救世屋(めしや)はじめました。 作:タラヴァガニ
「ちょっとそこ、大丈夫?」
「ああ、はい。大丈夫です、お気遣いなく......」
明らかに信じていなさそうな先生の視線が刺さる。流石にこれは予想外だとアイコンタクトを送ると、理解したのかしていないのか彼女は眉を顰め、ため息をひとつ。
とはいえ先生も授業を進めなければならないと切り替えたのか、気怠げに教科書を開き授業を始めた。
さて、原作に介入しないとは言ったが、それでも普段の学校生活で隣の人とコミュニケーションが取れないのは致命的だ。現に、蓮はこの授業の教科書を持っていないだろうから、必然的に隣である僕が見せることになる。
正直断られないか心配ではあるけど覚悟を決めよう。これは授業のため、授業のため......
「あのさ、教科書ないと不便でしょ?見せるから机寄せない?」
「ああ......」
よかった。これすら断られてたら本当にどうしようかと頭を抱えていたところだった。
机を横並びにくっつけ、蓮との距離がほぼ無いに等しくなる。前まではこんな距離も珍しくなかったのに、今となってはこんなにも近くに居るのにすごく遠く感じてしまう。
そんなことだから当然、僕たちの間に会話は無い。授業中だからというのはあるけど、それを抜きにしても雰囲気がよそよそしく感じて寂しさを覚える。
「もう、戻れないのかな.......」
ギリッ......と隣から奥歯を噛み締めるような音が聞こえた。
やばい、もしかして今の声に出てた!?ああもう、こういう時に心の声漏れなくていいからホントに。火に油を注いでしまったかもしれない。
確かめるように、おずおずと彼の方を覗いてみる。けれどやはり顔は窓の外に向いていて、表情を伺うことすらできないまま。
ああ......胃が痛くなってきた。これは前途多難だな......原因は僕なんだろうけど。
果てしなく長く感じた授業が終わり、今日のところはこれで終わりとなる。HRが終わるとみんなそれぞれの放課後を過ごすために忙しなく動き出した。
それは僕とて例外ではなく、川上先生に呼び出しをくらっていたがために職員室へと急いでいた。行く前に蓮に声をかけようとも思ったが、隣をみた時にはすでに忽然と姿を消していた。一体いつの間に席を立ったんだ......?
そんなことを考えているうちに、職員室の前についていた。律儀に3回ノックをして、音を立てないようゆっくりと扉を開ける。すると真っ先に視界に入ったのは何か物申したげな川上先生の顔だった。
他の先生や生徒をかき分けて彼女の元へと向かうと、じっとりとこちらを睨むような目をして僕を正眼に捉えた彼女は、腕を組んだまま重々しく口を開いた。
「説明してもらってもいい?」
「いやぁその......僕としても予想外、と言いますか......」
「だろうね。出身地も一緒で、一応中学校の先生にもお話を伺ってみたけど、彼と仲良くしてた人で一番に君の名前が上がるくらいだったし」
「僕もその認識だったんですけど、どうやら嫌われちゃってるみたいです.......」
僕が弱々しくそう応えると、分かりやすく先生は項垂れる。
そりゃあそうだ。今度くる転校生のことは任せんしゃい!と意気込んでいた奴が、まさかその転校生から嫌われているだなんて思いもしないだろう。
先生からしてみれば、仕事が一つ.......いや、それどころじゃないほど増えたようなものだ。ただでさえ学校の先生という仕事はキツいと言われているのに、その上こんな厄介事が降りかかってしまったらと考えるとどうもいたたまれなくなってしまう。
「何かお手伝いできることがあれば雑用でもなんでもやりますから」
「言われなくてもそうするつもり。じゃあこれ、春休みの課題のチェック終わったから明日の朝礼で返せるように教室に置いてきて」
「はい......喜んで」
そうして先生が指した方を見ると、問題集の束が。一つ一つの厚さは大したものではないものの、ちりも積ればなんとやら。これはなかなかに骨が折れそうだ。
こんなことをしているが、僕としてもそこまで余裕があるわけではない、主に精神的に。けど、いやだからこそ。こうして何かしていないと、どんどん思考の渦にはまってしまいそうになる。
とりあえず今は目先の仕事に集中しよう。そう思いクラスごとに別の束をなしているそれを一つ持ち上げると、名前の欄からどこのクラスかを確認して運び始めた。
