【完結】不知火フリルは【おもしれー女】   作:ロウシ

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どうしようもない僕に天使が降りてきた

 

1.

 

 

 不知火フリルは忙しい。

 歌って踊って演技して。

 ドラマにコマーシャルにバラエティにとマルチに活躍しているからだ。

 どのぐらい忙しいかと言うと、学生の時分であるのに学業が疎かになりかけるほどである。

 

 だから、今日も学校に着いたのはお昼前であった。

 撮影がずれ込んでしまった。

 普通の生徒はホームルームどころかお昼ご飯に想いを馳せる時間どきである。

 

 しかし、不知火フリルという少女は堂々と正門をくぐり、堂々と教室に入った。

 遅れたことに気後れはあれど、確固たる理由はある。

 問い詰められてもなんとかなるかな?

 ぐらいの気持ちであった。

 

 授業を途中から受け、当たり前にすぐ昼休みになった。

 くあ、とあくびがでた。

 朝方から撮影があったせいで、早起きしすぎたのである。

 

 校舎から出たのはただの気まぐれ。

 うそ、やっぱり目的はある。 

 一応。

 この先にある小さな中庭。

 そこに、青いベンチがある。

 人なみからはぐれて、ポツンと佇むそれは、なんだかんだと気疲れの多い芸能界やらフリルを取り巻く世界とは無縁の、寂しくて居心地のいい世界だった。

 

 曲がり角に差し掛かり、大きな風が吹いた。

 スカートが捲れ上がった。

 すごい風であった。

 だが、フリルは特に気にしない。

 どうせ誰も見ていないのだから、減るもんでもなし。

 

 ばさりと音がした。

 

 視線の先に、フリルに視線を固めている、男子学生がいた。

 青いベンチに座っていた。

 落としたものは、ハードカバーの本である。

 

 じ、とフリルが見つめると、男子学生は思い出したように再起動し、本を拾ってふい、と視線を落とした。

 

 フリルは遠慮なく近づいた。

 

 左側から寄った。

 男子学生は、耳まで赤くしていた。

 

「……見た?」

 

 朴訥な物言いだった。

 

「見てない」

 

 と男子は答えた。

 しかし、言葉に反して身体は正直である。

 視線が泳いでいる。

 くるりと、フリルは回り込んで視線を捕まえた。

 

「見たでしょ?」

「見てない! 聖書の上に手を置いて、神に誓って言えるが、見てない!」

 

 大仰な言い草であった。

 思いの外冷静に聞こえるのは、声質が低いからだろうか。

 

 よいしょ、とフリルは隣に座った。

 どき、と男子は半歩、身を離した。

 

 半歩半分、フリルが距離を縮めた。

 また、半歩半分、男子が距離を離した。

 

「……落ちるよ?」

「近づくなよ」

「何読んでるか気になっただけ」

「面白くもない小説だよ」

「面白くないのに、半分以上読んだの?」

「……ごめん、結構面白い」

「負けるの早くない?」

「引き際がいいだけだよ」

 

 ふーん、とフリルは紙面を覗き込んだ。

 古典文学のようだった。

 使われている文字そのものが古く、紙自体が黄ばんでいる。

 

「すごいね、そんなの読めるんだ」

「そんなの、はないだろう」

「……そうだね、ごめんなさい」

「いや、別に謝るほどじゃ……」

 

 ふと、気になった。

 

「ねえ、ひょっとして、私のこと知らない?」

「……この学校の生徒?」

「いや、そうじゃなくて。テレビとか観ないの?」

「テレビ、嫌いなんだわ」

「そうなんだ、今どき珍し……くもないか」

「ユーチューブとかあるしな」

「結構無断転載とかされてるんだよね」

「ああ、映画とかまんまあげてるやつはどうかと思う」

「じゃなくて、私が出てるドラマとか」

「ドラマ出てんの?」

「出てるよ」

「ふーん、そっかあ。昼ドラ?」

「月9。昼ドラは出てみたいけど、事務所が許可してくれない」

「出たいのかよ!? 冗談だったんだけどなあ……てか月9? すごくね?」

「そうかな? そうかも」

「そうだよ」

「そっかー私はすごいんです」

「日本語教育の敗北を感じる言葉だわ」

「猿が人になるみたいに、言葉も時代に合わせて進化するものだって、アインシュタインも言ってる」

「言ってねえよ!? それに進化論はダーウィンだよ!?」

「そうだったっけ?」

「そうだったんだよ」

 

