決闘、と聞いて嵯峨さんは一瞬きょとんとした顔をしましたが、すぐに「ぷっ」と笑いをこらえるように手で口を覆います。
「決闘ですって? あなたと私が?」
寧々はこの、人を馬鹿にする目を知っています。
どうせ何もできないからと、こちらを見下している目です。
「はい、やりましょう! もう寧々はかんかんです!」
「バカ! 君わかってんのか!」
千明くんに強めに引き止められますがここで退いたら寧々は弱い頃の寧々のままです。
それに、誠実さんのお弁当を台無しにされたのも許せませんが、何よりご飯を粗末にすることが許せません。
「学園にきてほんの2日程度で私に決闘だなんて……まあその愚かさに免じて受けてあげてもよろしくてよ」
「なっ――」
嵯峨さんの反応に千明くんの力が強くなるのがわかります。寧々をここから引き離そうとする力が。
「ただし、私の出した条件を全て受け入れるのであれば、です。それ以外ではあなたのようなひよっこ、相手する義理もありませんもの」
「寧々、絶対受けるな! これこいつの常套――」
「わかりました。条件がなんであろうと寧々はやります」
「このバカ! バカバカバカ大バカ!!」
千明くんが聞いたことないくらいすごい声で怒ってきます。でも受けてもらうにはこうするしかありませんし……。
「では、決闘開始は放課後。場所は第一野外運動場。そして……」
嵯峨さんの近くにいた友人たちが寧々を威圧するように見てきます。男子生徒も女子生徒もいますね。お友達の幅が広い。
「参加者は”それぞれ何人でも”」
それはつまり、数の暴力を示唆しているのは寧々でもわかります。お友達はきっと嵯峨さんの味方をするのでしょう。
「リーダーと参加者対抗のチーム戦。負けたチームは”全員”勝者の言うことに従うこと。こちらのリーダーは当然私。そちらのリーダーはもちろんあなた。リーダーが敗れたチームの敗北。ルールはこれで行います」
嵯峨さんのお友達はざっと見ても強そうな方が六人くらいはいますね。むむ、なかなか厄介そうです。
「チーム戦、できないのでしたら引き下がってもよろしくてよ。ああ、他のクラスの人間を誘うのも構いませんけど、ねぇ?」
寧々の少し困った気持ちを見透かされたように言われ、闘志が再び燃え盛ります。
「いえ、やりましょう」
「では決闘受理です! 風紀委員!」
すると嵯峨さんの友達のうちの一人が前に出て「双方正式に受理しました」と事務的に告げます。
「さて、放課後の予定も決まったことですし、残飯を見てると食欲が失せてきましたね。たまには購買で買いましょうか」
やることは済んだとばかりに嵯峨さんの一団が去っていきます。
お弁当は無念ですが、他の人の迷惑ですし、片付けませんと。
「寧々……」
「あ、千明くん。すみません、片付けのために拭くものどこにあるか――」
「呑気してる場合じゃないッ!」
千明くんが顔を真っ青にして寧々の両肩を掴みながら揺さぶってきます。うおおー、気が抜けてたからかぐわんってしました。
「わかってんのか! 君は! 今!勝ち目がない決闘を受けたんだぞ!」
「え、まあでも一人四人くらい倒せばいけるかなと……」
「だーかーらー!!」
千明くんは寧々を指差し、次に自分、そして周囲に手を広げて叫びます。
「まず君の味方としてチームに入る人間がいないだろうがッ!」
「…………はっ」
たし、かに……。
「なんでそこに今更気づいたみたいな顔してんだよおおおおお!」
千明くんがなんでそんなに焦っているのかわかりませんけど、もしかしたらとても悪いことをしてしまった、のかも?
