転生したから世界一のサイドバック目指す   作:口の端にほっぺが!

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銀崎ゆうる

銀崎ゆうるは、関西生まれの可愛らしい少女だ。小学校に入学する直前に東京に越してきて、今は郊外の一軒家に両親ふたりと共に住んでいる。

 

ゆうるには、生まれつき動物の声が聞こえた。きっかけは覚えていない。だが、物心つき始めた頃には動物と会話していたのだ。

 

当然、両親はそのことをすごい、と褒めた。動物を飼うことにも寛容だったため、それを契機にハムスターやインコを飼い始めた。彼らの世話がゆうるの日課で、生きがいだった。

 

しかし、動物と話せることを気味悪く思う人もいるものだ。ゆうる自身、仲良くなれたと思った友達に言われたこともある。彼女の母親がママ友にチクチク言われているところも目にしてきた。

 

故に、彼女は友達が少ない。いじめにこそあっていないが、その事が一層、ゆうるが動物にのめり込むことを助長した。

 

だが、決して辛いものではなかったそうだ。

 

そんなある日、彼女は一人の少年と出会う。家の軒下に住み着いたさとうという名の猫と散歩をしていたら、その白い猫は急に走り出した。道を曲がって追いついた先では、さとうさんが見知らぬ少年に腹を撫でられていた。

 

ゆうるはかなりショックに感じた。

 

この頃の小学生男子と言えば、ゆうるが動物と話せば「きっしょ」やら「何それ」とズケズケと否定してくるだけの子供だった。そんな野蛮な動物にさとうさんが懐いている姿を見て、思わず涙目になって固まってしまった。

 

だが、その少年はほかの少年とは一味違った。

 

「あ、どうも。この猫君が飼ってるの?」

 

随分と大人しめで、丁寧な言葉遣いだった。

 

とりあえず猫や自分を害する気はない、と簡単に警戒心を解いたゆうるは少年と話を続ける。彼はサッカーの自主練習の帰りで、同じように散歩の気分で帰宅していたらしい。

 

少し汗臭かったが、ゆうるは汗と夕焼けでキラキラ輝く少年の顔に、一目惚れしてしまった。

 

それから、少年とは何度も遭遇した。このくらいの時間かな、と当たりをつけて散歩すれば、高確率で少年と遭遇する。さとうが「この子も、あんたと会いたくて時間を合わせてるね」と言うように、何度も何度も出会った。その度に話が弾み、嬉しくなった。

 

少年とは特に動物の話で盛り上がった。彼はペットこそ飼っていないが、小さな動物が動いている動画を見るのがとても好きだという。それだけでも、ゆうるは少年がとてもいい人なのだと思い込んだ。

 

ゆうるも、少年のことを知ろうと思った。自分ばかり話すよりも、彼のことも知りたいと思ったのだ。

 

だから、サッカーを勉強した。最初はゴールが二つあって、そこにお互いボールを入れ合うだけしか分からなかった。だが、少年に試合の観戦を誘われて、数年かけて勉強するうちにだいぶ理解できるようになっていった。

 

彼女の、二つ目の趣味である。

 

当然少年は喜んだし、試合に顔を出せば目を合わせて手を振ってくれるほどになった。

 

その少年は、どの試合においても抜きん出てサッカーが上手かった。彼がボールを持っても持たなくてもピンチをチャンスに変えるし、得点を決めれば喜びを全身で表現していた。

 

ゆうるは少年の虜になった。

 

 

 

あるとき少年は、中学生になったら海外に行くんだ、とゆうるに告げた。彼女はびっくりしたし、中学では一緒の中学校に通うつもりでいたため、かなりガックリとした。

 

けれど、彼の理由を聞いて気持ちを改める。少年が海外に行くのは、三年間かけてサッカーの本場で修行するためだった。そのために外国語も勉強しているし、試合だけじゃなくてテストも受けに行っているそうなのだ。

 

ゆうるにとって、やはり彼はすごい人だっだ。

 

それに対して、自分はどうなんだろうと疑問を持つ。当時ゆうるは小学六年生になったばかりだったが、学校ではろくに友達も───少年とチームメイトだという男女二人とは少しだけ話すが───いなければ、放課後に何か習い事をしている訳でもない。サッカーボールを買ってみても運動音痴でまともに蹴れず、勉強だってそこそこできるから塾が必要という訳でもない。両親も、彼女に何かを強制することは無い。唯一ピアノが家に一台置いてあったが、彼女はそこまで興味をそそられなかったし、家で大きな音を出すとハムスターのラングレー一家やインコのめんこが驚いてしまう。

