転生したから世界一のサイドバック目指す 作:口の端にほっぺが!
「ええと、すね当てと、靴下と、ボールと───」
ゆうるちゃんに連れられて、俺は自分の部屋で荷物をまとめる。さすがに女の子に任せ切りなのは良くないと思い、自分も手を動かしているが、ゆうるちゃんはまるで俺の母さんかなにかのごとく、ぱぱっと支度をしてしまった。
「わるい、ゆうるちゃ───」
「わるいって思うなら、さっさと行きましょう! みんなパワプロくんを待ってるんですよ」
「う、うん」
そのまま、手を引っ張られて部屋を後にする。エレベーターに乗って、ホテルの前に出た。十数分前にバスは出ているため、俺たちはこれから電車でピッチに向かうことになる。ゆうるちゃんはお金を持たされていたようで、最寄りの駅に着いたら早速切符を買っていた。
俺もゆうるちゃんに続いてホームに入り、電車を待つ。
すると、駅のコンビニでなにか買っていたゆうるちゃんは、ビニール袋からあるものを取り出した。栄養ゼリーだ。
「パワプロくん、これを飲んでください。朝食のあとに催してしまったと聞きました」
「むごご」
そう言って、蓋を開けて俺の口に突っ込んだ。中身が押し出され、無理やり飲まされる。危うく鼻から出そうになった。必死に飲み込む。
「んぐ......。ありがとう」
「どういたしましてです」
そうして、電車を待った。
鶴屋監督の話から時間を置いてみて、少しばかり気は楽になった。依然として体と頭は思いが、少なくともピッチに行く気力はある。
もうそろそろ、試合が始まる頃だ。
ゆうるちゃんをみれば、無言で車内広告を見つめている。俺も気まずくなって、違う広告を見つめた。
あんなことがあったのに、どうしてこんなにしてくれるのか。
そんな問い掛けなどできるはずもない。ガタンゴトン、と電車に揺られて、会場の最寄り駅に着いた。
「ほら、急ぎましょうパワプロくん!」
「おう、おーー!?」
ドアが開いた瞬間にゆうるちゃんは俺の手を掴んで一気に走り出す。宙を舞う紙切れか鯉のぼりにでもになった気分だ。
「こんにちは、南スタジアムがどこかご存知ですか?」
「ワン! 」
「突き当たりを右ですね! ありがとうございます」
道中、ゆうるちゃんは立ち止まらない。途中でその辺の犬や猫に道を訪ねて進路を決めていた。すごい才能だよクォレハ......。
10分ほど歩いて、会場に到着した。既に試合は始まっているようで、歓声や掛け声が聞こえている。
いつもはワクワクするはずの音が、今はただの騒音に聞こえた。
「パワプロくん」
「......ゆうるちゃん?」
ゆっくりだが、俺を引きずるようにして会場の入口にたどり着いたゆうるちゃんは、俺の方を振り返る。いつもより睨むような目をしていた。
「ここからは、選手だけです。私は観客席に行きます」
「うん、ありがとうゆうるちゃん」
そう言って、深呼吸して選手用の入口へと向かう。ロッカールームで着替えて、早く合流しないと行けない。だが、俺はいつも通りのサッカーをできる自信はなかった。
「パワプロくん!」
再び、背後でゆうるちゃんが叫ぶ。まだ残って見てくれていたようだ。
ゆうるちゃんは、少し迷いを見せた後に、俺に尋ねた。
「あなたは、どれくらいサッカーが好きなんですか?」
怒っているような、心配しているような、寂しそうな目で俺を見つめた。
俺は、何も返せない。俺はどれくらいサッカーが好きだったか。
きっかけは沢山ある。ロベ〇ルのプレーを見て虜になった。あるいはカン〇ロを見てプレーに落としこもうとした。引退してアーノ〇ドのプレーに後悔が蘇った。
その度にサッカーが好きになった。
だから転生して新しい体を貰った時、迷わずにサッカーに人生をかけることを選べたのだ。転生したことで、もうひとつサッカーが好きになったからだ。
それから俺は一心不乱にサッカーをした。活躍するのは楽しかった。成長するのが嬉しかった。褒められるのが好きだった。誰かと共にいいプレーを繰り出すのにハマった。