――――――――――
休み時間を使ってクラスの人や別のクラスの人にもお願いしてみましたが……全滅。もちろん全員に聞けたわけではありませんがなにせ短い休み時間、まだ校内に詳しくない寧々にとって近場の人に声をかけるくらいしかできません。
『その……嵯峨さんはちょっと……』
だいたいみんなこうです。
クラスの人たちも申し訳なさそうにはしていましたが、どうしても嵯峨さんとやりあう気にはなれないようです。
あと、口にこそしていないものの、寧々の実力で勝てるわけがない、というのをひしひしと感じます。
別にそれは間違ってないというか、まだ寧々も皆さんのことを詳しく知らないのでそうなっても不思議ではないでしょう。
「うーん……寧々一人で全員倒せばいけますかね……」
千明くんは戦闘向きではないですし、寧々が言う事聞かなかったからかだいぶ怒っていたのでさすがに言い出しづらいです。あのあともブツブツ言っていて話しかけたら怒られそうで……。
6時間目がもうすぐ始まる頃。まったくチームに入ってくれる人がいなくてとほーに暮れている寧々は学園2日目にしてもう授業をサボってしまいそうです。
陽のあたるベンチで放課後のことを考えていると、スッと影が寧々の視界を覆います。
「なんですの、その辛気臭い顔は」
つまらなさそうな声。傘で日差しを遮るその姿に寧々はなぜか誠実さんと同じくらい安心してしまいます。
「夢子ちゃん……」
「授業始まりますわよ。私はもう午後の実技は免除されていますけど、あなたまだ一年の前期なら普通に出ないとでしょう」
「そうなんですけど……実は……」
決闘に一緒に付き合ってくれる人がいなくて困っていてとほーに暮れていた、と言いかけて、寧々はあることに気が付きます。
「あ! そうだ!」
「あん?」
寧々の様子がいきなり変わったからか、夢子ちゃんは怪訝そうな顔をして、寧々を不思議そうに見ました。
「夢子ちゃん! お願いがありますっ」
――――――――――
――放課後。決闘の宣言を食堂でしたからか、あるいは転入してきた寧々に注目が集まっていたのか、一年生の多くが様子を見に来ていた。ちらほらと二年生も混ざっているようだ。
嵯峨愛華は堂々と待ち構えており、寧々は未だ来ていない。
(授業終わったら速攻どっか行ったけど何してんだよ……)
なぜかまだ来ない寧々に困惑しながら千明は珍しく動きやすいように袖をまくり、参加者として備えている。
「あら、あの子の姿が見えないようですけど、尻尾巻いて逃げてしまったのかしら?」
「放課後に指定してはいるけど開始時刻を厳密に決めてないんだから少しくらい待ちなよ」
千明の指摘に愛華は意外そうな顔をし、にやりと笑う。
「……おや、まさかあなたも参加するつもり?」
「なんだよ。悪い?」
「いえ。臆病で後ろからチマチマと姑息なことをする薬袋家がまさか決闘に参加すると思っていなかったもので」
「ああ、ほんと……なんでボクがこんな目に……」
ぼやく千明は髪をまとめながら舌打ちする。一応自分のツテは総動員したが、嵯峨家とやり合いたくない日和った考えしかなく、家の関係を使って引っ張り出すわけにもいかないため、援軍が望めないまま無謀な寧々の勝率をわずかにでも上げようと参加を決めた。
(つーかここで寧々が負けてみろ。ただでさえ爺ちゃんも阿賀内さんちに媚びておけってうるさいのに寧々になんかあって阿賀内さんに不利益あったら巡り巡って
高校一年にして家同士の対立やら政治的事情を考えないといけない千明は苦渋の決断ではあったものの、なにもしないよりかは最悪の場合言い訳ができるとも考えた。
正直、千明も勝てる気はまったくないようだ。
一方で嵯峨愛華は予想以上の収穫にほくそ笑んでいた。
元々嵯峨家は現在、関西を中心に活動しており、関東、こと東京においては異能名家でも最有力候補の後ろ盾によって立場を築いている。もちろん嵯峨家も名家ではあるため最初から一定の注目を集めた。
そして、その東京での勢力争いは熾烈なものとなっていることは学生の身でもわかること。そして、学生時代に作った絶対的な上下関係はよほどの実力差がなければ防人として活動する上でも覆らない。
愛華は卒業後の自分の立ち位置も重要ではあるが、なによりただ強さで従えれば自分をちやほやし、膝をつく生徒たちの姿は最高の娯楽であった。
そう、自分こそがこの学年におけるトップ層に君臨するものだと信じて疑っていなかった。トップ層であれば婚約者候補も選び放題である。
が、高橋寧々は違う。
いかにも一般人といったぼんやりしたアホ面をしている寧々を浮かべる愛華。しかし、祝鳴学園をはじめとした異能者学園において学生個人よりもそのバックにいる家の存在は大きい。
異能者家系において『武における最強はどこか』とたびたび議論になるが『霊術の扱いに長けた一族』と『巫女の箔』において長いこと上位に君臨し続けている二家のうちの一つ、それが阿賀内一族である。その傍流とはいえ、現在本庁で各部署を取りまとめている人物である阿賀内夜彦の後ろ盾がある元一般人。
更に、
この二人が認め、息子に預けているという事実。しかも婚約してすらいない!
