救世屋(めしや)はじめました。 作:タラヴァガニ
4/9(土)
高校2年の春。晴れて俺は秀尽学園高校へと栄転を決めていた。
経緯を話せば少し長くなる。が、要は困っていそうな人を助けたようとしたら、傷害の冤罪をかけられて。しかし相手は相当な権力者だったようで、裁判は当然負け。
こうして、非常にありがたいことに前歴持ちの
この異邦の地で眺めるのは、少し画質の悪い、けれど廻との唯一のツーショット。
いつまで経っても待ち受けにしているそれを、割れた画面越しに一目覗くと、長い嘆息と共に空を仰いだ。
(......東京といえば、廻も来てるんだったか)
少しばかり、昔に思いを馳せる。
共に野をかけ、共に学び、時にはちょっとヤンチャもしたりして、楽しい時も辛い時も、隣にはずっと廻がいてくれた。
これからもずっと、高校、大学、果ては社会に出ても一緒にいられると、疑うことなくそう思っていた。なのに。
『......なかなかいいタイミングが分からなくてずっと言えずにいたんだけど、僕、東京の高校に入学することにしたんだ』
それは中学の卒業式。そんな日にしてはどうも縁起が悪い、大雨の降り注ぐ日だった。
「話がある」と、廻に校舎裏に呼び出され何事だろうかとノコノコと向かった先で無機質な声と共に告げられたのは、そんな言葉。
何を言ってるのかわからなかった。
トーキョーノコーコーニニューガク?
いきなり告げられた理解の
時間をかけて、言われた事を噛み砕いていく。しかし、脳がその情報を受け取ることを拒んだ。
でも、不思議と彼が自分とは違う道を選ぶ事に対して、何故とは思わなかった。その代わり、ある一つの心当たりが胸を刺して仕方がなかった。それは、俺にとって最も消したい
「なんでまた東京なんか.......」
それでも認めたくなくて、俺がしてしまった事を否定して欲しくて。そんな言葉が口をつく。
そんな思いも虚しく、何を聞いても返事はただ一言「やらなければならない事があるから」と、それだけだった。
今でも時々夢にみる、そんな苦々しい思い出。
視線をブルーライトを意気揚々と発している画面へと移す。
(......また、会えるだろうか)
よくもまあぬけぬけと、と我ながら思う。
会ったところで、俺に何が出来るだろう。彼に一生の傷をつけてしまったこの俺が。
きっと声をかけることも出来なければ、面と向かって話すことなんてもっての外。せいぜい、動いている彼を遠巻きに陰ながら見守ることくらいしかしないだろう。
それに加え今は前科持ちだ。どうしてこんな状態で顔向けなんてできるだろうか。
もう、俺は彼の人生の足枷にはなりたくないのだ。
はあ、思考に隙間ができてしまうといつもこうだ。ブルーな感情に押しつぶされてしまいそうになる。
今は切り替えよう。きっとその方がいい。
さて、東京にはこんな俺を受け入れてくれるというなんとも物好きな人がいたようで、今はその居候先へと歩みを進めている。
さすがは大都会トーキョー。上を見ればビルのジャングル、前を見れば人は波のように押し寄せてきて、一度地下に潜るともう訳がわからない。
東京メトロとは?何線がどこに繋がってるんだ?なんてのを忙しなく手元の板で検索して、ただひたすらに目的地を目指す。
行きずりに、何か変なアプリがスマホに入っていたが、問答無用でアンインストールしてしまった。悪いが今はそんなものに構っている暇はない。
......にしても一体何だったんだろうか、あの趣味の悪いアイコンのアプリは。変に記憶に残っているのも相まって余計不気味に感じる。
それはそうと、住所通りに不慣れな道を歩いていき、人の手を借りながらやっとの思いで辿り着いた場所はどうやら喫茶店を営んでいるようだ。香ばしい珈琲の匂いとともに、鼻を刺すようなスパイスの香りが扉の隙間から漏れ出ている。
先ほどまで憩っていたであろう老人たちと入れ違いに、俺はその店『ルブラン』へと足を踏み入れた。
「ったく、コーヒー一杯で四時間かよ......あーなになに?縦は真珠のウンタラカンタラ......
