1.
「いや」
「いや?」
「いやいや」
「いやいや?」
「良かったわ〜ッ、『東ブレ』」
「溜めたね」
「そりゃあもう。ひと息で吐き出しきれない幸せな時間だった」
「うん、気持ちわかるなあ」
「てか舞台の仕組み! あれすごいね。三六〇度フルスクリーンってヤツ?」
「映画みたいな臨場感ってやつだね。今はああいう劇場も増えてるみたい」
「おれ、てっきり劇団って言ったら『四季』とか、その辺と同じかと思ってた」
「あら意外、一流どころだね。ちゃんと良いの観たことあるんだ」
「ミュージカルの方の『ライオンキング』とか、あとは戯曲としての『サド伯爵夫人』とか、『ロボット』とか『リア王』は観たことある」
「古風で伝統的なやつだね、いいラインナップ」
「でも、その辺って一画面式じゃん」
「時代的にも観客と正面から向き合う形式だからね、アナログ……というのは烏滸がましいかな」
「まさか客席が三六〇度回転するとは」
「今はアイドルのライブなんかでも、大手はそうなんじゃないかな?」
「あー! 確かに。あれか、アイドルが狭い通路を走り回ってファンとの距離が近いヤツとかあるもんなあ」
「映画でも4DXとかあるじゃない。空間をめいっぱい使いつつ、お客さんに退屈を感じさせないシームレスな場面転換。風や匂いも感じさせて、俳優と観客で一体感を味合わせて没入感を高める……全部計算されてるんだよね」
「ちくしょ〜やるなあ、悔しい。一回じゃあ観きれなかったわ」
「席、逆の方が良かった?」
「いやいや、あーいうのって、後ろの席はだいたい業界の人でしょ?」
「うん。ていうかルビーいた」
「アクアくんの妹さんか、そりゃあ観に来るよね。話した?」
「ううん、楽しそうだったから」
「それもまた気遣いだねえ。にしてもおれ、そんなとこに放り込まれたらたまらんよ」
「でも、私だって近くで観たかった」
「また行くかい?」
「うん、レインくんが誘ってくれたらね、行くかも」
「自分で決めなさいな」
「ふふ、冗談だよ。今度は個人的に観に行く」
「もっかい感想聞かせてね」
「うん」
2.
「劇のレベルがそもそも高すぎだよね」
「そうだね、姫川さんと有馬さん。黒川さんは当然として、アクアさんや鴨志田さん、なんなら」
「メルトくんよね、ある意味一番凄かったの」
「うん。他の人たちは、言ってしまえばこのぐらいはできるって感じだったけど、メルトくんは完全に予想外だった」
「いや、そりゃあ他に比べりゃ劣ってるとは思うよ?」
「でも、『今日あま』に比べると雲泥だった」
「努力したんだなあって。原作通りの剣投げもやっちゃったし、アクションとしてはいちばんすごいことしてね?」
「そうだね、完全一発勝負で決めちゃったし。あれは相当練習してないとできないよ」
「うん、おれ、メルトくん好きだなあ」
「私も」
「おっと、そりゃあ軽々しく口にして良いもんかい?」
「推せるって意味だよ。目的のために努力してる人、嫌いになる人はいないでしょ?」
「うん、間違いないね」
「そういえば、原作者のアビ子先生も来てたよ」
「マジで!? それは知らなかったなあ」
「レインくん、売店でジュース買って即席に行ったもんね」
「……見てたの?」
「レインくん背、高いから目立つ」
「声かけてくれりゃ良かったのに」
「向こうで合流なんてヤボはしないんでしょ?」
「ああ〜、そうだった。でも、見られてたのは恥ずかしいなあ」
「うん、見るからにワクワクしてた」
「そりゃあ、楽しみだったからね」
「通路でちょっとキョロキョロしてたのは?」
「……それ、わかってて聞いてない?」
「さあー? なんのことだろ?」
「うん、ぶっちゃけ不知火さん探してたよ」
「……相変わらず、負けるのが早いなあ」
「引き際がいいだけだよ」
「うん、知ってる」
「…………」
「ま、私も変装してたからね」
