転生したから世界一のサイドバック目指す 作:口の端にほっぺが!
師走もほとんど過ぎ去った。小学5年生の12月。子供の時は時間が経つのがあっという間だ。
平日の俺の生活リズムは変わらない。
朝6時に起きて、1時間ほどランニングをする。シャワーを浴びて、朝食を軽くとって学校に向かう。
ちなみに朝食はバナナ2本とフルーツくらいしか食わない。家の方針でもなんでもなく俺が朝に食えないタチだからだ。
学校で授業を受けて、6時間目が終われば帰宅する。平日は週4回ジュニア選抜の練習があるため、ツカサと電車に乗ってグラウンドに向かう。1時間ちょっとの練習が終わればツカサと共に塾へ向かう。週4回塾があって、結構被っているのだ。曜日も、時間も。なので、帰宅せずに直接行くしかない。
塾が終わればようやく帰宅できる。帰る頃には21時になっているため、お風呂に入り食事をすればあっという間に就寝時間だ。体は資本、いくら見たい動画があったとしても未来に身長が1mmでも縮む可能性があれば俺は眠るしかないのだ。
───いや、死ぬて。本当に過酷すぎるよこの生活。
普通、こんな生活を毎日続けていたらサッカーも勉強も嫌いになる。俺はサッカーが好きだから続けられるが、とっくに勉強は嫌いになった。思えば前世でも奨学金以外に役立った場面はなかったし、ほんとに思い入れがなくなってしまった。
文句を言わずどっちもこなすツカサはすごいと思う。
そして、土曜日は練習があり、日曜日は2週間に一度くらい試合がある。
いや、死ぬ(ry
やっぱり、進学塾は辞めるべきだ。体というか、心がもたなくなる気がする。父は変わらず「セレクションに受かってからだ」と言って聞かない。さっさと受かってやりたいところだが、既に3回受けたうちの3回とも落ちている。この間受けたバルセ○ナの合宿でも優秀選手には選ばれなかった。俺にはまだ足りないものがあるということだ。我慢するしかない。
その代わり、発散する時間が必要だ。あるいは、癒しを貰う時間。
うちはペットを飼っておらず、代表的な麻薬であるネコノミンやハムスタンを吸えない。家族はペットを買わない方針だ。俺も自分の生活にペットの世話まで入ってきたら咽び泣く。
だが、それ以外にも方法はある。ツカサと家で話す時間や、ゆうるちゃんと散歩する時間こそが俺の至福の時間だ。その時間を使ってめいっぱい心を回復するのだ!
「冬河ツカサ。よろしくね」
「え、えっと銀崎ゆうるです。よろしくですぅ~」
最寄り駅の前で、なにかを見定めるような目つきのツカサと、おっかなびっくりペコペコと頭を下げるゆうるちゃんが自己紹介を交わしていた。
───いや、死ぬて。腹に穴が空いて死ぬて。
ツカサの目ってめっちゃ海の色だな、ゆうるちゃんてキョドキョドしてても可愛いなあ。なんて現実逃避をしていても誰も許してくれない。ツカサはお前の番だと言わんばかりの視線を向けるし、ゆうるちゃんも何とかしてくださいと言わんばかりの視線を向けてくる。
「あ、ああ。で、俺が神谷パワプロ。とりあえず、電車乗って集合場所向かいましょっかー」
「賛成」
「さ、賛成ですぅ。と、東京行きでいいんですよね......?」
俺たちはほとんど無言で電車に乗り、数十分を凍えた空間ですごした。
......まあ、予想はしていたことだ。
U-12でもっとも大きな大会である全国選手権大会、その本戦が開幕したのだ。今年の会場は鹿児島なので、東京駅から新幹線を使って行くことになる。小学生の冬休み4日間を利用して連続で戦うため、向こうに宿泊する。
そのことを伝えたら、ゆうるちゃんは「鹿児島ですか、桜島が見たいです。わたしも一緒に応援しに行きます!」などと言い出したのだ。なんというフッ軽。無理だろうなと思いながら監督に相談してみると意外に行けるらしい。女子用に割り当てられた部屋に余裕があるから、お金さえ用意出来れば可能だとか。
向こうの両親は彼女の意を汲んであげて一緒に行くことになった。関西に父方の実家があるとかで、帰りは両親が迎えにきて一緒に帰省するらしい。なんというか、親御さんは娘がそんなんでいいんですか?