愛華は寧々に侮辱されたあと、寧々のことを調べて煮えたぎる殺意が湧いた。
元一般人の癖に自分より注目される要素を持つ転入生。しかも傍流とはいえ仮にも阿賀内家の子息を侍らせておきながら学園でも結婚候補として注目される。
愛華にとって許せない存在でしかなかった。
それが合法的に叩き潰せるとなれば乗るしかない。おまけに、意外なオマケもついてきた。
薬袋家の三男、薬袋千明。
阿賀内家と関わりが深く、同じ派閥に属しているこの二家は対等ではないもののそれをわかった上でうまくやっている。阿賀内家は他家の血を入れることにかなり慎重な傾向があるが、薬袋家はかなり寛容で、政略結婚で複数の妻を取ることも珍しくなかった。千明も第二夫人の息子である。
一見優良物件に見えるが愛華にとっては違う。
そもそも薬袋の属する派閥が嵯峨家とは政治的にあまり関係がよくないため、互いの監視目的なら一つの手ではあるが、何よりも薬袋家の後継者事情が厄介だ。
噂によると長男は出来損ないで防人衆ではなく企業に勤めたとのこと。恐らくよほど酔狂でもなければ長男が継ぐことはない。
そして、以前までは次期当主と噂されていた次男だが、彼は数年前行方をくらませたとされており、現在三男である千明が有力な次期当主、というのが周囲からの認識。
だが、次男がいつ戻ってくるかもしれない上に長男の能力の評価は悪いが、野心の高さはそれなりに有名であり、このご時世でも強く残る長男が継ぐべきという思想と、無視できない第一夫人の血筋。何より――千明本人が学園内でもたびたび牽制のつもりか話題に出す内容。
『家継ぎたくない~。絶対めんどいもん~。防人になったら家出ちゃおうかな~』
結婚目的で寄ってくる女生徒に「自分にきても薬袋の恩恵はないよ?」と暗に牽制していたのは有名だ。普段は表舞台に立とうともしない。
そんな彼が寧々をよく庇うのは恐らく背後にある家絡みなのだろうと愛華は予測する。
つまり、普段はいくら挑発しても乗ってこない千明を踏み潰す絶好のチャンス。
ヤケクソの千明と既に勝利を確信した愛華。そこに、寧々が走ってくる。なぜか満面の笑顔で。
(なんだか妙に元気そうですね……)
愛華は奇妙に思いながらも空元気だろうと考えて挑発的に笑う。
「あら、結局お仲間は薬袋千明だけですか? 随分とお友達が少ないようで」
「あれ、千明くん、手伝ってくれるんですか?」
煽ったつもりがなぜか千明の方を気にする寧々に愛華はコケにされたようで苛立つ。
千明は「どーせボクくらいしかいないだろ」とぼやきながら冷や汗をかいていると、寧々が千明の腕を掴む。
「千明くんは優しいですね! 千明くんもいれば安心ですっ」
「はは……高評価どーも……」
乾いた笑いが今にも掻き消えそうな中、第一野外運動場にある人物が現れ、見物しにきた一年と二年たちがざわめく。
「まったく、元気な犬じゃあるまいし……」
鈴木夢子。彼女が無表情で傘片手に寧々の方まで歩いてくる。
何しに来たんだと愛華が呆然としていると、寧々が笑顔で夢子を両手で示す。
「あ、寧々のチームはもう一人いますっ」
「え?」
愛華はなぜか嫌な予感がした。致命的に何かが終わるようなそんな気配を肌で感じ取る。
「夢子ちゃんです!」
「は?」
意味がわからないことを言う寧々に、愛華は気が抜けた声で聞き返す。
愛華だけでなく、観客たちもざわざわと驚きを隠せず、人によっては「面白いことになりそう」とスマホで友人を呼んでいる者すらいる。