 はあ、と男子はため息。

 

「ま、そりゃあこの学校でその容姿だもんな。ゲーノウジンサマなのも当たり前か」

「……芸能人嫌いなの?」

「芸能人ってより、芸能界がきらいだよ」

「じゃあ、なんでこの学校に?」

「面接か何かで?」

「気になる」

「……近いからだよ」

「家から?」

「家から」

「それだけ?」

「それだけっておまえさあ……交通機関使わないから金かかんねえし、交通時間短いからバイトできるし、メリット多いんだぜ」

「バイトしてるんだ」

「貧乏暇なし学生ですよ、一人暮らしの普通の男子高校生は、そりゃあ」

「……」

「ま、月9に出るようなゲーノウジンサマには、わかんねえかも知れねえけどさ」

「…………ねえ」

「なに?」

「それやめて」

「なに?」

「ゲーノウジンサマってやつ」

「事実だろ? しかも月9に出るレベルなんでしょ」

「それはそう。でも、そういう言い方されると傷つく」

「……ごめん」

「不知火フリル」

「……え?」

「私の名前。ちゃんと名前で呼んで」

「……不知火、フリル? 芸名じゃなくて?」

「本名」

「そっかあ……すみません、不知火さん」

「なんか、よそよそしくない?」

「初対面だよ」

「そうだっけ?」

「そうだよ!?」

「そっちの名前は?」

「おれ? おれは名もなき男子学生Aで……」

「名毛無気男子学生英? 変わった名前……」

「ちげえよ!? ボケにしても高度すぎるわ!!」

「冗談。で、名前は?」

「不知火さんほんとに月9でてるの? お笑い芸人枠とかじゃなくて?」

「名前は?」

「……夕霧」

「下は?」

「夕霧は夕霧だよ。てか距離感のつめ方やばくね?」

「手変距離感野爪肩野爆根? すごい名前……」

「天丼しなくていいから! ……はあ、雨音(レイン)だよ。夕霧雨音」

「ゆうぎりれいん……」

「なかなかふざけた名前だろ? 忘れてくれ」

「ううん、いい響きだと思う」

「まじかぁー……それは初めて言われたわ」

「雨の音なんだね」

「雨の日に生まれたんだとさ」

「わー、思ったよりドラマチック」

「"わー"てなんだ、"わー"て」

「どひゃーの方が良かった? どひゃー」

「そういう問題じゃねーよ」

「あ、もう休み時間終わるね」

「なに!? あ、まじかあ」

「じゃあね、レインくん」

「下で呼ぶの!?」

「語感が良いから。できれば私のドラマ観てね。ちゃんとした手段で」

「釘刺すなあ。ま、時間があればね」

 

 

2.

 

 

