【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜   作:かにみそスープ

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⭐︎第十七話⭐︎ その日、星が落ちる ①

 これは『前の世界』のお話。

 復讐を終えた後の有り得たかもしれない残酷なエピローグ。

 

 一つ目の罪。星野ルビーの罪——。

 深淵へ誘う罪の断章——。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 アクアはあの映画の後、カミキヒカルへの復讐を完遂させた。

 ママへの怒り、悲しみ、無念、義務感をすべてぶつけてカミキヒカルをアクアはその手で殺めた——。

 

 子供が癇癪を起こしたみたいに、際限なく惨たらしく。可能な限り痛みと苦しみを与えるように粘着に。

 

 正直、あの時の私は嬉しくて仕方なかった。これで復讐が終わったって。胸中にあるドス黒い淀みから解放されるって。

 鏡があったら、人間とは思えないくらい気色悪くて澱んだ笑みが目に入っていただろうと確信するほどに。

 

 だけどそれで完結なんてわけがない。だってこれは漫画やアニメじゃない。復讐を終えた時点で物語が閉じるわけではない。蛇足として人生という物語は書き綴り続ける。

 

 私はそこでようやく——物語でよく言う『復讐は何も生まない』だの『復讐は虚しいだけ』だのといった綺麗事を深々と知ることになった。

 

「終わったよ、アイ……。これで復讐は終わった……」

 

 アクアの横顔には充実とか達成感なんてものはなかった。疲れ切った顔色しかしてなくて、ようやく重荷を下ろせたことによる脱力感しかなかった。

 

「ははっ……同じだ。俺とカミキは同じだ……」

 

「……そんなことないよ。これからは——」

 

「そうなんだよっ!! だって俺は……俺は……っ!!」

 

 

 

 ——人を殺して、喜んでるんだぞ。

 

 

 

 そんな小さな消え入りそうな譫言だけを吐いてアクアは意識を失った。

 

 私はその倒れた横顔を見て戦慄を覚えた。

 満足気に倒れた兄の姿が『カミキヒカルの顔と瓜二つ』だったから——。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 次にアクアに会った時は病院だった。正確には警察関係者が利用できる総合診療科の病院。

 どうやら『四宮財閥の関係者』が経済的援助を行っている現代医学の総本山らしく、ここで治せないものは世界のどこに行っても治せないと評判になるほどに。

 

「……ごめんね、ルビーちゃん。アクアくんの企みを止めきれなくて」

 

「いいよ。どうせアクアが殺さなければ、私が殺そうと思ってたから」

 

 復讐を終えて意識不明になったアクアは、あの後当然逮捕されることになった。

 今のアクアは18歳。しかも『この時期の少年法』は年齢引き下げで18歳以降なら『特定少年』扱いされて、犯した罪次第なら普通に成人と同じ罪状を判断される。つまりは殺人罪で『懲役5年以上』の判決を下されるのが最低ラインとなる。

 

 

 

 ——理不尽だよ。当時のカミキヒカルは法律に守られていたのに。

 ——理不尽だよ。今の法律じゃ、アクアを守ってくれないなんて。

 

 

 

 でも経緯や内容はどうであれ、星野アクアは肉親を殺した立派な殺人者だ。事情聴取のために関係者である私もあかねちゃんも何度か警察にお世話になった。もちろんミヤコさんもだ。

 

 それはとっくに覚悟の上だ。アクアに対して接しかたが変わるとか、天地がひっくり返っても有りはしない。むしろそれで少しでもアクアの罪が軽くできるなら喜んで協力する。

 

 だってカミキヒカルの殺人癖は狂気の領域だ。放っておくだけで社会に害を成す純粋な悪。誰かがやらないと犠牲者は増えていた。それこそママやゆらさんのように。

 

 ……なんて真っ当な理由をつけてるけど、心の7割くらいは単純に復讐心から駆られてはいるんだけど。

 

 

 