「ちょ……っとぉ! その方は二年生でしょうが!」
「え? でも他のクラスでもいいって言いましたよね? 二年生はダメって言われませんでしたよ」
「常識で考えれば普通はしないでしょうが!」
「寧々、ここの常識まだわからないので……」
えへへ、と照れくさそうに言う寧々に唖然とする。
愛華は学園に入る前、父に言われたことがある。
いいか、四天王一族でも五摂家でも十六藤でも喧嘩を売ることは止めない。勝てるのであれば。
だが鈴鳴一門、特に鈴木家の人間にだけはなにがあっても喧嘩を売るな。
これだけは再三口を酸っぱくして言われたことだった。
鈴鳴一門といえば京都の暴の化身。古くからある名家に並ぶ程の武闘派。異能者の家系といえば富裕層、元華族などの上流階級に属するのが多い中、あくまで表向きは農業に勤しみ、一般市民と生活を共にしていた変わり者たち。
身内に甘く、それ以外にはとことん冷徹。遥か昔、異能者一族をすべて管理しようとした政府に反発し、江戸時代後期にようやく渋々傘下に入ったとされるくらい生粋の狂犬。
政略結婚で血を混ぜようとする動きがある中、鈴鳴一門はあまり他の異能家系と交わらない方針で有名なくらいだ。
だがこの狂犬一族の厄介なところは無駄に頭が回るところにある。その頭脳は人々のためではなく、第一に戦闘に用いられ、その次に主に自分たちが追求を逃れたり、獲物を追い詰めるために使ってくるというところだ。
敵にしたら最後、よほどの用意がなければ食いつぶされる。
だから本来は名家であろうとも鈴成一門に真っ向から喧嘩を売る者は少ない。
その数少ないものは必ず返り討ちにされるか、その場では勝利しても後々必ず報復を受けるからだとされている。
月のない晩に、一人で出歩くと鈴の音鳴らして奴らが来るぞ、などと京都ではまことしやかに噂されたくらいだ。
今、それと決闘をすることになりそうな瀬戸際である。
どうする、と愛華はどうにか言い訳を考える。しかし二年生を禁止する条文は確かにない。そもそも部活動などの決闘で二年と三年が組むこともザラにあるのだ。最初にルールで縛っていなかったと言われたら無効試合になりかねない。
戦うことは回避できるが、こちらが後から文句をつけて試合から逃げたと思われれば恥だと愛華は拳を握る。
「はっ、条件をヌルくしすぎたようですわね。こちらとしては好都合」
必死に抜け道を考える愛華に、夢子は嘲笑を浮かべながら傘を閉じて先端を地面に突き立てる。
「御託はもう結構。他人を陥れる覚悟があるならば、される覚悟もあるはずですわ」
逃げ道はないぞと脅すような言葉に愛華は視界が歪みそうになるが、続く言葉に気を取られる。
「ですがそうですわね……いきなり私が出れば面白くないでしょう。三分だけあげますわ。その間、私は大将を狙いません。それ以外の雑魚は当然一掃しますが、三分の間に寧々が決着をつけられないのであれば私は降参としましょう」
つまり、三分、自分だけでも凌げば事実上の勝利。鈴木夢子がいなければ高橋寧々と薬袋千明はどうとでもできる、と愛華は考えた。
「私の
まっすぐと立ち、自分の胸に手を当てながら今この学園で最上位に近い名誉をちらつかせられて、愛華は――欲と保身で欲に傾いた。
「え、ええ! ええ、いいでしょう! たかが三人! こちらは十二人! 勝てない戦いではありません!」
(三分間霊力を消耗しなければ……異能を無闇に使わず耐えればあとは私の勝ちにできる!)
――――――――――
乗ってきた!
