転生したから世界一のサイドバック目指す 作:口の端にほっぺが!
梅雨が明けたのも束の間、天候は土砂降りだ。夏の匂いがする。
しかし、サッカー少年たちは雨の日だろうとピッチを駆け回る。今日日本が雨だろうと、世界のどこかは晴れているのだ。雨だからと言って休んでいては、すぐに差をつけられる。
【あーーーー、決められてしまったああああ!! 後半開始三分、日本は痛恨の追加点を献上してしまったあっ!】
「すご......」
「大会ベストゴールに入るな、今の」
たとえバタフライエフェクトがあったとしても、日本がサッカー後進国であることに変わりは無い。
現に今日のお昼に行われているワールドカップでは、ブラジルに0-2とビハインドを負っていた。ちょうど今、世界に名高いテクニシャンがフリーキックを決めたところだ。あれはどうしようもない。
「はあ......。カウンターの鋭さがあればね」
「ブラジルのディフェンス陣も相当だよ。それにボランチの男梅。奪われた瞬間の寄せが早い」
「うん。すぐに奪い返されてる」
グループステージの第2戦。丁度日曜日の昼から中継が始まったので、ツカサの家で一緒に見ているのだ。今日は酷い雨で練習がなくなり、一日暇になった。
とてもじゃないがこんな土砂降りでサッカーなどできない。冒頭のサッカー少年は、おそらく松○修造かなにかに違いない。
それに、ここしばらく試合が続いていた。体を休めるのにいい機会だ、とは監督の言っていた言葉だ。
ツカサの家、居間のソファでダラーっとだらけながらテレビを見る。隣のつかさの姿勢がいいのは育ちが違うからだ。家に彼女しかいないのにいい子を演じるなんてごめんだ。
にしてもこのソファ柔らかいな、いくらするんだろう。欲しいな。
「キャプテンのあの人だけずーっと声出してるね」
「ここまで完封されてると代表でも声が出せなくなるもんなんだな」
この試合が2戦目だが、初戦は引き分けだった。この一年日本代表の試合は勝ちがない。それもあってか非常に士気が低い気がした。
......あまり他人事とは言えない話だ。
ゴールデンウィークの全国大会は3位で終わった。近年予選リーグ敗退が続いていた中では大出世と言える。しかし、課題がなかった訳では無い。
特に最後の試合では主力の大加田と尊史が衝突して、殴り合う寸前までいったのだ。
その時はツカサの咄嗟の判断で免れたが、冷たい空気は変わることなくチームを蝕み、打開することは叶わなかった。ちなみに、ツカサは「少しだけ怖かった」と言って、帰りしないつも以上に手を握ってきた。可愛いかよ......!!
だが、問題はそこでは無い。確かにチームとしては大きな問題だが、それ以上に俺にも問題がある。
俺は、味方に対する声かけが少ない。
しない訳では無い、少ないのだ。だが、致命的だ。サッカーは人に注文出来るやつが上に行く。それは今までもこれからも変わらない。キャプテンシーのあるやつは重宝されるし、実際試合で役に立つのだ。
これは2人の喧嘩の後に監督に言われたことだ。「パワプロも、ああいう喧嘩に混ざっていいんだぞ」という。
どうやらコーチ陣が大加田たちを止めなかったのは、その言い合いに意味があると思ったからのようだ。流石に殴り合いになったら止めるとは思うが、結構綱渡りしてんのな......。
あの喧嘩は、自分たちの要求を少しばかり激しく注文してしまっただけの事なのだ。当然、カッとなって喧嘩するのは歓迎できないが、お互いに注文し合うことはあって当たり前なのだ。
そして、あの言い合いに参加したのは3人。大加田と尊史、そしてツカサだけだ。
パワプロにも、ガツガツ人に注文できるようになって欲しい。
監督には、そんなことを話された。
確かに、言われてみればそうだ。俺は一歩下がって見ていることが多い。冷静と言えばそうだし、日和見と言えばそうだ。
だが、それではダメなのだという。
「キャプテンに呼応して他の選手も叫んでるね。特にディフェンス陣」
「ああ。中盤もプレスが浮かなくなってきてる。10番が周りを盛り上げてるんだ。徐々に盛り返してるな」
雨がガラス戸を叩く音を背景に、テレビから実況の絶叫が届く。静かで騒がしい日曜日だ。
後半20分になって日本が1点取り返した。流れが日本に来ている。
「いい流れ。このまま追いつけるかもね」
「男梅もイエロー貰ったし、だいぶカウンターも刺さるようになった。あとは最後だけ」
試合も佳境に入り、考えることをやめた。周りに注文するのはこれからの練習で毎回意識するのがいいだろう。それに、注文するには自分もできる必要がある、とも監督は言っていた。
視線をあげてテレビに戻す。ここで引き分ければ次の試合がだいぶ楽になる。ツカサと共に乗り出して応援した。いけー、ホ○ダー!
