転生したから世界一のサイドバック目指す   作:口の端にほっぺが!

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決心

中学一年生の夏から始まった俺のポルトガルでの修行は、中学三年生の夏に帰国することで幕を閉じた。

 

日本に戻ったあとは地元の公立中学に入学し、高校受験に向けた準備に取り掛かる。もっとも、転入や受験までの必要な手続きは両親がほとんどこなしてくれたおかげで、俺がそれに時間を費やすことはなかった。元日本代表の内〇篤人選手が話していたことだが、「両親への感謝」の思いは常日頃から示すべきだ。俺は死ぬ間際に前世の母親にろくにサヨナラも言えなかった。

 

それに高校受験程度であれば、多少復習するくらいで問題なく受かる。最近は自分でも忘れかけているが、俺は転生者なのだ。

 

ちなみに同じ中学の同級生となった矢部坂は、やりたいゲームを我慢して必死に机にかじりついている。俺も家庭教師の経験を活かしてサポートしているが、一分に一度「ドラクエの新作を......」だの「スプラのウデマエしないと......」だの呟くため非常に鬱陶しい。

 

モサモサでガサツな黒髪に瓶底メガネ、それと少し肌にニキビが目立つ彼は、およそ小学生の頃から変わっていない。声変わりもまだだし、身長も10センチ伸びたかどうか。新しく「女の子にデレデレ自分のことを自慢する」特徴が追加されたこと以外、性格も行動も変わっていない。すなわち小学生の頃にしていた「休み時間に友達と下ネタを叫ぶ」ようなことも続けているということだ。中学生になれば多少の恥ずかしさを覚えそうなものだが、飽きる気配が微塵もない。他の奴らに比べてコイツは全く成長しているようには見えない。むしろ悪化しているくらいだ。

 

そんな矢部坂は、驚いたことに中学三年の冬までFC武蔵ジュニアユースで主力として戦っていた。

 

中学三年生の四月に左WGの尊史、CFの峰、右WGのケイという強力な選手たちがユースへステップアップを果たした。彼らが抜けた新チームで臨んだ夏のクラブカップだったが、まさかの予選敗退、全国大会に臨む前に敗れ去ってしまったのだ。

 

前年に破竹の勢いで全国優勝を果たした手前、新チームは三人と自分たちの実力の差を痛感したらしい。右SBで出場していた矢部坂も、夏の大会を最後に受験期間に入ろうとしていたところを「せめて冬の大会まで残るでやんす」と考え直すほどには悔しく思ったそうだ。

 

その後の半年間、矢部坂たちが必死になって練習に取り組んでいたことは俺も見てきた。その甲斐あって、11月から12月にかけて行われたもうひとつのクラブカップで、FC武蔵は関東予選を制して全国大会へと駒を進めた。本戦は一回戦敗退という苦い結果に留まったが、中学三年生の面々は納得して一線を退いた。彼らは受験勉強に本腰を入れることにしたのだ。

 

まあ、それのせいで今日───1月1日でも俺が矢部坂宅に駆り出されることになったのだが。自分のケツくらい自分で拭けよと思うが、サッカーを頑張った結果だし、コイツだけ違う高校に行くというのも可哀想だ。俺も無駄な時間を過ごす訳では無い。高校の教科を復習したり、タブレットで自分のプレーを見返したり、プロ選手のプレー集やトレーニング動画を巡回して時間を潰している。

 

ちょうど今はチアゴ・シ〇バのディフェンスシーンを見ている。コーチング、ビルドアップ能力、各局面における守備セオリーの徹底。どれをとってもワールドクラスだが、俺が何よりも注目しているのは対人守備の強さだ。ドリブルコース、パスコースの切り方。寄せるタイミング、手を後ろで組むタイミング。それに対峙する時の体勢や瞬間瞬間の判断の正確さ。彼が単騎でカウンターを潰すプレーは見栄えがするためネットに上がっていることが多い。教材が多いからとても勉強になる。

 

「本当にごめんなさいね? しゅうくんのために。ご両親と過ごしたかったでしょ?」

 