───んあ?オマエは......そういや今日だったか」
店主らしき人が件の客に愚痴を溢しながら、眉間に皺を寄せつつ真剣にクロスワードに興じている脇で。それとなく店内に居座っていると、どうやら俺の存在に気付いてもらえたみたいだ。
「えと、今日からお世話になります。雨宮蓮です」
「生憎、女の顔以外は覚えらんねえもんでね。にしても、へえ......オマエみたいな奴がねえ。どんな悪ガキが来るかと思ったが」
立派に携えた顎髭をさすりながら、こちらを値踏みするように視線を上から下へと撫で下ろす。
「佐倉惣治郎だ。うちの客とオマエの親が知り合いでな。まあそれはいいか......ついてこい」
言われるがままに、佐倉さんの後へと続く。そして案内されたのは、何とも埃っぽい。手入れも十分になされていないような屋根裏部屋。
そこには、もう使われなくなったのであろう様々なガラクタが敷き詰められていて、何なら屋根を支える
本当に人が住む場所なのだろうかと疑問に思いはするが、置いてくれるだけありがたいと気持ちを何とか切り替えた。
佐倉さん曰く「寝床のシーツくらいはくれてやる」だそうだが、そんなものでは間に合わないほどこの部屋は想像を絶して汚くて、現段階ではとてもじゃないが住める場所ではない。
これは今日一日が掃除で潰れてしまうだろうと、幸先の悪さに辟易しながら、佐倉さんのお話に耳を傾ける。
「にしたって傷害罪たぁな。人は見かけによらねえな」
もちろん、俺だってしたくてそうなったわけではない。弁明の意を込めて佐倉さんに言い寄ってみるが、彼はあまり深入りしたくはないらしく、まさに取り付く島もないといった様子だった。
「これでも客商売だからな、店で余計なことは言うなよ。そんでもって、向こう一年は大人しく暮らせ。そうすりゃ保護観察も解ける」
そう、保護観察。傷害沙汰を起こした俺に課せられた「品行方正にしていなさい」という命令。
この保護観察が解けるまでの期間を、佐倉さんにお世話になるという流れで俺はここにきている。
正直な話、あまり迷惑はかけたくない。なんてったってこの人は赤の他人である。にも関わらずこんな俺をここに置いてくれる、それだけでもありがたいのだから俺もそれに報いねば。と、静かに決意を固めていた。
佐倉さんが言うには、明日は編入する高校の挨拶回りの予定らしい。当然歓迎されてはいないだろうが、なんとか少しでも印象をよく見せようじゃないか。
掃除にひと段落がつき、ベッドに体を放り投げ......たかったが、当然マットレスなんて上等なものは敷かれていない。
ここにあるのは、みかんを入れるようなコンテナを寄せ集めて、その上に布団を敷いただけの簡易的なベッドだ。
そんなベッドに全体重を乗せて倒れかかったらなんて、考えなくてもわかる。
これから気をつけないと、と考えることがまた一つ増えてちょっと病みそうになったが、仕方なくゆっくりと腰を下ろしてから寝転がった。
寝っ転がってしばらくは、佐倉さんよろしくクロスワードと睨めっこしていた。
なかなかどうして、たまにこういうのをやると面白いものでついつい次へ次へと解き進めてしまう。
わずかに眠気を感じ、時間を確認しようとスマホを手に取ると、時間はすでに0時を回っていた。いやはや、こういうのは簡単に時間が溶けるからいかんね、ホント。
明日起きるためにアラームを設定しようとスマホをいじっていると、昼間に消したよくわからないアプリがまたもやホーム画面に舞い戻っていた。それを見て、そろそろウイルスを疑い始めた頃。
───目の前の景色は一転し、俺は囚人の姿となって独房にぶち込まれていた。
何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何をされたのか分からなかった。頭が(ry
ってなわけで、その空間の主らしき鼻の長い老人「イゴール」が言うには、破滅が何だとか、それに抗うとか.......まあとにかく何を言っているのか分からなかった。
いやー困るね。年取ってるからか知らないがもうちょっとわかりやすく言って欲しいもんだ。
それでも、その場にいた幼なげな二人の看守は実に眼福であった。
態度は看守らしくなかなかにキツかったけど、それもまたご褒美と捉えよう。うん、これでようやくプラマイゼロってとこだな。
4/10(日)
寝た気が微塵もしない夢を見た後で、眠い目を擦りながら挨拶回りをこなす。校長っぽい人のおありがてえ言葉なんてこれっぽっちも耳にも頭にも入らなかったが、まあ大方問題を起こすなとかそんなことを言われてたんだろう。
ただ、担任だという『
正直もっと何かイヤなことの一つや二つくらいはあるだろうと覚悟していたが、それも杞憂に終わったようで大変結構。
早くもこの学校での生活に少しの希望が見えた気がする。この人が担任でよかったと内心ホッとした。これで実際はとんでもヒス女教師とかだったら嫌だな......そうじゃないと祈ろう。
4/11(月)
なんと朝一で佐倉さんにカレーを振る舞ってもらった。朝からカレーなんてどこぞのガッツポーズしただけで5点くらい入る伝説の野球星人じゃあるまいし、と思いながらもカレー自体は大好物なので大人しく席に座る。
カレーにはうるさいぞ、と心の中で評論家を気取りながら一口頬張ってみると......