実は内心夢子ちゃんの参加が却下されたらどうしようと考えていましたが、夢子ちゃんは意外にも協力的でした。
――あれは休み時間に遡ります。
『夢子ちゃん! 放課後、チーム戦の決闘に寧々の味方として協力してくださいっ』
頭を下げながら事情やルール条件などを慌てて説明すると『ひとまず落ち着いて話をしなさい』と窘められてしまいます。
一通り説明が終わると、夢子ちゃんは何か考えるように傘をくるくると回して言いました。
『どうせ暇ですし、いいですわよ』
『本当ですか!?』
『ただし――』
夢子ちゃんは寧々を真っ直ぐ見て、寧々のおでこを指さします。
『私は雑魚を潰すだけです。敵の首魁はお前が自分の力で討ちなさい』
『もちろんです! ぜーったい寧々が倒します!』
嵯峨さんにはお弁当の恨みがありますから、自分でちゃんと決着をつけたかったですし、何の問題もありません。
寧々の意気込みに夢子ちゃんはフ、と一瞬緩んだような声を出したかと思うと、大きな声で笑いだします。
『あはははっ! 甘ったれた性根なら突っぱねてやろうと思っていましたが……それだけのやる気があるなら試すような真似、必要なかったようですわね』
愉快そうに笑うのをこらえようとしている姿が、今までの夢子ちゃんらしくなくて思わずびっくりしてしまいます。失礼だけど、夢子ちゃんもなんというか、普通の女の子みたいだなと思ってしまったりなど。
『
びっくりしていると、夢子ちゃんに初めてちゃんと名前を呼ばれた気がして思わずドキッとします。
『一旦授業には出なさい。午後の授業が終わったら何よりも早くここに来るように』
『え、でも決闘が……』
『放課後というだけで時間指定をしていませんから多少待たせるくらいしても問題ありませんわよ。指定しない方が悪いですわ』
鼻で笑ったかと思うと、今までで一番いい『笑顔』で寧々に言いました。
『少し、
そうして、短くではありますがコツも教わってきました。
あとは寧々次第。勝てるかではなくて寧々は勝ちたい。勝つ。
気合を込めるように自分の頬をパンッと叩くと12対3という絶望的な数字でも全然怖くありません。
夢子ちゃんの実力もそうですが、今の寧々は頼ってもいい人がいるというだけで、無敵の気分です。
いつの間にか見学している人もかなり増えた中、決闘の合図を任された風紀委員の審判がカウントを始めます。
心音と重なるように、カウントが続き、寧々は――自分でも驚くほど冷静に、夢子ちゃんに言われたことを思い出しながら狙いを定めました。
――――――――――
決闘開始。千明はどうしたらいいか何も聞いておらず、「どうする」と言い終わる前に寧々と夢子は動いていた。
「……本当にさぁ……」
仕方ないので寧々の方に支援用の霊術をかけておく千明。見た目に反して真面目と評されるだけあって何もしないというわけではなかった。
悠然と、ただ靴音を心地よく立てながら歩くだけで威圧感を与える夢子に、嵯峨愛華の取り巻きたちは恐怖していた。
自分だけ生き残れば勝ちだからと愛華に鈴木夢子を押し付けられ、冗談じゃないと叫び出したいが今更逃げることも許されない。
愛華がいなくても十一人。これだけいれば倒せるかも、と考えた瞬間、夢子の足元から柱が勢いよく突き出た。
"祝鳴学園東京校二年"
自己領域。その異能は非常にシンプル。夢子が足場だと思ったものをその場に好きな場所、好きな大きさ、好きな速度で生成できるというもの。
基本的に使用するのはグレーの長方形か正方形。シンプル極まりないその造形も彼女の無駄を削ぎ落としたような殺意が形となっていた。
足場を作り出すだけ。その異能を大人顔負けに使いこなす彼女は足場の生成速度を加速したことで射出台のように用いて十一人の上空を舞う。
「何秒遊べるのか、少しは楽しませてもらえますわよね?」
そう言い終わる前に取り巻きたちの足元に夢子の足場が生成される。が、ただ足元ではなく、片足が乗るだけのもの。
半数はそれによってバランスを崩し、残り半分はなんとか回避するなり持ちこたえるなりして頭上に跳んだ夢子を狙おうとするが、既に遅い。