「はぁはぁ——。これいったいどういうこと!?」

 

 

 

 ……ようやく先輩が来てくれた。この事情聴取中、家族関係である私とミヤコさん、それに元彼女ということで深く聞かれたあかねちゃんとは違って、有馬先輩は『仕事上での関係者』という括りのせいで軽くて簡単な質問しかされず、私達とは違って拘束時間は短く済んだ。

 

 それ自体はアクアなら喜ぶことなんだろう。それだけ復讐のことを知らなかったってことなんだから。

 

 

 

「あーくん逮捕ってどういうこと!? なんで殺人なんてやらかしてんの!?」

 

 

 

 呑気に「あーくん」って呼べるくらいに、復讐のことを知らなかったんだから。アクアのことを知らずに呑気に先輩面してたってことなんだから。

 

 ……だけど怒る気はない。

 だってアクアはそれだけ頑張って復讐から皆を極力遠ざけてくれてたってことだから。だから私達も何かしらの共謀罪とかに関わっていて逮捕されるなんてことなく、こうしてアクアの面会に立ち会えている。

 

 実際私だってアクアの復讐の全貌や細部は知らない。

 それほどまでに徹底している。情報共有してたのもあるけど、あかねちゃんでも私と同じくらいのことしか把握できていない。

 

 

 

 ——もしかしたら前世(せんせ)を知る私の方がより深く知ってるかもしれないほどに。

 

 

 

 でも後の祭りだ。今更知識があるとかでマウント取ったところで何の意味もない。

 考えるのはこれからのこと。意識が覚めたアクアは必ず殺人罪で逮捕され、計画的かつ残虐的と判断されて長い間牢獄に入れられることになる。映画で意図的に世論を煽ってしまったことも裁判官の心境にどういう影響を与えるか。下手すれば悪印象となって無期懲役になってもおかしくないほどに。

 

 

 

 ——そんなアクアの罪を少しでも軽くして、少しでも早くアクアを自由にする。それが今の私達の共通の目的。

 

 

 

「病院だし大きな声出さないで。早くアクアのお見舞いをして、これからのこと話そう」

 

「そうだよ。意識が戻った以上、しばらくすれば警察がやってくるんだし……ゆっくり話せるのは今しかないんだから」

 

「そ、それもそうね……。ちゃっちゃと面会しとかないと……」

 

 各々持ち寄った見舞い品を手に、アクアの病室に入る。

 白いベッドと室内。汚れなんて何一つなく、窓の外は現状の雰囲気の暗さとは反比例するかのように明るい。

 

 何故だが不気味な気配を感じた。綺麗というよりかは『何もない』と錯覚してしまうほどに。

 この室内の主人であるアクアの姿は至って普通に窓の外を眺めている。『何もなかった』と言わんばかりに、こちらの事を気にも関せずにずっと外を見ている。

 

 既に不気味は予感に変化していた。嫌な予感に。

 振り返ったアクアの視線が交わる。だけど私はその目を見て絶句するしかなかった。

 

 何故ならその目は私たちが知らないものだった。『星がなくなった』かのような至って普遍的な存在感。どこにでもいそうな素朴な青年の顔。

 

 霧散した星の瞳は、私達を確かに見つめながら言った。

 

 

 

「どち、らさま……でしょうか?」

 

 

 

 その後、医師から症状を耳にした。アクアは二つの病気を患ったことを。

 

 

 

『統合失調症』と『解離性健忘(記憶喪失)』の二つを——。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 結論から言えば、あのあとアクアは『無罪』になった。

 重度の精神病で『責任能力がない』という判決が下されたためだ。

 

 喜ぶべきか悲しむべきか。何であれ、この時の私は呑気にその結果を素直に受け入れるだけだった。『この先に待つ出来事』なんて考えもせず。

 