「不知火さんてヤバいやつ?」

「観てくれたの、ドラマ」

「いや、ドラマっていうか、テレビつけたら大体いるじゃん!」

「大体いるよ。でも、学校にはあんまりいなかったりする」

「レアキャラみたいに言うなあ」

「うーん。SSRっていい響きだよね」

「自分で言っちゃうのか」

「意外と言ってくれないのよね」

「ああ……『レアすぎて却ってあたりまえ現象』起きてんだなあ」

「私、学生なのにね」

「大人びてるよね」

「そうかな?」

「うーん、いや、大人びてるとは違うな。浮世離れしてる?」

「幽霊の役は、まだやったことない」

「結構似合うと思うぜ」

「……今日は、なんの本読んでるの?」

「この前と同じ本だよ」

「へえ」

「ちな三周目」

「ハマってるんだ」

「ハマってるんです」

「やっぱり面白いの?」

「疲れる」

「疲れるんだ……」

「良い話は、カロリー食うからね」

「わかるわかる。良いこというなあ」

「凡百の言葉でしみじみするなよぉ。なんか、おれがアタマいいみたいじゃん」

「悪くはないとおもう……よ」

「間ァ!!」

「ごめん、確信が持てなくて」

「はっきり言うなあ」

「ご飯たべちゃっていい?」

「なんで聞くの?」

「隣で食べようかと」

「聞く必要なくない? 食べたいなら食べればいいじゃん」

「割とレアだから」

「ご飯食うのがレアシーンになったら、ソイツいつか死ぬと思うんだけど」

「忙しい時はカロリーメイト的なので済ませちゃうよ」

「いやいや食べ盛りなんだからちゃんと食べなさいよ」

「ほんとだよね」

「人ごとだなあ」

「そういう時、みんなそんな感じだから。文句言いにくいのよね」

「悪い意味での平等だなあ。仕事とはいえひでーハナシだこと」

「まあ裏でこっそり食べてるけどね」

「ほらこれだよ。したたかだねえ不知火さんは」

「芸能人ってみんなそうだよ」

「なんか、不知火さんの背後にライオンが見えるわ」

「思ってるより弱肉強食なのよね……たぶん」

「煮えきらないなあ」

「もぐもぐ、おいしい」

「言っちゃうんだ」

「おいしい、って言葉に出すと、なんかおいしくなりそうじゃない?」

「一理ある」

「もぐもぐ」

 

 

3.

 

 

「学校近くのコンビニの雑誌にも大体いるじゃん!」

「学校近くのコンビニの雑誌にも大体いるよ」

「あれか? ああいうの事務所が手配してくれてんの?」

「ううん。コンビニの店長さん、私のファンなんだって」

「うわあ。それ、あんまり聞きたくなかったかも」

「あ、ごめん。行きづらくなりそうかも感?」

「相変わらず日本語独特だなあ。そりゃあ行きづらいよ。アクエリアス買うたびに『このおっさん不知火さんのファンかあ』ってなりそう。しばらく」

「倒置法って印象に残るよね」

「それ、おれの言葉に対してだよね……?」

「解釈は任せる」

「ずっる〜、てか歌うし踊れるのすごいね」

「なんかやれちゃった」

「なんか、でやれちゃってたまるかよ」

「努力はまあ、してるよ」

「うーん、すげえなあ」

「今、変なこと考えてない?」

「不知火さんの顔を、スポ根劇画風に変換してる」

「カッコいいでしょ?」

「カッコよすぎるわ」

「なかなかそこに着目する人も珍しいよ」

「ちょっと考えりゃあ、歌いながら踊るのって、シンドイのわかりそうなもんだけどねえ」

「その"ちょっと"がなかなかわからないし。私たちもわからせないように振る舞ってるからね」

「すごいなあ……あれ? これ、おれに言っちゃって大丈夫なの?」

「気づいたからご褒美だよ」

「……今、雑誌で見た顔したねえ」

「うん? ギャラ発生しちゃったね」

「すげえ可愛い顔の後に生々しい言葉ぶっこむなよぉ」

「ギャラの代わりに、ジュース奢ってくれたらオーケーって感じにしようかな」

「お安いことで」

「いいってことで」

 

 

4.

 

 

