転生したから世界一のサイドバック目指す 作:口の端にほっぺが!
その後はしばらくツカサと会えなかった。学校も練習も塾も、体調不良で休んでいるそうだ。
かくいう俺も練習をサボった。このまま行ってもなんにもならないと知っていたからだ。
それに、優先順位が違う。
まずはツカサに謝らないといけない。俺が傷つけてしまったのだ。そうでもしないと、俺のもつれにもつれた悩みの毛糸は解けそうにないし、関係を取り戻せなくなる。
けれど、踏み出せない。
どの面見せて謝ればいいのか、分からないのだ。30年分生きたはずなのに、何故か答えが出ない。どんな問題も解けてイージーモードなのに、いきなりアルティメットモードにぶち込まれた気分だった。
だから、俺は隣の空き地で壁パスをする。こうすれば、何となく頭が回る気がするのだ。......気がするだけの気はする。結局、この1週間答えは出ていない。
そんなに難しい問題じゃ無いはずだ。家の場所は知っている。呼び鈴を押して、謝ればいいのだ。もし寝てると言うなら、母からツカサママに連絡して起こしてもらえばいい。もし出かけているのなら、帰るまで待つのがいいかもしれない。そっちの方が誠意は伝わるだろうか。
もし、断られたら───顔を合わせたくないと言われたら。
俺はどうすればいいんだろう。
二度と会いたくないと言われたらどうすればいいんだ。絶交だって言われたら。まあ、言われても仕方がないことだ。受け入れる覚悟は───。
覚悟は、あるんだろうか。
「あっ......」
思わず強く蹴りすぎて、反射したボールをトラップし損ねる。まずい。車道に出てしまう。
慌ててかけ出そうとして、ボールの先に人がいることに気がついた。いつぞやと似た光景で、懐かしい顔だった。
「久しぶりに来てみたけど、随分パスが荒っぽくなったな」
暴れたボールを、つま先ですくい上げてリフティングしてみせる。ボールが落ちるまでに膝を上げてボールに触れないように一周させるテクニックは、まさにケイがやって見せていたものだ。
しかし、何か違うものを感じた。
「ケイ......?」
「違うよ。ユウ」
「ユウなのか!?」
そうだ、とユウ───銀髪碧眼の美少年は、頷いた。
驚いた。兄の後ろに隠れがちだった、病弱な少年は兄や俺と差がないくらいに上手くボールを操っている。息も切れてないようだし、体も健康になったのかもしれない。
「ケイはいないのか?」
「なんだよ。ケイじゃないのが残念だった?ボクもそれなりに上手くなった自負があるけど」
「ああ、いや。......気になっただけだ。元気そうでよかった」
「うん、ありがとう。まだ治療の途中なんだけどね」
まだ長くは時間を取れないのだという。彼も、苦労しているのだ。
それよりも、ケイがここに来ないのも気になった。別れてから4年ぶりの再開だ。ユウが来るならケイも来そうなもんだが、なにか事情があるのだろう。ユウも、話したくなさそうにしている。
「ねえ、なんか悩んでんの?」
「っ、......いきなりなんだよ」
いきなり核心をつくユウに、思わず焦ってしまう。あまり聞かれたくない話というのは、こっちも同じなのだ。
そんな俺の様子を見て、ユウはボールを蹴ってよこす。
「面と向かって相談しにくいことも、練習しながらなら気が紛れるよ」
いいから付き合ってよ。
ニヤリともせず、真剣な表情で向き合うユウに言い返すことも出来ずに俺もボールを蹴り返した。
☆
そして、30分後。
俺はツカサの家の呼び鈴を鳴らしていた。ユウに一部始終を話せば、呆れたように「考えてる暇なんてあるの?」と聞かれた。
当たり前だ。ないに決まってる。迷ってる暇があれば、さっさと謝ってツカサと練習がしたいんだ。相談に乗って欲しいんだ。
たった20分で尻に火をつけられた。かれこれ1週間うじうじ悩んでいたのは、一体なんだったんだろうか。