けれど、今サッカーをしてもそのどの気持ちも感じることができそうにない。
たかがセレクションに落ちるだけで、嫌いになるような熱だったのだろうか。人生を賭けるなんてのはその程度だったのだろうか。転生してなお、俺はこんなことでつまづくのだろうか。
答えはでない。痺れを切らしたのか、既にゆうるちゃんの姿はない。
覚悟は、決まりそうになかった。
☆
「来たか、パワプロ。調子はどうだ」
鶴屋監督に声をかけられる。この質問は、つまり「試合に出られるか、活躍できるか」というものだ。俺は首を横に振るしかない。
それを見た鶴屋監督のなにか言いたげな顔も、仲間の心配そうな視線も全てが鬱陶しかった。
決勝の相手は当然のようにコーベ・シティだ。
味方最終ラインと駆け引きをし、ファンタスティックなプレーを見せる桜羽。中盤で大岩のように構え、冷静にパスをバラけさせる青髪の大男。それに、左WGに移った尊史とマッチアップする中性イケメンSBに、峰とマッチアップする韓流イケメンCB。そして、右WGで豪快な突破を見せるさつまいも。
FC武蔵は、圧倒されていた。
得点も、前半終了間際で0-1だ。スコアラーは桜羽。仲間の雑談を聞く限り、武蔵はまだまともにシュートを打ててないらしい。
景色が遠くなる気がした。
監督も必死に外から指示を送る。ツカサや川原も後ろからコーチングをして、峰や尊史も気炎を吐いて相手に抗う。
だが、それでも押し込まれたままだった。
俺はいったい何をしているんだろうか。なんでここに座っているんだろうか。俺はこんな景色を見るために頑張ってきたんだろうか。頑張った結果がこれなのだろうか。
ぼーっと見ているうちに、前半終了の笛がなった。
味方選手たちは悔しそうな顔で引き上げてくるが、一人だけ憤怒の感情を表情に映したやつがいた。そいつは、まっすぐ俺の元へとやってきて、胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「パワプロ......お前こんなところで何やってるんだよ。おめおめと顔を見せやがって。お前今の試合見てただろ、それでなんで───」
「尊史くん! 乱暴は───」
「黙っていろ功誠!! ......なあパワプロ、いつもあんだけ気合いの入っていたお前はどこいったんだ。大口叩くだけ叩いて、武蔵は負けねえだとか言っておいて、肝心なときにはベンチで観戦かよ! 甘ったれんな!!」
そう怒鳴った尊史が、俺をベンチに突き飛ばす。肘が肘掛に入って、じんと痺れた。
「タカくん落ち着くでやんす。まずは後半どう対策するか考えないと───」
「考えるも何もねえ! いつもこいつありきで考えてきたんだ! ここにパワプロがいて、体調に問題がねえならお前が出てこいよ!! それが一番の選択肢だろうが!!」
普段は兄貴らしく迫力のあるプレーでチームを引っ張る尊史が、こめかみに青筋をうきだたせて、唾を飛ばして怒鳴っている。その勢いに、誰も言い返すことなどできない。峰も、ツカサもだ。
当然、仲間がやられているのにベンチで座っている俺も。
だが、あまりにも怒鳴りすぎたので審判から注意を受ける。尊史は舌打ちしてその場を離れた。鶴屋監督と何人かのメンバーは尊史について行った。
ベンチに残ったメンバーは、何も言わない。ツカサも矢部坂も沼野も飛鳥も峰も、全員言いたいことはひとつだった。
それは、あれだけ怒鳴った尊史と、本質は同じ。
「あっ......」
なにか言おうとして、失敗した。彼らの熱気の中で、俺の心は冷たいままだ。多分、彼らにも俺の顔色で判断できているのだろう。今こいつらが目にしているのは、彼らのパワプロでは無いのだ。
ろくに言葉も交わさないまま、審判に後半戦を始める旨を伝えられた。
ツカサ達が去っていく中で、矢部坂はじっと俺を見ていた。
だが、何も言わずにピッチに向かう。
ベンチの向こうから尊史も戻ってきている。未だに怒りは収まっていなさそうだった。当たり前だろう。
