夜空の中、あろうことか自分よりも小さい女性にお姫様抱っこされてビルの上を飛び移っている俺が居る。
本来なら今は家に帰ってつまらないテレビを見ながら夕飯を食っているだろう。
今日は散々だ。4日前に車を壊した犯人が起きたと思ったら名前を付けさせられるし、その2分後に家は崩壊するし、二釘省に直接殴り込みを掛けて長官を脅すし…それに今一体どこに向かってるんだ?
「攫うなんて言ったのに結局置いてきてしまいましたね…まあ良いでしょう。ちゃっちゃと行きましょう。」
「一体どこに向かってるんだ?俺さっきから半分空気みたいな感じなんだが。」
「さっきのヒントで分かりませんでしたか?『始まりの地』。」
「うーん…そうだ。発見された場所とか?」
「それもありですが、少し違います。正解は“最初に創られた場所”ですよ。」
「ああ、開発された場所ってことか。」
「ええ、今は日本戦車の多くが開発された大阪陸軍造兵廠に向かっています。」
「そこって這入っても大丈夫な場所なのか?」
「もう二釘省に突撃してるんです。関係ありません。」
「まじかよ…」
今止まれと命令すればきっと止まってくれるんだろうが、止まっても捕まるだけだし、第一ビルを飛び移って移動しているので変な場所で命令すれば命を落としかねない。
それにしても、一つ引っかかる点がある。一体雨野はいつ創られたのか。チハやその他の第二次世界大戦時に造られた戦車を基にした義戦は終戦直前に創られた筈だ。ならば彼女は?確証は無いが、発言に差異があった。
「なあ、雨野は一体いつ創られたんだ?」
「私ですか…そうですね。ざっと五十年前ぐらいですね。何度も計算したんですけど、基になった戦車が生産された年と私が創られた年が合わないんです。何故か私が先に創られてるんですよ。」
「起きていた年と同じなのか。不思議だな。」
「私には解らないことです。」
再び無言になり、ビルの屋上のコンクリを勢い良く蹴る音だけが耳に響く。
景色はあっという間に変わっていく。いつの間にか神奈川に行ったと思ったら今度は奈良、京都―――
「さあ、着きましたよ。少し早めの肝試しです。張り切っていきましょう。」
いつの間にか俺は地上に居た。目の前には件の造兵廠が佇んでいる。今の時間帯が夜なのとネオ・ルネサンス様式の建物なのも相まって不気味さが増し増しになっている。
「旧本館はもう取り壊されています。この科学分析場も半ば廃墟と化してますね。」
「ここから一体どうするんだ?」
「あそこの下に行きます。」
雨野が指した先には、大阪城ホールが建っている。
「元々あそこが旧本館でしたから。さあ、行きましょうか。」
「待て待て。一体どうやってあの下まで行くんだ。ホールの本体自体が地下に埋まってるんだぞ。」
「あら、物知りですね。マスターは知らなそうに見えたのですが。」
「話を逸らすな。」
「しょうがないですね。秘密基地ですよ。ここにある通路を通って、ホールのもっと下にある『同年代』の保管されている場所まで行くんです。」
そう言って雨野は柵を強引に倒して鍵を引き千切り、中に這入って行った。
「半ば廃墟と言うだけあって埃臭いな…」
「取り敢えず壁という壁を全て叩いてみますよ。」
「え、どうしてそうするんだ?」
「空洞が有ったら音が響くでしょう?だからですよ。」
分かってくださいと言わんばかりの顔をして雨野は床や壁を踏んだり叩いたりし始めた。
部屋の間やちょっとした段差なども全て調べたが、暫くは何も収穫がなかった。
「中々無いですね…」
雨野はそう言いながら二階へ続く階段へ向かっていった。
そして、足や手で何か無いか確かめる。すると、雨野はこっちに手招きをしてきた。
「こっちへ来てください。」
「…?何か見つかったのか。」
そのまま彼女は無言で拳を振りかぶり―――床を打ち抜いた。喜劇のような態勢になって下に落ちていく。
「ぉおおおおおぁあああああ!」
思わず恥も外聞もない叫び声を出してしまった。
暗闇で何も見えないが、滑り台の様な物を滑って急降下しているのが状況的に分かった。
……同時に、何か柔らかい物に触れているのも。
「…頭に砲弾捩じ込みますよ。」
殺気を感じ、直ぐに手を退ける。いつの間にか恐怖心は消されていた。
そこから30秒程滑っていた所、何か広い空間に出たのが分かった。
暗闇の中なんとか立ち上がると、淡い光がすぐ近くに点いた。どうやら雨野がどこから取り出したのかジッポを点けていたようだ。
「此処が目的地です。半分運任せでしたがどうにかなりましたね。」
「半分運なのかよ…」
雨野に合わせて俺も動く、細長い廊下の様な物が永遠と続き、掲示板には創られたであろう義戦の名前が書いてあった。勿論『戰場チハ』の名前も。他にもガレージのような所にはクーゲルパンツァーがあったり、誰か判らない白骨遺体があったりもした。
「もう少し向こうですね。反応が僅かですが有ります。」
そこから更に100m程歩いただろうか。一つの厳重な鉄製の扉があった。どうやらダイアル式のようだ。
雨野は二釘省を襲ったときみたいに砲で打ち壊すかと思ったら、耳をダイアルの横に押し当て、律儀に解錠をし始めた。
「砲で打ち壊さないのか?」