気をつけして、返事を待つ。ツカサママが出てきて「帰ってください」とか言われたらどうしよう。返事がなくて、部屋ではツカサが「早く帰ってよ」とか思っていたらどうしよう。
ダメだ、どうしてもネガティブな考えが浮かんでしまう。
ユウは「その友達を信じろ」と言った。まさにその通りだ。今までの数年間で、多少なりとも信頼関係は築けたのだ。それをぶっ壊した俺が言うのはおこがましいが、その一縷の望みにすがるしかない。
心の中で祈る。目はがっちりと呼び鈴のカメラを捉えたままだ。
───2度目を押すべきか否か。我慢の限界が来そうになってようやくインターホンから音が鳴った。
「......つ、ツカサ、です」
「......っあ」
考えていた内容を話そうとして、言葉につまる。頭が真っ白になって内容が飛び、ひたすら焦る。まずい。ツカサが呆れる前に、謝らなければ───。
しかし、焦るほど頭が回らなくなり、一番の目的を忘れて言い訳がましい言葉が出てしまう。
「あ、あのツカサ!その、悩んで無いわけじゃないんだ。でもさ、相談に乗って欲しい訳じゃなくて───、いや相談には乗って欲しいんだ。ツカサには聞いて欲しい。けど、ツカサに相談するのはなんだか恥ずかしいっていうか、しにくいって言うか。でもツカサが悪いって訳じゃなくて、俺に問題があるって言うかさ、ごちゃごちゃしてて考えがまとまらないって言うか。余計な心配かけたくないとも思って───」
自分で言ってて、何を言ってるのかさっぱり分からなかった。俺ってこんな口下手だっただろうか。
が、一周まわって落ち着いてきた気もする。真っ白になっていた頭が再起動していた。
言わなきゃいけないことを、しっかり言おう。一度深呼吸をした。
「ごめん、ツカサ。せっかく手を差し伸べてくれたのに、手を振り払っちまって」
インターホンの前で、頭を下げる。
「俺はお前の思いに傷をつけた。何度だって謝る。何度だって頭を下げる。だから、一度でいい。やり直すチャンスが欲しい。まだ、ツカサとサッカーがしたい」
返事は無い。インターホンは沈黙したまんまだ。
もしかすると、ツカサは聞いていなかっただろうか。聞いていたとしても、やっぱり迷ってるのだろうか。彼女は、許してくれるのだろうか。
また、一緒にサッカーをしてくれるだろうか。
悶々と答えの出ない問いを続けていれば、玄関で靴が擦れるような硬い物音がした。少しして、ドアがゆっくりと開いた。
「パワプロ......」
まだ顔はあげられない。あげても、彼女の顔をまともに見られる気がしなかった。
「顔を上げてよ、パワプロ」
でも、彼女がそう言うから、俺は顔を上げてツカサの顔を見た。
彼女はどこか安堵したように口元がほころんでいて、けれど目元は怒ったように俺を見つめていた。
「パワプロの謝罪は、受け入れるよ。私も不躾に聞いたし、そんなに大声で謝られたら、許すしかないよ」
けれど、とツカサは言葉を区切った。
「私が悲しかったのは、手を振り払われたことじゃない。......もちろんそれも嫌だったけど、一番は私を頼ってくれなかったこと。それが、寂しかった」
その言葉に、頷いた。そうだ、俺たちが紡いだ友情っていうのは、そういう支え合いの色が強かったはずだ。お互いに慣れない環境でも励ましあって、心の支えにしあっていたはずだ。
じっと俺を見つめるツカサは、そしてようやくニコリと微笑んだ。
「だから、次からは私を頼って」
ほら、私はディフェンスリーダーだから。
その言葉に、俺も思わず笑い声をこぼす。つられて、ツカサも笑った。
......さっきまで鬱屈していた心が嘘のように、肩に重たく乗っかっていた何かは消えていってしまった。ツカサにありがとう、と返しながら、心の中でユウにも頭を下げた。