三百年前、勇者は「反省しろ」と言い残して消えた   作:庫磨鳥

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アヤマる

 

 ──地下酒場にて、三百年前勇者が残した()()()()という言葉の真実を聞いてから、私と勇者の間に会話は生まれる事無く、ヴァスティマ産麦酒を二杯、正確には一杯半を飲み干したエクレルが限界そうに見えたので、私は彼を連れてプリカティアの家に帰る事にした。

 

「エクレル。平気ですか?」

 

「…………」

 

 殆どアルコールの無い筈のお酒なのに、完全に酔いが回っている……あるいは心のダメージもあってか、彼は一人で歩けないほど弱り切っていた。

 

 そのため、私が肩を貸して支えて歩いている。彼の足はしっかりと力を入れて地面に付いているので、あまり重さは掛かっておらず、なんとか動けている。

 

「あ…………」

 

 地下酒場からプリカティアの家までの帰り道、エクレルと出会った空き地に、つい目を向けて足を止めてしまう。

 

「──どうした?」

 

「エクレル?」

 

「教会に……何か忘れ物でもしたのか?」

 

 ──私が産まれる前……きっと『ヴァスティマ』が誕生した時から有った空き地は、プリカティアが所属していた宗教団体の教会があった場所。つまり、エクレルとプリカティアが初めて出会い、思い出を作ってきた代えがたい場所だったんだ。

 

「……いいえ、なにも有りませんよ」

 

「そうか……そうだったな」

 

 それ以上、私たちは何も言うことなく、家まで歩みを止めなかった。

 

「──エクレル……流石に二階へ連れて行くのは難しいので、歩けませんか?」

 

「んー……」

 

 転ぶことなく家に辿り着いたのは良かったが、寝室は二階にあるため階段を上がらなければならず、流石に男女の身長差もあり、支えて上がるのは難しい。

 

 しかし、エクレルは限界なようで、生返事をするだけで動こうとはしなかった。

 

「でしたら、そうですね……今上から毛布を持ってきますので、少しだけ待ってください」

 

 上にあがれないなら、一階で寝てもらうしかないと、彼を階段付近に一旦下ろして、とりあえず私だけで二階へと上がる。

 

 ──ベッドの上に敷いてあった毛布を抱えようとした時、後ろから気配がして振り向いたと同時に、強い力でベッドへと押し倒された。

 

「……!? …………エクレル」

 

 気配を消して、私を押し倒した人物は、当然な話エクレルで、彼はベッドの段差に合わせるように膝立ちの恰好で、私を大事そうに抱きしめる。

 

「──どこにも行かないでくれ」

 

 全てを受け入れるつもりで、抵抗することなく彼を待っていると、彼は弱々しい願いを口にするだけであった。

 

「エクレル……私は……私はプリカティアじゃありません」

 

「分かってる」

 

「三百年後に偶然出会ったプリカティアの名を騙る『ヴァスティマ』の民なんです」

 

「分かってる……」

 

 全ては承知だと言うエクレルに、私は何も言えなくなり、体を起こして温もりを求める彼の背中を、優しく撫でる。

 

「……何か話をしてくれ。寝れるまで……」

 

「……私に、話せるようなことはありません……有るものは、貴方を傷付けてしまう刃物のようなものばかりです」

 

 彼の望み通りにして、少しでも心を癒やしたい。でも、私という存在が話せるの『ヴァスティマ』での生活と、聖書のことだけで、エクレルの心を傷付けるものしか持っていない。

 

「──優しいんだな」

 

「え?」

 

 あまりの予想外の言葉に、唖然としてしまう。

 

「俺が傷つく事を心配してくれている……お前たちの人生をめちゃくちゃにした張本人なのに」

 

「……違います。貴方の全てを壊してしまったのは〈六頭人種(私たち)〉です……貴方が、優しいと言ってくれたものは……ただの自分勝手な言動に過ぎないものです」

 

 ──どこから思慮が足りなかったのか、最初から、森の中で助けて貰った時からだ。あの時の私が、エクレルの事を少しでも考えていれば、どんな理由があっても『ヴァスティマ』に連れていくなんて考え無かったかもしれない。