「それだよ。見つけられなかったってことは、不知火さんの変装がそれだけ完璧だったってことさ」
「合流したかったなら、終わった後出待ちしてくれれば良かったのに。席もわかってたんだし」
「流石にそこまでの勇気はないよ」
「いくじがないなあ」
「おっしゃる通りで」
「ふふ。レインくんのそういうところ、いいよね」
「そうかあ?」
「うん、私は嫌いじゃないよ」
「不知火さんのそういうところ、いいよね。おれは好きだよ」
「……そうなんだね」
「うん」
「そうだレインくん」
「なに、不知火さん」
「ライン交換しない?」
「あー、おれ、ラインやってない」
「ウソ」
「ウソじゃないよ」
「ううん、嘘だよ。今どきバイトの連絡だってラインでぽちぽちって済ませちゃうでしょ?」
「あらびっくり、世情にもお詳しいのね」
「バイト漬けのレインくんが、ラインやってないなんてあり得るのかな?」
「……不知火さん、ミステリ好きかい?」
「私は演る方だよ」
「うわ、ぐうの音もでねえ」
「ミステリはドラマの定番中の定番」
「ミステリってジャンルがそもそもドラマだしね、さすがさすが」
「ぶい」
「どや、じゃないんだね」
「あれ、レインくんの反応が薄いし」
「そっかあ、おれは好きだったけどなあ」
「覆水盆に返らず」
「人生だねえ。ほれ、おれの垢」
「ん、登録完了。ありがとう」
「どういたしまして」
3.
「意外とライン送ってくるなあ……」
4.
「寒い」
「十二月だもんね」
「早いもんだ」
「師走だから、ここからもっと加速するよ」
「ここも大概さみーな」
「無駄に吹き抜けだからね、風がごうごう」
「……まあ、そうだな」
「そのおかげで、あの時私のスカートが捲れたんだよねえ」
「……まあ、そうだな」
「あれ、結局見たんでしょ?」
「……見てないよ」
「……まあ、そういうことにしときましょうか」
「見てねーって!」
「顔真っ赤」
「ぐぬ」
「正直でよろしい」
「勝てないなあ、不知火さんには」
「レインくん、卒業したらどうするの?」
「早くない!? まだ一年の冬だよ」
「早くないよ」
「…………」
「早くない」
「……おれさ、バイトして金貯めてるの、目的あるんだ」
「目的?」
「うん」
「それって、聞いてもいいやつ……?」
「うん、おれ、親父を探してんだよね」
「お父さんを?」
「うん」
「探して、どうするの?」
「心がふたつある」
「?」
「ひとつは、親父に、おれと母さんの人生をめちゃくちゃにした理由を聞きたい」
「…………!」
「もうひとつはね、」
「まって、レインくんのお父さんて……」
「親父を、この手でぶっ殺してやりたいとも思ってたんだ」
5.
お笑い芸人たちがいた。
二〇〇〇年代の第二次お笑いブーム。
さまざまな一発ネタを持ったお笑い芸人がお茶の間を飾り立て、バラエティ番組に若手、中堅のお笑い芸人が大勢起用された。
挙げ句の果てに、芸人として紅白歌合戦にまで出場していた芸人業界の革命期。
現在ではクイズ、バラエティ、スポーツ、音楽など、あらゆる番組でお笑い芸人がMCを務めている光景があるが、その文脈を強く根付かせたのがこの世代である。
「夕霧さん……ううん。夕撃突撃隊、だっけ」
「そうだよ。おれの親父、お笑い芸人だった」
「だった……」
「知ってるだろ? 『今日も青空つんつるてん!』だかなんだかで、その年の流行語大賞にもノミネートされたもんね」
「だから、芸能界について、あんなに詳しかったんだ……」
「うん。親父、それまで碌に売れなかった癖に、お笑いブームに乗っかってあっという間に売れっ子になってさ」
「……」
「おれも、いろんなすげえ人たちに可愛がってもらった」
「…………」
「ま、そういう一発芸しかない芸人が、ブームが終わった後どうなるか……不知火さんなら言わずともわかるでしょ?」
「……だから、芸能界が嫌いだったのね」
「……みんなさ、あっさり掌返しちゃった」
