─────定刻になった。
すっかり夜の帳が下りた、木ノ葉隠れの里の某所にある宿屋。その二階の一室で、少年は夜陰に隠れるようにして丁寧に印を組む。
「コケッ」
亥、戌、酉、申、未。
順に手指を組み合わせチャクラを練り上げると、ポンッという軽い音と白煙と共に、小柄な愛玩動物が現れた。
久方ぶりの主人との再会が嬉しいのか、肩口に駆け上って耳たぶを甘噛する可愛い子にしばらく好きにさせてから、その砂色の体を持ち上げ膝に下ろす。細い脚に括りつけられている文を解き、紙面へ目線を走らせた。
簡素な暗号文が指し示す内容を頭に叩き込むと、瓢箪の中に紙片を入れ磨り潰す。砂粒より小さくしてしまえば紙切れ一つ残らぬ。紙切れ一つ残らぬなら、解読される危険性もない。
(『人は神になれない、緻密な計画ほど破綻した際に取り返しがつかない。』、か。)
前世で読んだ推理小説の一節を脳内でなぞる。
飼い主の手へ柔らかい腹で乗っかるチャボをあやしつつ、少年は窓の外を眺めた。月が出ていた。
(だからこそ策略には余白を持たせ、臨機応変に対応できるようにしなくてはならない────。)
己の立てた計画の白紙の部分は、様々な思惑によって徐々に埋まってきている。
しかし思い描いている最終局面へは、まだ辿り着ける位置に居るはずだ。
(流れには身を任せる。だが、舵を取り続けるのは俺だ。)
もしも己で行き先を決められなくなれば、それの指し示すところは────完膚なきまでの敗北だ。
文の差出人によってチャボが何処かへ口寄せされ、その場から姿を消すまで、少年はずっとそのままの体勢で月を見ていた。
彼は未だ、満足に夜を明かすことができない。
******
中忍選抜試験は恙なく始まった。
それに対し嵐の前の静けさと感じるのは、木ノ葉崩し計画を知っているからだろうか。
(これほど持っている術によって、有利不利が分かれる試験もあるまいな。)
第一の試験は知っての通り、拷問・尋問のスペシャリストである森乃イビキの監督下によって行われるペーパーテスト・・・・・・という名の情報収集戦である。山中一族や瞳術使いには楽な試験になるだろうが、その辺の才はどちらかというと不遇な我愛羅は砂で手遊びしつつ、周囲へ意識を巡らせた。
試験会場は緊張と雑音に満ちていた。
カツカツと机を叩くペン先の音、試験を監督する木ノ葉の中忍たちに無理矢理会場からつまみ出される者の悲鳴。更には────
『おい、全然筆進んでねェじゃんか。もしかして解けねえのかよ。』
────暇を持て余している
『ああ、こんなもん一問たりとも分からん。』
『大丈夫か???お前一応風影の子息だろ。』
『嘘だ。三問は分かる。』
言ってみたかっただけである。実際(殆ど)皆目見当がつかないけれど。
筆記具を持っている方の手で頬杖をつき、目を伏せる。再び瞼を開けた時、景色はヒリヒリとした空気が漂う無機質な部屋から、保安灯のような朧気な光が照らす巨大な空間に変わっていた。守鶴の精神空間だ。
「いや結局駄目じゃねーか。」
「駄目だな。座学はそれなりに修めている心算だったのだが、まず下忍に開示されていない知識を用いなければ解けない問題が幾つかある。」
「基礎の応用とかでどうにかなるようになってんじゃねえの。」
「なってはいるが、面倒だし回りくどい。馬鹿正直に解くよりカンニングした方が早いな。」
つまりどういうことかっていうと、これを時間内にサラサラ解いているであろう春野サクラがヤバすぎる。ブレーンなんてもんじゃないぞ。どうなってるんだその頭脳。
「カンニングってお前、砂の眼を使う気か?幻術併用しねーと即バレるぞ。」
「バレるだろうが、減点は四カウントまで余裕がある。一度の失点くらいは良いだろう。」
後の二代目“三忍”の実力は伊達じゃないというわけだ。
奇妙に得心が行きながら、我愛羅は会場の騒ぎ────試験官につっかかった下忍の怒鳴り声に顔を上げる。室内の意識がそちらに集中している内に、チャクラを練り込んでおいた砂を天井近くへ浮かした。森乃イビキとがっつり視線が合ったが、素知らぬ顔をして第三の目越しに見えた解答を書き写す。