 

 それからの子供たちのこと、〈六頭人種〉のこと、『ヴァスティマ』のこと、そしてエクレルの、その全部が自分の判断を正当化するためのものと言われても仕方のないものだ。

 

「──だったら、俺と一緒だ」

 

「……エク、レル?」

 

「俺も、自分のことばっかり考えている。誰かに優しくしてきたのも、自分の納得だとか、悪いやつに見られたく無かったからだ……だから、俺と一緒だ」

 

 ──私を気遣ってくれた故の発言なのは間違い無い。だけど、その裏に他者を強く求めて居る気持ちが含まれているのを感じ取った。

 

 エクレルは、私と同じである事を主張する。それは言外に誰かを欲している故の言葉に思えた。

 

「俺も……何度も間違えた……三百年前のあの日だってそうだ」

 

「ですが、それは〈六頭人種〉たちの行いによる結果です」

 

「それでも間違いだった……回避できたはずの……」

 

 話し方が乱れており、酔った上での発言であることが分かる。後悔に満ち溢れて自分を卑下する彼を、私は宥めようとする。

 

「他にもある……たくさんあるんだ……」

 

「エクレル……」

 

「……『ヴァスティマ』に来てから数ヶ月が過ぎた頃、プリカが孤児院の子にビンタをして怒鳴っていた。俺はそれをたまたま見ていて……裏では子供に手をあげる人だったんだって、正直、嫌いになった……」

 

 特別な人であったとされるプリカティアの事を、あのエクレルが()()と断言した事に、私は心から驚き止め時を失ってしまう。

 

「俺の居た世界……遠い故郷では、どんな事情があるにしても、子供に暴力を振るうのは悪だったんだ。例え、それが子供の方に問題があったとしても、彼女は駄目な事をしたなんて思って、距離を置いた……北砦の奪還作戦の事を言い訳にもして……」

 

 ──北砦の奪還作戦。それは聖書にも載っている、エクレルが勇者として名を上げた最初の戦いだ。

 

「……その戦いが終わって、国に帰った俺は、たまたまプリカと叩かれた子と出会って……そこで真実を聞いた……その子は、北砦の奪還作戦に志願するつもりだったんだ。でも、それがプリカにバレて、反対されて言い合いになったらしい」

 

 ──地下酒場での話の時のように、エクレルの声が震え出した。私は止める事なく、ただ彼に抱きしめられるままに背中を撫で続ける。

 

「あの時、プリカは、なにを言われても行くつもりだと言う、その子の頬を叩いたんだ。泣きそうな顔で、戦場ではこれ以上に痛い目に合う、苦しい目に合うと……行かないように説得するために」

 

 プリカティアは、戦場に行くと決意を固めた子供をなんとしても止めたかったことが伺える。

 

「それで、その子は考えを改めて、記憶力が良く、読み書きも、計算もできるから文官を目指して、後方で戦ってる兵士の手助けをするって進路を変えた」

 

 三百年前ではどうかわからないが、その子が、プリカティアの必死の説得によって戦場にでない道を選んだのは、少なくとも私にとって良いと思える話だった。

 

「プリカティアは……その子の命を救ったんだ……でも俺は……」

 

 ──そして、エクレルが言う失敗が何であるのか、私は察してしまった。

 

「──あの戦いには、他の孤児院出身の4人が参加していたんだ。全員が年長者で、教会のボランティアで何度も顔を合わせた事がある子たちだった。全員がプリカに黙っての参戦だった……」

 

 もしも、プリカティアが、この事を知っていれば同じように頬を叩いてでも止めたのだろう。その四人は、それを分かって黙って戦いに参加した事が、目に見えて分かる。

 

「俺は……その子たちの話を聞いて、こんなご時世だし、ヴァスティマではもう成人扱いされてもいい年齢に達していて……周りの兵士も勇気があるなって褒め称えて……いや、これは関係ない……俺自身が仕方ないかなんて郷に従える賢い人間の振りをして、死なないようになって、軽い態度を装って受け入れたんだ」

