転生したから世界一のサイドバック目指す 作:口の端にほっぺが!
試合観戦
「良かった、まだ始まってないみたい」
「ふぃ~、間に合って良かったですぅ」
曇り空の下、小走りでグラウンドに辿り着く。周りを陸上競技用のトラックで囲まれ、ホームストレート側に僅かな観客席が設けられたグラウンドでは、青色のユニフォームを着た青年たちが体を動かしていた。観客席を見渡せば、ポツポツいる観衆の中で、銀髪と黒髪瓶底メガネがこちらに手を振っているのが見えた。
「遅い、パワプロ」
「全くでやんす。冬のアバンチュールかと疑ったでやんすよ」
「アバンチュールですか......?」
「気にすんな、クソメガネの戯言だよ」
ツカサたちが荷物で取ってくれていた席に腰を下ろす。お尻が温かい。カイロでも置いていたのだろうか。ツカサの気遣いが文字通り体に染みる。
12月5日、群馬の空にはチラチラと雪が降っている。当然寒いわけで、俺とゆうるちゃんはバス停から小走りで来たのに体を震わせている。
「ほら、運営の方から」
「わ、ホッカイロ! ツカサちゃん、ありがとうございます」
「お、サンキュ」
幾分か不満気な表情をしていたツカサが、懐から二つカイロを取り出した。すぐさまゆうるちゃんが飛びつく。俺も受け取ってシャカシャカ振った。この温もりは何物にも代えがたい......。
「あたたか~」なんて喜んでるゆうるちゃんを傍目に、俺はグラウンドを見やる。目当ての顔はすぐに見つかった。試合はまだ始まってないというのに、鬼気迫る表情をしている。
「スタメン発表されたよ。ベンチだって」
「スタメンはケイくんの方だったでやんすか。FWが一人怪我したからチャンスだったでやんすけど、難しいでやんすね......」
「ようやく二軍から招集されたからな。少しでも長く試合に出たいが......」
そして、ジュニアユースよりひとつ上のカテゴリーがユースだ。U-18のカテゴリーで、峰と尊史が所属している。もっとも、尊史は膝の大怪我で半年ほど試合に出られていないし、峰は今までBチームで試合に出てきた。それでも、中三になってすぐステップアップした彼らは、ジュニア時代からさらに実力をつけていると言えるだろう。
それにしても観客がどんどん入ってくる。この試合はプリンスリーグ関東1部の首位攻防戦だ。勝者がプレミアリーグの入れ替え戦進出が確定し、負けたチームは他力*3での進出となる。そのことを考えればさもありなん、か。
当然ベストメンバーで臨みたいところだが、FC武蔵側に欠員が出たらしい。エースストライカーが不在のようだ。代わりにスタメンに名を連ねたのが銀髪の美少年、花散院ケイだ。双子の弟のユウがいて、彼と共にジュニア時代にマンチェ○ター・シティの下部組織に所属していた。俺と同世代の日本の至宝だ。
俺がFC武蔵ジュニアに所属する前の話だが、数ヶ月の間花散院ケイ・ユウの兄弟とともにサッカーをしたことがある。ユウは病弱で参加出来なかったが、兄のケイはその頃からとんでもなく上手かった。イギリスの小学校に通っていたようだが、その間にクラブのジュニア───それも名門クラブの下部組織に所属していたことには非常に驚いた。
丁度中一に日本に帰国してFC武蔵のジュニアユースに入団したというのだから、中一にポルトガルへと飛んだ俺とはすれ違いになったわけだ。
帰国後ジュニアユースで圧倒的な力を見せたケイは、尊史、峰と同じタイミングでユースに昇格。右MF、CFもできるユーティリティ性に加え、圧倒的な打開力とテクニックで出番を確保しつつあるという。俺が日本に帰ってきてからはトレーニングに付き合ってもらっていたため、彼の凄さは身に染みて分かっている。
「今日勝てばプレーオフです!」
「コーセイ君が先発じゃないのはもう仕方ないでやんす! 全力全開で、応援から勝つでやんすよー!!」
「「「まやーさかー、レッツゴー!!!」」」
「......応援から勝ってね、矢部坂」
「応援団はシンプルにずるいでやんす」
矢部坂の調子外れな絶叫が群馬の住宅街にこだますれば、少し離れたところから対抗するように応援チャントが始まった。真耶坂高校の応援団だろう。先程見た時はとんでもない数が揃っていた。これがホームチームの強みだ。寒いなかようやるなあ。