別に白紙で提出したってパスできるのだが、極力したくなかった。我愛羅は(面倒くさいオタクなので)それはうずまきナルトだけに許される行為だと思っているのである。
(テマリとカンクロウは二人でどうにかするようだし、俺は余計なことはしない方がいいか。)
チラと姉兄の方を見やった我愛羅は、大丈夫、というハンドサインに了解の意を返した。
『守鶴、しりとりでもしないか。』
『ハァン?んでお前とそんな友達みてーなことしなくちゃなんねぇんだよバカヤロウ。』
『う、う・・・・・・烏骨鶏?』
『勝手に始めんな!』
しかし、そうなってしまうと暇である。我愛羅はナルトのあの名言(忍道うんぬん)を清聴するまでやることがなくなってしまったので、再び頬杖の姿勢に戻った。
(そういえば我愛羅の本格的な出番って、予選からだっけ・・・・・・。)
まあ敵キャラだから序盤の露出が少ないのはしょうがないのだが、俺の脱ボッチ計画が非常に滞ってしまう。やっぱりファーストコンタクトの際に多少強引でもナルトとコミュニケーションを計れば良かった。でもカンクロウが木ノ葉丸締め上げてたせいで印象最悪だったろうしな・・・・・・。
『・・・・・・イチゴ。』
『結局やってくれるじゃないか、しりとり。』
『ルッセェな、お前がしつこいからだろうが。』
『そうか。ところで守鶴は意外とワードチョイスが可愛いな。』
長い沈黙の末、守鶴の口から捻りだされた思ったよりも優しい単語にほっこりする。
ほっこりしたのは良いのだが、言った瞬間守鶴の空間から締め出された。尾獣心は難しい。
******
「お!木ノ葉トビヒルじゃん!」
「ちょっとカンクロウ、アタシ嫌だからねそんな気色悪いの。って馬鹿!こっち持ってくんな馬鹿!」
露骨に嫌そうな顔をするテマリへ、ぶよぶよとした縦縞模様の・・・・・・ナマコ?のような生き物を差し出したカンクロウが、「面白れぇ習性してんのに。」と口唇を尖らせる。
「気持ち悪いもんは悪いんだよ!・・・・・・それも毒があるのか?」
「いや?毒はねえけど吸血で人を殺せるじゃん。」
「毒がないんならお前の目的のものじゃないだろ。いちいち寄り道するな。」
「へーへー。」
顔を輝かせて拾ったわりにぺいっとその辺にトビヒルを放り捨てたカンクロウへ、テマリが眉根を思い切り寄せた。
男子って何で目に付く変なモノ全部拾いたがるんだろう、という顔だ。我愛羅は詳しい。なんせカンクロウと一緒に何度も叱られてきた。
「ったく、折角滑り出しは良かったのにカンクロウが毒採取しだすから!今は試験中なんだ、遊んでる暇なんかないだろ。我愛羅も何とか言ってやんな!」
「木ノ葉は砂隠れと全く植生が違うからあっちじゃ手に入らない貴重な毒が沢山手に入るんだよ。毒の収集は傀儡師の立派な勤めじゃん、遊んでるなんて人聞きの悪いこと言うなっての。なあ我愛羅?」
「・・・・・・。」
第二の試験、試験会場“死の森”にて。
口喧嘩をする姉と兄に板挟みになりながら、我愛羅は口をへの字にした。普段ならチャボを抱きかかえて視線を逸らすところだが、生憎オスワリは第二の試験中はバキへ預けているため不在だ。ゆえに誤魔化しはきかないのだが、これは何を言っても角が立つパターンと見た。
────原作の我愛羅たちは、第二の試験において歴代最短の記録を叩きだしている。
たまたまかちあった雨隠れの忍が“天”の書を有していたこと、そして彼らとの戦闘を長引かせることなく(そして何の衒いもなく)我愛羅が殺したこと・・・・・・いくらか理由はあるが、あれは殆ど運が味方していたからできた所業だ。
我愛羅(成り代わり)に同様に“第二の試験を歴代最速突破”できるかと言われれば難しい。加えて我愛羅(成り代わり)は無益な殺生はしない主義だ(前々話とか前々々話とかでがっつり音忍を圧殺しているが、あれは有益な殺しだったのでノーカンとする)。
閑話休題。
「目下優先すべきなのは中忍試験への合格!第二の試験では誰より早く中央の塔へ行って、罠を張って他のチームを迎え撃つ・・・・・・そういう方針で話をまとめたろ。これじゃ作戦実行前に御破算だよ!」
