救世屋(めしや)はじめました。 作:タラヴァガニ
「あーもう、なんで......」
帰り道に突然の豪雨に見舞われ、傘を持っていなかったためにバス停の軒先に逃げ込んで僕はそう呟いた。朝のニュース番組での「今日のお天気は一日を通して晴れです!」という、元気たくさんなリポーターさんの言葉を信じたらこのザマだ。
バスに乗ろうにもお金なんて持ってないし、ケータイなんてのは以ての外。家までも少し距離があるし、このまま帰れば明日は風邪を引くこと間違いないだろう。ともすれば、僕にできるのはこの雨が通り雨だと願ってそれが止むまでここで雨宿りをするくらいだろうか。
たっぷりと水を含んだ服の袖の端を掴み、一思いに絞る。気休めぐらいにしかならないが、それでもしないよりかはマシだ。
しっかし、新学期が始まったっていうのになんともツイていない。「はあ」と一つ息を吐くと、これと言ってやることもなかったため、壁に寄りかかって目を瞑り自然の音に耳を澄ませる。すると、雨音に混じってこちらに向かう足音が聞こえてきた。
とはいえ、どうせ知っている人である訳でもなし。口下手ゆえに学校ではあまり友達も作れていないし、大人とは関わりがそもそも無い。一瞬もしかしたらこの状況を脱することができるかもしれないと期待したが、するだけ無駄だとすぐに気がつき、また瞼を落とす。
依然として足音は次第にこちらに近づいてきて、と思えば突然ぴたりと足音が止んだ。
「───あれ、キミは確か......今年から同じクラスの」
声を掛けられた。
あまりにも予想外だったために、びくりと肩が跳ねる。
そんなことはどうでもいいとばかりに、目の前の人物、城崎廻は続ける。
「やっぱりそうだ。雨宮蓮くんだよね?」
「そう、だけど」
「もしかして傘持ってないの?」
「うん......急に降ってきたから」
確かに。と首を縦に振りながら、彼は僕にこう提案した。
「それじゃあ、一旦ウチ来る?ここからそう遠くないし、傘も貸せるしさ」
そう言って笑いかける姿がとても眩しく思えて。
気がつけば僕は「はい」と声に出していた。
靴が浸水していて足元に若干の不愉快さを感じながら、僕たちはバス停から歩き出した。目の端で、何が嬉しいのかニコニコと笑顔を絶やさない彼の方をチラチラと覗く。
僕が彼に抱いた印象を一言で表すなら『目立つ人』だっただろうか。それこそ入学式の時から一方的に知っているくらいには。
白より白く、絹のように細やかで艶やかな美しい髪。ぱっちりとした二重に、バッサバサのまつ毛(褒めてる)、まるでお人形の世界からそっくりそのまま出てきたかのような、陶器のような白い肌に宝石のような碧い双眸を携えた、どこかはかなげな雰囲気を漂わせる人物。
周りにはいつも人がいるような、そんなどこを切り取っても芸術になりそうな彼は、どうやら相当世話を焼くのが好きらしい。
彼と僕を例えるなら水と油、白と黒、晴れと雨。それくらい僕たちは決して混ざり合うことない別世界に暮らしていると思っていた。それが今はどうだ、同じ傘に入り肩を並べて歩いているではないか。
緊張するなという方が無理だろう。結局、何も話せ無いまま彼の家へと辿り着いた。
「ごめんね、ちょっと待ってて」
はて、と首を傾げる。このまま傘を貸して貰えさえすればそれで良いはずだけど。
慌ただしい足音を隠しもせずに、帰ってきた彼の手には白いタオルが。
「これで身体拭いて、風邪ひいちゃうとよくないから」
「いや、でも......」
流石にここまでしてもらうのはと遠慮しようとしても、彼も彼で譲る気はないようでタオルを差し出した手を引っ込める素振りをカケラも見せない。
結局根負けして、ふかふかとしたタオルに顔を埋める。それまでのじっとりと肌に何かが張り付いているような不快感が拭われていく。
