寧々たちは本庁に戻ってきました。
誠実さんは雲雀さんとお話中のようで、今は市蔵さんと一緒に部屋で待機中です。
さっきのできごとを思い返すとなんとも言えない気持ちです。
市蔵さんが心配そうに声をかけてきました。
「まあ、あんまり気にしない方がいいよ。セージのやつだってそりゃ色々あるだろうしさ」
「なんだか……」
なんだかとっても……。
あの人……ムカつきますぅ~!
「あの人嫌いです~~~~~~~~!」
「あ、セージの方じゃなくてそっちね……」
「誠実さんにだって思うところはあります! が!」
寧々が誠実さんと話すことであって、あの人にとやかく言われることではないです。言うだけ言って勝手に満足する愉快犯みたいで気分が悪いです。
「寧々と誠実さんの間に割って入ってくるなんてヤ・な・ひ・と!」
「……まあ、寧々みたいな方が誠実にはいいのかもね」
なんだかちょっと苦笑いされた気がしますが気のせいでしょう。
そんなやり取りをしていると正義さんがファイルを持って戻ってきました。
「寧々ちゃんどうしたよ」
「対抗心を燃やしています」
「そっか」
正義さんは温かい目を向けながらファイルを開いて寧々と市蔵さんに示してきます。
「例のossだけど例の男以外ここに載ってるやつだったか確認してもらおうと思って」
「ああ、ossリストね」
なんでも、未申告、あるいは申告はしてるけど異能者の義務を放棄した人々、ossとなった人たちで確認できた人をリストにまとめているそうです。乱暴な言い方をすると指名手配みたいなものでしょうか。
「えーっと、あったあった。こいつと、こいつ」
市蔵さんがサングラスを少しズラして隠し撮りのような写真に写る青髪の少年と、証明写真でしっかり顔がわかる女性を指し示します。
「出自不明の狙撃手と花山院家の家出娘ね。どっちも吉田組の所属って言われてたし間違いないかな」
「リーダーの特徴も一致してるし、ほぼ間違いないと思うな」
市蔵さんが確認する横で《重要》と書かれた薄いファイルを正義さんが開いて確認しています。
「正義さん、それは?」
「ああ、これ? こっちは異能者で罪を犯したやつをまとめたブラックリスト。ossリストはまだ未申告、義務放棄なだけでギリギリ犯罪者扱いできないけど、こっちは諸々法に触れてる疑惑があるやつか確定でアウトなやつが載ってるんだ」
そちらのほうが正真正銘の指名手配書みたいでした。
ふと、ossリストを眺めていると、正面の写真で写っている人とそうでない人の差は経歴のところでなんとなく察しが付きました。
ちゃんと写真がある人は学園に通っていたり、防人衆に所属していたことがある人で、なんらかの理由で逃げた人たち。
逆に写真がない、隠し撮りのような写真の人はそもそも一度も防人衆や政府の管轄になかった人のようです。
誠実さんと因縁のあるあの吉田さん。彼はossリストには見当たりません。
「……そっちも見ていいですか?」
「うん? ブラックリスト? まあ……見習いとはいえ所属中だし問題はない、か」
正義さんが少し悩んだ様子ですが、寧々にリストを手渡してくれます。
まさに、正義さんが開いていたページ。
写真はNo dateで容姿の特徴が記されています。
そしてブラックリスト入りしている理由が……
『阿賀内家の巫女見習いを殺害後逃亡』
『oss間にて数多くの事件に関与』
『一級異能犯罪者の弟子。彼が防人衆や異能血統から強奪した遺産を所持している疑惑』
一番上の項目。その文字列を指でなぞって、間違いでないことをはっきり確認する。
つまり、あの人は誠実さんの実家、阿賀内さんのおうちの人を殺しているのだと。
「正義、知らなかったの? 確かお前の家はセージと関わり深いじゃん」
「いやぁ……多分これ時期的に高校生くらいのときっしょ?そんとき俺京都校にいたからさ」
「そういや正義は京都校出身だっけ」
二人もファイルを覗き込みながら事件当時のことについて話をしていますが、寧々は下の方にある記載に目がいきました。
『管理番号××××-■■■■■■ 阿賀内誠実が接触記録あり』
誠実さんは、彼と因縁が深いようでした。
ただ敵対しているだけとは思えないような、不思議な関係。
「で、写真撮った?」
「そんな余裕あるわけないじゃん」
「んだよね」
写真の更新はまたできないとボヤく二人のため息がほとんど同時に聞こえた直後、オフィスの扉が開く音がします。
音に反応して振り向くと、真剣な顔の雲雀さんと複雑な表情をした誠実さんが入ってきます。
「お待たせ。ひとまず報告については私がしておくから正義といっちゃんはあがっていいわ」
「うお、マジっすか」
「やりぃ~。お先~」
正義さんが驚きつつも帰宅の準備をしだして、市蔵さんもそのまま帰るくらいの勢いで寧々と誠実さんに手を振ります。
