転生したから世界一のサイドバック目指す 作:口の端にほっぺが!
今日は、朝起きてから体調が優れなかった。体が重い気がするし、頭もだるい。胃の中に重たいなにかが入ったようだった。
当然、それはフィジカルコーチの六庵コーチやツカサにもバレる。朝の食事が終わった時点で話しかけられた。
「ねえ、パワプロ。顔色悪いけど大丈夫? 具合悪い?」
「あら、ほんとねえ。 ......でも熱がある感じでもないわ。とりあえず一旦診断して貰いましょう」
六庵コーチのゴツゴツした手で額を触られる。熱はなかったようだし、俺も熱がある感じはしない。六庵コーチがチームの救護係を呼んでいる間に、ツカサが心配そうに隣に腰掛ける。
「ねえ、もしかしてだけど」
「───なに?」
「......セレクションの話、結果聞いた?」
それを聞いて、胃の中が重く沈むようだった。先程食べたものを吐き出しそうになって、ツカサに背中をさすられる。
結局トイレに駆け込んで、胃の中の物を吐き出した。
「はあ......はぁ......」
「パワプロ......」
ツカサがホテルのベンチに座って俯く俺の背中を撫でてくれる。だが、腹の調子は戻らない。
六庵コーチが救護係の人を連れて戻ってきて、その場で診察が始まった。
「熱もないですし、風邪という訳でもないです。ただ、呼吸が浅くて、心臓の鼓動も早い。それに目の下のくま。おそらく、寝不足と極度の緊張で体調を崩しているんだと思われます」
「緊張───神谷くん、あなた全国決勝で緊張するようなタマだったかしら?」
「六庵コーチ」
不思議がる六庵コーチにツカサが小声で話をすると、六庵コーチは顔を引き締めてどこかに向かっていった。
「パワプロ。私の顔を見て、一旦深呼吸しよう」
ツカサの手で顔を挙げられ、目を合わせられる。ゆっくり深呼吸した。だが、ツカサの銀色のまゆは悩ましげに細められた。
「ねえ、パワプロはどうやって結果を知ったの?」
「......昨夜、母さんに会って、『最後のチャンス』だから頑張れって」
「それは、これが私たちの最後の大会だからじゃなくて? パワプロの思い込みじゃないの?」
ざんねんながら、俺は昨日の夜に何度もそのことについて考えをめぐらした。母さんがああいう風に念を押すことは少ない。たかが小学生最後の全国の決勝だからといって、平常心を乱すような言葉を贈るようには思えなかった。
それに、全国は春に制覇している。俺が全国優勝よりもバ〇サのセレクションに受かることを重要視してきたのは、母さんも父さんも知っていて、助けてきてくれたのだ。
「パワプロ......」
「ごめん、ツカサ」
その言葉に、ツカサは泣きそうな顔になる。俺だって泣きたい。
これまで一心不乱に頑張ってきたのだ。生まれて一年も立たないうちからボールを蹴り始めた。ゴールデンエイジなんて言われてる期間はサッカーを他の誰よりも集中して、好きでいて、効率よくやってきたつもりだ。塾だって通った。学校だって真面目に通った。学校の友達と放課後話す暇さえ惜しんでボールを蹴ったのだ。
実績だって残してきた。全国優勝だってしたし、アシスト王なんて両手の指で追いつかないくらいには取っている。魅力的なパスを通したし、決定的な守備もした。頭を使って試合をコントロールをしたし、自分で仕掛けられないなりに工夫してチャンスを作った。
それで、なんで選ばれないんだ。
この世の何よりも、それが理不尽に感じられた。
ツカサはただ頷くだけだ。彼女にもたくさん迷惑をかけたのに、一番欲しい結果がこない。俺の十二年間は、一体なんだったというのだ。
「パワプロ、ツカサ。ありゃ、酷い顔だね」
鶴屋監督がいつの間にかそばにいる。俺の顔を見ながら酷い顔だとのたまった。確かに俺の視界はぼやけていて、おそらく涙もボロボロこぼれているのだろう。