とはいえ、あまり長くここにいる訳にもいかない。これ以上何かを施してもらうのは流石に悪い気がする。そう思い、名残惜しさを感じつつも踵を返す。
「その、今日はありがとう。タオル、洗って返すから」
「いいのいいの気にしなくて!ほら、困った時は助け合い。でしょ?」
そうやって笑う彼の顔はまた一段と底抜けに明るくて、溶けてしまいそうだと感じながらドアに手を掛ける。ちなみに、タオルは奪うかのように持っていかれた。
ノブを捻り、ドアに体重をかけようとしたその時。
───ぐぅ
と、腹の虫が空気を読まずに情けなく鳴いた。きっと、心のどこかで安心したのだろう「無事に帰ることができる」と。まったく我ながら恥ずかしいこと限りない。
「あはは!結構いい音鳴ったね。そうだ、折角だしなんか食べてく?ちょうど昨日作ったカレーがあったから......」
「いやいやいや流石に悪いから!」
「いやいやいやいや!むしろ食べていってくれる方がありがたいから!」
「いやいやいやいやいや!!流石に!これ以上は!良くないから!」
「いやいやいやいやいやいや!!!」
「いやいやいやいやいやいやいや!!!!」
「もーちょっと待ってねー」
結局押し切られて、僕は今ダイニングの椅子に掛けている。
キッチンの方からは、美味しそうな匂いが流れてきていて、うるさいくらいにお腹が鳴る。
程なくして、ほんのりと湯気のたったカレーが目の前に優しく置かれた。
ごくり、と喉が鳴る。こうして食べ物を目の前にすると、人間心から安心するのだろうか。空腹感に一層拍車がかかる。
「えっと、それじゃあ......いただきます」
「はーい、どうぞ」
ライスにはパセリがふりかけられていて、じゃがいもやにんじん、そして豚肉に玉ねぎと王道の具がルーの泉に浸っている。香りも家でよくかいだ事のある、割と一般的なカレー。
ご飯とルーの境目を掬い取って、口へ運ぶ。
冷えた体に、温かいものが身体にじんわりと染み込み、思わず口元が緩む。五臓六腑に染み渡るってのは、きっとこういうことを言うのだろう。
割と甘さのあるカレー。だけどもスパイスの味が潰れることなく主張していて、上手く調和している。
そしてなにより旨い。今まで食べてきたカレーよりも格段に旨味と深みのバランスが絶妙で、まるで手を繋いで口の中で踊っているようだ。
ほのかに口に刺さる苦味も決して嫌味がなく、むしろそれがいいアクセントになっていて、味に奥行きを生み出している。
さまざまな要素が見事に絡み合っていて、スプーンを止めることができない。
こんなカレー今まで食べたことがあっただろうか。全体的に味がまとまっていて、無駄がない。
あっという間に皿が空になってしまった。もう終わってしまったと、すこし物悲しさは感じるがそれでも満足感は相当なものだった。
「ごちそうさまでした......ほんとに美味しかった」
「お粗末さま。それならよかった」
相対して座る廻くんは満足げに微笑んでいて。その姿に心を奪われた。
この日からだった。カレーライスが僕の『特別』になったのは。
さて、ご飯もいただいたことだし、そろそろ本当に帰らないと。
今度こそ帰ろうという変な決意を胸に玄関へと向かい、そそくさと靴を履いてドアに手を掛ける。
「まだ雨強いだろうから、気をつけて帰ってね」
「ありがとう。それじゃあ、また」
「うん。これからよろしく、蓮くん」
「こちらこそ、よろしく.....廻くん」
こうして、僕たちはなかなかに奇妙な出会い方で友達となった。願わくば、この関係が長く続くといいなと思いながら、彼の家を後にした。
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