コタツでぬくぬくしながらタブレットを眺めていると、台所からべっぴんさんがやってくる。ぱっちりとした黒い眼は二重で涙袋が厚く、鼻も小ぶりながら鼻筋が通っている。ほうれい線も目立たず、申し訳なさそうな笑顔も庇護欲を誘って魅力的だ。ロングボブを茶色に染めていて、手入れを怠っていないだろうことが髪質から伺える。

 

「いえ、家族とは日の出も見に行きましたし、ここは居心地がいいんです。家で寝正月を過ごすより、こうして勉強した方が受験生としては健康的なんですよ、お母さん」

 

「まあ! エラいわねえ」

 

「......おええ。パワプロくんの敬語はシンプルに気持ち悪いでやんすね......。生ごみを食べたような気分でやんす」

 

「そんなこと言わないの。後でおもち持ってくるから、みんなで食べましょうね」

 

「ありがとうございます」

 

俺の品行方正さに彼女───矢部坂母は両手を合わせてニコリと微笑み、矢部坂愚息はギョッとして俺を見つめた。矢部坂母は一度キッチンに引っ込んだ。いなくなったことを確認してから俺は矢部坂愚息に顎で促す。俺の寝正月が泡沫の夢だ。落ちたら殺すぞ。

 

「二重人格って言われないでやんすか?」

 

「落ちたら殺すぞ」

 

「これ以上ない答えでやんすね......」

 

じとりとした視線を向けられたので睨み返す。矢部坂はそっと視線を外した。冬までサッカーを続けたせいで勉強時間が削れたのは俺も理解している。だが、コイツが暇さえあればゲームをしていたことも知っているのだ。

 

 

 

採点をしたり、解説をしたり、矢部坂の世話をすること数時間。不意に玄関先のチャイムが鳴り、年賀状の整理をしていた矢部坂母が対応する。二言三言交わした後、どういう訳か俺が呼ばれた。

 

両親であればLINEで伝えるだろうし、親しい友達でもだいたいそうなる。いくつか有り得そうな候補を浮かべながら、インターホンの画面を覗く。

 

映っていたのは銀髪碧眼の好青年、花散院ケイ。現在FC武蔵ユースに所属する中学三年生だ。

 

「あけましておめでとう。今年もよろしく頼む。単刀直入に言おう、諦めて燃志高校を志望するんだ」

 

暖かい格好で玄関から出ると、ケイは開口一番に言い放った。ケイが何の用でここに来たか、俺がわかっているからこその仕業だろう。俺が日本に戻ってきてから、定期的にこのイベントが発生する。「はい」を選択しない限り先に進まない意地悪イベントだ。

 

「......あけましておめでとう。今年もトレーニングに付き合ってくれると嬉しい。質問の答えは『いいえ』だな」

 

あっさりと言い切ったが、ケイの顔に落胆の色はない。彼にとってこの返答は想定済みで、いつも通り説得しにかかるつもりだろう。都合六回目になるのだから飽きそうなものだが、彼の説得は中々面白い。毎回違う内容が聞ける上に、要点を押さえているため不必要に長引くこともない。丁度良い気分転換だ。

 

先程ケイが言った私立燃志高校とは東京の高校だ。前世で言うと早〇田とか慶〇だとか。そういうレベルの超進学校である。幕末に開校された私塾を起源とする名門校で、これまで幾多もの生徒を一流大学へ進学させてきた実績を誇る。

 

9月の初旬だったか。ケイはおよそ押し売りのような勢いで我が家を訪ねてから、1ヶ月に一度のペースで勧誘に来る。彼は中学卒業後に、今所属しているユースを退団して燃志高校のサッカー部に入部するのだという。だから一緒に進学しろ、というのがケイの要求だ。やれ「優秀な弁護士とのコネを得られる」だの「花散院メカニクス(株)の最新設備を導入する」だの、これ以上ないほどに魅力的な説得をしてくるのだ。何よりケイがいることも大きい。年代最強格の右WGと毎日練習出来たら、海外のどんな右WGとマッチアップしても有利に立てるほどの守備力がつく。

 

当初は懐疑的で否定的な気分で彼の説得を聞いていた。そもそも十年ぶりの再会で、俺の帰国後に数回練習した程度の仲なのだ。それでも今は楽しんで彼の話を聞いている。気持ちを変えるつもりはないが、今後プロを目指す上で大切なことを聞けるのだから。