ツカサの隣に監督はしゃがみこみ、俺の右肩を触った。
「パワプロ、君の慟哭を聞いたよ───。いいかい? 残酷なことを言うけど、君はラ・マ〇アのセレクションでは選ばれなかった。これは君の両親からも聞いたし、上に申請した俺のとこにも通知がきた」
つまるところ、救いはなかったのだ。再び涙が溢れ出す。今度は嗚咽も止まらなかった。
「おいおい、泣くとこなんか初めてみたぞ」
と、鶴屋監督は意外そうに笑う。俺は相変わらず泣いたままだ。笑う余裕なんてあるわけが無い。
すると、監督は真剣な顔で俺の方を叩いた。
「いいか、よく聞け。君が両親に話していたように、一番はバ〇サのセレクションに受かることが目標だった。だけど、もし落ちたとしても、この全国大会で活躍を認められてスカウトされる可能性もある。そうだったろ?」
「......あ゛い゛、でも───ぞんなのかのうぜいひぐいじゃないですが」
「お、ようやく声が聞けた」
口をひらけば、今まで出したことがないような声が出る。それを聞いて、監督は再び笑った。
「なあ、可能性が低いことは否定しない。けどな、俺が保証する。今回の全国大会は一味違うぞ。ジュニアユースのスカウトはもちろんだし、付属中学のある高校やJリーグ、それに雑誌なんかの調査隊が大勢注目している。それに、その中には海外の下部組織のスカウトも含まれてるんだ。......これは、俺が実際に目にしたから間違いない。バル〇レベルのクラブが確実にひとつは見に来てる。信じろ、パワプロ」
確かに、観客席どころかそうでないところまで人だかりができていた気がする。監督のいうように、海外のスカウトも来ているかもしれない。
───けれど、俺はバル〇には認めて貰えなかったのだ。
「ぐふっ、ぐすっぐずっ」
「だめかあ。......仕方ない。もう時間が無いんだ。申し訳ないがツカサ、パワプロを頼めるか? あるいは、パワプロと仲のいい銀崎ちゃんに任せてもいいかもしれない」
「いいえ───私が、一緒にいます」
「そうか、わかった」
そう言って、六庵コーチと共に鶴屋監督は去っていく。今日の9時半から試合が始まるのだ。もうバスに乗って出る必要があった。だが、俺は準備が終わっていない。ツカサにそれを付き合わせれば彼女も試合に遅れてしまう。
「ツカサ、先いけよ......」
「できるわけない。申し訳ないって思うんだったら、立って前を向いて」
叱咤されても、俺は顔を上げることが出来ない。涙と鼻水で頭が重い。前なんて見えない。
ツカサに腰を支えられ、とぼとぼと歩いていると目の前に人が立ち塞がった。
「ゆうる......」
ツカサが驚いたように立ち止まり、その言葉に俺も顔をあげる。が、自分の顔がみっともなくなっているのに気づいて顔を落とした。
だが、正真正銘ゆうるちゃんだった。一瞬見た彼女は、非常に心配そうな顔をしていた。
「ツカサちゃん。バスで先に行っててください。パワプロくんは、私が電車であとから届けます」
「ゆうる......。無理しなくても」
「いいえ、無理してなんかないです。私は無理を言って選手の皆さんと同行しているんです。これくらいやらないと、申し訳ないですから」
その言葉に、ツカサはどうやら頷いたようだった。そして、俺を少し進ませ、ゆうるちゃんに預けた。握られていた右の手のひらが、ややあって離れる。
「───お願い、ゆうる」
「任されました。必ず、絶対に間に合わせます。最悪この辺の子たちを総動員してでもです!」
「ありがとう。......恩に着る」
そう言って、ツカサは離れていった。
今度は、ゆうるちゃんが俺を支える。半ば押されるようにして、二人はエレベーターに向かった。