お二人がその場を後にすると雲雀さんが「さて……」と切り替えるように誠実さんと寧々を見てきます。
「誠実。寧々ちゃんにきちんと説明しなさい」
「えっと……」
「いい? 寧々ちゃんはあんたの見習いとして知る権利がある。私が説明しても構わないけど、それは本意じゃないでしょう?」
雲雀さんの声音は厳しいようで、どこか優しいような気がして、誠実さんも「……はい」と申し訳なさそうにしています。
「しっかりしなさい。そうするって決めたなら」
そう言って、寧々の方を見てニコッと微笑むと雲雀さんは「じゃ、一旦私は隣で報告書作成するから」と隣の部屋に行ってしまいました。
「……寧々」
誠実さんは息苦しさを感じるような声を絞り出して、寧々を見ます。
「俺の……昔の話、聞いてくれる?」
「はい。誠実さんのこと、もっと教えてください」
あなたがどんなに自分を卑下しても。
寧々はそれでも、この人を知って、そばにいたいのです。
――――――――――
今から6年前、誠実がまだ学生だった頃。
傍流の出とはいえ、阿賀内家の血筋であった誠実はある役目を与えられた。
阿賀内本家の娘、巫女となる少女の護衛と世話役。
当然ではあるが誠実本人に護衛としての実力を求められてはいない。ただ、少女の話相手になる相手がいなかったからというのが大きい。
少女は生まれつき体が弱いが好奇心旺盛で、誠実を伴って出かけたところである少年と出会った。
それが、吉田田吉。
少女は行き場のない少年を不憫に思って自分が暮らす屋敷へと連れて帰った。
誠実も、少女よりは歳はいっているが自分より幼い少年の境遇が心配ではあった。
周囲の反対は大きかったものの、田吉と少女と遊ぶことで少女がとても元気になったので渋々警戒しつつ様子を見ていた。
田吉は、少女とも仲がよかったがそれと同じくらいに誠実とも遊んでいた。
誠実は遊びをろくにせず育ってきたこともあって、大半を田吉から教わることになったのだが、結局負けが続くもどこか充足感があった。
単純に、楽しかったのだ。
「タキは……帰らなくていいのかい?」
「えー、俺に帰ってほしいわけ?」
少女が昼寝をしているときに、誠実は田吉に問いかけた。
田吉は、最初に出会ったときと比べて随分と穏やかになったが、親元に戻ろうとはしなかった。
「ずっとここに居座っちゃおうかね~」
「さすがに無理だよ。学校行って、まず防人衆に入って……」
「やだ~。めんどくせ~」
聞きたくないと小言から逃げる子供そのものの田吉に誠実は困った顔でため息をつく。
田吉は正直、誠実よりもずっと強かった。まだ13かそこらのはずなのに、大人顔負けの戦闘能力の高さ。
調べたところ未申告。今はだいぶ落ち着いたとはいえ、混乱していた情勢のせいで未申告の異能児はまだ多い。
保護者の所在もわからないため、申告や手続きができないのが誠実にとっては心配だった。
「ったく……あと2、3年したらお前も学園入りするんだよ?」
「えー、学園とかめんど。俺がっこー行ったことねぇよ」
「本当に頭が痛くなるようなこと言うね……」
義務教育を受けていないことに誠実は戦慄する。多分、というか確実にろくな親ではない。もう一刻も早く保護するべきだと思うものの、そう簡単に動けないのが歯がゆかった。
「■■を守るってんなら学校とか行かないでそばにいりゃいいだろ?」
「様をつけろ。いいかい? 確かにお前にとっちゃ面倒かもしれないが、異能者なら義務のうちだ。それに、タキがいくら強くても、きちんと決まりを守った人間の方が優先される」
少女を友だち感覚で呼ぶ田吉に苦言をこぼしつつ、不満そうに足をぶらぶらさせる様子を見て、誠実はため息をつきつつもある話をする。
「まあ、見習い制度もあるし。学園入りしても防人衆の仕事につくことはできるよ」
「見習い制度?」
「そう。学生のうちから防人として活動できるんだ」
制度の話に食いついてきたので説明をすると、田吉は先程までのやだやだはなくなり、興味を持ったようだ。
「でもそれ、防人の誰かに頼まないといけないやつじゃん」
「なら俺が防人に先になって、タキが入学したら見習いにしてあげるよ。それなら問題ないだろ」
「でもそうするとセージくん、大学行けなくない?」
互いの年齢とその差を確認する田吉に誠実は小さく笑う。
「一応大学と防人就任は兼任できるよ。大変だけどね」
「へー」
「まあまずタキが資格取れるかが問題か……」
「はー? 俺めっちゃ頭いいから。余裕だし。セージくんよりも強いしさ」
「なら俺の見習い枠は取っておいてやるから、早いうちから勉強だな」
強気な田吉は乗り気ではあるものの、資格の参考書の中身を見た途端「うわ……」と嫌そうな表情を浮かべる。が、学園よりはこちらのほうが興味があるようで、渋々だが読めない場所を聞きつつもちゃんと読み進めていた。
