恋する風は諦めない   作:とぅりりりり

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よびすて

 

「不倫、ですか?」

 

「そう。母さんが僕がなかなか覚醒しなくて不安になってるときにね」

 

 ベッドに並んで座ったまま話す内容はとても重いものでした。

 誠実さんの話し方そのものは重くならないように気を使ってくれているのはわかります。

 

「第一次侵蝕災害ってわかる?」

 

 第一次侵蝕災害。確か17年前の大災害のことです。確か東京でたくさんの魔物が現れて、今もその現場は立入禁止だとか。

 かなり大きな事件なので寧々が生まれる前のこととはいえ知っています。

 たくさんの人が亡くなったり、行方不明になった事件で、防人衆もたくさんの人が犠牲になったとか。

 

「不倫が発覚したのはその災害の直前でね。父は大災害の対応に駆り出され、母も事が事だったからどうしようもなかったんだ」

 

「……じゃあ、奥様はずっと我慢してたんですね」

 

「いや……両家に離婚とか、諸々の打診をしてたよ。もちろん、状況が状況だったし、その後も全部通らなかったけど」

 

 苦笑する姿はどこか痛々しくて、

 

 

「父さんの不倫相手は……学生だったんだ」

 

 

――――――――――

 

 

 

 父はなんとまだ高校生の異能者といつ密会をしていたのか。

 少なくとも1年近く関わりがあったようで、母は怒り狂い、父を強く責めた。

 父はそこに反論も言い訳もしない。ただすまない、とだけ言って離婚には応じなかった。

 

『私が誠実を必死に覚醒させようとしている間にあなたは若い女と遊び歩いていたんでしょう! 私が天捨だから? 私なんかと結婚したことを後悔しているんでしょう! お望みどおり離婚すればいいじゃない!』

 

 母が喚いても父は首を縦に振らず、幼い誠実は両親の言い争いを聞きたくなくて耳をふさいでいた。

 

 母は実家に泣きつくも『離婚したとして、その先どうするんだ。お前のような異能もない女は貰い手も勤め先もないぞ』と諭され、阿賀内も『愛人を作ることくらいは許容しなければ。伝えなかったのは夜彦の落ち度だけれど、誠実はあの通りだし』などと暗に誠実が期待はずれであることを告げる。

 異能者の存在が公表されたのは17年前の事件の後。まだその頃は防人衆や異能関係の会社や組織は先行きが不透明で、学生すらどうなるのか不安を抱えていた時期だ。猫の手すら借りたいとしても、結局は即戦力が欲しい。育成する余裕すらないような状況。

 異能もなく、表向きは高卒の女性で、一般人にもなれず、生まれてから現在に至るまで良家のお嬢様として働くこともなかった母に、行き場はなかった。

 

 母は味方らしい味方もいないまま、誠実の覚醒に力を入れた。余計なことをさせず、遊ばせることも、自主性を尊重することもない厳しい躾。

 

 しかし、覚醒した誠実の能力は――なんとも言えないものであった。

 使いこなせば強力かもしれない。しかし、誠実はそれが使いこなせなかった。

 

 なぜなら、誠実は『遊び方』を知らないから。

 毎日教育の日々に、誠実は遊ぶというものがいまいちわからず、自分の異能に関してもピンとこなかった。

 過剰な教育の結果、誠実の能力を潰してしまった。

 

 次第に、いや、最初からかもしれないが母は病んでいた。

 

 情緒不安定、躁鬱、不安障害。

 

 父は不倫発覚後は縁を切ったのか、不倫相手とは関わらずにいた。

 けど、母との溝は埋まることはなく、母は誠実に縋った。

 

誠実(せいじ)誠実(せいじ)。あなたは名前の通り誠実(せいじつ)な人になってちょうだい』

 

 幼い頃から脅迫じみた圧で、言い聞かされる誠実はこう思った。

 

『あなただけは母さん(わたし)を裏切らないで』

 

 ――期待が重い。

 

 

――――――――――

 

 

「母さんは、愛されては……いたんじゃないかなぁ」

 

 たとえそれが当時の価値観や常識に基づいたものだったとして、それが彼女の状況や心を傷つけていたとしても、きっと愛されてはいたと誠実さんは言う。

 大人になるまで何不自由なく、恵まれた生活。それを当たり前に享受していたからこそ、逃げ場がなくなってしまっている。

 

 きっと、何もかもが不幸な噛み合わせ。

 

 だからといって、誠実さんが傷ついていい理由にはならない。

 奥様は愛されていたとは言うけど、誠実さんが受けた傷や、寂しさは関係ない。

 

「誠実さん」

 

 無理して暗くなりすぎないように振る舞う誠実さんの手を握る。

 ときどき、何かを我慢するように握りしめていた拳。

 

「誠実さんは偉いですね」

 

 本心からの言葉。寧々は誠実さんのお顔をまっすぐ見ます。

 