3回目の往復の途中、まるで探し物を見つけたかのように慌ただしく近づいてくる人物が一人。
小走りで僕の横に肩を並べると、どこか疲れが垣間見える表情で、見知った顔『坂本竜司』は声をかけてきた。
「いたいた。廻、探してたんだよ!なあ今大丈......夫じゃねえ、か」
「まあ、そうだね。どうしたの、急ぎの用?」
「そうっちゃそうなんだけどよ......あー、とりま俺もそれ手伝うわ。終わってからでも大して差ねえだろうし」
手伝ってくれるというなら、それをわざわざ断る理由もない。お言葉に甘えるような形で、今持っている半分を竜司に渡す。
やはり二人でやると早い。その上竜司は元々運動部に所属していたということもあってか、当初の見積もりよりもかなり早く終わった。
先生に完了の旨を伝えて、普段から人気のない屋上前の踊り場へと向かう。
乱雑に放置されている椅子を引っ張り出してテキトーに腰掛けると、ひとまずさっきのお礼から会話を切り出した。
「ありがとう、助かったよ」
「気にすんなって。んで、話なんだけどよ」
「もしかして今朝来てなかったのもそれ関連?なんも連絡なかったから心配してたんだ」
「それは、スマン......でもよ、あれは仕方ねえっつーか」
「まあいいや。それじゃあ、聞かせてくれる?今日、何があったか」
そう言って僕は竜司の次の言葉を促し、話を聞く態勢に入った。
「───城にいた?それで捕まったって?」
「そうなんだよ!なんつーか、とにかく城!んでそこのオーサマがあの鴨志田のヤローで」
「待って待って。君の言葉を100%信じるとしても、その時間は僕普通に学校で授業受けてたんだけど」
「そこなんだよなあ.....」
さも何も知らないかのように振る舞う。あまり気は進まないけど、こうでもしないと後々変に疑われると困るから仕方がない。でもまあ今は二人がちゃんと戻ってきてくれたことを喜ぼう。現時点ではまだ、物語の進行に綻びはない。
ただ僕としては、もう一声欲しいところだ。それが何かと言われれば、ズバリ「蓮がペルソナに覚醒したか否か」。奇跡的に何事もなく逃げおおせたのだとしたらそれはそれで問題だ。ペルソナ5という物語が始まらなくなってしまう。
だからここは一つ思い切って踏み込んでみようか。
「そのお城で捕まってしまったんなら、どうやって君たちは現実世界に戻ってきたの?」
「俺もよくわかんねえけど、蓮のやつがペル、ぺ.......あーとにかく!なんかすげえのをブワーッて出して、そんでえーっと......」
「あーなるほど。とにかく僕の理解を超越した現象が起きたってことだけはわかったよ」
そう言って僕は眉を顰め肩をすくめて見せたけど、それとは裏腹に内心ではガッツポーズを繰り出していた。蓮はしっかりとペルソナに覚醒している......その事実さえ聞ければそれでいい。
これがわかったならあとは簡単だ。僕は隣人Aとして彼らの活躍を横目に見守るだけでいいのだ。
「とにかくよくわっかんねえ事だらけなんだよ!つーわけで廻も明日の放課後検証に付き合ってくれ、な?」
「───へ?」
今なんて言った?明日の放課後に、検証に付き合え.......!?
いやいやいやいや、これはよくない。非っ常によくない流れだ。蓮に嫌われてしまっているこの状況で、それに参加したらヤバい事になるなんてのは目に見えてる。
正直、パレスに行けるというこの千載一遇のチャンスを逃したくはないけど、それでもここは涙を飲んでグッと我慢だ。
「いやー......明日はちょっと」
「マジか、じゃあいつなら行けるか教えてくんね?」
僕は頭を抱えた。
そういう事じゃないんだよ!どうしてそこで食い下がるんだそこで!僕なんか放って二人で行ってくれるだけでいいのに!
ここで行きたくないと言っても、彼の心象はよくないだろうし、日程を変えられたりなんてしたらその時点でおしまいだ。
......これは、もう腹を括るしかないのかもしれない。
「はあ、わかった。明日の放課後ね」
「なんか予定あったんじゃねえの?」
「今さっき吹っ飛んだよ、そんなの。だから気にしないで」
「ああ......?よく分かんねえけど、んじゃそゆことで頼むわ」
そう言い残して、竜司は立ち上がり疲れが窺える足取りで階段を降っていく。
僕もそろそろ帰ろうかな。明日に備えて身体も休ませとかないといけないし。それに今日は色々ありすぎて疲れた。その上明日もなかなかハードな一日になりそうだ。ああ......胃が痛い.......