☆
「キックオフ、でやんす!」
「「「おおおおおおおおおお!!!」」」
主審の笛がなると同時に高校の応援団が咆哮をあげる。小さなグラウンドにいるというのに、まるでドームにいるかのような圧力を感じた。こういう、学校一体となって戦う感じがとても好きだ。同時にFC武蔵の選手が呑まれてしまわないか心配だった。
序盤に相手CK*4からあわやのシーンを迎える。味方のクリアミスを拾われボレーで叩き込まれる。キーパーの正面に飛んだシュートをセーブし、味方が何とかクリアして失点に繋げない。その後サイドで優位を作られて自陣に押し込まれるが、相手のクロスが味方に当たってキーパーの元に収まる。これでようやく一心地ついた。
「ぜー、ぜー。あ、危なかったでやんすよ......」
「矢部坂さん、声カスカスじゃないですか......。相手の七番、右のSHの選手はクロスが上手ですね。それにパスコースがないように見えても正確にあげてきます」
「要注意でやんす......」
度重なるピンチにギャーギャー騒いでいた矢部坂は既に喉を壊したらしい。息を呑んでいたゆうるちゃんはと言えば、ノートを抱えながら試合の分析をしている。ツカサの試合をよく見に行っていると聞いていたが、ここまでガチなのは予想外だ。
「パワプロ。相手のCB、ベンチ登録の選手が先発してる。首も振れてないし味方のコーチング*5にも反応が薄い。姿勢も随分前のめりになっている。あの選手が試合に慣れる前に先制点を決めたい」
「そうか、そうだな」
手元の紙とピッチを交互に確認していたツカサが呟く。何を言っているかあまり聞き取れなかったが、ツカサのことだからDFに注目しているのだろう。
そんなことよりも、俺はクロスの上手い相手右SHに、自分ならどう対応するかをじっと考えている。あの7番はクロスが上手いだけじゃなく、相手の重心の逆をつくプレーが多い。相手SBも7番を生かそうと絶妙なタイミングでサポートに入る。対峙しているDFが少しでもSBに釣られれば、その隙を見逃さずクロスを上げる。ファーで落ちるクロスはかなり危険だった。
対峙しない限り相手と自分のフィジカル差がどれだけなのか測りにくいが、まずは縦のコースを消して、味方ボランチかウィングに横からつついて貰うのが安全だろう。
ピッチでは、ラフなボールが飛び交う局面に来ている。どちらが中盤の支配権を取れるかの勝負だ。どちらも安全に大きく前にクリアしているが、相手DFの一人が何度かボールの落下地点を見誤っている。そこからひとつふたつ大きなチャンスを得た。
そのどちらのチャンスも、2トップの一角で先発したケイがボールを収めたところから始まった。ファーストトラップで相手のいないところにボールを置き、潰しに来た相手を片手でいなしつつ時間を作る。味方の押し上げが悪かった一度目は遠目から自分でシュートを放ち、二度目はそのまま相手DFを剥がしてゴール前までドリブルし、味方にラストパスを送った。
味方のシュートはブロックされたが、真耶坂高校の応援団の「ああ!」とか「おわ!」といった反応がすこぶる面白かった。
「うーん、やっぱケイ君上手いでやんす。コーセイ君もこういうプレーが出来たらって感じでやんす」
「花散院選手は空中戦も強いんですね」
左側のゆうるちゃん、その奥の矢部坂が各々呟く。応援チームのチャンスだが、二人とも喜び一色では無い。まだ点が決まっていないのもあるが、峰のライバルが活躍するのは悔しいという思いもあるだろう。
「ツカサから見てどうだよ。相手の守備陣、だいぶお粗末じゃねえか?」
「ベンチメンバーの代わりに休んだ3番の選手、DF陣の統率を任されていたのかもしれない。今の守備陣は統制が取れてないように見える」
「あ、メンバー違うのか」
右側のツカサが言うには、当初登録した先発メンバーのうち一人が試合前に交代メンバーと代わっていたらしい。風邪か怪我したか、その辺が理由だろう。今のところ、交代で入った選手が守備の穴になっている。