「寧々だったらきっと、誠実さんみたいに我慢できません。それなのに誠実さんはずっと頑張ってきたじゃないですか」

 

 今だって実家を離れて一人暮らしをしている。しっかりした人だと思う。

 辛いことにも負けないで、しっかり自分の足で立っている。

 誰かが誠実さんを期待はずれだなんて言っても、寧々はこの人に、この人が優しいからこそ救われた。

 

「寧々は誠実さんに感謝しています。寧々は誠実さんに救われました」

 

 他でもないあなたに。自分も大変だろうに、今でも寧々にできる限り気を使ってくれるそんな人。

 

「だから、寧々は誠実さんにいっぱい恩返しがしたいですし、誠実さんが困ってたり、辛いときはなにか力になりたいんです」

 

「……気にしないでいいのに」

 

 その声はそう言いながらも少しだけ嬉しそうな気がしました。

 誠実さんは微笑みながら手を握り返してくれます。

 

「こんな話聞かせて悪かったね。少し……気が楽になったかもしれない。お礼になにかしてほしいこととかある?」

 

 お礼なんて気にしないでいいのにこういうところも誠実さんは真面目で、なんだかニコニコしてしまいます。

 

「じゃあ一つお願いがあります!」

 

「なんだい?」

 

 元気いっぱいで、さっきから気になっていたことを口にする。

 

「あの……さっき寧々のこと呼び捨てにしてたじゃないですか」

 

 お母様とのやり取りのときにそう言っていたのですが、状況が状況だったので触れずにいました。

 その時は息苦しさからの解放に気を取られていましたが……。

 

「さんづけじゃなくて……呼び捨てで、今度から名前を呼んでほしいです」

 

 贅沢だったでしょうか?

 それとも生意気だったでしょうか。

 

 しばらくの沈黙。誠実さんは考え込むように顎に手をやっていると、ポツリと呟きました。

 

 

「寧々」

 

 

 そのたった一言、たった2文字の言葉に寧々はドキドキしてしまいます。

 好きな人から名前で呼ばれただけ。それでも寧々にとっては特別な一歩でした。

 誠実さんは照れくさそうに手で口元を隠します。

 

「いや、ごめん。改めて呼ぶとなんだか気恥ずかしくて」

 

「そんなに恥ずかしいですか?」

 

「まあ……慣れてるわけでもないからね」

 

 そうやって少し目線をそらした誠実さんを見ながら、ほんのわずかに心の距離が縮まったような気がしました。

 

 

 

――――――――――

 

 

 あれから2時間ほど待っていると、術者がようやく到着しました。

 着物姿の男性で、30代頃に見えます。

 でも聞いてた話だともう少し年齢が高かったような。

 

「ほー、お兄さんが夜彦さんの息子さんですかぁ」

 

 到着して早々に、誠実さんをじろじろと見ると、飄々とした様子で挨拶してきます。

 

近衛智和(このえともかず)いいます。まさか阿賀内さんちから連絡来ると思うてなかったさかいに、返事が遅れてすまへんなぁ」

 

 悪びれた感じもなく、カラカラと笑っています。

 そして、一息ついたところで誠実さんの顔をまたまじまじと見て言いました。

 

「やー、よう似とりますな。若い頃の夜彦さんにそっくりですわ。色男でいらっしゃる」

 

「恐縮です。事前にお話がいっていると思いますが今回は固定化の呪詛を解呪するご協力をお願いしたく……」

 

「あれま。なんや無駄な世間話もせんとこまで夜彦さんに似とるなぁ。あ、ワイがおっさんのお喋りなだけかもしれへんな」

 

 そういえばさっき、誠実さんのお母様も若いなと思っていましたがこの方も聞いていたお年より若く見えます。

 霊力を持っている異能者は霊力の影響で老けづらいとかいうのを本で読んだ気がしますがそれでしょうか?

 

 呪詛の状態を調べるということで、あまりものがない広めの部屋で調べることになりました。

 

「ほな、肩の力抜いてください」

 

 寧々と誠実さんが並んで、近衛さんがブツブツと何かつぶやいてから白い光が寧々たちを包みます。

 近衛さんはそれをよく見ながら、ふーむと腕を組んで言います。

 

「かなり重めの呪詛やねぇ。なにもせんかったらあと3週間くらいはこのままやったかもしれません」

 

「治りますか?」

 

「治すいうより、呪詛が解けるのを早めるお手伝いになりますなぁ。しばらくは毎日解呪のための儀式しまひょか」

 

 ぱっと光が消えたかと思うと、近衛さんは袖を捲くるように襷掛けをしながら続けます。

 

「せやねぇ。多めに見積もって6日……少なめやと4日くらいは必要になると思います。失礼承知で聞きますけど、お二人とも、今の生活で苦労してることあるんちゃいます?」

 