 

「それで。今日はどんな話をするんだよ」

 

折角だからと矢部坂聖母が家に上がらせてくれた。こたつでぬくぬくと温かみを堪能しながらケイを促す。一度勉強を中断した矢部坂も彼に注目する。銀髪の美青年は一度頷いて話し始めた。

 

「時期を鑑みれば、今日の説得が最後になる。だから、今日はお前の子供心をくすぐるような、楽しい話をするつもりだ」

 

俺が頷いて先を促す。ケイの目は真剣味を帯びていて、しかし口元は笑みを浮かべている。子供心か。......大方予想が着くな。

 

「聞こう」

 

「ああ。一言で言えば、誰も成し遂げたことの無いことをしよう、だ。ここ10年、燃志高校が東京都予選で1度も勝ったことがないという話は覚えているな? 」

 

「ああ。全国大会どころかに二回戦進出でも大きな快挙だって言うのは聞いたな」

 

燃志高校は文武両道を掲げてはいるが、最近は文に偏りすぎているという話を聞く。ぎっちり詰まったカリキュラム、山のように課される宿題、放課後を削って行われる海外交流学習......。前世の知識が使えるアドバンテージがあるとしても、かなりの時間を拘束される。部活動の時間が極端に短いのだから、その結果は然もありなん。

 

「それだけじゃない。東京の高校がインハイ・選抜で優勝したのは、30年前が最後だ。万年予選一回戦敗退校が全国優勝。夢があると感じないか?」

 

それはとても魅力的な話だ。何せ、小学生の頃にそんな夢想もしていたくらいだ。流石に練習環境や設備が足りなすぎるため諦めたが、まだ踏ん切りがつかないところもある。自分がヒーローになって伝説を作りたいのは、男なら誰でも思い描くことだ。

 

「ガリ勉ばっかのチームで優勝できると思ってるんでやんすか? ケイくんがとんでもなく上手いことは十分知ってるでやんす。でもサッカーはチーム競技でやんすよ」

 

矢部坂がぶっきらぼうに言い出す。若干の棘があるが、俺も言いたいことは同じだ。ジュニアユース出身者にとって高校サッカーは低く見られがちだが、決して簡単では無い。強いチームではJリーグクラブに匹敵するレベルのものもあるし、能力の高い選手も多い。身内贔屓かもしれないが、前世の経験からそう感じている。いずれ高校から欧州クラブに直接渡る例も増える。夢を本物にする難易度は高い。

 

「秀斗の言うように、他の選手も上手くならなければならない。そして燃志高校では部活の時間が短いから、一層工夫を凝らす必要がある。......だが、短い時間でも上手くなる方法はいくらでもある。蹴斗、お前ならわかるだろう?」

 

「......『意識的な練習』でやんすか?」

 

「そうだ。練習ごとに改善すべき課題を意識するようになってから、お前の成長スピードは格段に変わったはずだ。長時間の練習に意味はなく、短くとも目的の明確な練習に意味がある。それはお前が一番自覚しているはずだ」

 

以前聞いた話だが、ケイは熱心に矢部坂の練習に付き合っていたらしい。矢部坂の練習態度も目に見えて変わり、実際レギュラーの座を譲らなかった。その大きな理由に、矢部坂の意識が変わったことがあるのだろう。

 

それに、花散院グループが色々と出資してくれる。そのことを尋ねてみれば、先行投資の意味合いが強い取引らしい。弱小校を全国優勝まで導くというのは会社にとって有用なサンプルになる。同時にケイが花散院グループを率いるための試金石も兼ねているというのだから、彼が説得に本気だったわけがわかる。

 

当然、俺にとっても貴重な経験になるのは間違いない。高校サッカーを終えてプロになれば、一層厳しい競争が待っている。短い時間で最大効率を出す経験が大きな助けになることは間違いない。

 

「俺もお前も、思考するサッカー選手だ。燃志高校に、学力を向上させるためのプロセスを自分で確立させている生徒は多い。俺たちの役目は、そのプロセスをサッカー用に形を変えてやることだ。上達するための術を彼らに植え付ける。そして三年間で日本一のチームを作り出す。......話は以上だ。パワプロ、答えを聞こう」

