救世屋(めしや)はじめました。 作:タラヴァガニ
行きずりにそれなりに言葉を交わしたが、やっぱりこの坂本という男は悪いやつでは無さそうだ。まあただ多少思いやりにかけるというか、強引なとこはあるようだが。
やはり人は見た目によらない。もちろんそんなことは分かってたさ、うん。決して初対面で俺の身体目当てで近づいてきたチンピラ男だなんて思ってはいない。思っていないと言ったらいないのだ。
名前を知っていたのも、その『噂』で知ったらしい。っていやおい、プライバシーとかそこら辺大丈夫なのかそれ。
ちなみに冗談まじりに「俺のこと好きなのか」と聞いてみたが「んなわけねーだろ」と一蹴された。そう言われるとなんか癪だな。オトしてやろうかこの野郎。
大通りから外れ、細い路地へと入る。曰く、これが近道なんだそうだ。
当然こんなところに人通りはないし、多少声を出したってバレないかもしれない。無意識なんだろうけど、坂本、お前わざとやってないか?俺が意識しすぎなのか?
一度かかってしまったバイアスというのは、なかなかに頭から離れにくい。ああ、このままだと俺の中での坂本がナンパチンピラ男になってしまう。そんな不名誉な称号を持たせるわけにはいかない。さすがに不憫すぎる。
「んで、この路地抜けりゃガッコーだ」
「こんな道もあるんだな」
「まあな。俺にとっちゃここら辺は庭みたいなもんだからな。ほら、もう見えんだろ?目の.....前、に.....」
坂本の指の先を追う。
すると、そこには......わあ、立派なお城だ。それはさながら愛を育むためのホテルのような......
「坂本、やっぱりお前......」
「ちっげーよバカ!マジで俺も予想外だっての!」
ほんとか〜?そうやって「あ、こんなとこにラブホあったんだw......ちょっと休憩して行かない?」みたいな感じで連れていくんじゃないのか。なんか見た事あるぞそういうの。
さて、冗談はそれぐらいにして。
坂本の顔色を伺う限りでは、本当に予想外だったっぽい。それに俺だって昨日来たし、場所もここで間違いないはずだ。となれば、学校が城になってしまった、ということになる。
そんなことあるか?学校が城、キャッスルだぞ???ローマは一日にしてならずというが、どうやらここ、黄金の国ジパングでは学校が城になるのは一日あれば十分らしい。まったく、現代日本の建築技術にはもはや恐れすら感じてしまうね。
田舎の公立出身の俺からしたらまずありえない光景だ。これがトーキョー。これがシュージンなのか。転校生の歓迎とはいえたった一日で随分とご大層なことをしてくれるじゃないか。思わず涙がちょちょぎれそうになるな。
「これが都内の進学校か......城を一日にして建造とは、ハイカラだな」
「なわけねーだろ!つかいつの言葉だよ、ハイカラって」
「とりあえず、人に聞こう。じゃないと訳が分からない」
「無視かよ......」
坂本が何やら言っていた気がするが、残念。今はそれどころではないのだ。今はこの学校を知る必要がある。
ああそうさ、今までのは現実逃避だとも。俺だってこれが異常事態だと思わないほど脳ミソが腐っているわけではない。でも、若干こういった非日常に心躍る自分もいた。なんていうか、こう......無性に「ショータイムだ!」って叫びたくなってしまう。
とはいえこんなところで立ち往生したって仕方がない。
坂本もそう思っているようで、俺たちはこのラブホじみた城の中へと一歩踏み出した。
◆◇◆
「ちょっと
「あ、あはは......」
朝のホームルームが終わったあと、我らが担任の川上先生に詰められる。『例のカレ』とは、言うまでもないかもしれないが蓮のことだ。
僕としてはむしろ来てなくてありがたいというか、逆に来てると困るというか。でもまあとりあえずこの場は収めなければならない。なんたって先生はそんな事情知ったこっちゃない訳だから。
「まあまあ、いろいろ事情があるんでしょう......だから、ね?」
「だから、ね?じゃない!転校初日に遅刻って相当よ?私が庇うのにも限度あるからね!?」
「わかってます、わかってます。蓮には後で僕からもきつーく言っときますから」
川上先生は変わらず訝しげな視線を隠すこともなくこちらに向けている。
腐っても教師と生徒。やはりマンツーマンでこの空気は胃がキリキリと痛む。
「......ホントに大丈夫なんだよね、彼?」
「ええ、心配には及びません。多分」
多分。その言葉を聞いて、先生はがっくりと肩を落とし長いため息を吐いた。いやぁ本当に申し訳ない。心中お察しします。
少なくとも僕なら彼女の立場になりたくない。こんなことがあった日には他の先生からお小言が飛んでくるか、あるいは同情の眼差しを向けられるか。どちらにしたって気持ちのいいものではない。とんだ貧乏くじを先生は引かされているのだ。
だから僕もそれに応えなくてはならないだろう。蓮が来たあかつきには事態の収拾に徹しなければ。あとは......