 

だから、彼女は探した。少年と同じように、自分も何か頑張ってみたいと考えたのだ。

 

そうして見つけたのが料理教室だ。サッカー選手は、綿密な計画を立てて食事生活を取っている、とネットの記事で見つけた。それこそカロリー単位で、アスリートの体を作っているのだとか。世界最高のサッカー選手の食生活の一例を見つけて、思わずひえーっ、と呟いてしまうほどに繊細だった。

 

これだ、とゆうるは確信した。少年が世界で活躍する一助になるために、自分は食事で貢献しようと思ったのだ。だから、近所の料理教室に入った。試合を見に行ける機会は減ったが、家の料理も含めて彼女は創意工夫して努力していた。数年後、少年が青年になった頃に自分の料理で喜んでもらえることを妄想しながら。

 

そうして、小学校六年生の夏、夏祭りの日が来た。

 

両親と三人で祭りを回っていたが、人混みの中でさとうが駆けている姿を見て、危険だと考え追いかけた。さとうさんは、まるで着いてこい、とでも言うようにこちらを振り返りつつ、踏まれないようにピューっとかけていった。

 

その先には、一人で焼きそばを食べる少年が待っていた。

 

彼女も名前を知っている選手の服を着て、ぼんやりと猫を眺めていた。当然彼もゆうるに気づき、にっこり笑って返事をした。

 

「ほら、チャンスじゃないかしら?」

 

さとうさんが言う。確かに、チャンスだ。この少年と夏祭りを楽しむのは、滅多にないチャンスだ。ゆうるはそう考えた。

 

 

 

だが、彼女には懸念もあった。

 

少年と仲のいいチームメイト、ツカサだ。

 

彼女と初めて会ったのは小学五年生の冬。顔を見たのはそれ以前だが、面と向かって話したのはそれが初めてだった。

 

彼女は、ゆうるに対して少しばかりトゲトゲしていた。それを見て、ゆうるは直感した。彼女も少年を好きな同士なんだろう、と。

 

直接言葉にしなかったが、ツカサもそれに気づいていたのだろう。最初は、ギクシャクしてしまった。

 

だが、次第に打ち解けられた。ピッチで少年を支えるツカサと、ピッチの外で少年を応援するゆうる。抱える気持ちは似たようなものだが、立場がちょっとだけ違った。それもあって、お互いを認められたのだろう。ツカサが少年と同じように大人びていたこともある。

 

最終的に、試合を観戦した日には話をする仲にまで発展した。少年を通じた、ゆうるにとって大事な友達だ。

 

 

 

そんな彼女が脳裏を横切る。彼女も多少迷った。抜け駆けは良くないかもしれない。少年も困るかもしれない。

 

けれど、ゆうるは少年が断ることをあまり考えていなかった。なぜなら少年はとても良い人で、すごい人間だったからだ。それに、さとうが言うには少年もゆうるのことが好きらしい。

 

少女漫画のように、成功するシーンしか頭に浮かんでこなかった。

 

だから、彼が言葉を無理やり遮り、あまつさえ「サッカーが好きだから」と断った瞬間には絶望した。いつの間にか家にいたが、帰るなりベッドに潜って号泣してしまった。

 

ゆうるは、裏切られた気分になった。

 

だが、それから時間をかけて考えた。少年の言うことだ。きっと深い意味があるかもしれない。

 

「俺もゆうるちゃんが好きだ。けど、それ以上にサッカーが───」

 

なぜ、ゆうるのことが好きなのに、断ったのか。それがどうにも理解できなかった。

 

彼女が嫌いであれば好きとは言わないし、ゆうるのことをしつこいと思ったとしても、キモイと思ったとしてもそうだ。じゃあ、本当に少年はサッカーの方が好きだからゆうるを振ったのか。

 

それはあまりにも理不尽だ。

 

そんな二者択一に、勝てるわけが無い。ゆうると動物がとって切り離せないように、少年とサッカーの関係はそうなのだ。

 

ゆうるは、少年を疑った。少年が良い人ですごい人だということに疑いをもった。そのせいで、以前とは同じようには話せなかった。

 

 

 

そうして、あの瞬間がやってきた。

 

 

 

全国選手権の決勝戦。ゆうるは気持ちが晴れないまま、自分の意思で選手たちと同行することを決めた。その最後の試合だ。

 

