これはちょっと……」

「ほーら出ましたわ。そうやって自分だけで抱え込もうとして結果周りを心配させるだけの無駄な秘密主義!」

「け、喧嘩しないでくださいー!」

 

 夢子ちゃんがなんだかヒートアップしていっている気がして間に割り込みますが、夢子ちゃんは「はぁ?」と変な声をあげます。

 

「喧嘩ならとっくに手が出てますわよ! だいたい誠実、このまま説明しなかったらこの子がまた勘違いしますわよ!」

「そ、それは……」

「なーんで私が言わないと悪手取ろうとするんですの? 馬鹿ですか? ああ、馬鹿なんでしょうね……。ともかく、私は言いましたからね! これで私を面倒事に巻き込んだらぶちのめしますわよ!」

 

 そう一方的に言って、傘を片手にイライラした様子で去っていきました。

 あれ、夢子ちゃんは寮じゃないんでしょうか?

 

 夢子ちゃんの姿が見えなくなると、誠実さんが苦笑しながら寧々に声をかけてきました。

 

「夢ちゃん、優しい子でしょ」

「はいっ」

 

 多分本人が聞いたら文句言ってきそうですが。

 少しぎこちないですがいつもの誠実さんの調子を取り戻したようでほっとしていると、車に乗るように促されて中に入りながら誠実さんに聞きます。

 

「そういえば、なにか忙しかったみたいですけど大丈夫ですか?」

「ああ、ちょっとossの案件でね」

「ossですか?」

 

 なんでも先日の発火能力の子を買い取って連れて行こうとしたossの異能者。その関係者がまた別の取り引きをするかもしれないとのことで誠実さんや正義さんたちが張り込んでいたようです。

 

「とりあえず動きがないし、正義と市蔵で様子見るってことで……」

 

 そう言いかけて車を移動させようとしたタイミングで誠実さんのスマホが鳴ります。

 

「はい。どうした?」

『あ、もしもし誠実さん。ターゲット、動きありました。今から追跡するんですけど、誠実さん今まだ学園近くですかね?』

 

 正義さんの声です。

 

「学園出たところだね。どうしたらいい?」

『学園か本庁、どっちでもいいので座標分かる場所で待機してもらいたいです。俺迎え行くんで。またこちらから連絡します』

「わかった。気をつけて」

 

 

「……とりあえず……この距離だとここらへんで待機かな」

「寧々も行きましょうか?」

「……」

 

 くじゅーの決断をしているようでとても難しい顔をされています。

 さっきのこともありますし、寧々を一人にしておきたくないようです。誠実さんのお仕事の間、学園の方に戻るという手もありますが。

 

「……危ないと思ったらすぐ退避してね?」

 

 それでも、やっぱり一人にする方が心配なのか、車を停車させ、長い沈黙の後に手を差し伸べてきました。

 見習いとして、足手まといにはならないようにがんばりましょう。

 

 

 

――――――――――

 

 

 学園側には防人衆の仕事があると伝えて車を置いて、正義さんの迎えで現場へと急行します。

 正義さんの能力のすごいところは、視界内はもちろんですが、位置座標を把握していれば遠い場所でも瞬間移動が可能ということです。

 すごい便利で羨ましいなと思う一方で、便利すぎて日常生活で使うと怒られるらしく、お仕事以外で使用すると面倒なことになるそうです。つまりお仕事に関係ない場面、旅行とかに使ったりはできないようです。便利だけど不便ですね。

 

「どう?」

「まだなんもなし。多分そろそろ来ると思うけど」

 

 市蔵さんが身を隠すように向かいのビルを監視しています。

 隣は廃ビルのようですが、何やら取引に使われる場所のようで、必要なら取り押さえる必要があるとか。

 

「卯月いないから情報収集がどーしてもね」

「そういえばまだ戻ってきてなかったんですね……」

 

 先日のあれがあったのでまだ卯月さんは謹慎中だそうです。

 卯月さんは触るだけで色々な情報が読み取れることから事前調査においては優秀なんだとか。

 そんな卯月さんがいないのは少し不便ですが、寧々を入れれば4人。皆さんの様子からもそう大変なお仕事ではなさそうですが、全員気を引き締めて様子を見守っています。

 

 すると、向かいのビルで動きがありました。それに気づいた3人は、それぞれ視線を動かします。誠実さんは周囲に他の異能者がいないかどうか警戒しているようで、正義さんと市蔵さんはそれぞれ取り引きをしようとしている異能者と別の人を見ています。

 ossと思われる異能者は3人ほど。それとは別のいかつい雰囲気の大人は4人。大きな荷物があるようですが中身はここからではわかりません。

 

「あれ中身子供っすね。いっちー撮影した?」

「おっけー。中に子供いるのも確認できた」

 

 なにか機材を通して荷物を見ているようで、それで判別したようです。

 

「ならすぐ取り押さえよう。異能者3人相手、いけるかい?」

「問題ないっすね。オレといっちーだけでも十分余裕すよ」

「取引相手はおそらくヤクザなんで、そっちはお願いし――」

 

 市蔵さんが機材から手を離して移動するために正義さんの肩に触れようとした瞬間、向かいのビルの異能者が突然その場で倒れました。

 

 いきなりのことで状況を把握できず、現場を注視していると、その次はヤクザの一人が、またヤクザが、と次々なにかに撃たれたように崩れ落ちていく。

 

 あまりに一瞬のことで寧々は状況が把握できませんでした。

 

「どこから!?」

 

 戸惑う正義さんに誠実さんが左側の方の建物の屋上を示します。

 

「外だ! 正義、行け!」

「いっちー借ります!」

 

