【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜 作:かにみそスープ
「肉巻きおにぎり……美味しいけど美味しいだけだったね」
「そりゃタレつけた白米に肉巻いただけだからな」
「う〜〜ん、ご当地特有のなんとも言えないアクセントが欲しかった……」
宮崎に着いて早々適当な宿泊施設を連泊できるように手続きを済ませ、そこでアイは3時間ほどの睡眠をしてから墓参りをしにいく。
田舎特有の幅はないのに妙に高さはあって水平じゃない石階段を登った先にある一坪の墓石——。
そこに刻まれてる文字は『雨宮家之墓』——。ここが僕の骨が眠ってる場所だ。
「雨宮家の墓石汚れだらけ〜〜。あと雑草も伸びてる」
「墓文字の色も禿げてるな。これ管理人に言わないと塗装してくれないんだよなぁ」
「花を活ける水も腐ってるし……誰も来てないんだね」
「せんせ、実はモテてなかった……?」
「モテるモテないの関係なく、普通は関係者以外は墓参りにこねぇんだよ」
というか僕が死んでから16年経ってるんだから、普通は色々と経年劣化である程度こうなるんだよ。
「はい、これブラシとゴム手袋。それに乾拭きと水拭き用の雑巾。あと蛇口に繋いだホースね」
「最後のいいのか? 公共の物だし、お盆で人来やすいんだから独占するのも……」
「管理人に許可もらってるよ。「アイちゃんなら貸切でいいよ!」って」
「管理人、顔で選んでるな!?」
「いい加減〜〜」
とりあえず各々濡れても大丈夫な衣装で墓石磨きを始める。
ちなみに僕の衣装はノースリーブのレースが付いた白トップスに、迷彩柄のショートパンツとかなり露出度が高い。
もちろんこんな服装を仕事以外で着る気なんて一切ない。ただ持参してなくて、おまけに身長が一緒のせいでアイからのお下がりで着ているのが現状だ。
そのせいで恥ずかしさ倍増なんだけど、幸い透けない素材で出来ている物だから我慢するしかない。最近の夏は殺人的猛暑ばかりなんだから。
「あぁ〜〜、水も滴る良いルビー……きゃわい〜〜」
「ママがヤバいこと言ってる。暑さで頭が変になったかもしれない」
「2回目だから遺伝だろ。ルビーも似たようなこと言ってたし」
「えっ、私こんなヤバいこと言ってたっけ?」
言ってたよ。覚えとけよ。
「うし! だいぶ綺麗になっただろ!」
「文字が禿げてるのはどうしようもないけど、雨跡とか雑草とかなくなるだけで見違えるね」
大体30分ぐらいで雨宮家の墓掃除を終えることができた。水も入れ替えて、花も差し替えた。それだけなのにさっきまでの小汚い墓石とは思えない立派に輝く墓として蘇った。墓なのに。
それはそれとして線香を焚いて祈りを捧げることは忘れはしない。
自分で自分にやるのは変な気分になるから、やるのは祖母とか祖父とか母とかに。僕は今女の子なってるけど、これはこれで楽しく立派に生きていますと簡潔に。
「センセ……安らかに」
「せんせ……元気でね」
「「あーめん」」
「だから僕はここにいるって」
泣くぞ。しまいには泣くぞ。
「じゃあ次はさりなちゃんのお墓行こうか」
「ルビー。こっちもお前の墓でボケてやるからな」
「いいよ〜〜。いくらでもボケ倒していいよ〜〜」
「場所は社長から聞いてるんだ。さりなちゃんのお墓は……」
霊園内を歩き渡る。ここの霊園は高低差があって階段が多くあり、ちょっと散策するだけでもやたらと足腰を使う。
アイが目指す先はどうやら上らしい。まあ天童寺は元々この辺りの地主らしいし、そういう縁もあって良いところにでも墓石を作っているのだろう。