だが、少年は絶望した顔をしていた。告白して振られたゆうると、同じ顔をしていた。

 

理由は分からないが、トイレで吐いたり散々泣いたり、今まで見たことないような姿を見た。挙句には試合に間に合わないことも伝え聞いた。ツカサが面倒を見ていて咄嗟に体が動いたが、そんな彼の姿を見たくはなかった。弱々しい彼の姿など見たくなかった。

 

同時に、だんだんと怒りを覚えた。

 

 

 

サッカーを好きだって言って振ったくせに。

 

一回好きな物に振られたくらいで、なんでそんなに絶望した顔をするの。

 

そんなの納得できない。

 

こんなの、まるで、まるで───。

 

まるで、わたしとおんなじじゃないですか。

 

 

 

それに気づいた途端、少年は素敵なものではなくなった。ゆうるの信じていたような、聖人君子の完璧超人ではなかったことに気がついた。少年をおおっていたキラキラしたベールは消えてなくなったのだ。

 

少年と目が合う。彼は、今まで見たことがないほど怯えた目をしていた。試合中の彼にも、日常の彼にもみたことがないような目。

 

───わたしを散々騙しておいて、かっこいい姿を見せておいて、その格好で、格好良かったその姿でそんな目をしないで。

 

気づけばゆうるは怒鳴っていた。今まで出したことがないほどの声量で、力の限り叫んでいた。

 

自分が何を言ったのかは分からない。口汚く罵ったかもしれないし、振ったことを責めたかもしれない。

 

あるいは、少年に何か期待したかもしれない。

 

そのあとは、周りの視線が恥ずかしくなって、自分が馬鹿な女に思えてその場を逃げ去った。半年ぶりに、号泣してしまった。

 

両親はそんなゆうるを心配して、その後の帰省は取りやめになった。家に帰り、ゆうるはベッドで丸くなった。さとうが窓の外から心配してくれたが、答える余裕はなかった。

 

ゆうるは母から試合の結果を伝え聞いた。あの後少年は試合に出て、圧倒的不利の中大逆転を成し遂げたらしい。それを聞いて、ゆうるは自分の馬鹿さ加減を呪った。そして、再び涙を零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆうるちゃーん」

 

家の外からパワプロくんの声が聞こえる。わたしは返事をしない。わたしの部屋に乗り込もうとしても、きっとパパが通してくれない。わたしがそう言ったし、パパはパワプロくんにおかんむりだった。

 

年をまたいで三が日になった。けど、わたしはベッドをでない。言葉にできない後悔が渦巻いて、わたしをベッドに縛り付ける。

 

あんなに怒鳴ってしまったパワプロくんには顔を合わせられそうにない。結局パワプロくんはもちなおして試合に出て、あまつさえ勝ってしまった。

 

告白して振られて、ずーっと引き摺っているわたしなんかとは月とスッポンだ。恥ずかしくて、申し訳なくて合わせる顔がなかった。

 

「ゆうるちゃーん」

 

『ゆうる、ここを開けて。お願い』

 

パワプロくんの声が先程より近い。それに、さとうさんの声もする。

 

......最近、さとうさんにおやつあげてないな。

 

そう思ってふと部屋の窓を見る。

 

さとうさんを肩に乗せたパワプロくんが、へばりついていた。

 

「え、ええっ!? パワプロくん、どうしてそこに!?」

 

「いいから開けてよ。そろそろ手がしびれてきたんだ。このままじゃ落っこちてさとうさんが俺の下敷きに」

 

『冗談じゃないわ!? あたし、絨毯になって死ぬのはごめんだもの。ゆうる、お願い空けて! 見殺しは猫又案件よ!』

 

「あっはい! 今開けますから!」

 

猫又は困る。夜にトイレに行くのが怖くなってしまう。

 

焦って窓を開ければ、開いた窓枠にパワプロくんの顎が当たる。痛そうだった。思わず「大丈夫ですか!?」と近づけば、その手を掴まれて部屋の中に入られた。しまった!?