 市蔵さんの腕を掴んで瞬間移動をしようとする正義さんですが、その前にハッとして誠実さんと寧々もまとめて雑にひっつかんで向かいのビルへと転移し、そのまますぐに正義さんと市蔵さんは襲撃者の方へと転移しました。

 誠実さんは撃たれたであろう人たちを見て、まだ襲撃されていないヤクザに声を荒らげます。

 

「防人衆です! 抵抗せず本庁まで同行願います!」

 

 本来であれば抵抗されるであろう状況ですが、ヤクザの人は怯えたようにビルの外を見て誠実さんに縋ります。

 

「た、たすけてくれ! こ、殺される!」

「ええ、山程聞くことがあるので死なれちゃ困るんですよ!」

 

 寧々がちらりと倒れている人々を見ると、ヤクザの人たちは1人を残して気絶はしているものの出血がひどく、異能者の3人も1人死んでいてあと2人は重傷といった様子です。元は一面がガラスだったのでしょうか。先程の襲撃で割れたのか粉々に飛び散っていて、風が入り込んできます。

 

「寧々、ここじゃ襲撃がまた来るかもしれない。正義たちが戻ってくるのもいつになるかわからないから、生存者を一旦――」

 

「お優しいこった」

 

 寧々たちが生き残っていたヤクザの人へ視線を向けている間、いつの間にかすぐそばにいる誰か。

 寧々はその声をついさっき聞いたばかりでした。

 

「そんなゴミでも救うのか? なあ、セージくん(・・・・・)

 

 その声の主は嘲笑うようにそう言うと、普通の人にはそう簡単に出せないような力でヤクザの人を、ビルの外へと蹴り飛ばしました。

 このままだと外に放り出されて地面に激突すれば死ぬことは避けられないでしょう。

 

「寧々! 着地だけ頼む!」

「は、はいっ!」

 

 誠実さんは言う前にもう走り出していて、寧々も慌ててフチへと駆けます。

 寧々は言われた通り、着地地点に強い風を起こして衝撃を抑えると、誠実さんはなんとかヤクザの人が死なないようにできたようでした。

 

「……どうしてこんなことをするんですか?」

 

 振り向いた先にはついさっき見たばかりの姿。

 

 吉田田吉さんが微笑んでいました。

 誠実さんはきっとすぐに戻ってくるはずです。ですが、この人は何をしてくるのかわからない以上、警戒は常にしておかなければなりません。

 

「ああ、そんな警戒すんなって。今はそっちよりも大事なことがあっからさ」

 

 そう言ってまだ死んでいない異能者の1人の近くにしゃがむと、意識があるのを確認してへらへらと人当たりのいい笑顔で言います。

 

「誰の指示でこんなことしてんだ? ほらさっさと吐いてから死ね」

「こ、この悪魔が……! 人殺ししか能がないくせに出しゃばりやがって――」

「ひっでぇなぁ」

 

 困ったように笑いながらいつの間にか手にしていた細長い刃物で異能者の足を刺し、吉田さんは表情を変えずに刃物を抜きます。

 

「人を快楽殺人鬼みたいに言いやがってよ~。必要ないならそんなことしねーっての」

 

 この状況でも表情をあくまで普通の人みたいにしているのが不気味で、でもこのままでは悪い人とはいえ死人が出てしまうことを考えると、止めないとと足を動かそうとして、動かない。

 寧々は、怖いと思っているんだ。

 この人が怖くて、立ち向かえない。

 

「まあ、殺されるようなことしてる自覚があるんだろ? なあ、バイヤークソ野郎」

 

 あくまで声色は普通です。怒っているわけでも、笑っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。

 ただただ、セリフを読み上げるように淡々と。

 

「まあ防人衆に張られてるようじゃ程度は知れてるが、こっちにまで影響が出るのが一番面倒なんだよね。そのためにどうするのがいいか、わかんだろ?」

 

 命が奪われるであろう、その直前、寧々は恐怖というものを完全に忘れていました。

 

 風で一瞬視界を阻む。その一瞬で、伏せっていた異能者の人を救う。

 見習いであっても寧々にだってその覚悟がある。寧々だって立ち向かえる。

 

 そう、思って睨みつけた瞬間、飛んでいたはずの恐怖よりも先に、死が目前に見えていました。

 

 なぜでしょう。すごくあらゆるものがスローに見えて、吉田さんの動きも目が追いついていないのに、このままだと死ぬという直感だけがうるさくて。

 

 動かなきゃ、と体を動かそうとする前に、目前に刃が迫っていることを認識した次の瞬間、寧々の視界がぐるりと回る。

 

 

「寧々!」

 

 息を切らせた誠実さんが寧々を抱えていて、いつの間にか吉田さんと距離を取っていました。

 

 吉田さんはつまらなさそうに手のひらで刃物をくるくるさせるといつの間にかしまいこんでいました。

 

「あーあ、久しぶりの親友(・・)よりも女の子優先しちゃうんだ~」

 

 どこか小馬鹿にするような声音とともに、わざとらしくよいしょ、と立ち上がると彼の黒髪が布を取り払ったように色を変える。

 真っ黒から亜麻色の髪。鬱陶しそうにメガネを外すと真っ赤な目が一瞬だけ寧々を見て、すぐ誠実さんへと視線を移します。

 

「よっ、セージくん。随分と熱烈な挨拶かましてくれるじゃん」

「悪ふざけに付き合うつもりはないんだけど?」

 

 誠実さんはどこか苛立っているようで、寧々をしっかり掴んだまま吉田さんに吐き捨てました。

 その反応からして、誠実さんが彼をよく知っているということは、これまでの経験からして容易に想像ができました。

 

 

 

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