 誠実さんと顔を見合わせると、ここ数日のことを思い返します。

 確かに、あまり離れられないのでお料理中やお風呂、トイレの間とかも片方は待機していないといけなかったり……。

 

「今のままやとなんもかんも相手に合わせないとアカンでしょ? ちょーっと強めに引き剥がしてみます? 当然ちょっと負荷はかかると思いますが、ある程度プライバシーはほしいちゃいますか?」

 

「負荷は僕だけにですか?」

 

「うーん、お二人にかかる可能性は否定できまへんなぁ。誠実さんは呪詛を受けた側なので間違いあらへんけど、寧々さんは呪詛で固定化されとる側やから……下手すると寧々さんの負担のほうが大きいかもしれへん。前例が少ないんで確証はないですけど」

 

「なら時間がかかっても構わないです。急がなくても安全に解呪したいので」

 

「ほな、そうさせてもらいますわ。若い娘さんに万が一のことがあってはなりまへんし」

 

 方針が大まかに決まると、近衛さんが緩和するための術を準備しながらニコニコで言います。

 

「いやー、しっかし東京観光ついでに泊まる場所やらも準備してもろてえらい楽な仕事で助かりますわ。次また呪われたら直接呼んでもろてもかまへんよ?」

 

「そんな呪われないようにするのでお気づかいなく」

 

 術の治療を受ける間、ムズムズというか違和感みたいなものはありましたが、つつがなく最初の治療は終わるのでした。

 

 

 

――――――――――

 

 

 次の日、誠実さんの出勤前に術を受けようと早起きしました。

 目に見えていつもより2歩くらい離れられる距離が伸びた気がします。

 誠実さんが着替えているのを廊下で待っていると、足音が聞こえてきてふと振り向くと誠実さんのお母様、世知さんがそこにいました。

 

「あ、その……おはよう……ございます……」

 

「ええ、おはよう」

 

 今は落ち着いているのかお母様は落ち着いた様子です。

 ただ、刺激しないように控えめにしているとお母様は感情の読めない目で寧々をじっと見てきます。

 目の色は誠実さんとは似ていないけど、考え込んでいるお顔はそっくりですね。

 

「何かあれば佐伯に言いなさい。あれは優秀だから、だいたいのことは手配してくれるわ」

 

 それだけ言って離れようとしますが、途中足を止めて寧々の方を見ずに言います。

 

「呪いが解けたら誠実(あのこ)のことは忘れて、あなたのいるべき場所に行くべきよ。誠実の近くにいるのは、あなたに務まるようなものではないわ」

 

 寧々の今の立場や、誠実さんとの年齢差。そして寧々の生い立ちを考えたらお母様が苦言を呈するのも仕方ありません。

 それでも、この恋だけは手放したくないのです。

 

「寧々は諦めませんっ。誠実さんのおそばにいたいです……!」

 

 数秒の間。怒らせてしまったかと不安に思っていますと、お母様は相変わらず寧々の方を見ないで再び歩き出しました。

 

「……そう。節度を持って努力することね」

 

 去っていく背中を見送っていると、誠実さんが出てきてお母様に気づきますが、離れていたため声をかけることはしませんでした。

 

「大丈夫? なんの話してたんだい?」

 

「えーと……寧々が頑張ります!って話を」

 

 誠実さんの準備も整ったので朝食をもらいに行こうとしていると、誠実さんのスマホや屋敷のどこからか警報音がします。

 この警報音は聞き慣れた魔物出現のものです。

 

「なんや朝から警報かいな」

 

 音に反応したのか、それともすでに起きていたのか、近衛さんが現れます。

 

「おはよーごさいます。なんや朝の儀式しよか思っとったんですが緊急の仕事みたいやねぇ」

 

 誠実さんがスマホを確認していると、真剣な顔で状況を確認して佐伯さんを呼びます。

 

 どうやらこの近くでなかなか規模の大きい魔物災害が発生したようです。

 

「寧々、また出動しないといけないんだけど怖くはない?」

 

「寧々は大丈夫ですっ!」

 

 怖がっていては誠実さんに迷惑がかかりますし、寧々もなにか役に立てるかもしれませんから。

 

「ちゃあんと無事帰ってきてくださいよー? まさかワイに担当してる相手を解呪できずに帰ってきた、なんて風評ついたらたまりませんわぁ」

 

「ええ、後ほど連絡します」

 

 近衛さんの見送りを受け、佐伯さんから移動中に食べられるようにと軽食を預かって、寧々たちは魔物の元へと向かいました。

 

 

――――――――――

 

 

 ――同時刻。

 カラスがとある少女の元へと飛んでいく。

 

 カラスがカァカァと鳴いてみせると、少女は足を止め、振り返った。

 

「案内してくださる?」

 

 そうカラスに話しかけ、手にした赤い和傘をくるりと持ち直した。

 

 

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