「今度絶対埋め合わせしますから」
「......とびっきりの、期待しとくから」
「それはもう。誠心誠意を込めて、おもてなしさせていただきます」
ハードルが上がってしまったと若干の焦燥を感じながら、わざとらしく片手を胸に当て浅く礼をする。顔を上げるところで計ったかのように予鈴がなり、先生は「それじゃ」とひらひらと手を振って徐に踵を返した。
物憂げに揺れる小さな背中を見送りながら、一限の準備をするために席に戻る。
これは今日は大変な一日になりそうだ。と思いながら、やけに重たく感じる教科書を机の上に出した。
昼休みを告げるチャイムが鳴り、少なくない眠気を感じながら弁当袋を開く。
すると、時を同じくして教室の外が何やら賑やかさを増しているではないか。ついに来たか、この時が。
喧騒に耳を傾けているうちに昼休みが終わり、5限の始まりを告げるチャイムが鳴り響く。普段であれば食後の眠気に誘われて静かな教室が、今この時だけは騒がしさに支配されている。
それが指し示すこととはすなわち、本日の主役の登場ということに他ならないだろう。
「それじゃあ、入って」
先生に促されて入ってきたのは、まあ想像通りの人物だった。
目に被りそうなくらいの重い前髪に、黒縁の伊達メガネをかけた青年。
とりあえずよかった。ここで全く知らない人が来たらどうしようかとあたふたしてたところだ。
彼は決して大きくはない声で自分の名前を言うと、教室をぐるりと見回した。するとこちらを見るなり目を見開いて驚いた表情を浮かべる。ふふふ、まさかここに僕もいるとは思うまい。
したり顔で僕も視線を返すと、そっぽを向かれてしまった。あれ?そこは「うわー!ここに来てたんだー!」みたいな反応するとこじゃないの?
若干の違和感が残る中、彼の自己紹介が終わり、先生が席の位置を彼に告げる。窓際の後ろから2番目、そしてそれは僕の左隣。
わざわざ川上先生に無理を言って掛け合って、「しろさき」がこの位置に来るようにクラスの編成を変えてもらったのだ。まあその分僕も僕で色々と払ったんだけれども。
なにはともあれ、この日のために僕は同級生と必死こいて仲良くして、先生方の評価もいいものにして、学内にある程度のコネは作って。
僕とてこの一年東京で遊び呆けてたわけではない。南船北馬、東奔西走。蓮へのヘイトを少しでも軽減できるように尽力してきたのだ。まさに今、その成果を発揮するときだ!
ひとまずはここで昔ながらの友達らしく、ちょっと砕けた感じで話しかけてっと........
「久しぶり、蓮。またちょっと背のびた?」
「人違いじゃ、ないかな」
んん〜???なんか思ってる反応とは違う。確かに自己紹介のときも目合わせてくれなかったけど.......もしやこれが思春期?それとも反抗期というやつ?
と、とにかく。人違いと言われて素直に納得するほど僕は往生際がよろしくないのでね。もうちょっとグイグイいかせてもらおうじゃないか。
「なーに言ってんの。蓮の声だけは忘れない......絶対に」
そう言うと、蓮の肩がピクリと跳ねる。
その肩に触れようと僕が手を近付けると、蓮はその手を勢いよく跳ね除けた。
「───いい加減にしてくれ!」
「......え?」
「何度も言うが人違いだ。俺はそのトモダチじゃない。俺は一切.......君のことを知らない」
間違ってはいないはずだ。というより間違えるはずがない。その特徴的な福山ヴォイスに、前髪で部分的に隠れてしまっているにも関わらず、アホみたいに主張してくる綺麗な横顔。
忘れるはずがない。まず間違いなく顔見知りの雨宮蓮なのだ。であるにも関わらず、ここまで拒絶にも似た反応をされるということは。
......もしかしなくても僕めちゃくちゃ嫌われてる?
よくよく考えてみれば、そりゃあ......そうか。だってマトモなことを何も言わずに東京行って、その上一年間ろくに連絡寄越さなかったもんなぁ......そんなことしてたら嫌われるよなぁ。
そのくせ同じクラスになった途端急に話しかけるって、どれだけ都合がいいんだって話だ。
新学期早々やらかしてしまった。
彼を迎え入れるどころか、全くの逆効果になってしまっている。
周りからは「アイツまじかよ」とか「ありえな〜い」とか聞こえてるし、先生に至っては「どういうこと!?」と目で訴えかけてきている。確かに今朝大変な一日になりそうだとは思ったけど、まさか難易度マーシレスになるなんて誰が予想できただろうか。僕は予想できなかったよ。
完全に視野が狭まっていた、と言わざるを得ない。
先のことばかり考えていて、一番大事にしなければいけないものを見失っていた。
こりゃあ怪盗団に加入どころか、原作介入なんてもってのほか。なんたって僕にはその資格がない。前世の記憶があったり、あまつさえこの世界について知っていたとしても、それだけだ。それ以外はなんの能力もない、どこにでもいるただの凡人。
なら、凡人は凡人らしく、もうこの世界に下手に関わることなく一生を終えるのが最適解というもの。
僕なんかがいなくても、きっと蓮なら上手くやれる。
怪盗団のリーダーとして、この世界を、人々の心を、全てを奪ってくれる。
だって蓮は世界で一番かっこいい、僕の自慢で憧れの......
───ヒーローだから。
一旦ストック消費しました。毎日はおそらく厳しいのでゆっくりお待ちください。