取り巻きたちを囲むように柱がいくつも生成され、その柱から横向きに更に足場が生成される。取り巻きたちに直撃することはないがまるで人体を巻き込んだジャングルジムのように組み立てられ、身動きを完全に封じられた取り巻きたちはそれぞれ慌てたり混乱したり、無理に動こうとして痛みで声をあげたりと様々だ。
「ああ、下手に動かないほうがよろしくてよ」
上空に跳んでいたのは全員をまとめて封じ込めるために全体図を上から観察していたようで、終わったとばかりに着地すると取り巻きたちにのんびりとした声で言う。
「うっかり壊そうとするとお仲間の誰かを潰したり、それこそ複雑に絡み合ってるので抜け出した後、支えがなくなった柱が崩れて誰かの骨が折れるかもしれませんからね。まあ怪我しない程度に頑張ってみたらいかがです?」
他人事みたいに言う夢子に取り巻きたちは戦慄する。少なくとも彼女が解除するか、うまく抜け出す方法を考えないと誰かが確実に怪我を負う。
下手に異能や霊術を使って抜け出してもどう影響するか、視界すらある程度防がれている状況でそれを把握するのは一年生というまだ基礎とちょっとの応用ができているだけの彼らには不可能である。
こうして、夢子が動いてから十一人の生徒が30秒と保たず事実上全滅した。
それを見ていた千明はドン引きしながら肝心の寧々と愛華を不安そうに見る。
「あの子が一人で決着をつけると言ったのですから下がってなさいな」
必要以上に手を出すなという夢子に、千明はバケモノが喋ったような衝撃を覚える。
「……先輩ってそういう配慮する人なんですね」
「あ?」
「なんでもないでーす」
せっかく覚悟を決めたというのに、することがない千明はなんとも言えない気分になりながら顛末を見守った。
――――――――――
嵯峨さんは予想通り夢子ちゃんが棄権する三分を耐えようと防戦の構えです。
嵯峨さんの異能を知らないのでもしかしたらカウンターが来るかもしれませんが、警戒していたら攻めきれません。
『訓練された防人でも、未熟な学生でも急所は当然避けます。当然ですわね。継戦力が落ちますから。防ぐこともありますがそれはある程度の威力まで。強い攻撃は防ぎきれずに食らってしまう。その一瞬の判断も戦闘においては必要――まあ、今はそこまで重要ではありませんわね』
夢子ちゃんに教わったことを思い出しながら、寧々は用意していた小石を風で撃ち出しながら嵯峨さんを追い詰めます。
確かに嵯峨さんは避けるのが上手いし、一年生の中では優秀なんだとわかります。
だからこそ、優秀な人があんなことをするなんて許せません。
避けるのが上手いですが、その動きは見ていたら単調です。夢子ちゃんの言っていた通りですね。
『ずばり、回避狩りです』
ブラフと読まれない強めだけど動きが読まれない攻撃で相手を狩り場に誘導。カウンターを警戒しつつ……やっぱり霊術も異能も使う気配がないですね。
『どーせ、寧々はまだ弱いとナメられているでしょうし、私がいなくなれば本気出して終わり、とか考えるでしょうね。逆に言えば寧々が勝つチャンスはその舐め腐った温存しているときです』
確かにこの油断を突いて倒せば勝てる。でもそれを焦っちゃダメ。
絶対に、確実に、油断を失わせずに釣って釣って釣って――
「あと一分――」
残り時間を確認した嵯峨さんの呟きが聞こえ、明確にいけると確信したであろう慢心。
ここだ。
『当たりゃいいんですのよ。避けても食らうし避けなくても食らう。それくらい相手に攻撃の隙を与えないでブチのめせばいいだけのことですわ。流石に戦闘慣れした相手にこれはなかなか通用しませんが……一年生程度であれば十分でしてよ』
回避した先を予測して――
風の投石から体を右にずらしたその、先。
ボディか顔、どっちがいいか。夢子ちゃんに聞いたら即答された。
『決闘なら顔でいいですわよ。双方同意なんですから』
多分、あんまりよくないことだと思うけど――お弁当の恨みっ!