その後は武蔵ペースが続く。主な攻め筋は味方IHから2トップにボールが差し込まれたところからだ。特にケイの打開力は圧巻だ。味方がパスを出せる瞬間にスペースに現れてパスコースを作り、相手DFが潰しに来れば交わし、ズルズル下がれば味方を使って相手陣地に押し込む。高校生と比べて背が低いためにクロスに飛び込めないが、2トップのもう一角が飛び込んでいく分マイナスにスペースができる。そこで一本シュートを放ったが、相手の決死のブロックでゴールとはならなかった。
その後、チャンスを決めきれずにスコアレスのままハーフタイムに移った。
「あっという間に前半が終わりましたね」
「ああ。随分暖かくなったな」
「そういえばそうですね」
矢部坂が御手洗に直行し、その他三人は気づいたように水分補給をする。無言のツカサが俯いて手元を覗き込んでいる。どうやら順位表を確認しているようだ。
| 順位 | チーム名 | 勝ち点 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1位 | FC武蔵ユース | 38 | 45 | 4 | 41 |
| 2位 | 真耶坂高校 | 38 | 52 | 17 | 35 |
| 3位 | 水戸納豆高校 | 37 | 43 | 11 | 32 |
「引き分けならプレーオフ進出確定か」
「勝たなければ他力になる真耶坂は、後半に戦術を修正するかどうか判断を迫られるね」
前半の最後の方は、SHまでDF陣に吸収されて6バックのようになっていた。が、そうなると前線にかける人数は減る。カウンターの難易度は上がるし、サイドプレーヤーの体力の減りが早くなるために攻撃の脅威も減る。それに、引き分けでいい武蔵は無理に責めないから、ボールを奪えない真耶坂の攻撃機会は更に減るだろう。
「ただいまでやんす」
「きゃっ!? ......びっくりしましたよもう」
「あ、ごめんでやんす。のどあめ買ってきたでやんすけど、いるでやんすか?」
「それはありがたく貰いますけど。なんだか死にかけの鶏さんみたいな声でゾッとしました」
「そんなにひどいでやんすか!?」
おならで喋った方が聞くに耐えるのではとさえ思わせる矢部坂の声を聞きつつ、俺とツカサものど飴を貰う。コーヒーミルク味だ。味のセンスがいいな。
「だが声はダメだ」
「もういいでやんす。今日はもう応えんしないでやんす」
「えっ、ごめんなさい矢部坂さん。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、蟻さんのため息くらいには言いすぎたかもしれないです」
「呼び方よそよそしいのに毒強いの納得いかないでやんす......」
「パーフェクトコミュニケーションだろ文句言うな」
「明らかなバッドコミュニケーションでやんすよ!」
矢部坂と遊びつつ、後半戦の開始を待つ。FC武蔵のベンチを見る限り交代は無さそうだ。ケイたちは可能な限り温まって休息を取っている。峰は瞳に炎を燃やしながら、その時が来るのを待っている。
「真耶坂は、このまま来ると思いますか?」
ゆうるちゃんの言葉に、俺たちは真耶坂ベンチを見遣る。監督、選手、そしてスタッフたちが円陣を組み始めた。白髪の監督が二言三言発し、ゲームキャプテンの選手が音頭をとった。円陣を解いた選手たちは、選手同士で励ましあってしきりに頷いている。彼らの瞳は飢えた獣のようにギラギラ燃えていた。
「いや、背水の陣で攻め込むだろうな」
疑いの余地は無い。ここは彼らのホームで、彼らは高校サッカー部で、敵はクラブユースなのだから。
☆
「17番、峰さんですよ! 交代は峰さんです!!」
「ひえーー!! 今でやんすか.......」
0-1と1点のビハインドを負う後半20分。徹底マークにあって消えていたケイが峰と交代することになった。
後半開始早々、低い位置でのビルドアップ時に真耶坂の強烈なハイプレスに遭い味方にパスミスが起こり、そのままゴールに流し込まれた。前半にプレスが緩かった分、急な圧力に焦りが生じてしまった。