───美味い!
口を走り抜けるような程よく強い辛さ......!
市販のルーで作ったものよりも比較的スッキリしているという印象が残る。
さらに、それぞれの具材がお互いにいいところを引き出し合っていて、それでいてうるさく無い。それによって独特のコクが生まれている。
計算され尽くしたカレーだ。という感想を俺は抱いた。一切の雑味がなく、ここまで調和しているのはまさに職人技というべきだろう。
これには思わず唸ってしまう。さすがカウンター上の黒板を一枚まるまる使って『ルブラン特製カレー』と銘打つだけはあるな......!
......アンビリーバボー、いや『unbelievable』だ。これには諸手をあげて降参してしまいそうになる。お行儀が悪いのでそんなことはしないが。
とりあえず分かったのは、このカレーを作ったマスター、佐倉さんは悪い人では無いということだ。うん、カレーがうまい人に悪い人はいないからな(当社比)
「......美味しかったです。本当に」
「そりゃどうも。ほら、さっさと行け、遅刻しちまうぞ」
照れ隠し......という訳でもなさげな佐倉さんに急かされてそそくさと外へ出る。
時計を見ると、出るにはまだ少し早い。しかし、迷ってしまった時のことを考えると早くに出ておくに越した事はないだろう。転校初日から遅刻なんて洒落にならない。
佐倉さんには電車で行けと言われていたため、乗り換えや時刻表を見るアプリを起動して駅へと向かう。ちゃんと迷う事なく秀尽学園の最寄り駅で電車を降りて、地下鉄のホームを出ると空は生憎の雨模様だった。
運悪く傘を忘れてしまっていた為、近くにあった洋服店の軒下で雨宿りをしながら、高校までの道のりを調べようと今度は地図のアプリを開く。
そしたらまーたあのアプリのアイコンが画面いっぱいに主張してきた。......いい加減怒るよ?マジで。
朝から憂鬱になっているところ、こちらに近づく足音が聞こえそちらに目をやると、同じ高校の制服の生徒が。
ブレザーの中にパーカーを着こなし、日本人離れした顔立ちに、日に当てればさぞ輝きを放ちそうなブロンドヘアーをミドルツインに束ねた麗人がそこにいた。どうやら同じ雨宿り仲間らしい。
これは学校のマドンナ筆頭だろうな......と少しの間目を奪われていると、それを気取られたのだろうか。彼女もこちらを向いて、図らずして目が合ってしまった。
すると彼女は何かに気がついた様子で、自身の頭に指をさした。
.....これは一体どういうジェスチャーなのだろうか。こういったボディランゲージ一つにしたって、海外と日本では違うものがあると聞く。どうしよう、これの意味が「てめえ今見てただろ知ってんだぞ」とかだったら。もしそうだったら立ち直れそうにないよ......
イマイチ彼女の思惑を受け止め損ねていると、向こうも痺れを切らしたようで。
俺に近づいてきたかと思えば、その手を俺の顔付近へと伸ばす。
「ほら、付いてたよ」
「え?ああ、ありがとう」
そうして朗らかな微笑みと共に差し出されたのは、一枚の花びら。おおかた、目の前にある桜の花が俺の頭に不時着したのだろう。少し、ほんの少しだけ、かつての親友の姿がぶれて見えた。
ってか日本語ペラペラじゃん。じゃあ何だったんださっきの無駄な考察は。
「ほんと、
「全くだ」
一時は英語で話しかけられたらとヒヤヒヤしたが、とりあえずは言葉が通じる相手だとわかり少しホッとする。
にしてもこの人とは少し気が合うかもしれない。俺も雨は嫌いだ。髪はいつもよりうねるし、肌はベタつくし、水溜りで転けてびしゃびしゃになったことあるし、卒業式のこともあるし。それに───
いや、今これはよそう。ただでさえ色々ツイてないってのに、これ以上ブルーな気持ちになりたくはない。
はあ、この地に来てもう何度目かわからないため息が漏れる。転校初日だっていうのに雨降りとはなんともツイていない。美人には会えたけれども。
そろそろここを出ようかと足を一歩踏み出そうとしたところで、近くの路肩に泊まった車が一つ。
「おはよう。学校まで送ろうか、このままじゃ遅刻するぞー」
と、知り合いなのだろうか。白いセダンの窓から、彼女へ声がかけられた。それに彼女は「ありがとうございます」と一言言い、単調な足取りで車に向かう。