4/12(火)
あーたーらしーいあーさがきた きーぼーうのーあーさーだ(白目)
どれほどこの日が来ないことを望んだか。それでも時の流れというものは非情なもので、容赦無く夜は明け朝がやって来る。
正門をくぐり抜けると、急に鉛のように重たくなった足を引き摺るようにして教室へと向かう。
教室に入ると、あからさまに蓮とその周りの人間との間に距離があるのが見てとれた。
ヒソヒソと話す声に耳を傾けると、根も葉もないような出来の悪い噂話ばかり。蓮をなんだと思ってるんだまったく。
「おはよう、蓮......いや、雨宮くん」
「.......おはよう」
コミュニケーションの基本はまず挨拶をすること。そして僕の放課後までのミッションは、1ミリでもこの距離を縮めることだ。正直返してもらえるかビミョーなラインだったけど、ちゃんと返ってきたし、意外と幸先がいいのかも?
いやいや、まだまだ始まったばかり。気を引き締めていかねば。
まったく授業に身が入らないまま昼休みを迎えた。あの手この手と思いついた策は片っ端から試してみたけど手応えはナシ。
こうなったら最終兵器を投入するしかないみたいだ。もっとも、これも効果が見込めるかと言われれば素直に首を縦に振れない訳だけど。でももうなりふり構ってもいられない。そろそろ蓮がみんなから距離を取られているのが辛くなってきたし、その原因の一端は僕にある。なら、ほんの少しでも、それをなんとかしたいと心の底から思う。
そうと決まればすることはひとつ。席を立とうとしている蓮を引き止めるように、僕は勇気を振り絞って声をかけた。
「ねえ雨宮君。その様子だとこれから購買?」
「君には、関係ないだろ」
「まあまあそう言わずに。はいこれ、お弁当」
カバンの中から一つの弁当袋を取り出し彼の机に差し出すと、周りからの信じられないものを見るかのような視線が僕を刺す。
これには蓮も驚いたようで、今朝から窓の外に釘付けだった視線がようやくこちらへと向けられた。
これ幸いと、僕も一気に畳み掛ける。
「購買だと栄養偏っちゃうから、君さえよければ食べてくれない?」
「どうしてこんなことを」
「どうして......か。どんな理由があるにしろ、僕は独りでいる君を放っておきたくはないから。かな」
「また、そうやって.......」
「今、なんか言った?」
「......いいや、何も」
何か言った気がしたけど、気のせいだったんだろうか。
とにかく、渡すところまではできた。蓮も観念したのか、おもむろに袋を開けて弁当箱を取り出すと、そこでまた彼は目を見開く。
それもそうだろう。見覚えがあるはずだ、その弁当箱は。今回僕が渡したのは、中学の時たまに蓮に作っていた弁当の再現のようなものだ。
もちろん中身も蓮の好みに合わせたもので作っている。卵焼きは甘めで、唐揚げの味付けは塩。彩りと栄養価のためにプチトマトを添えて、さらに緑を加えたうえで唐揚げの脂っこさを中和するためのほうれん草のおひたし。ご飯には下手に味がぶつからないように真ん中に梅を一粒だけ乗せた日の丸仕様。
蓮は聞こえるかギリギリの声量で「いただきます」と言うと、真っ先に卵焼きをひと掴みして口に放り込んだ。
知ってる。いつも君はそれから食べることも、それでそのあと小さく頷くことも。
一口、また一口と食べ進める彼を見ながらどこか懐かしさを感じて、もしかしたら元通りの関係になれるかもしれないなんて考えてしまう。そんな自分の都合の良さにまた嫌気がさして。
本当に、後悔ばかりだ。時間を戻すことが出来るなら......なんて考えるけど、過ぎたことは変えられないし、そんなたらればの話をしたってしょうがない。分かってはいるんだけど、でもなあ......
あれこれ考えているうちに、どうやら蓮は食べ終わったみたいだ。彼は綺麗に片付けられた弁当箱をこちらに手渡し、相変わらず顔はこちらに向けないまま「ごちそうさま」とだけ言った。
「お粗末様。また、作ってきてもいいかな」
「いや、もういい」
「そ.......っか」
ダメだった......のかな。それだけ、僕たちを隔てる溝は深いと言うことなのだろうか。そもそも食べ物で釣るようなマネがよくなかったのかもしれない。
はあ、今日は空回りデーだ。やること全部裏目に出てる気がする。刻一刻と放課後は近づいているって言うのに、距離が縮んだ様には思えない。
「でも.......やっぱり、弁当は美味しかった、から」
「......!そっか。そう思ってもらえたなら、何よりだよ」
全身の力がフッと抜ける様な感覚に陥る。人間安心するとこうなるのか、なんて場違いなことを考えてしまうが、それも仕方がないだろう。
まだ諦めるのは早い。今のやり取りで気づいたんだ。やっぱり、僕は蓮と他人のままなんて絶対に嫌だってことに。だからゆっくりでも、たとえどれだけの時間がかかろうと、彼との関係は取り戻してみせる。お生憎様、僕は往生際が悪いんでね。
次回、ようやくパレスに行けそうです。
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