「悪ふざけだなんてひっでぇな。こっちはセージくんのこと考えすぎて恋しちゃったかと思うくらいだってのに」
「ならこの後ディナーでもするか? 取調室の予約は取っておくよ」
悪趣味な冗談に誠実も雑に返しながら、相手の様子をうかがっていると、吉田は鼻で笑う。
「それも悪かないとは思うんだけどさぁ」
そう言いながら軽くストレッチするように腕を伸ばすと、底冷えするほどの低い声で呟いた。
「
その言葉と同時に、瞬間移動で吉田の背後を取って攻撃を仕掛けようとする正義と市蔵。視界の外、ほぼ不意打ちのはず。
だというのに、吉田は背後を見もせず、手首を掴んですぐに蹴り飛ばし、正義をいなした。
(うっそだろ今の止められんのかよ!)
(やっば、正義の発動トリガーバレてる!?)
瞬間移動のトリガーである接触。だが手首をつかまれていなされては瞬間移動を問答無用で飛ばすことは難しいため、咄嗟に格闘に入ろうとした判断だったが吉田の方が早かった。
「片方は事前の調べに引っかからなかったから心配だったけど問題ねぇな」
正義がやられてそのままでは危険と判断した市蔵が一歩下がろうとして、更に素早く市蔵の背後に回り込んだ吉田が市蔵を壁に強く蹴り飛ばした。
二人とも、その一瞬だけでかなり重い一撃を食らったのか、むせるように声が出ていた。
「瞬間移動と念力……いや浮遊か? まあどっちでもいいや」
興味がなさそうに2人から視線を外すと、寧々と誠実をじっと見る。
「さすがに上位の防人でもねぇ雑魚が2人程度で俺をどうこうできると思ってんの甘すぎ。マジで殺しちゃおっかな~」
何が面白いのか、けらけらと笑いながら誠実と寧々に近づく吉田に、誠実は低い声で問う。
「……何が目的なんだよ」
「ん? ああこいつら? まあ不始末の事後処理的な?」
「そっちじゃない。どうせ、ossの人身売買絡みなんだろ」
誠実が立ち上がり、吉田を睨むと、張り詰めた空気が一層鋭さを増す。
「なんで寧々にまでちょっかいかけたんだって聞いてるんだよ。さっきも、学園前でも殺そうとしただろ」
そう、どちらも寧々は明確に命の危機だった。
けれど、その理由は? 寧々にもわからない。なぜなら心当たりがないからだ。
「目的、ねぇ。強いて言えば八つ当たり? うまくいったら儲けくらいのノリだけど」
どこかシラを切るように視線を少しそらしながら、吉田は不満げに言葉を漏らす。
「見習い作るなんて随分と気に入ってんじゃん? どんな心境の変化?」
その声音はどこか責めるような刺々しさ。その圧にも屈せず、誠実は機を伺うような目で吉田を睨む。
「さあ、今のタキに説明する義理はないけど」
「言うねぇ~」
けらけらと笑いはするものの、全く楽しそうではないその様子は寧々から見ても、正義や市蔵から見ても危険人物だと一瞬で理解するものだった。
まともに相手しても勝てる相手ではない。それはもう肌で感じるほどに。
だが誠実はそれに一切臆すことなく真っ直ぐ彼を見ていた。
「聞きたいことがあるなら」
なにかを投げつけた誠実。そしてそれを軽く受け止める吉田。
が、その投げつけられたものを見て吉田は一瞬眉根を寄せた。
それは花札。カス札と呼ばれるものの一枚だった。
「これで勝負しよう」
その瞬間、正義はなにかを察したようにすぐに動き出す。
即座に重傷のヤクザと異能者、そして子供がいると言っていた大きな荷物を引っ掴んで、瞬間移動で退避しようとし、寧々にも早くと促す。
が、寧々はそれに応じず、正義はその意図を汲んで最後に誠実に言った。
「頼むから死なないでくださいね!」
そう言い残して重傷者たちとともに正義はその場を後にした。
市蔵は誠実、それに寧々を遺していくのはさすがに危険だと判断したからなのか、別の襲撃者の警戒もあってその場に残るが、吉田は既に周囲の興味がないのか、花札をまじまじと見ながら子供のように笑った。
「へー、花札とかなっつ」
吉田はわざと大げさに腕を動かしたり足踏みをしてみると、なにか察したように「ふーん」と呟いてから誠実を見る。
「そういやセージくん、そういう能力だったね。雑魚なりにちゃんと前よりは能力ちゃんと使えて偉いじゃん。お得意のお勉強でもした?」
どこか上から馬鹿にするような言い方にも誠実は全く表情を変えない。ただずっと、真剣な表情だ。
「カードに触れた時点で札を配ってるのを受け取ったから遊戯中は暴力行為ができない、ってこと? んじゃ、このまま遅延行為されたら俺逃げ切れないね」
カードを最初に受け止めた時点で誠実の異能、遊戯札の条件を満たしたことになり、既にゲームが終わるまで相手に制限がかかるようになっている。
つまり、吉田はゲームを終えるまでは誠実に直接危害を加えることはできない状態になった。そして、ゲームが終わるまでこのビル、この空間から離れることもできない。
が、当然ながらゲームに関係がない者にそれは適応されない。
