魔法少女になりたくて! 作:陰の手下
「ふふ、ふふふ」
私の作り出したコンピュータスライム子ちゃん。
原始的な動きでピコピコする彼女の計算限界は二ビットだった。二進数で00から11……つまり零から三までの数字なら計算できるが、それ以上はオーバーフローしてしまう。
「なんだこいつ。三までしか数えられないのです? デルタの方が賢いのです」
計算能力でいえば、三までしか数えられないデルタお姉ちゃんとどっこいどっこいな代物だった。
「ぐぎゅー」
これじゃ、子どものおもちゃにもならない。
デルタお姉ちゃんは、スライム子ちゃんに対してマウントを取っていじめていた。
一応、試作のスライムメモリはかなりの情報が理論の上では記録できそうだった。磁気ディスクとか、フロッピーディスクとかからスタートとしなくて良さそうで、それは助かってる。
「論理回路ですか……? 実際に魔力で作った」
「そう、ガンマ。知ってるの?」
「はい、影の叡智で。実物を見るのは初めてですが、シャドウ様から聞いたことがあります」
シャドウ様はなんでも知ってるなぁ……。
論理回路というのは、簡単に言えば数学の世界と、物理的な電気回路を繋いだものだ。実際にはもっと面倒だけど、スイッチのオンオフで、数学を再現するものと考えてもらっていい。
まぁ、今回の場合は電気じゃなくて、魔力だけど。
「ガンマ、こいつデルタよりバカなのです。三までしか数えられないのですよ?」
「……デルタも三までしか数えられないんじゃ?」
ちなみに、デルタお姉ちゃんの数え方は、一、二、三、たくさんだ。
それはもう、みんな知っている。イプシロンも、たぶん知っているだろう。
「数えるほかもできるデルタの方が賢いのです」
「まぁ、それはそう」
単純な計算は機械にやらせて、もっと知的な活動は人間がやろうというのがコンセプトだ。
狩りの知識においては、お姉ちゃんの頭も飾りではない。ちょっとは使えている。
「でも、アーティファクトをいじっていて、どうして論理回路が?」
ガンマは横目に解体されたアーティファクトの残骸を見る。
アーティファクトは、もう治せない。いいやつだったよ、あいつは……。
「古代文字……文字という情報を、現象に変換していると考えたら、論理回路が怪しいと思った」
「なるほど、そういうことですか。そうなると、これを基礎に発展させていけば、アーティファクトができあがる……?」
「そうだといいな……?」
結局、出来上がるのはコンピュータな気がしないでもない。
情報から、魔力の流れへ、またそこから目的の事象に変換するような変換器を作らなくてはならないだろう。
「それで、論理回路の部分なんだけど、ここからのアプリケーション、ガンマに任せていい?」
「いいですけど。ナブラはなにを?」
「アーティファクトとのアナロジーから、魔力の流れを現象にする変換器の部分を作りたいと思ってるけど」
「そうですか、ではガンマにお任せください」
「商業の方、忙しくない?」
「大丈夫です。全てはシャドウガーデンのためですから」
そうしてガンマは、私のまとめた資料と、スライム子ちゃんを持って行った。
とっかかりになるような部分を作って丸投げすれば、ガンマは開発をやってくれるから助かる。
そう考えながら尻尾をふりふりしていたら、ガンマと立ち替わりに、誰かがやってきたようだ。
「はぁ……はぁ……。できたわよ! これ!」
イプシロンだ。
私の任せていた計算のモデル化が完成したようだった。
「すごい……すごい……イプシロン!!」
それは、芸術にも等しかった。
スライムで造形をした三次元模型をイプシロンは作ってくれていたのだ。これなら、グラフの描画アプリ要らずだ。
さすがは、私のコンピュータ。スライム子ちゃん0号と命名してもいいくらいだ。
「結局、これ、なんなの?」
「原子核近傍の閉じ込め状態の魔力の存在確率の三次元的描画かな」
「え、なんて……?」
「原子核近傍の閉じ込……」
「もういいわ」
聞き返したのに、イプシロンはキャンセルした。
まぁ、ちょっとわかりづらかったか。
「こう、モノに魔力を込めたとき、固くなったりするから、そのときの魔力がどうなってるかを図に書いたモノだよ」
「だったら、最初からそう言いなさいよ?」
「いや、さっきの方が直接的で分かる人には分かりやすいから……」
ガンマだったら、通じただろう。噛み砕いた言い方は、ときに本質を捉えることが難しくなる。
「それで、これがなんの役に立つの?」
「わからない」