 

「…………その子たちは?」

 

「みんな死んだ……志願できるほどの年齢だったけど、まだ幼くて、訓練も碌に出来ていなかったから、補給部隊の手伝い、火竜の奇襲で基地ごと全員焼かれた」

 

 ──それは、予想だにしない奇襲で、エクレルが知ったのは全てが終わってからだったことが窺える。

 

「……中には即死出来ずに丸一日火傷に苦しんで死んだ子もいる。魔法も薬もあったのに……助からなかった」

 

 ──この戦いによって親しい人を亡くしたエクレルは、全ての迷いを断ち切り魔王軍と戦う事を決意する。北砦の奪還作戦は、聖書に記載されているが、このように、とても短く纏められている。

 

 “親しい人”は、訓練を共にした仲間たちの事だと認識していたが、まさか孤児院の子供たちで、勇者として名を馳せる戦いは、彼にとって深い後悔がある戦いだったなんて考えもしなかった。

 

「……戦いの悲惨さは、もう知識だけじゃなくて体験もしていた筈なのに。その前の戦いで先輩も同僚も死んでいる。でも仕方が無いって言葉で片付けて、この子たちの選んだ道だから尊重するべきだ、なんて理解ある大人の振りなんてしなければ……プリカのように力尽くでも否定していれば……何か違ったんじゃないかって、今でもずっと思い出す」

 

 ──勇者として歩む前に刻まれてしまった心の傷。それに物事に対するエクレルの独自の価値観を感じた。それらを知ったいま三百年前の、今までの全てが定まってしまった日。彼が事故で子供たちを殺してしまい、どれほど取り乱したか……想像できてしまう。

 

「俺は……自分の常識で物事を考えて──誰が、どうなろうが二の次の、ただの自己中野郎なんだ」

 

 ──その言葉に、引かれそうになる気持ちを必死に静止させる。

 

「……その後、プリカティアとは何を話したんですか?」

 

 耐えきれず、私は話を逸らした。

 

「数日ぐらい経って、ずっと俺を探していたプリカと偶然出会った時に……どうしても耐えられなくて、……本当に勝手な話で、嫌われても仕方ないって、そんな気持ちで……全部話した」

 

 ──その後の事は、聞かずとも想像できた。

 

「そんな俺を、プリカは悪くないって、生きて帰ってきてくれて嬉しいって言ってくれて、抱きしめてくれたんだ……子供たちが死んで自分も辛かったはずなのに……真っ先に俺を慰めてくれた……それからだ、彼女には何でも相談するようになって……特別だと意識するようになったのは」

 

「そう……なんですね……」

 

「ああ、だから……()()()()()()

 

 私を呼んだのだと、自然と理解できた。

 

「俺にした事は気にしないでくれ……廊下での出来事、俺や子供たちのためだったんだろ?」

 

「……どうして……そう思ったんですか?」

 

「プリカは……誰かを想って悪役になれる人だった。誰にも理解されなくても、嫌われても自分なりに必死に……それでどうしようも無かった時は、本気で辛そうにして──そんな彼女と、同じに見えた」

 

 ──それは聖書に書かれていない、私の知らないプリカティア。でも違うと、違う筈だと否定しようとした思考とは裏腹に、喉は締まり言葉を詰まらせる。

 

「…………私は、プリカティアではありません……」

 

「分かってる……あの酒場で、あの話を聞いたのがプリカだったら……受け入れてくれるとは思うけど……違う反応をしたと思う」

 

「でしたら……」

 

「プリカとは別人だ、分かってる……分かってるから──」

 

 ──独りにしないでくれと、声にならなかった先の言葉がはっきりと聞こえた気がした。

 

「…………エクレル、私と……貴方は──きっと一緒なんですね……」

 

「……ああ、そうだろ?」

 

「────はい」

 

 彼は魔王を倒して〈六頭人種(私たち)〉を救ってくれた勇者で、私は自分の名前も忘れた『模造品(ヴァスティマ)』の民だ。一緒な訳がない。

 