「…………」
「親父が売れてる時は、あんなに仲良かった人らがさ、売れなくなった途端に波引くように消えてったよ」
「…………」
「それだけなら良かった、それだけならね。けど、まあ、おれと母さん、親父の復活──復讐劇に巻き込まれちまってさあ」
「お父さんは、その……」
「『売れてやる! 見返してやる!』って、それが最後の言葉。くっだらねえでしょ? 売れた時の蜜の味が忘れられなくて。家族ほっぽいて出てったんだよ」
「……だから、この学校なのね」
「うん。芸能界に入る気はないけど、ここなら、どっかしらから親父の話が出てくるかと思ってね」
「だから、普通科に……」
「ま、そうそう上手い話も転がってなかったさ」
「……私に、そういう話をしなかったのは……」
「あ、勘違いしないで欲しいんだけど──」
「?」
「不知火さんと友だちになってるのは、そういうの関係ないよ」
「本当?」
「うん。ぶっちゃけると、親父が見つからなくても、それはそれで仕方ないし」
「……ほんとう?」
「本当だよ。だって、おれ、今楽しいもん。不知火さんのおかげでさ」
「………………!」
「親父とは、おれの人生に区切りをつけるために会わなきゃいけないと思ってるけど、それはそれで、おれ、親父のことそんなに憎んでないんだよね」
「そう、なの?」
「うん。だって、芸人なら売れたいと思うのって、普通じゃん」
「……そうだね」
「ただ、おれは、親父には、自分の夢におれや母さんを巻き込んでほしくなかったんだよね」
「矛盾してるよ、それ」
「わかってる。でも、一応本人の口から聞いておきたいんだ。まだ、生きてそうなうちに」
「でも、殺したいって」
「そういう気持ちもウソじゃないもん。むかつくのは本当だし、許せないのも本当。でも、許したいとも思ってる。でも」
──私は裏切らないよ。
「不知火さんにああ言われてさ、なんか、もう、いいかなって」
「────!」
「おれさ、親父の知り合いの、誰にどう裏切られても、ぶっちゃけどうでも良かったんだよね」
「…………」
「でも、おれバカだからさ……おれ、さ。でも、おれ、さあ……それ……さ、おや、親父に……ほん、とは……不知火、さんの……言っ、た……こと、いって……ほしくて、さあ……」
「泣かなくていいよ」
「──泣いて、あれ……?」
「私は裏切らないから」
「あれ? おれ、な、んで……みっと……も……あ、れ?」
「大丈夫だよ」
「──あ、ッ。う、ああ……あああああああっ!!!」
「私は裏切らないから、大丈夫」
6.
「バカみたいに泣いてしまった」
「ちょっと可愛かったよ」
「男が泣くシーンなんて、珍しくもないでしょ?」
「ううん。本気で泣いてる人は、あんまり見ないよ」
「…………ごめん」
「なんで謝るの」
「みっともなかった」
「心配しないで、私しか見てない」
「ぐず……」
「そして、私はちゃんといるから」
「……殺し文句すぎない?」
「うん、刺し殺す気で言った」
「ずるいよ。国民的タレントが本気になったら、敵うわけないじゃん」
「本当の涙には、私も敵わないよ」
「嘘ばっかり」
「……うん、少し嘘かも」
「…………」
「…………」
「ありがとう」
「ん、どういたしまして」
「……雪、降ってきたね」
「そうだね」
「冷たいね」
「そうだね」
「綺麗だね」
「そうだね」
「…………」
「……意味は、受け取ってるよ」
「不知火さん、勘が良すぎるね」
「伊達に芸能界で息をしてないよ」
「すごいなあ、おれが、親父にやってほしかったこと、全部できてるんだもんなあ」
「うん、だって私は不知火フリルだからね」
「知ってるよ」
「ならよろしい」
「……先に言っといていい?」
「なんとなくわかるけど、いいよ」
「メリークリスマス」
「うん、メリクリ」
「……略すなよぅ」
「場を和ませようかと思って」
「もう十分和んでるよ」
「どういたしまして」