「つーか俺より、セージくんがちゃんと防人やれるかのほうが心配だけどね。セージくん弱っちいもん」
「なんだよ。またやるか? 手合わせ」
「やってもいいけどセージくんボコボコにして■■にメッされるし~」
そんな他愛のない話をしていた頃が誠実の人生で一番楽しい時期だった。
自分よりも歳下ではあるものの、親友と呼べるような相手だった。
一番、信用できる存在だった。
事件が起こったのは5年前。誠実が18歳の頃。
学園から屋敷へと向かうと、妙に静まり返った屋敷に全身が嫌な汗を吹き出す。
使用人も、他の護衛も気配がしない。
緊急事態のコールを鳴らしながら少女の元へと急ぐ。
気のせいであってほしい。何事もない、ただの早とちりであってほしいと、切に願いながら誠実は少女の部屋ふ足を踏み入れ、吐きそうになりながらその光景を目にする。
血、臓物、折れた刃物。一人の血ではない。複数人のものがこの屋敷から人の気配を消した理由だと気づく。
そして、誠実は、ほとんど無意識に叫んでいた。
「田吉いいいいいいい!!」
その血溜まりを、殺戮を成したのが田吉であることに気づいたから。
田吉は無表情で自分たちが出会ったきっかけであり、自分たち2人にとっても大切な存在である少女を――その手で殺していた。
「や、セージくん」
ぎこちなく笑って田吉は誠実に言う。
「セージくんはさ、俺のこと信じてくれるよな?」
少女や、使用人、護衛たちまで残らず殺めたにも関わらずそんなことを言う田吉に誠実は激昂する。
「ふっざけんな!」
誠実の普段出さないような怒号に田吉は表情を変えず黙って聞いている。
「こんなことをしておいて信じるも何もないだろ!」
「……」
誠実の激情とは対象的に、田吉は冷めた目で自分の血で汚れた手を見る。
「そっか」
そう呟いてから誠実が目で追えない速度の攻撃を繰り出す。誠実はその勢いを殺すことはできず、かなり重い一撃を受けて身動きが取れなくなる。
「お前じゃ誰も救えないんだよ、誠実」
ここにきて初めて感情らしいものを声に滲ませた田吉は背を向ける。
表情は見えず、ただ声だけが誠実の記憶に残る。
怒り、深い悲しみ、たった一つの感情で表すのは困難なそれの真意を知ることはできなかった。
「じゃーな」
――――――――――
一区切りしたあたりで誠実さんは大きく息を吐きます。
そこからは言葉に悩んでいるようで、黙って聞いていた寧々は声をかけてみることにしました。
「誠実さんは、あの人に復讐がしたいのですか?」
一番はっきりさせたいところ。寧々からすれば悪い人でしかないし、正義さんたちの立場から見ても悪人と言って差し支えないでしょう。
でも、昔の話をする誠実さんを見ていると、そうだとも思えないのです。
「……多分、違うんだ。自分でも未だに飲み込めないことがあるけど」
誠実さんの話は、誠実さんの視点だけなのでわからないことはたくさんあります。
理由だとか、経緯だとか、その後のこととか、知らない思い出とか。
ただ、一つだけ確実なのこと。
誠実さんは吉田さんのことを憎んでいるだけではないのだと。
どちらかというと……親友へのけじめのようなものを感じます。
彼の凶行を止められなかった自分の無力感だとか、これ以上罪を重ねないように、なんとか止めたいという気持ち。
もしも憎んでいるのなら、仲のよかった時の話をするときの様子がこんなにも穏やかなはずがありませんから。
「タキは俺が必ず捕まえる。今後もoss絡みでは避けて通れないし、寧々も既に一度被害にあってるからまた同じように危険な目に遭うかもしれない」
「はい」
「……それでも、俺のそばにいたい?」
「当たり前です!」
寧々の宣言に誠実さんは「ちょっとは考えてほしいんだけどね」と苦笑します。
それに、寧々が誠実さんの見習いをやめるのは……きっと、吉田さんの思うつぼになりそうです。
恐らく、あの人は寧々が見習いでいることが気に入らないのでしょう。正直、逆の立場なら寧々もそう思いかねません。実際に危害を加えるかはさておき。
気持ちはわかるけど、同意はできない人。
寧々にとってはそんなところでしょうか。
「寧々はあの人の代わりになるつもりはないです」
誠実さんは寧々の言葉に目を見張る。
「寧々は寧々しかいないように、誠実さんが今はどう思っていても、寧々は誠実さんの唯一になってみせますから」
足をぷらぷら揺らして宣言する。
正直、誠実さんの本心には思うところはあったけれど、そもそもいきなり特別になんてなれるわけないのです。
だからこれから。
これからの誠実さんに寄り添っていきたい。
「……ありがとうね」
「お礼はぎゅってしてもらえば満足です!」
「しないよ」