寧々の拳は風で勢いを増し、嵯峨さんの頬に真っ直ぐ入って、風で威力を増したのもあって運動場の端っこ、見学者がいるすぐ近くへと吹き飛びました。
やっぱりちょっと風の出力の調整覚えないとですねこれ。
しん……と静まり返る中、夢子ちゃんが「こら審判。ぼやぼやするんじゃありませんわよ」と促して慌てて風紀委員の人が声を上げます。
「しょ、勝者、高橋寧々チーム……?」
なぜか疑問形ですが嵯峨さんは完全に伸びてますし、勝利条件としては問題ないはずです。
風紀委員の人のジャッジを聞いて、夢子ちゃんも自分の異能を解除したのか、嵯峨さんのお友達も解放されていました。
見に来ていたクラスの子たちが「寧々ちゃんすごい!」と拍手してくれます。それに呼応するように、他の見学者さんたちからも拍手や歓声があがってくるようになりました。
「じゃ、私はやること終わりましたし帰りますわ」
「え、せっかくですしお礼に――」
「いりませんわよ。必要ならあとで誠実にでも請求しておきます」
せっかくですしもらったお小遣いもあるので飲み物でも奢ろうと思ったのですが断られてしまいました。
「え~と……高橋寧々さん……」
風紀委員の人が気まずそうに寧々に声をかけてきます。
「あ、はい。なんでしょう?」
「その……勝者チームは敗者チームに従うこととなっているので……」
はい、と渡されたものは十二枚の……生徒手帳。
「というわけで、あとはご自由に」
「え?」
伸びてる嵯峨さんはとりあえず保健室に運ばれましたが、嵯峨さんのお友達は怯えたように正座して寧々を見ています。
「あ、あの……高橋様……」
「え? え?」
『今日からパシリとして……がんばるのでどうか……ご容赦……ください……っ』
十一人から揃って土下座され、ハニワみたいな顔になっていると千明くんが呆れたように言います。
「最初に決めただろ。勝った方が負けたほうを従えるって。ほら、他の生徒もそういう被害にあってたじゃん」
「あ、そういえば! そうだ。じゃあ他の生徒さんから巻き上げてた生徒手帳! あれ返してあげてください!」
うっかり自分のことだけ考えてたけどこれで他の人たちも解放されるのなら悪くないですね。
4、5人くらいかなと思って取り出された生徒手帳を確認しようとして……
あの、寧々には十数枚見えるのですが。
「うーわ、これ手帳取り上げてないパシリもいるだろ。そいつらも全部なんか取ってるだろ。出しなよ」
「なんか思っていたよりすごい数ですね……」
十九枚。ギリギリ二十いきませんでしたね。誤差!
すると、観客の中にパシリにされていた生徒がいたのでしょうか、こちらに駆け寄ってきます。
「あ、あの……! それ……」
「あ、持ち主さんですね?」
しっかり本人であることを確認して生徒手帳を返すと、なぜか感極まったようにしゃがみ込まれてしまいます。
「あ、あの!? 大丈夫です? 具合悪いなら――」
「高橋さん……いや……」
しゃがみ込んだかと思いきやよく見ると跪いていることに気づいて思わず千明くんの後ろに隠れてしまいます。
なんか別の意味で圧を感じます。
「姐御と呼ばせてください! この御恩は絶対忘れません!」
「あねご」
姐御ってなんですか。なんかもうちょっとないんですか?
千明くんはというとなんだか驚いた様子もなく「よかったじゃん。舎弟ができて」とこともなげに言います。
しかも、その一人をきっかけに、他のパシリだった人たちも感謝を告げた後に自分も舎弟になるという宣言をしてきます。
それどころか嵯峨さんのお友達すらそれに同調するように姐御と呼んで来るんですが。
おかしくないですか?
『これからよろしくお願いします!』
「い……嫌ですぅ~! 寧々はお友達なら歓迎しますがそういうのは嫌~!」
なぜでしょう。思ってもみなかった方向性から寧々のすくーるらいふに暗雲が立ち込めてきました。
"祝鳴学園東京校一年"
……現在舎弟&パシリ、30人。
この日を境に、元々注目されていた高橋寧々は学園内で有名人になる。
手段を選ばない転入生。鈴木夢子の妹分。常識知らずの暴風女。パシリだった人間を解放し、懐柔して舎弟にした。同学年から姐御と呼ばれる凄みがある女。
後に寧々はこの評価に不満を抱きつつもねじ伏せることになるのだが、より悪化するハメになるのは今の寧々はまだ知らない。
またこの決闘を境に、鈴木夢子を決闘の代理、もしくは協力者を頼む生徒が増え、鈴木夢子本人はしばらく喜んで暴虐を尽くしたのだが、試合にならないという大量の苦情により、現生徒会と風紀委員は『鈴木夢子を決闘の協力者、及び代理人にすることを制限する』という一時的な規則を設けるハメになったのは別の話。
そして、この制限により、一年後ほどに夢子が暇つぶしとして街で魔物狩りやらoss狩りをするようになり、ある少年が巻き込まれた出来事に関わるのだがそれは寧々には全く関係のない話である。
夢子「はっきり『いらないどっか行け』って言わないのが悪いですわ」
オマケ
とり様(X →T_camellia_0401)に描いてもらった誠実くん詰め。
匿名NN「誠実さんはいいですよ……」
【挿絵表示】