「キャラ違いすぎるだろ」

「あ、ドラマ観たんだ」

「いや、夜メシ食いながらバラエティ観てた」

「がっかり」

「いやめちゃくちゃ清楚系じゃん。テレビの向こうだと」

「見惚れさせるのが仕事だからね」

「こわいわー、第一線のプロってこわいわー」

「本当は、私ももっとたくさん喋りたいんだけどね」

「イメージぶっ壊れるからやめるが吉ぞ」

「言われなくてもみんなに止められてる」

「おれがマネージャーでも止めるわ」

「みんなにそう言われる」

「そりゃそうだろ。女性芸能人は偶像崇拝みたいなもんだろうけど、モノホンの不知火さん知ってると実感湧いてしょうがねえわ」

「がっかりする?」

「いや、安心するかな」

「安心するの?」

「テレビの向こうの不知火さんだと、リアル世界じゃ秒で死にそうだもん」

「スペランカー不知火」

「古くね!?」

「割と名作ゲーよね」

「迷作の間違いでは?」

「ヤラレチャッタ」

「ちげえよ!? てかどのみちふりーよ!!」

「最近はスマブラとかあるし」

「まだ現役なのやべーな」

「私もそうありたい?」

「なぜ疑問系?」

「なんとなく」

「なんとなくかあ」

「のらりくらりも悪くない……」

「すげーな。現役女子高生のコメントかよ、これが……」

「それはそれとして、夜ご飯の時間なら『今日あま』とか観てる?」

「漫画の? アニメやってんの?」

「いや実写化」

「イヤな予感しかしねえ!?」

「割と的中してる」

「当たってほしくなかったなあ、それ」

「来週最終回」

「テンポいいなオイ!」

「全六話だからね」

「ウソだろ?」

「まじまじ卍」

「一話三〇分としても一八〇分でしょ? 原作の名シーンだけで終わりそうなんだが」

「そこはいい感じに調整されてるよ」

「マジか、プロ脚本家ってすげーな……」

「来週最終回だから観てね」

「あれ? もしかして不知火さんも出てんの?」

「いや出てない、無関係」

「無関係なのに観て欲しいの?」

「感想語り合いたい」

「それなら匿名掲示板にでも……ああーそうかあ……」

「まあお察しなんだけど、ちゃんと観てみると、お察しで終わらないクオリティで創られてるんだよね」

「というと?」

「レインくん、そういうとこ観てくれそうだから」

「……わかった、観てみる」

「うん、ありがと」

「お礼言われるレベルでハードルたけーのは覚悟しとくよ」

 

 

5.

 

 

「クソドラマだったわ」

「まあそうよね」

「でも光るものがあったというか、いい部分もめちゃくちゃあった」

「まあそうよね」

「加点と減点で点数天地になるヤツ。てか最終回だけだとそこまでクソではないと思う。最終回しか観てねーけど」

「うん。正直最終回だけクオリティ一〇倍ぐらい跳ね上がってた」

「てか有馬かな出てんのにクソ扱いされてたの?」

「有馬さんは知ってるの?」

「いや、おれらの世代で知らんやついないでしょ。運動会でピーマン体操踊らされてたし。今でも惣菜売り場とかで流れてるトコあるし……」

「ふーん。有馬さんは知ってたんだ」

「なんで二度聞くの?」

「別に……」

「有馬かなと、あのストーカーの男すごかったわ」

「うん、私もそこびっくりしちゃった」

「なんで!? ずっと観てたんだよね?」

「いや、ストーカーの子代役だから」

「……うん? まさか最終回だけ出てきたってこと?」

「そう。いきなり出てきてめちゃくちゃいい演技してったから、めっちゃびびった」

「その事実におれが一番ビビってるわ」

「良かったよね」

「掛け値なしだわ。てかストーカーとヒロインだけ別格すぎ」

「でも、それ以外も不思議と観れないほどではなかったでしょ」

「それな。主演陣の演技の下手さを光の角度やら色調やらカメラの距離とって表情誤魔化してるやらで、スタッフはプロの仕事してんだな〜って感じが滲み出てたわ」

「そうなんだよね。スタッフはしっかりキャストを活かそうとして作品を作ってるの」

「でも、観てる側からすれば知ったこっちゃねえしな」

「うん。実際演技はひどいと思う。シーンセレクトはともかく改変部分も多いし」

「役者を売るための作品なんだろうけど、アレじゃ売れるもんも売れねえと思うがね、おれは」

「うん、それはそう……けど、作品そのものを評価するなら、今レインくんが言った部分も観ないと、フェアじゃないよね」

「そこまで気の回る視聴者もなかなかいねえよ。ましてやアレだと原作ファンほどキレるだろうしなあ」

「……でも、レインくんはちゃんとそういうとこも観てくれてたね」

「そりゃあね。おれ、国語の文章問題で『この時の作者の気持ちを答えよ』ってヤツ、昔っから得意だ」

「うん。やっぱり私の目に狂いはなかった」

「おれがそういうの得意そうって思ってたのか」

「まあね。だって、レインくん文学少年だし」

「まあ、活字は好きだよ」

「……ありがと」

「どういたしまして」

 

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