何度か階段を登ったところで、ようやくお目当てとなる墓石を見つけるができた。
刻まれてる文字は『天童寺家之墓』だ。物珍しい苗字だし、あそこがさりなちゃんの墓で間違い無いだろう。
遠目で見た限り特に汚れてる様子はないし、むしろ花に瑞々しいところからして前日にお見舞いに来た様子すら見受けられる。
これなら僕の墓みたいに労働作業をする必要はなさそうだ。レジ袋から線香を取り出して準備する。
さりなちゃんの墓まで一寸先。どんな風にボケ倒してルビーを困らせようかと画策しようと胸を弾ませる。
——だけどアイは『天童寺家之墓』を躊躇なく横切った。
「——っ」
嘘だろ。それはないだろ。そこまでなのかよ。
だって『天童寺家之墓』はあそこだ。あそこに遺骨を納めてないからどこにさりなちゃんの墓はどこにあるんだよ。
先祖と一緒にすらさせてもらえないのか——。
あの母親は。あの父親は。どこまでさりなちゃんを地獄に叩き落とせば気が済むんだ。
そりゃ娘の死を乗り越えて、新しい人生を踏み出した——なんて側から聞けば美談だろうよ。いつまでも死者に引きずるなんておかしいことだよ。死んでる人より生きてる人が大事、そりゃ分かる。
——僕だって『アイの死』を暴いて、有馬のスキャンダルを差し替えたんだから。
でも、この扱いはあんまりだろう。せめて先祖と一緒に眠らせてやれよ。見捨てるしかないほど疲れ切ったとはいえ娘だろう。生きてる間は愛せなくても、死んだ後くらいは愛を証明してやってもいいだろう。
じゃないと納得できない——。
さりなちゃんを見捨てた理由に納得できない——。
「ここだね」
アイが足を止めたのは、この霊園の頂上にある大きな木だった。
そこには何も名はない。霊園の木として仰々しいお札と縄が巻かれてる程度の大木。その前でアイは確かに足を止めた。
「『樹木葬』って言ってね。ここにさりなちゃんの遺骨を埋めてるんだって」
——先祖から遠く離れたこんな位置で寂しく、一人ぼっちでいるのか。
残酷すぎる。あまりにも残酷すぎる。
さりなちゃんの命は自然に返すってか。そこまで死を綺麗事にしたいのか。
「へー、これはボケ甲斐がある気がするねぇ。木だけに」
「……笑えねぇよ」
違う——。こんなのは余りにも違う——。
ちょっと互いの墓石を見て、互いに笑い話にして前世と割り切る感じの旅行だったはずだろ。
この後は適当に宮崎を回って温泉を楽しんだり、飯楽しんだりする予定だっただろう。どうしてここまで酷くて理不尽なことがさりなちゃんばっかに襲いかかってくるんだよ。
——親に愛を与えられなくなり。
——その親には愛を与える別の対象がいて。
——夢を見ることしかできなくて。
——最後には墓さえも別だった。
「この木は……なんだっけ? ええっと……うーん、こういう時だけは自分の学のなさを思い知らされるね。ちょっとパンフレット持ってくるから待っててね」
パンフレット——? 観光名所気分かよ。
さりなちゃんの死を乗り越えた面して美談にしておきながら、こんな木の下に埋めて「はい、おしまい」で割り切れるのかよ。娘の死を。
ルビー、お前はこんな結末で納得できるのかよ。
僕は到底できない。さりなちゃんの死を愚弄してるとしか思えない。
「ん? どうしたの?」
だがルビー本人は全く気にしてる様子はない。
むしろ元気になっている様子すらある。「清々した」とか「納得した」と言いたげに溌剌な笑顔で。
「……お前どうも思わないのか」
「思うところはあるよ。『樹木葬』なんてロマンチックなことするなぁ〜〜って。安くて土地取らなくて環境的。命のリサイクルだね」