───こうやって冷静に考えている俺が、心底嫌になる。
後半戦が開始しても、流れは変わらない。中盤に俺が居ないことでツカサの守備タスクが増え、最終ラインが前に吊り出されていた。そのせいでSB2人のカバーする範囲が広がり、その分だけ相手のサイド攻撃が生き生きしていた。特に相手右サイド。さつまいもが、沼野相手に果敢にしかけ、何度もえぐり、シュートやクロスをあげている。川原が必死のセーブで凌いでいるが、二失点目もそう遠くないように見えた。
そして、決定的瞬間が訪れてしまう。
「な、それは無い! ありえないだろ!!」
思わず監督が飛び出し、ベンチメンバーも立ち上がって抗議しに行く。それにつられて、俺も思わず外に出てしまった。
さつまいもを止めようとタックルを仕掛けた沼野に、赤いカードが提示されていたのだ。
しかも、自陣ペナルティエリア内。つまり、PKも献上してしまった。
「過度な抗議はカードの対象です。慎んでください」
「ぐっ」
鶴屋監督が抗議しに行った副審に諫められる。ベンチメンバーはうなだれてベンチに戻っていくが、俺はその場に留まった。これは、目を背けては行けない気がした。
二点目が決まれば、もう勝負は決まったようなものだ。味方は退場者が出て人数不利になる。俺が出ても、もう遅いのだ。
俺は、機会を逃してしまった。
キッカーは桜羽だ。あいつが外すところなど想像できない。GKの川原も気合いを入れているが、こればっかりはしょうがないのだ。
昨日母さんの話を聞いていなければ。推測なんてせずに忘れていれば。俺のメンタルが強ければ。一日経ったら忘れるような頭をしていれば。バ〇サのセレクションに受かっていれば。それ以前のほかのセレクションで受かっていれば。俺がもっと上手ければ。もっと効率よく練習していれば。もっと練習時間を取っていれば。無理やりにでも塾をやめて時間を費やしていれば。親に逆らう覚悟があれば。そもそも海外に生まれていれば。転生なんてしなければ。高校で怪我なんてしなければ。サッカーなんて知らなければ───。
きっと、こんな辛いこともなかったのだろう。
だから、せめて見届ける。この試合を終わって、俺はサッカーを続けられる気はしない。なんだか、ブレーカーが落ちたみたいだ。
もしサッカーを辞めるなら、何をしよう。せっかく外国語を覚えているし、高校教育までの学はあるのだ。外交官でも目指してみようか。父と同じように外資系の民間に就職してみようか。今のうちに仕事の手伝いとかいいかもしれないしな───。
けど、そのどれもが灰色で、思い描いた瞬間に灰のように崩れていく。
そして、意識は現実に戻る。ピッチ際で立ち尽くした俺は、PKを見ていた。桜羽がスポットから数歩下がり、立ち止まる。川原は手を叩いて、ジャンプして体のバランスをリセットしていた。
笛が鳴る。ややあって桜羽は助走をつけた。ゆっくり歩くように助走をつけ、蹴る直前に大股でテンポをずらす。先にキーパーを動かしてからシュートした。
音が鳴る。歓声が湧く。
俺は目を見開いた。
川原がゴール前でうずくまり、桜羽は首を振っている。観客は大歓声をあげていた。
ゴールネットの中には、何も入っていない。ボールは、川原が抱きしめている。
川原がセーブしたのだ。
川原は、最後まで動かなかった。桜羽が蹴る最後の瞬間まで我慢したのだ。そして、蹴る方向を見切ってセーブした。右隅へのグラウンダーシュートだったが、脅威的なバネで反応して見せた。一度は手から離れたが、すぐに体でおおってボールをキャッチした。
「はは......まだ諦めてねえよ、川原は」
思わず笑いをこぼしてしまう。
けれど諦めていないのは、川原だけじゃないようだ。
川原は立ち上がって、俺を凝視する。そして、指をさした。川原に集まってビッグセーブを称える彼らも、俺を見つめる。
七人七色の瞳だ。