が、問題が浮上した。
一緒に行くとなると、ツカサとゆうるちゃんでお互いに話すことになる。回避できない。これまで放置していたツケが回ったのだ。
彼女たちはお互いに初対面で、けれど相手のことは知っている状態だ。試合を見に来てくれていることは知っているし、試合に出ていることも知っている。そんな仲だ。
が、俺を通してしまうと一気にこじれる。クロワッサンのように一気にねじれてしまうのだ。
「あ、あんま都会に出てきたことないですけれど───た、たけービルばっかだっぺよ」
「───ゆうるちゃん関西弁?」
「えっ!? と、東北弁ですよう恥ずかしい......」
「なぜに東北弁」
頑張って場を和ませに来ている。頬が緩みそうだが、じっとして動かないツカサの手前何もできない。まるで獲物を前にした蛇のようだ。じっと隙を伺っているように見える。
「あっ、荻窪ですよ! わたし母と来たことあります! サウナがあったんです。気持ちよかったんですよ~」
「へえ、サウナはあんま入ったことないな。今度行ってみようかな」
「いいですよ~。ツカサちゃんはどうですか?」
「......ある」
「あるんだ」
「へえ! 温泉のサウナとかですか?」
「わたしも荻窪の」
「え、偶然! 一緒ですね!やっぱあのお店ですか? 」
あっという間に、ゆうるちゃんとツカサは距離を詰めていった。その分俺の影も薄くなったが、今の状況が続くのなら影も薄いままでいい。ツカサが何か文句を言うのでは、なんて一切警戒もしていなかったので、むしろ予想通りと言える。うん、計画通りだ。ほんとに。
ただ、ツカサの返答が硬い。表情もだが、あまり話題に入っていないようだった。
「それでですね、さとうさんはお米が大好きで、いっつも『うみゃーうみゃー』って食べるんですう。そのあとだけはお腹を撫でさせてくれるんですよ───」
まあ、動物の話題になってスイッチが入ってしまったゆうるちゃんにはそこまでダメージはない。普通反応がないと話しにくくなるものだが、あっという間に自分の世界に入ってしまった。目は開いてるが、おそらく見えているのはさとうさんの幻影だろう。通常運転だ。
ちなみに俺は初対面でその猫のお腹を撫でた。普通に歓迎されて、ゆうるちゃんが涙目になって羨ましがっていたのはいい思い出だ。
電車がハブ駅に到着し、集合場所に着く。俺やツカサの両親は仕事やほかの事情で来れなかったり合流が送れたりするが、何人かの保護者は付き添いとして最初から来てくれるそうだ。いつもより大きな仲間が多い。そのせいか、いつもよりみんな大人しかった。
全員集まったようで、トイレ休憩してから新幹線に向かう。サッと行って戻ってくるとツカサがひとりで待っていた。
「ツカサ。あれだけ時間があって今更仲良くしろって言う俺がいちばん悪いけど、ゆうるちゃんは悪い子じゃないんだ。モヤモヤがあるんだったら言って欲しいし、彼女とは仲良くして欲しい」
「パワプロ......」
隣に立って伝えると、ツカサは迷いの籠った目を俺に向けてくる。初めて見る目だ。
「私は───私は、別にもう怒ってない。既に怒ったし、パワプロがそういうことに優柔不断なのはよく知ってる。けど」
「......けど?」
「───うまく言葉にできない。でも、悪い感情じゃない。はず。ゆうるちゃんはいい子だし、仲良くできる、つもり」
どうにも、何か判断しかねる感情があるようだった。その気持ちは俺にもわかる。一体何なのか分からない感情があると、モヤモヤする気持ちはよく分かる。
こういう時は、前例に習って言葉が必要なのだ。ツカサを思っている人の後押しが。
「あー、まあ関係ないかも知んないけど、一応言うけど。......おほん。俺にとって、お前は頼りになって、一緒にいると楽しくて、サッカーが上手くて、一生大事にしたいほど大切な友達だ。だから、その、だな。ゆうるちゃんとは、俺抜きで考えて、ツカサがしたい関係でいて欲しい。おこがましいように聞こえるけど、そっちの方が、ほら、俺の気が楽だからさ」
一歩間違えれば自信過剰の痛いヤツだが、数年も一緒に過ごしていれば、彼女の気持ちも何となくわかる。俺に遠慮しているとかなんだろう。......多分。
その言葉にキュンときたのか、あるいは驚いたのか。十中十後者の反応をしたツカサは笑みを零した。
「ありがとう。そういうところ、男らしくて素敵だな」
「お゛。おう......」
唐突な言葉に、言葉が詰まる。
その後は無言で時が過ぎるのを待ったが、お花畑から戻ってきたゆうるちゃんが「パワプロくん、顔が赤いですよ?」と言ったことでツカサが爆笑した。
彼女は今まで見たことがないほど笑ったし、俺は今まで感じたことがないほど恥ずかしくて、なんだか可笑しかった。
この後は人物紹介、すぐに6年生編に移りますわ。
6年生編、高校生編を中心に描きたいのと、あまり試合の描写が多すぎてもグダグダしてしまうからですの。
ちなみに閑話というか寄り道みたいな話は後で順次追加していきますわ。
まずは完結を目指す予定です。