 ──それでも、これで彼が少しでも救われるというのなら、私は再び《(あやま)ろう》。

 

「……幾つか聞いてもいいですか? 答えられないようなら遠慮無く言ってください」

 

「なんでも、むしろなんでも遠慮無く聞いてくれ……寝れないんだ」

 

「エクレルは、どうして三百年も寝ていたんですか?」

 

「とにかく、〈エルフ〉や〈竜人〉の寿命が尽きるまでの時間寝ようと思ったんだ。三百年は偶然だな……俺からもいいか?」

 

「どうぞ」

 

「本名はあるのか? 知っておきたい」

 

「すいません。覚えてはいるのですが、なにぶん両親も早く亡くなってしまった事もあって、認識できる自信が無く……呼ばれるのは怖いです」

 

「なら、プリカティアって呼んでもいいか?」

 

「はい、エクレルがよろしければ、好きなように呼んでください」

 

 ──重たくあるべき内容を、どうしてだか私たちは、日常会話のように他愛も無く口に出していく。

 

「どうして『ヴァスティマ』に帰って来たのですか?」

 

「長いこと眠って、起きたらなんだか全部が夢だった気がして……でも教会と孤児院があった場所が空き地になっていて、現実だって思い知らされた」

 

「そうだったんですね。その時に私と偶然であってしまったと」

 

「ああ、あの時は本気で驚いた……両親が早く亡くなったって、それからずっと独りで暮らしていたのか?」

 

「はい、その時にはもうプリカティアの名前を『贖罪教』から与えられたので、この家で独り暮らしを……寂しくても気が紛らわせるものなく、そういう時に心の支えとなっていたのが聖書でした……だから聖書は私にとって親代わりでもあるのです」

 

「そうだったのか……」

 

 それが何だか、全てが自分たちの妄想だったみたいな、全てから解放されたような気分となって、そんな開放感に包まれていった。

 

「プリカティアは、どんな人だったんです?」

 

「……周りからはお淑やかな聖女って想われていたけど……兵士たちを萎縮させるぐらいには結構パワフルな人だった……性格で言えば、プリカティアとは正反対って言っても良いぐらいだ」

 

「そうでしたか」

 

「でも、同じ綺麗な銀色の髪をしていた……俺よりも七歳年上だったけど、童顔で……あんまり気にならなかっ……たな」

 

 ──でも、そんな夜の夢は、エクレルの声が急に小さくなっていき、あっと言う間に終わりを迎えた。

 

「だから……ここが、遠い未来だとわかって……もしかしたらせん──ぞ、なんてもおも──って────プリ──カティ──ア──」

 

「はい……お休みなさい、エクレル──」

 

 もうとっくの昔に限界だったのだろう。エクレルは唐突に夢の世界へと旅立ち、私を抱きしめたまま寝息を立て始める。

 

 窮屈感はなく、記憶にない人肌の温もりに身を任せるように体をベッドへと倒して、瞼を閉じた。

 

 ──『贖罪教』の事も、『ヴァスティマ』の事もなにも解決していなかった。明日になったら、改めてエクレルと話をしよう……これからどうするのか。それまでは、この夜だけは。なにもかもを忘れて眠ろう。

 

「──最後には貴方が納得できる未来を、私は願います」

 

 私もまた強くなる眠気に抗うことなく、私の意識は本当の夢の中へと旅だった。

 

 +++

 

 ──朝、強いノック音にて目が覚める。直ぐに誰が来たか察した私は、これまでに無いほどすんなりと目覚めた。

 

 聖書通りに酒に飲んだ次の日は何が有っても起きないエクレルを確認し、ひとりで階段を降りて、扉を開ける。

 

「──プリカティア。サクリ枢機卿の命によって、貴様を教会へと連れて行く」

 

 家の外には、決して私が逃げられぬように多数の『贖罪教』の騎士が囲んでおり、その先頭にたつ騎士が用件を伝えた。

 

「──はい、私も聞きたい事が、言わなければならない事があります……どうか連れていってください」

 

 私は、大人しく彼の言葉に従い、『贖罪教』の教会へと連行される。

 

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