「煩いですね。私がここで砲を使ったら確実にこの空間は崩壊します。だから丁寧に解錠するしか無いんですよ。入り口を壊したのがバレるのも時間の問題なんですから、静かにしてください。」
言われるがまま口を閉じる。流石に雨野でも直ぐに解錠とは行かないらしい。2分程経った後、ようやく解錠を告げる小気味の良い金属音が鳴った。雨野はそのままドアノブに手を掛け、扉を開ける。
「さあ、此処に居るのは何体でしょう…」
部屋の中には、鉄製の棺桶のような物が大量に置いてあった。広い部屋に所狭しと置かれたそれからは、何かの配線が伸びている。開いている物が多く、閉まっている物でも大体は中身はなかった。
だがそこから20分後、遂に俺は見つけた。鉄の棺桶に入っている彼女を。直ぐに雨野に伝えに行き、此方へ来て貰う。
「そうですか…この周りに中身がある箱は他に有りませんでしたか?」
「いや、無かった。」
「じゃあ、これだけが此処にはあるという事でしょうか…」
「何か書いてないか?」
下の方、プレートのようなものが付いていることに気づいた。
「ここ、なんか書いてあるぞ。」
「本当ですね。」
雨野から手渡されたジッポでそのプレートを照らす。錆びた色が時間を感じさせるそのプレートには、『三菱特殊車両』の文字が刻印されていた。製造年は1944年。製作者の部分は錆の侵食が酷く視認できない。
「『三菱特殊車両』と書いてあるぞ。」
「それでしたら基はオイ車と呼ばれる多砲塔戦車ですね。『三菱特殊車両』はメーカーが使った呼称です。『ミト車』とも言われています。試作のみで終了したはずでしたが、諦めていなかったようですね。」
「そのオイ車って一体どんな奴なんだ?」
「主砲に149.1mmの九六式十五糎榴弾砲を搭載し、その他に副砲、銃塔が搭載された重戦車ほどの重量を誇る多砲塔戦車です。ですが実際は重量が重すぎて試走試験の際に走行装置が破壊され、その時点で計画は頓挫したはずです。」
「つまり、義戦にすることで重量の問題を解決しようとした訳か。」
「恐らく。ですが此処に放置されていることから、まあ使えないと判断されたようですね。何らかの問題が生じたのでしょう。」
「そうなのか…」
内心少しがっかりしていた。折角此処まで来たのだから、どうせなら強いものが欲しかった。そんなことを考えていると、俺の心を読むように雨野が話しかけてきた。
「ただ、こうして人型戦車にしたぐらいですから、何らかの利点はあるでしょう。仲間になるというだけで十分価値があります。」
…そうだ。義戦にしてるぐらいなんだから何かあるはずだ。きっと何かが…
「…?」
箱の側面にペンで薄く書かれている文字、それを確認しようと体が前のめりになっていく。もうすぐ見えそうな…
「「あっ」」
足を滑らせた。前のめりな態勢で居たお陰で奥に体が倒れていく。文字の下には何かレバーが―――
落とした衝撃でジッポの火が消え、暗闇となる。そして箱のある場所から軋む金属音と起動音に近い重低音が鳴り響く。
俺は慌てて落ちているジッポを拾い、火を点けようとするが、何回やっても点かない。機械音が鳴り止んだ時、ようやくジッポが点いた。
そして目の前には、裸の少女が。
「―――あなたが私の新しい『戦車長』?」
突然現れた不気味さに思わず息を呑む。雨野とは違う深い碧色の瞳が俺を見据える。最初の目的を見失ってはいけない。
「…ああ、そうだ。」
「そうなの?じゃあ、私の新しい名前は?」
は?名前?ああ、指揮権を変えるには名前が必要なのか。…箱から出てきて…略称は『オイ車』『ミト車』…後は重量が重い…
「―――『重箱ミト』でどうだ?」
「…面白い名前。」
重箱は微笑んで言った。今更だが彼女が裸であることに気づき、直ぐに目を逸して着ていたスーツを被せる。
「じゃあ『戦車長』。私は役立たずだけど頑張るよ。これからよろしくね。」
そういえば雨野はどこに行ったのだろう。ジッポを左右に向けてどこに居るか確認してみる。
すると、奥の方にびしょ濡れになっている雨野を見つけた。
「保存液をもろに被りました。此処にはもう用はありません。貴方方二人を連れて私は直ぐに外に出たいです。」
「そりゃそうだよな…だけどどうやってここから出るんだ?」
「天井を打ち抜きます。」
「そうしたら崩壊するんじゃなかったのか?」
「構いません。ていうか他の脱出口は埋められてますし、這入った場所所が見つかるのも時間の問題です。早く行きますよ」
「もう一つあるんだけど、良いかな?」
「何でしょう?」
「どうやって俺ら二人を外に出すんだ?」
「……気合と根性」
「…え、それマジで言ってる?ちょっと待て、急くんじゃない。おい、止めてくれ。またあの急上昇を体感しなきゃいけないのか!?」
「私はそんな体験したこと無いからやってみたいな。」
「え、そんな事言うなよ。マジでやられる、ああ、本当に…」
「うおー!義戦の私が飛ぶんだー!」
それから30分後、地下深くに穴を空けたことによって負荷に耐えられなくなり地下空間は押しつぶされ、大阪城ホールは大きな被害を被った。地下の研究所の存在が明らかになるのはもっと先のことだ。
重箱ミト:使えない判定を受けて地下に放置された可哀想な義戦。場合によっては意外と使える。読み方は『おもはこ みと』。【兵装】が出るのは割と後のこと。