当然真耶坂応援団は大盛り上がりでチームを鼓舞する。試合の流れは完全に向こうに傾き、武蔵は有効な攻め手を繰り出せないまま時間が過ぎる。
「WGを両方利き足同サイドに替えた。兎に角クロスを放り込め、ってことね」
「FWの柿谷選手は180cmありますし、峰君も178cm。どっちも空中戦が大得意ですよ!」
左WGに左利き、右WGに右利きの選手を入れた。これによってカットインよりもクロスを放り込みやすくなった。同時に味方IHを入れ替えることで、攻守両面でエネルギーが回復する。2トップは相手守備陣に上手くクリアさせず、兎に角点を決める必要がある。味方IHはそのこぼれ球を狙うこと、被カウンター時には魂の帰陣を求められる。
「相手は5バックで引きこもってる。峰の裏抜けが活かしにくいし、クロスが通る可能性も低くなるな」
「中を絞めてる分サイドでボールを持てる。時間との勝負だよ」
峰がピッチに入り、すぐさま試合が再開する。すぐに武蔵ボールとなり、左サイドへとボールを送る。左ウィングがクロスをあげようとしたが、あげる寸前に距離が詰まってしまう。何とかサポートしている味方SBに戻して逆サイドに展開する。矢部坂とゆうるちゃんが難しい声を上げた。
クロスを上げられないまま続くかとも思ったが、武蔵側は工夫を見せる。WGが持った時点ですぐに味方SBがサポートに付き、WGから戻されたパスをそのままクロスにしたのだ。ほとんどフリーで上がったクロスは相手CBに弾き返されたが、すぐさま回収して逆サイドに回す。そちらも同様にしてクロスを上げた。
「......よく考えたね。あのやり方なら相手のプレスを受けないで上げられる」
ツカサの言葉に頷きで返す。これでクロスの数と質はある程度担保されるはずだ。
だが、相手の5バックの中央に君臨するのは途中から入ってきた巨漢選手だ。峰よりも頭半分ほど大きく、ヘディングの打点も高い。武蔵が何本かクロスを上げたが、その選手がことごとく弾き返している。
「うわあ~、おしいでやんす」
「どうにかあの選手に勝たないと......」
峰とは違う方のFWが競っているのだが、ほとんどの場合捕まえられていて、ヘディングを放てたとしても威力がなくコースも甘くなる。峰は何度も動き直してDFのマークから逃れようとしているが、それも功を奏さない。
その後10本近くクロスを上げるが、撃てたシュートはたったの一本。キーパーの正面だった。
「アディショナルタイムは2分でやんす!!」
「時間が無いです! 何とか、何とかっ......!」
選手交代ボードに表示された数字はたったの2。真耶坂応援団のボルテージがさらに爆発した。
「ミドルシュートでどうにか相手を引き出そうとしてるけど、あれだけ粘り強く守られたら......」
「武蔵は更に前線に人入れたな」
武蔵の最後の交代選手が前線に入っている。DFの数を減らして前線が三枚に増えた。だが、それだけの数を入れても5バックを攻略できない。元々5バックは守備に特化した陣形な上、真耶坂の選手が泥臭く粘り強いプレーで延命させているのだ。
アディショナルタイムの表示からそろそろ2分が経つ。右サイドからクロスをあげようとしているが、これがラストプレーになるだろう。
「ギギェッ!?」
「ああ、そんな......」
味方右SBのクロスが相手の足に当たってしまう。勢いを無くしたボールはふわりと上がってニアへと落下する。当然、相手GKは余裕を持ってボール落下地点に向かう。峰も落下地点へと向かうが、強くGKと競らない。俺の転生前は既に廃止されていたが、今世はまだキーパーチャージが適用され、ファウルになってしまうからだ。
周りの観客が声を落とす。俺は背もたれに体を預け、ツカサも首を横に振った。
そうして、緊張の糸が緩んだ瞬間だった。
キーパーの手に収まるはずだったボールは、手をすり抜けてそのまま足元に落ちる。
「「「うわあああああ!?」」」
観客が悲鳴を上げる中、転がったボールに相手DF陣は必死にかきだそうと足を出す。キーパーも慌ててボールに飛びついた。
だが最初にボールに触れたのは、キーパーの近くで待っていた峰だった。
ネットを揺らす乾いた音と同時に、得点を認める笛が鳴り響いた。