「別にいいぜ? そのまま時間稼ぎしても。だけど、俺が禁止されているのはゲーム相手への暴力行為。そしてゲーム終了までこの場から離れること、だろ?」
「……」
ちらりと寧々と市蔵を見る誠実にはある懸念があった。
最初にヤクザたちを撃った人物は別にいること。つまり市蔵たちが先程追ったものの捕まえられなかった彼の味方がいるのであれば、寧々と市蔵がこの場から離れた瞬間に誠実を撃てば負傷によって異能が維持できず、強制的にゲームが終了する。せっかく目の前に現れた彼に対して、誠実はこのチャンスを逃したくなかった。
だからといってこのまま2人をそばに置いてもゲームに関わっていないのであれば危険なことには変わりない。
「ならお望み通り相手してやるよ。そっちがノロノロしてたらどうするかわかんないけどね」
「……チッ」
それでも誠実は一度自分の能力で動きを少しでも封じたことでまだ勝機はあると考えていた。
(大丈夫。落ち着け。周囲の警戒は市蔵がする。寧々も僕のそばにいれば遊戯中は大丈夫……)
正義がどれだけ早く応援を連れて戻ってくるか、それだけが気がかりだった。
適当な台に札を置いて、場を作る。
「ルールは?」
「こいこい。3本勝負。合計点が上だった方の勝ち」
本当はもっと回数を多くできるはずだが、それだと相手が応じないと判断したのか。控えめな勝負数に吉田はニコニコと応じる。
「いいよー。じゃ、俺が勝ったら俺の言う事聞いてね」
「俺が勝ったら抵抗せずに出頭すること」
「あいあい。じゃ、久しぶりに相手してやりますか」
あまりにも自然に、賭けのように勝敗による報酬を提示してきた吉田。それに誠実も即応じて同じように条件をつけた。
市蔵は周囲の警戒。寧々も警戒はしつつ、2人の勝敗を見守っていた。
静かな空間に札をめくり、重ねる音だけがしばらく響き渡る。
先に動きを見せたのは誠実だった。
菊に盃を牡丹に青短と重ねて役の完成。
たんと花見で一杯。合計6点だが1戦目としては上々。
誠実は牡丹に青短が来ることがわかっていた。イカサマによってだいたいどの札が来るのかを察知している。
(向こうにガン札*1はバレてないはず……いきなり初手で派手なイカサマをしたら気づかれるだろうし――)
2戦目、どうも誠実は狙った役を妨害されていることを察し、残り手札が1枚といったところまで役成立に時間をかけた。カス札11枚で2点。合計8点だ。ここからひっくり返すには7点以上役を作る必要がある。それは難易度が高い。どの役を阻止するかはもう誠実もわかっている。
この花札は霊武具職人の手掛けたオーダーメイド。代用品もなく、花札をやるとわかっていてもイカサマはできない。
「いやー、堅実堅実。俺結構ピンチじゃね?」
わざとらしく大ぶりな動きで困ったような顔をする吉田に、誠実はため息をつくように息を吐く。
「降参するなら構わないけど」
「んにゃ、続行続行。ほら、札」
余っていた札を返されてもう一度よく混ぜる。
このまま堅実にいけば問題はないと誠実は息を吸って頭をクリアにする。
3戦目。互いの手札を配って、誠実の先攻。吉田の手札の傷を確認しようとして、吉田のうっすらと浮かんだ笑みと目があった。
「――セージくんさぁ」
「変わんないね。わかりやすくて、本当にクソがつくほど真面目で素直」
流れるように札をめくって、まるでなんの絵柄が描かれているのかわかっているかのように場の札と重ねる。
桐のカス札に桐と鳳凰。
「
「え……」
驚いた寧々が誠実のほうを見ると、誠実は体を硬直させて、焦っているような困惑した顔で吉田を見ていた。
「別にいいよ? 俺別にイカサマ否定してねーし」
ニコニコと次どーぞ、とめくることを促しながら吉田は手札を手で隠して誠実に見せないようにする。
まるでお見通しだというように、手札を一切見せない。
内心焦るものの、誠実は札をめくる。別にイカサマせずとも勝つことはできる。それに、山札の一番上は確認できるからと、呼吸を整えた。
だが、誠実の手番が終わると吉田は一枚手札から抜き取ってつまらなさそうに呟く。
「でもまあ、ダメダメ、ダメだよセージくん」
誠実はその手札を見て、息を呑む。
自分が仕掛けた花札にも関わらずその札には見知らぬ傷がついていた。
「そんなさぁ、バカ正直だと俺みたいなやつのカモになるってわかんねぇかな?」
出された札は桜に幕の光札。それを桜のカスと重ね、場にある芒のカス札の上に山札を確認もせず重ねた。
山札からめくった札は芒に望月。つまり、光札。
たった一手で三光が揃った。これで向こうは5点、ではなかった。
「はい、こいこい。いいよ、まだ取っても」
すました顔で続行を宣言し、誠実は息を呑む。
いつの間にか傷が彼の手によって変えられている。1戦目と2戦目はガン札がどれかを確認するためだけのものだったことに気づく。
そして、いつの間にかその札の傷は上書きされ、札読みは全て意味がなくなってしまった。
(この札じゃ役が、駄目だ。札をすり替え――いや、それも全部バレてる!)