正気の沙汰じゃない。自分の命を余りにも軽んじてる。
まるで復讐に駆られていた俺(アクア)みたいに、自身に対して勘定がない。
既視感が訴えかけてくる。今のルビーは『ルビーじゃない』と。
僕の中にいる『俺』が警鐘を鳴らしてくれる。その道を歩むのは俺だけでいいって。
——俺(アクア)みたいになるなと、僕を駆り立てる。
「さりなの命は、これくらいの価値はあったって思ってくれてるんだよ。それで終わり、めでたしめでたしじゃん」
「この程度の価値しかなかったと思ってるんだよ、天童寺の両親は。なんで怒ったり、悲しんだりしないんだよ」
「実際迷惑かけてばっかだったでしょ。治療費と入院費をバカみたいに負担させてさ。せんせにもアホみたいに「結婚して」とか口にしてさ。「16歳になったらな」って適当にはぐらされてさ」
「……アレはアレで嬉しかったさ」
「私もあの日々は嬉しかったよ。それを嬉しいと感じちゃうくらい私はマヌケだった。自分勝手だった」
「……なんでそんな卑下するんだよ、ルビー!」
「私がどれだけ愚図だったか分かってるからだよっ!!」
突然ルビーの怒号が霊園に響く。
夏を彩る虫の声が掻き消えるほどに。強くて悲哀に満ちた声が轟き、思わず僕も押し黙ってしまうほどに。
「私はお母さんと一緒なんだよっ!! アクアのこと、せんせのこと好きだったのに……愛してたのに……愛せ、なくなっ、て……っ!!」
「何を、言ってるんだよ——?」
ルビーの言ってることが分からない。愛してたのに、愛せなくなったってどういうことなんだよ。そんなこと『僕は知らない』——。
知らない? なんで知らない? 僕とルビーは家族だ。
どんな時でも一緒だったから、知らないことなんてないはずだ。
逆に考えれば、ここにいるルビーは『僕が知らないルビー』ってことになる。
だったら僕が知らないルビーってなんだ。
前世のことは知っている。さりなちゃんだ。それは一番よく知ってる。
なら復讐の礎としてアイのことを暴いた時か。家族として絶縁を言い渡されてる最中か。
いや、あの時ですら僕はルビーのことは追っていたし、その後和解することができた。
となれば一つしかない。『僕が知らないルビー』なんて、たった一つの時期しかない。
…………
……
「ところでお兄ちゃんはさ、どこまで覚えてるの? 前の世界のこと」
「カミキヒカルと決着をつけたところまでは覚えてるぞ。それがどうした」
「ふーん、なるほど……」
「なんだその含みのある言い方」
「私と同じ感じで安心したの! こういうの漫画とかアニメだと、同じ時間軸じゃなくて『並行世界』って感じで、ちょっとズレたところから流れてきた〜〜、とかありがちじゃん!」
……
…………
僕が知らないルビーは『前の世界の未来にいるルビー』しかいない——。
あの時、感じた『含み』はこれだったんだ。
今まで『演じてた』から気づかなかったが、ここでルビーは『僕と記憶の時系列を合わせる』ようにしたんだ。
となればピースが一つ埋まった。違和感のピースが。
幼少期、罪を自覚した僕は倒れそうになった。
その時にルビーは誰よりも早く、誰よりも的確に僕の介抱をしてくれていた。『僕がそうなることを予感でもしてた』かのように。
それができる理由もまた一つしかない。
前の世界の未来で『ルビーが僕にそうなることを知っていた』からに他ならない。
——なら『前の世界の先にいるアクア』はどうなったんだ?
——カミキヒカルを復讐を終えた直後の僕は。
——僕は、どうしたんだ?