兎にも角にも、そんなわけで我愛羅たちは上記のような策を立てたわけなのである。が、「あれ火の国にしか生えてない毒キノコ。」「あれは木ノ葉にしかいない希少な毒ガエル。」などというようにちょくちょく立ち止まる連れがいるもので、遅々として前進しない。というか、
(うちの兄貴、原作のカンクロウより大分フリーダムなような。)
我愛羅に怯える必要がないからだろうか。
実際に家族として生活してみて感じたことなのだが、カンクロウは拘りが強くて研究熱心な芸術家肌だった。故に我愛羅は、存外姉兄の仲で一番主張が強いのはこの兄なのかもしれないと思っている。
「ん?おい我愛羅テマリ、これ見るじゃん。」
「今度はなんだ?もしまた大きな蛇の抜け殻だとかトビヒルだとか言うんなら────」
「・・・・・・否。」
カンクロウの背中から地面を覗き込んだ我愛羅は、消し忘れたであろう僅かな足跡を見つけて目を細めた。瓢箪から出した粒子の細かい砂を、風にのせて周囲へ広げる。
「こいつらが天の書を持ってりゃ良いんだがな。」
「まだ新しいね。そう遠くには行っていない・・・・・・なんだ、お前の寄り道グセもたまには役に立つじゃない。」
「寄り道って言うなよな、だから。」
テマリとカンクロウはすぐに喧嘩するが、仲直りも早い。満更でもなさそうな兄に肩を竦めつつ、我愛羅は印を組んだ。
周囲へ飛ばした砂を使い、接触感知をはかる。テマリの言うように、まだそう遠く離れた場所にはいっていないようだ。大方の場所を割り出してから第三の眼をつくりだし、宙へ飛ばす。視覚感知で確認したところによると、茂みに隠れて誰が巻物を持つか話し合っているようだった。こちらに気が付いた様子は、今のところない。
そして────
「・・・・・・でかした、カンクロウ。」
「お?アタリじゃん?」
「ああ。所持しているのは“天”の巻物のようだ。班員はまだ誰も欠けていないな、背の高い男、中くらいの男、それから小柄な男の三名。皆傘を背負っている。それから・・・・・・」
「どうした?」
「・・・・・・額当ては、雨隠れのもののようだ。」
────なんか滅茶苦茶見覚えのある雨隠れのオジサンに、我愛羅は運命って本当にあるんだなあと遠い目になった。
木ノ葉の里は風が強いらしい。先程から乾いた砂がよく目に入る。
「雨隠れとは気候が違うな。」
「全くだ。」
仲間たちとボヤキながら、雨隠れの下忍チームの中で最も背の高い男は、目元を擦った。男の故郷は一年を通じて雨が降っている、陰気な里である。
陰気なのは天気だけではない。里長“山椒魚のハンゾウ”が“神様”に制裁を受け落命してから、幾分かは暮らしやすくなったが、それでも大国の間に挟まれ戦火の度に蹂躙されてきた土地だ。傷跡は根深かった。
(だからこの年になるまで中忍試験も受けられなかったんだもんな。)
そんな外交もままならなかった時代を思うと、今の方がよっぽど良い。男は心の底からそう思う。
また風が吹いた。今度は大きい。
木枝、葉を揺らし舞い散らせる風が、同時に砂利もまき散らした。目に砂が入らんよう咄嗟に顔を覆った男は、ひゅうひゅうという音が静まってからようやっと顔を上げる。
「・・・・・・ア?誰だ手前。」
いつの間にか男たちの前────距離にして三メートル前方に、少年が一人立っていた。
赤みがかった茶髪を短く刈りこんだ、色の白い子どもである。目立つ容姿だ、と思った。額には“愛”という刺青がしてあるし、短躯には不釣り合いなほど巨大な瓢箪を背負っている。
額当ては、砂隠れの里。
「もしかして、たった一人で俺たちに挑もうってか?愚かだねえ。」
千本を仕込んだ傘を掴み、牽制する。砂隠れの下忍はそれを一瞥した後、何の気負いもなく片手を広げた。
「────砂時雨の術。」
どうも、会話する気はないらしい。
下忍の少年が手を上げるのに合わせ、瓢箪からひとりでに流れ出て来た砂がつぶてとなり、弾丸になって男達に襲い掛かった。
「ウラァ!」
難なく傘で振り払い、防御した男は距離を縮めて殴りかかろうとする。が、その瞬間バキンと音がして得物が折れた。ギョッとして己の武器を見れば、先程食らった砂が傘の骨に絡みつきへし折っている。
(術を放った後も自在に操れるのか!?反則だろ!!)