「は……? わからない?」
まぁ、ここからの応用でできそうなことは思いつくけれど、いつそのレベルの道具が作れるかは未定だ。
私はモデルを眺めて満足をした。それで十分だろう。
ただ、このままだと、ちょっと可哀想だ。私は、頭を捻る。
「でも、そう。緻密な魔力操作の際にこのモデルを思い出したら、うまくいきやすくなるかもしれない」
「このモデルを……?」
イプシロンは、じっと自分の作った模型を魅入られたように眺めている。
「次は、これ。よろしく」
また私は次の紙を渡す。次は魔力の粒子を一つ増やした状態についてだ。
「うそ……。まだ、やるの!?」
「探究に終わりはなし」
魔力は式が複雑で、実際に力技で計算してモデルを書いてみないと想像もつかないから、この作業は、まぁ、必要だろう。
いつかアーティファクト作りの役に立ってくれると信じてやるしかない。
魔法少女用アーティファクトとかできればいいなぁ。
「ふぁー、眠たいのです」
お姉ちゃんは床に寝転んでうとうとしていた。
***
「ナブラ、ナブラ。デルタのフリするのです!」
戦闘訓練の後、お姉ちゃんが、近づいてきて私にそんなことを言った。
「ん? どうして」
「メス猫、デルタのことバカにする! あいつ、許せないから、ギャフンと言わせてやるのです!」
お姉ちゃんの言うメス猫とは、最近入ってきたシャドウガーデン第六席ゼータのことだ。
私たちと同じ獣人で、猫……というか、豹あたりの獣人らしい。
それと、獣人なのに頭がいい。頭がいい。
なんでも器用にこなす子だった。
「どうして、私がお姉ちゃんのフリすると、いいの?」
「ナブラ賢い。デルタのフリしてナブラが賢いこと言えば、デルタが賢く見えるのです」
たぶん、バレると思うよ、それは……。
私の姉ながら、なかなかに短絡的だ。
「たぶん失敗すると思うけど、怒らない?」
「デルタ、怒らない。デルタは狩りに行ってくるから、その間、デルタのフリをしているのです」
「わかったかな」
まぁ、やるだけやってみよう。
お姉ちゃんの服を借りて、動き方も真似をして、いってみようか。
***
「いやぁ、計算機か。すごいねぇ」
ガンマが使っていたものを見て、なかなかに驚きを隠せなかった。
「はい。主様の叡智をもとに、ナブラと私とで実際に作ってみました」
ガンマが使っている機械は、サイズこそ僕が手を広げたくらいに大きいものの、ちゃんとした計算機だった。
確かにシャドウガーデンのみんなには、ふわっとした現代知識を伝えてはいたが、こんなふうに実際に機械を作ってしまうとは思わなかった。
ガンマもナブラも賢い。僕の現代知識では、計算機なんて作れるわけがないはずだが、少し概要を聞いただけで作ってしまったわけだ。
これが、頭か。頭の違いか……。
「そっか、どのくらい計算ができる?」
「十進法で八桁までの四則演算はもちろん、指数計算にも対応しています」
「えっと、じゃあ、他の……たとえば、三角関数とか……」
「申し訳ありません。初等的な関数については、順次対応予定です」
「いや、別にいいけど」
正直、そんな機能あったところで、なにに使うかわからないしね。とりあえず、言ってみただけだ。
「実際に計算すると、この通り……」
ガンマは文字を入力している。
答えが出るまで、少し時間がかかるようだ。
「ねぇ、やっぱり、電気で動かしてる?」
機械といえば、電気で動くだろう。けれど異世界……コンセントは当然ないし、そうなると、これも電池みたいなものをガンマは作って動かしていると考えるべきだろうか。
「電気……!? いえ、魔力で動かしています」
「そうか、へぇ、魔力か」
どうやら、僕の世界のものと根本的に仕組みが違うみたいだった。
ガンマの入力したものの答えが出てくる。暗算してみた感じ、答えはちゃんとあっているようだ。
「魔力と電力を相互に変換して使えば……。魔力ばかり使うことに固執していた私たちの過ちをすぐさま見抜くとは……さすが主様」
「うむ。励むといい」
ガンマも役者だ。
こうやって、すぐに僕を持ち上げてくれる。おかげでなかなかに陰の実力者ムーブが捗る。
「主、何してるの?」
「あ、ゼータか。今、計算機について話してるところなんだけど」
「計算機?」
「計算を勝手にやってくれる道具のことだよ」
「へぇ、そんなものが……」
やっぱり、この世界の文明は中世レベルだ。
少なくとも、ここまで小さい計算機は登場していないはずだ。
「ねぇ、ボス! デルタとどっちが賢い?」
「ちっ、バカな方の犬か……」
――ん?