…………
……
『俺とカミキは同じだ……』
……
…………
——なんだ。なんだ、この記憶は。知らないけど知ってる。
——これは『どこの僕』の記憶だ? 僕はこれを知らない。
——知らないんじゃない。忘れてるんだ。
——忘れてた記憶。思い出したくない未来。
——でも、これを受け入れないと。知らないと。思い出さないと。
——復讐(アクア)への贖罪が果たせない。
「なぁ、ルビー。お前……」
「聞かないで」
言葉の含みを感じ取ったのだろう。僕の疑問が紡がれる前にルビーは目も合わせないまま拒絶した。
「聞かないで、見ないで、知らないで——。アクアは全部忘れていいんだよ——」
優しい拒絶。そこには愛を感じる。家族愛を。
だというのに『愛せなくなった』ってどういうわけなんだ。前の世界の僕は、いったいルビーに何をしたんだ。
「でもっ! 僕はそれを知らないといけないっ! ルビーが抱えてる物を知りたいんだっ!!」
「だからっ! 忘れていいんだよっ! 全部『ボク』がやるべきことなんだからっ!」
噴き出した——。ルビーが抱える心の膿が確かに噴き出した。
言及するのが怖い。その『ボク』はなんだ。演技じゃない。心が噴き出したルビーを構成する精神の断片。
そんな僕の混乱を——ルビーは笑みを浮かべて言った。
「そうだよ。今のボクはせんせと一緒で、心が裂けそうになってるんだよ。壊れそうで仕方ないんだよ」
笑顔のはずなのに怖い。恐れが肺を潰して息を詰まらせる。『鏡』でも見てるかのような戦慄が血を凍らせる。
「でもそれでいいんだよ。だって『アクアも同じ』だったんだから。壊れそうな心で復讐を果たそうとして……最後には壊れちゃった」
——今ルビーにいるのは『星野アクア』だ。限りなく僕と同じ極限状態の精神にある。
——なんで今まで気づかなかった。なんでこんなことに気づけなかった。
——いや、僕と同じことをしたんだ。とっくに壊れてた心を強引に覆い隠してたんだ。僕のパニック障害みたいに。
「でも今のせんせは違う。お姉ちゃんはマリンなんだから、何も知らないでありのままで生きていいんだよ」
——じゃあ、どこで壊れた経験をしたんだ。
——決まりきっている。僕が知らない『前の世界の先』だ。
——そこでルビーは一度、心が壊れてしまったんだ。
「清く正しく、悲しまず、真っ直ぐに生きることは何も間違ってないんだよ。だって今のお姉ちゃんはマリンなんだもん!」
「……ダメだ。それは認めちゃいけない」
それだけはやっちゃいけない。確かに『誰かに知ってもらう』のは贖罪への道だっての分かってる。
でも押し付けるのは違う。誰かが代わりにやるのは根底から違う。そんなのはアクアに対する贖罪にならない。
それに、それ以上に——ルビーの言葉を受け入れちゃいけない理由がある。
「なんで? 私はアクアになる。アクアの代わりに贖罪を果たす。だからマリンは忘れていいって言ってるじゃん」
だったら何でそんな泣きそうな顔をしているんだよ——。
いつも煌めいている星のような瞳が、酷く暗く黒く染まりきっている。涙が溢れ落ちそうな必死に我慢しているじゃないか。
辛いなら吐き出せよ——。お前のほうこそ——。
ルビーにそんな顔は似合わない。さりなちゃんにそんな顔はさせたくない。
——君には笑っていてほしいんだ。
「逆に聞かせてよ。お姉ちゃんはどうやって償うのさ」
「……『嘘』を『本当』にする」
「馬鹿みたい。それは『復讐』を続けるってことじゃん。『復讐』を貫くってことじゃん。なくなった『復讐』をどうやって貫き続けるのさ!」
「……分からない」
「……話にならないね」
そりゃそうだ。『贖罪』への道は未だ遠い。
僕が求める答えも、ルビーが欲する答えもまだ手元にない。砂粒のような小さな答えを積み重ねてるだけの道の途中。答えなんて見つけてる最中だ。
それはルビーも一緒だ。だから我武者羅にこうして『星野アクア』になろうとしているんだ。ルビー自身もこれでいいのかという迷いと葛藤があるだろうから、答えを見つけきれていない。
「……気分悪いからどこかで頭冷やしてくる。明日にはいつもの『私』に戻ってるから安心してね、お姉ちゃん」
それだけ言い残してルビーは霊園から早足で去っていく。
振り返った背中は今にも泣きそうで、壊れそうで今すぐにでも追わないと取り返しのつかないことが起きそうなほどに悲しげだった。
——動け。動け動け。動け動け動け。
でも一歩も足は動いてくれない。
答えがないから。ルビーのことを真正面から受け止めきれないから。生半可な気持ちと答えじゃ、ルビーは頑なに在り方を変えようとはしないだろう。
教えてくれ。教えてくれ。
ルビーが知ってる僕は誰なんだ。僕のあるべき姿とはなんだ。
僕はいったい何者なんだ。本当の僕は何者なんだ。
教えてくれ——。
ルビー、教えてくれ——。