舌打ちをして残骸になった傘を投げ捨てると、バックステップで後方に退避した。仲間たちと身を寄せ合い、砂忍を睨む。それに小首を傾げた少年が一歩、こちらへ歩を進めた。じりっと距離を取る。
どうする?砂の攻撃を受ければ忍具が駄目になるし、遠距離攻撃を持っているようだから近接戦に持ち込むのも難儀だ。千本を食らわせられれば活路が開けるが、傘は既に一本やられている────
「風遁・大かまいたちの術!!!」
────そうして、目前の少年に意識が集中した瞬間。
本日最大風速の暴風が、真横から男達を殴った。不意をつかれた男は思い切り吹き飛ばされ、木の幹へと叩きつけられる。呻き声をあげつつ起き上がろうとすると、先程まで己が居た場所へ大きな扇子を持った金髪のくノ一が、ひらりと飛び降りた。首に巻いているのは砂隠れの額当て、砂野郎の仲間か。
「クソッ!増援か!?」
「いーや?作戦通りじゃん。」
叫んだ男は、すぐ近くから聞こえた声にギョッとして身を引いた。見上げると、すぐそこの木の上に黒子のような衣装を来た砂隠れの下忍が立っていた。
囲まれた、と理解した瞬間。胸元に仕舞いこんでおいた筈の“天”の巻物が、ふわりと宙に浮いて少年の手に収まる。巻物には青い半透明な糸が絡みついている────チャクラ糸だ。
「砂瀑の術」
あまりに鮮やかな手並みに唖然として口を開けた男は、背後から忍び寄ってきていた砂から逃れられず、あっさりと意識を失った。
チャクラを練り込んだ砂が、戦意を喪失した雨忍を飲み込む。無論殺しはしない。
が、このまま拘束もせず放置していくのは不安だったから、意識くらいは失っておいてもらおうと思い、軽く締めあげた。ぐったりとした忍三人を地面に放り、瓢箪の中へ砂を仕舞う。
「我愛羅!陽動ご苦労!」
瓢箪の口を固めた砂で塞いでいると、景気よく大技をぶちかませたからか、随分機嫌が良いテマリに軽く背中を叩かれた。
「造作ない。巻物は?」
「バッチリじゃん。誰が持つ?」
しっかり奪った天の書を見せるカンクロウへ「カンクロウでいいんじゃないか。」と応える。
「大事にしまっておきなよ。あ、心配なら姉さんが持っててあげてもいいけど。」
「絶対俺が持つじゃん。」
揶揄われたカンクロウが素早く懐へ巻物をいれた。
我愛羅は軽快なやりとりを見て目を細めながら、瓢箪を撫でる。矢張り家族は仲が良いに限ると思った。
「これで二次試験の合格条件は満たした。あとは塔に行くだけだな。」
「我愛羅、それフラグって言うじゃん。」
などとカンクロウには言われたが、その後は拍子抜けするほど何も起きず。
結局歴代最速で二次試験を突破した我愛羅たちは、降ってわいた五日間の余暇に頭を悩ませることとなったのだった。
******
────定刻になった。
常のように届いた文を確認し、すぐさま瓢箪へ入れる。
砂が己の意志に従ってざりざり音を立てる。対象を塵より細かくせんがため、ゆっくりゆっくり擂鉢のように砕いて行く。
砂利の擦れる密かな音に耳を傾けながら、少年は文の内容を反芻した。
:
容態ハオコタリキ
蛇狩リハ此方ニ担フ
指示ニ従ヒツイデヲ伺ヘ
シルシハ金ナリ・・・・・・
:
少年の手によって摩耗し砂に埋もれ消えた文に書いてあったことを、代わりに胸に刻み込む。夜風が緊張に泡立つ額を撫ぜるのに目を細めながら、せんより丸みを帯びた月を仰いだ。
彼はまだ、夜が更けるのを待つことしかできない。あと少しの間は。
たまにはシリアス醸してみようとしたけど醸すだけに終わる、それがとんでんクオリティ。
ところでこのお話でちょうど折り返し地点(だいたい十話で完結予定)なんですが、あと五話で畳まなきゃいけないってマジ???