先に役を作ればいい。それだけで勝てるはずだった。
誠実の手札と場の札ではあがることができない。山札次第ではあがれるかもしれないが、イカサマが意味がない以上、もはや運に縋るしかない。
呼吸が止まりそうな瞬間だった。
誠実が山札をめくると、どの札とも重ならない。
「一手あげたのにね。残念でし、た」
嘲笑うように吉田は自分の手番で札を取る。
『三光』に更に菊に盃で『のみ』も成立。5点と10点、倍になるのでつまり合計30点を一気に稼いでいった。
寧々も市蔵も言葉を失う。有利だったはずの誠実が一気に逆転され敗北が決まった瞬間を目の当たりにしたからだ。
「そのしょぼくれた異能を使おうと涙ぐましい努力だけは認めてやるけど、呆れるほどヘッタクソな上にこの俺に花札で挑むとか笑っちゃうよね」
その表情には侮蔑か、あるいは怒りか、ぐちゃぐちゃにまざった感情が渦巻いていた。
誠実はその顔を見ることなく、自分の敗北に拳を震わせ、胸を抑えていた。
そんな誠実の耳元で吉田は囁く。
「誰がてめーに花札もイカサマも教えてやったと思ってんだ
吉田の言葉にも誠実は無反応だった。まるで口を開くことを恐れているような様子に、吉田は苛立ったように彼を突き飛ばす。
「誠実さん!」
寧々が思わず駆け寄ろうとして、市蔵に止められる。
それは誠実を慮るというより、寧々を近づけてこれ以上2人を刺激したくないという考えだったが、誠実にとってはありがたいことだった。
「お前が得意気に使ってるその小手先だって俺からしたら逆に利用できる程度の小細工でしかねぇんだよ」
吉田がそう冷たく突き放すと、再び作り上げたような笑顔を浮かべて誠実を見下ろした。
「俺の勝ち。じゃ、約束通り」
事前に決めた約束は誠実が負けた場合、吉田の言うことを聞くというもの。
当然ではあるが、誠実の異能であっても、誠実が定めた決まりを踏み倒すことはできない。
当然、吉田が命じれば自ら命を絶つようになることだってありえる。
その危険を理解しているからこそ、寧々は勝負そのものを無効にしようと割って入ろうとした。市蔵だってそのリスクは重々承知の上だが万が一寧々にもしものことがあれば誠実はそちらのほうが許せないだろう。
市蔵は張り詰めた空気の中、タイミングを見計らう。
その場に膝をついた誠実を見下ろしながら吉田は感情のない声で命じた。
「
その命令は、市蔵にとっても寧々にとっても想定外のもの。
が、誠実はその言葉を聞いて、喉の奥でしゃがれたうめき声が出る。
「なんで、あいつを俺の代わりにした?」
寧々や市蔵からはその表情は見ることはできない。ただ声だけが、淡々としながらも責め立てるようなそれが誠実を突き刺す。
「大層な理想掲げてやることはそれか? なあ
誠実の重い口が掠れた声を絞り出す。
「ね、寧々が……昔のタキみたいだったから……」
瞬間、空気が凍る。
寧々は理解が及ばず、市蔵は事情をすべて把握していないながらも「やべ、絶対アウトだこれ」と確信を持つ。
「お前――」
吉田はそれを聞いて低い声で誠実を見下ろす。そして、誠実の胸ぐらを掴みながら底冷えするほどの殺意を向けた。
「俺の代わりのガキにちやほやされていい気分だったか? なぁ」
吉田の空いた手がわずかに動く。市蔵もそれを見逃さなかった。
「寧々、自衛して」
ほとんど言い終わるのと同時に市蔵が誠実と吉田の間に割って入る。吉田の空いた手には隠し武器が握られており、一瞬でも遅れていれば誠実の急所を貫いていた。
「さすがにウチらの坊っちゃん死んだら相方が凹むんでね」
「へぇ」