ほー、雨の日の東京では美人には先生直々のお迎えが来るのか。まあそりゃあこの美貌だったら無理ないか。
「おっと君もか」
こちらに気付いたのだろう、自分にも相席の声がかかる。しかし、流石によく知りもしない女子生徒と先生らしき人との間に相席できるほど、俺は肝が据わっていない。
だから俺は愛想笑いをしながら手を横に振る事で誘いを断った。うむ、我ながら完璧な無難ムーブだ。惚れ惚れしちゃうね。
とはいえ、尚のこと雨は降り。断った手前、乗っときゃよかったかなと思うわけだが。
「───変態教師がっ」
先の車を見送りながら、短く切り揃えた眉が特徴的な、短髪を明るく染めた男が憎々しげにそう言い放った。
変態どうこうはともかくとして。教師、ということはさっきの車に乗っていた男に向かって言っているのだろうか。
彼もまた秀尽学園の制服に身を包んでおり、しかしてその様を一言で表すならば「乱れている」
見た目で判断するのもアレだがこう.......いかにも不良、という感じだ。関わるのは少し勇気がいる感じの。
「んだよ、
カモシダ......うーん知らない単語だ。察するに、これもさっきの男のことだろうけど一応聞いておこう。
「カモシダ?」
「あ?さっきの車のだよ。ったく、好き勝手しやがって......お城の王様かってーの。お前もそう思わねぇ?」
同意を求められても困る。こちとら今日から転入の秀尽学園ビギナーなのだ。ピッチピチなのである。
当然鴨志田が普段どんなのかとかは知らないし、今の一幕だけで判断するならそこまで悪くも見えなかった、というのがホンネだ。でもよくよく考えてみれば確かに、女子生徒を計ったかのように迎えにくるところは若干のキモさを感じる。まあそれは故意であったらの話だが。
「んだよ反応悪りぃな。お前シュージンだよな?」
「秀尽学園のことであってるなら、そうだ」
そう言うと、金髪の少年がオレの胸元をじっくり......いや、じっとりと見つめる。
いやいやそんなところ見つめられても困りますああいけません心の準備がまだ───ああ、拝啓お父さんお母さん。僕が東京に来て間もなく
「───しかも、タメじゃねーか。見ねえ顔だけど」
「......え、なんで」
「ああ?なんでってそこにバッジつけてんじゃねーか」
指の差されるまま下を向くと、胸元のピンバッジには『2』の文字が。
なぁんだそういうことか。まったく、びっくりさせないでいただきたい。俺はてっきり.......
嗚呼、ここのところ色々ありすぎて疲れてたのかもしれない。今日は帰ったらしっかり寝よう。
「なんも知らねーみてえだけど、二年で見ねえ顔、そんで天パにメガネ......てことは、お前もしかして例の転校生か!?」
「その『例の』ってのはわからないけど、うん」
「マジかよ!俺、
なにやらちょっとした噂になっているらしい。十中八九嫌な予感しかしない訳だが、大穴でモテ期到来にベットしてみるのもありか?
いや、やめておこう。外れてた時に一層惨めな気分になるだけだ。なにも自分から全力で地雷原に自爆特攻しなくてもいいだろう。
「話はよ〜く聞いてんぜ?大した雨じゃねえし、行きながら話そうぜ。遅れちまう」
俺の肩に手を回しながら、坂本はご機嫌が大変よさそうに大股で歩き始めた。
誰だ、俺の噂なんて流したやつは......これじゃあまるで、図らずして札付きのワルに気に入られたやつみたいじゃないか。一応進学校とは聞いていたんだけどなあ......
ああ、どうなってしまうのだろうか我が高校生活。正直不安でいっぱいです。
「俺たちで、これからいっぱい『オモイデ』作ろうぜ。蓮」
ニカっと、この天気とは正反対の眩しいくらいの笑顔が俺を照らす。
まあ見た目はちょっとアレだけど、悪いヤツじゃないのかもしれない。
───待て。俺名前なんて言った覚えがないんだが......前言撤回。やっぱり坂本竜司、恐ろしい子っ......!
お父さんお母さん。やっぱり僕は東京に来て穢れてしまうみたいです。どうか、どうかお許しを.......!
最初の蓮くんのモノローグはなんのこっちゃわからないとは思うんですが、徐々に明かしていこうと思うので、お暇のある時にでも気長にみていただけるとありがたいです。
モチベに繋がるのでお気に入りや評価をしてくださると嬉しいです。