尊史は黄色い瞳で俺を睨み、ツカサは海の色をした瞳で優しく見つめている。峰は水色の瞳で俺を真摯に見つめていて、飛鳥は懇願するように紫色の瞳を向ける。俺の代わりにMFに入った猿美は黒色の瞳を涙目にしている。矢部坂は瓶底メガネで分からないが、川原は「やってやったぞ」とでも言いたげな笑顔に変えて俺を見つめてきた。
胸が、腹の奥が熱い。みんなが俺を待っているのだ。みんなが必死に戦っているのだ。俺はいったい、こんなところで何をしているのだろう。
たった一つのセーブを見ただけなのに、俺は心臓の音がうるさくなるのを感じていた。
観客席を見れば、誰もが今のセーブを称えていた。ちっぽけな俺なんか意識すらせず、ひたすらに武蔵コールを送っている。
俺は、一体どうして試合に出ていないんだろう。あの歓声を浴びていないんだろう。
ふと、一人の観客が目に入った。ベンチの真後ろの席で、ゆうるちゃんが応援していたのだ。彼女は立ち上がって応援していて、少し涙ぐんでいる。俺と目が合った。弱気な俺を見て、目元を拭った。
大きく息を吸う。
「パワプロくんっ! サッカーが、好きなんですよね!!」
「ゆうるちゃん───」
ゆうるちゃんは、はちきれんばかりの声をあげ、ピッチどころか観客席全体に聞こえそうな声で吠えた。
「パワプロくんは! 私よりも! サッカーが大好きだって言いましたよね!!!」
顔を真っ赤にして声を張り上げている。周りの観客は驚いているが、誰も止めようとはしない。みんな、俺とゆうるちゃんを見ていた。
「サッカーが! 世界で一番! 宇宙でいっちばん好きなんでしょう!?」
「───」
ゆうるちゃんが、大きく息を吐いた。小さな肩を大きく上下させて、再び息を吸う。目を大きく見開いて、でも叫ぶ時は瞑るように細めた。涙が散る。
「なら! かっこいいところ見せてください! 私よりサッカーが好きな理由を!!」
「見せてよおたんこなすう!!!」
この会場にいる誰よりも大きな声で、ゆうるちゃんは叫ぶ。彼女は叫び終わって、恥ずかしくなったのか観客をかき分けて逃げていく。観客席はどよめいていたが、試合は普通に続行していた。
俺は、無性に恥ずかしかった。大勢に注目されたからでは無い。ゆうるちゃんの行動が恥ずかしかったのでもない。
サッカーが好きだからと告白を断っておいて、たかがセレクションに落ちただけでサッカー人生が終わった気になっていた俺に。
無性に恥ずかしくて、無性に腹が立っていた。
同時に、胸の中で、腹の奥で熱いなにかが暴発しようと、グツグツグツグツ煮えたぎっている。俺の左足は早くボールに触らせろとうずうずしているし、頭はスッキリしたように鮮明になった。
俺は今、サッカーがしたい。
「鶴屋監督、試合に出させてください!」
だから、すぐに監督に言いに行く。ベンチに滑り込んで土下座をした。俺の勝手な都合で試合を休んで、俺の勝手な都合で試合に出たいというのだ。土下座でも釣り合わない。
けど、体の疼きがおさまらない。
「パワプロ。もう調子は───」
「監督」
俺は監督の目を見つめて、言い放った。
「俺は、試合に勝ちたいんです。だから、試合に出させてください」
それを、鶴屋監督は無言で噛み砕く。じっと俺の目を見つめた。
そして、監督はややあって立ち上がる。
「準備しろ。謝罪は後で聞く。お前のタスクは三つだ」
そうして振り返った監督は、試合に勝ちにいく目をしていた。希望を抱き、少ない勝機を絶対に逃さない、勝負師の目。
「あの六番、右WGを完封しろ。そのうえでその左足でチャンスを演出するんだ。───そして、勝て。大逆転劇を見せてみろ」
「はい」
頷いた俺を、後押しするように監督がもう一言告げた。
「大丈夫だ。───お前は世界最高のSBになるんだろう?」
「......」
その通りだ。俺は世界で最も上手い、最も優秀なSBになる男だ。最高のSBはWGに負けない。最高のSBは圧倒的不利でもチャンスを作ってみせる。こんな逆境くらい、ものともせずに跳ね除ける。
心臓も、左足も燃えるようだ。
「俺は今、無敵のサイドバックです」
最後の勝負が始まる。