同じ獣人だけど、ゼータはデルタとは、仲が悪かった。会話のたびに喧嘩をしている。
「デルタと計算のきょーそー、するのです」
――んんん?
「計算の競争ですか? デルタが?」
「メス猫、お前もするのです! 勝負なのです」
「どうして私がそんなこと……」
「逃げるのです? デルタに負けるのが怖いのです?」
「ま、いいけど。負けるわけないから無駄だって思っただけだし」
「ふん、今に見てろなのです」
どうやら、競争をすることになったようだ。
なにか目的があるんじゃないかと思ったから、口は挟まないでおく。
「主様……デルタ……大丈夫でしょうか? 最初の頃は、この機械は三までしか数えられなかったので、その時と変わっていないと思ってるんじゃ……」
「ま、大丈夫だと思うよ? それじゃ、問題は僕が適当に出そうか」
ちょっと考えたが、三桁と三桁の掛け算にすることにした。確か計算機が八桁までだったから、このくらいがちょうどいいんじゃないかと思う。
「主様。それでは」
「うん、じゃあ、始めて……」
「できたのです! いっちばーん」
「はや……っ!?」
合図を出してから、一秒くらいだった。
答えもちゃんと書いてある。
「私もできたけど、バカ犬、どうせ適当に答えを書いたんじゃない?」
「あ、私も……答えが出て来ました」
ガンマは計算機でやっていたけど、計算機の性能はそれほど高くないから、たぶん、自分で暗算をした方がまだ早いんじゃないかと思う。
そして、ガンマが答えを読み上げていく。
「うん、みんな合ってるね」
「デルタのゆーしょーなのです!」
「そんな、あのデルタが……!? 偶然……? でも……」
「バカ犬。なにかズルしたんじゃ」
二人とも、デルタを疑っているようだった。
まぁ、当然だろう。
「ナブラ、もういいんじゃない?」
「あはは。ボス、わかってた?」
雰囲気が変わる。
全然二人は似てないと思っていたが、こうしてみるとやっぱり双子なんだと実感する。
「うん、まあね。毛並みのツヤとか違うからね」
「さすが、ボス」
触れば、やっぱりもふもふ感が違う。
僕は見破れたけど、二人は信じられないものを見るかのようにナブラを見ていた。そのくらいに名演技ではあった。
双子ならでは遊びだろう。少し羨ましい。
「ナブラ、どうしてデルタのフリなんか?」
「ん? ゼータにバカにされるのお姉ちゃん、気にしてるみたいだったから、私がお姉ちゃんのフリすればいいって……」
「あの、バカ犬……ぅ!!」
珍しく、ゼータにしては感情を露わにして怒っているようだった。
「えへへ」
ナブラは、そんなに二人を騙せたことが嬉しいのか、なんだかやたらにご機嫌だった。
ちゃんと毛並みわかってもらえたことが一番嬉しかった。