市蔵が吉田をほんの僅かに浮かせて即座に異能を解除する。一瞬の浮遊だが体勢を崩すには十分だった。しかし、吉田はそれに動揺する素振りもなく空いた手でしっかり受け身を取る。誠実からは引き離したものの、相変わらず緊張が続く中、双方攻撃態勢に入った瞬間寧々の声が響く。
「市蔵さん! 危ない!」
寧々の声に反応して市蔵が誠実を引っ張って後ろへ下がる。寧々の突風のおかげで吉田の攻撃もわずかに逸れたのもあるが、もう一つ、別の攻撃が届いた。
あと少し遅れていたら市蔵を撃ち抜いていたであろう銃撃が床を穿つ。
それに対し、吉田はどこかつまらなさそうに舌打ちして、視線だけを動かす。
「田吉さん! 大丈夫ですか!」
乱入してきた青髪の少年と赤髪の女性に市蔵は目眩がしそうになる。これ以上の敵は相手にしていられない。
(さっき逃げた狙撃手……と、ご丁寧にスポッターまでいるのか。道理でさっき逃げられたわけだ)
(二人……片方は銃ならこの距離なら突風でいけるかな。もう一人は異能か霊術系でしょうか)
一方で寧々は乱入者が銃を持った少年と、手ぶらの女性の二人だと気づいてどうやって相手すればいいかを無謀にも考えていた。
だが、味方がきたはずだというのに、吉田の目は今までで最も冷えていた。
「俺が相手しましょうか? 田吉さんがやらなくても俺でも余裕で――」
「あのさぁ」
銃を持った少年の前髪を掴んで顔を上に向けさせる。仮にも味方への扱いとは思えないが、女性はあまり驚いた様子はなく、市蔵と寧々、そして少年だけが困惑する。
「俺の、セージくんとの”遊び”に、首突っ込むんじゃねぇよ」
「え、いや、あの……」
「田吉くん、びゃっくんいじめてる場合じゃないよ。防人衆、そろそろ応援きそう」
話を切り上げろと女性が吉田に声をかける。それを言われると吉田はため息を付きながら少年を放して吐き捨てた。
「次勝手な判断で邪魔したらわかってんだろうな」
「は、はい……すみません、でした……」
「わかったらいーよ」
そのやりとりで彼の纏う空気が戻り、防人衆、正確には脱力している誠実へニコッと笑って手を振った。
「じゃあなー、セージくん。次会うときはもう少し楽しくやろうぜ」
廃ビルから飛び出すように3人がその場から去り、追いかけるか悩んだ市蔵が全員の安全を優先してその場に留まった。
「誠実さん!」
誠実を心配するように寧々が駆け寄るが、誠実はその手を振り払う。
「ごめん」
ただその短い言葉にははっきりとした余裕のなさが滲んでいた。市蔵も、詳しいことはともかく、寧々に「今はやめときな」と小声で声をかける。
結果としては正義の咄嗟の行動で大半のossを確保できたが、因縁の相手に負け、取り逃し、打ちのめされたという事実だけがその場に取り残されていた。
――――――――――
応援の防人衆が駆けつけてくる現場を後にした吉田たち三人は追手の気配を気にしつつも会話を交わす。
「田吉さん、いいんすか?」
「何が」
「いや……なんかずいぶんとあの防人にこだわってたんで……」
あの防人こと誠実のことを指摘され、吉田は無表情のまま淡々と少年に言う。
「なーんもねぇよ」
少年は「でもさっきわざわざ邪魔するなってキレてたのに……」と思いはするものの口にはしないだけの賢さがあった。
明らかに触れたらいけない話であることを悟り、少年は「ならいいんですが……」と控えめに納得する。
「まあ別に何があってもいーけどさ。あたしらは田吉くんに命預けてるようなもんだし、因縁あるならちゃんと解決しなよ?」
女性にそう言われ、吉田は自嘲する。
「なーんもない。もう何もない」
それ以上、二人は吉田に何も聞かなかった。