 

「いてて......。ゆうるちゃん、久しぶり」

 

「むう。お久しぶりです、パワプロくん」

 

さっきまで合わせる顔がない、なんて思っていたがそうでも無かった。無理やり入ってきて、なんだか元気いっぱいのパワプロくんを見れば、ちょっと羨ましくなったからだ。わたしはこんなに悩んでいるのに。

 

さとうさんは爪とぎに夢中だ。おやつは後で用意してあげよう。ただし、量はいつもの十分の一で。

 

「そ、それでパワプロくんは何の用なんですか」

 

「あ、えーっとさ。その、言いにくいんだけど」

 

パワプロくんが頭をかいて言いにくそうに黙る。こんな迷う姿も初めてだ。けれど、わたしは待つことにした。

 

「言いたいことは二つあって。一つ目が、ありがとう、ってこと」

 

「え......ありがとう、ですか?」

 

意味がわからない。噂に聞く「Mっ気」とはこれを指すのか。だが、話には続きがあった。

 

「ゆうるちゃんが決勝戦で俺を叱ってくれて、目が覚めたんだ。自分がベンチでクヨクヨしてるのが、ものすごく恥ずかしくなった。それで、やる気が出て、試合に出れて、全国優勝もできた。道が開けた。だから、お礼を言いたいんだ」

 

なるほど、わたしの言葉は力になったのか......とはならない。自分が何を言ったのか覚えていないし、わたしが辛いのに、それがパワプロくんの力になるなんてよく分からない。

 

「あの、念の為聞くんですけど。わたしなんて叫んでました?」

 

「え、わたしよりサッカーが好きならかっこいいとこ見せてよー的な───」

 

「もういいです、もう」

 

あー。うああー。なんてことを叫んだんだわたしは。まわりには選手の保護者もいた。もう同行なんてできないじゃないか。

 

自分の顔が真っ赤になっているのを感じる。それを見るパワプロくんの目は、以前と同じように優しい目だった。

 

わたしが好きでいる優しい目だ。

 

「それと、もうひとつなんだけど。夏祭りのこと」

 

「これ以上殺しに来ないでくださいいい」

 

「ははは。───サッカーが好きだ、なんて言って断ったんだけど、俺はゆうるちゃんが好きだよ。話していると楽しいし、試合を見てくれて、応援してくれて力になってる」

 

両手で顔をおおってうめいていたけど、パワプロくんの言葉に思わず顔を上げる。とは言っても指の隙間からチラ見するくらいだ。

 

パワプロくんの顔は、これ以上ないくらいに真っ赤になっていた。まるでトマトのように。気恥ずかしそうに思いを告げる彼は、なんだかずっと可愛らしく見えた。

 

「だけど、俺はゆうるちゃんと付き合えない。というか、彼女を作るつもりはなかったし、これからも暫くないんだ。三年間海外に行くし、この一年間はそのために少ない時間を削って練習してた。自分に余裕がなかったし、勇気もなかった。それが、告白を断った、理由」

 

ウザイかもしれないけどね───、とパワプロくんは呟いた。相変わらず顔は真っ赤なままだ。

 

それに、告白を断った理由も納得なんてできない。余裕がなくても、勇気がなくても付き合えるじゃん、と思ってしまう。

 

けれど、それに親近感が湧いてしまう。パワプロくんのイメージが崩れていく。最後の一欠片だった、良い人ですごくてかっこいい銅像がさびて溶けていく。

 

その中に残ったのは、人間らしくて、やっぱりかっこいいパワプロくんだった。

 

「......わかりました。理由はわかりました」

 

「うん、ありがとう。......また、一緒に話そう?」

 

「はい......」

 

そのまま、パワプロくんはそそくさと窓から外に去っていく。どうやら部屋の外から誰かが来ているのを感じたようだった。部屋のドアが空いてママが調子を尋ねた。大丈夫だよ、と返事をした。

 

パワプロくんが帰る時、やっぱりパワプロくんはわたしが何か話そうとしたのを悟ってか、何も言わせずに帰って行った。

 

わたしは、パワプロくんに許さないと言いたかった。あれだけわたしも悩んだのに、暫く付き合えないことがわかっただけなのは、すごく割に合わない。

 

だから、許すかわりにわたしに時間を使って欲しかった。三年間会えなくなるのなら、それまで構って欲しかった。

 

けれど、結果的に良かったかもしれない。三年経ってそれでも好きだと言えたなら、それはこの一年間を失った代わりになれるくらい素敵なことだから。

 

それに、パワプロくんはわたしを好きだと言ってくれた。謝りながらおやつを舐めるさとうさんを撫でつつ、ふと頬が熱くなるのを感じる。

 

だから、これからもう一度パワプロくんの中に居場所を探していこう。きっと、それが一番の恋路だから。

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