☆
「鶴屋監督。書類出来ましたよ」
「ありがとう。早速見せてくれるかい」
「はい! えっと、上から背番号順になってます」
ありがとう、と礼をいって最上アシスタントから書類の束を受け取る。J下部組織用に設けられたトレーニングセンターの一室で席に腰かけ、紙の段を早速上からめくる。
「それにしても、生徒たち頑張ってましたね。全国三位はすごいじゃないですか」
「ああ。まあそうだな」
みたいページを開いて確認していく。うん。キョータからの縦パスは成功率が高い。パス精度もそうだがポジショニングがいい。前のポジションにタカがいるのも大きいだろうが、彼がカウンターの起点になったことも少ないことから、それが正しいと言える。
「だが、チームがビハインドを負ったとき、声を出せるヤツが少なすぎる。まあ、これは経験かもしれないけどね」
「それは、監督。監督が代わりに引っ張ってあげればいいのでは?」
「まあ、あまりにも出さなかったらな。前々回もそうだが、ツカサとヤヤが頑張っていた」
「あー。ディフェンダーとキーパーの2人ですね。あの二人はいつでも声を出してる気がします」
次はパワプロのページだ。資料に貼ってある顔写真の表情がふてぶてしくて毎度見る度に笑いそうになる。
パス成功率は思ったよりほかと変わらない。これは難しいパスへのチャレンジが多いからだろう。ロストも多い。これは中盤に急に抜擢したからだろう。少しだけ申し訳ない気持ちはある。だが、あまりカウンターに起点にはなっていない。試合を見た感じツカサのカバーが多かった。───モテてやがるな?
そして、異常な数値もいくつかある。首振りの回数───バルサのシ○ビの話を聞いて導入したが、これが非常に多い。首振りの回数はそのまま視野の広さに繋がるが、元々中盤をやっていた白岡よりもはるかに多い。
そして、デュエルの勝率。これも高い。自分が持っている時は勝率が伸びないが、相手が保持している時は非常に高い。これはサイドバックをやってた頃の名残だろう。体を当ててボールを奪うのが非常に上手い。
「だが、2人以外にも声を出して欲しい。実力のあるやつなら尚更だ」
「あー。それがタカとかパワプロとかなんですかね。タカはまあまあ声を出せてる気もしますけど」
「勝ってる時は声が出る。負けてる時、空気の悪い時は黙りがちだ。───タカはな。パワプロは出てないという訳では無いが、もう一声欲しい」
もったいないからな───。
最上アシスタントに見ていた紙を見せる。彼も既に目を通しているので、大きく頷いた。
彼の成績の中で、もっとも異常な値。
全ての試合で、対戦相手も含めたなかでキーパスを一番多く成功させている。チャレンジした時の成功率は70パーセントを超えていて、彼がいかに精度の高い選手かわかる。
「彼は、日本のシ○ビになれる選手だ。だが次の時代の司令塔になるには、いくつか能力が足りない」
「ははあ、気に入ったんですね。監督、シ○ビ選手好きですもんね」
「当たり前だ」
もちろん、パワプロ以外にも気に入ってる選手はいる。ツカサは間違いなくいいディフェンスリーダーになるだろうし、尊史は怪我さえなければ日本史上最高のウィンガーになる可能性を秘めている。
そして、彼らは5年生だ。まだあと一年あるのだ。日本一を狙う機会は多い。
彼らをしっかり育成して、空いたポジションに適切な選手をスカウトしなければならない。それを十全にこなして、上手く戦術を落とし込めれば日本一も夢じゃない。
俺が目指しているパスサッカーは、現在進行形でスペイン代表が証明しているのだ。足りないピースも多いが、揃ったときに見える景色は壮観であるはず。
何より上のカテゴリーを任される可能性が上がるのだ。俺の監督への道も花開く。
......ただ、ここまでいい人材が揃うと、吸収力の高い小学生をこのまま教えていたいなとも思ってしまうのだ。どうしたものか。