 

ケイは最後に言葉をまとめて、スパッと言いきった。いつもの説得のあともこうやって答えを聞くが、今回ばかりは意味合いが違う。彼も最後の説得だと言っていた。

 

すぐには答えられない。矢部坂が不安そうな顔をしているが、それを視界から締め出すように目を瞑る。少し頭を整理してみよう。

 

俺がポルトガルから帰国したのは、高校サッカーをもう一度やりたかったからだ。ユースの入団試験を受ける考えは端からなかった。それだけ前世の後悔を晴らしたいという思いが強いのだ。

 

高校サッカーをやる上で何を目標にするか。当然ながら全国大会で優勝することは外せない。高校卒業後は大学に進学せずプロになるつもりだから、インパクトを残して多くのスカウトの目を集めたい。その過程で年代別代表に呼ばれることになる。

 

じゃあ、その目標をどこで叶えるのか。ジュニアで共に切磋琢磨した仲間と上を目指すのか、異質な環境に身を置いて困難に立ち向かうのか。

 

ジュニアユースから高校サッカーに転身する選手の多くは、自分を過酷な環境に置くために来る選手が多い。前世では青森山〇高校にその例が多かった。あの高校は高校サッカーにおいて並外れた存在だった。最先端の設備があった訳ではない。その強さの秘訣は、冬の積雪の中で鍛えたフィジカルと精神力だ。勝ちにこだわる戦い方も賞賛されるべきだが、何より苦境を糧に変える貪欲さが彼らを最強たらしめた。

 

これが高校サッカーの本質なら、後者を選ぶ方がいいかもしれない。短い時間で考えて練習する。自分を過酷な環境に置いて努力することは、間違いなく自分を成長させてくれる。

 

一泊おいて、すぐに答えを決めた。俺が目を開けば、ケイが小さく頷いた。

 

 

 

「答えは『いいえ』だ。俺は、俺の仲間とてっぺんを目指す」

 

 

 

その言葉に矢部坂はほっと息をついて、ケイは残念そうに頷いた。

 

「そうか。......そこまで悩んだ上でその結論が出るのなら、これ以上説得の余地はないだろうな」

 

そう言ってコタツから立ち上がる。玄関まで送って別れを述べる頃には少々申し訳ない気持ちになった。だが、ケイが慰めを必要としない性格だということを知っている。

 

それに、彼の計画に俺が必要だったわけではないのだろう。彼一人で遂行することを前提に立案し、計画の成功率を高めるためのピースとして俺を見出した。俺の知っているケイはそういう人間だ。だから、彼は......燃志高校は三年以内に必ず頭角を現す。全国出場するための強力なライバルとなるだろう。

 

「おい」

 

ケイが家の門を出たところで声をかける。視線だけで振り向いた彼に言い放つ。

 

「いつか東京代表をかけて戦おうぜ。ボコボコにしてやるからよ」

 

その言葉にケイは不敵な笑みを浮かべる。

 

「俺を選ばなかったこと、後悔させてやるよ」

 

それで言葉は終わり、ケイは背を向けて歩き出す。

 

彼が去るまで眺めていては風邪をひきそうなのでさっさと玄関を占めて炬燵に戻る。だいぶ機嫌のよさそうな矢部坂をあしらいながら、いつかケイが率いるチームと戦う時を思い浮かべる。

 

心臓が炎に包まれたかのように熱い。俺の体も心も、その時が来るのが待ち遠しくてたまらないのだ。




半年ぶりですわ、口の端にほっぺが!ですの。

まずは長い間投稿しなかったことの謝罪ですわ。まことに申し訳ありませんの。
パワプロ君が高校一年生の夏に帰国するところから十話ほど書いたのですが、挿入したい情報が多く、思い通りの展開にできなかったために書き直した次第ですわ。新しく書くにあたって数か月小説から離れる冷却期間を設けましたの。おかげで執筆意欲とアイデアが回復いたしましたわ!

以上言い訳ですわ。

次話の投稿は未定ですけど、二月中にまとめて投稿する気で執筆いたしますの。それまでいくつか閑話も投稿する予定ですわ。それも楽しみに待っていてほしいですわ!

それでは、ごめんあそばせ~。

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