 世間の意見としては概ね同情的だった。何せあの映画でカミキヒカルの罪とママの真実を暴露し、その後に殺人を強行。

 幼い頃から10年以上にも及んで燃やし続けた復讐心が灰になり、廃人同然で意識が散漫してる姿には世間は何も言えなかった。雰囲気どころか人相も変わってしまっては、精神的な傷がどれだけ深かったかを如実に語っているのだから。

 

 

 

「星野ルビーさん! 父母の真実、兄の殺人と無罪についてコメントを!」

 

「——話すことはありません」

 

 

 

 となれば一連の事件で唯一残った血筋である私に報道陣が集中した。もちろん私から交わす言葉なんてない。あるわけがない。

 

 だって全部真実だもん。メディアに出てることに間違いはない。

 今更私が何をどうこう言えるわけがない。というか復讐に関しては私は断片的にしか知らない。だから何も言えない。

 

 連日連夜、私の家の前でマスコミは待機していた。

 しばらくは出前やらインターネットやらマネージャーやらに必要な物を揃えてもらうようにして約1ヶ月。ようやく世間は既に決着のついた殺人事件の騒動が沈静化し、私は芸能活動を復帰することができた。

 

 映画撮影を終えてもやることは多い。むしろ仕事量は爆発的に増えたといえる。

 今の私は母は父によって殺され、父は兄によって殺され、兄は精神的におかしくなってしまったという『悲劇を乗り越える最中のアイドル』として世間が求めているから。

 

 YouTubeチャンネルを使った定期的なラジオ企画。ニュース番組やバラエティ番組への定期的な出演。映画放映後のドキュメンタリー。音楽番組への生出演。CMや雑誌モデルとしての撮影。新曲に向けての新しい振り付けと歌唱の練習。そしてMV撮影で地方に行ったりと、マルチタレントとして活動方針を伸ばしたアイドルの過酷な環境をこれでも感じた。その分収益は使った側から増えていくくらいには好調ではあったけど。

 他にも始球式に呼ばれたり、日本アカデミー賞で主演女優賞・最優秀賞として呼ばれたり、午前中が暇だったからストレス発散も兼ねて外出して買い物しようとしたらファンの方々に触れ合うことになったりと、とにかく纏まった休みが取れない。

 

 そしてアイドルとして全国ツアーも開幕——。

 一つの開演を終えたら、数時間後には移動を開始して、設備のチェックやリハーサルを重ねて本番。それを全国各地で繰り返す。

 移動時間が長くて休む時間が長いのはいいが、同時に疲労感を身体がようやく感じてくれて知らぬ間に爆睡するほどだった。正直車に乗った記憶がないほどに疲労が溜まっていたことに驚くしかない。

 

『ルビーちゃん、お疲れ様。アクアくんのお見舞いは済んだよ』

 

「ありがとね。長いツアーだとお見舞いに行く時間取れなくて……」

 

『気にしないで。いつかアクアくんが元気になった時、立派になった私達を自慢する予定なんでしょう?』

 

「うん。私は2週間後にはようやく纏まったオフが取れそうなんだけど、あかねちゃんは?」

 

『私は今週は軽い取材しかなくて暇だけど、来週以降は激務かなぁ。月替わりで新ドラマが始まるから、その主演として出演しないといけないし、番宣とかで朝のニュース出たりインタビュー受けたりあるし……』

 

「あー、それ地味に面倒なやつだ。細かい仕事だらけで生活リズムが崩れるんだよね……」

 

『ルビーも超売れっ子だね。この感覚が分かってしまうなんて……』

 

『ちょいちょい、超売れっ子なら私も混ぜなさいな。グループ通話なんだから省かないでくれる?』

 

「だって先輩、アイドル引退してるからなぁ……」

 

『今の私は天才役者よ! 天才役者として売れっ子なんだからいいでしょ!?』

 

「『盛大に燃えた』が前につくんだけどね。ナイフでお陀仏発言したせいで、見事に悪役とかメンヘラみたいなヘイト請負がちな演技に集中してるじゃん」

 

『ぐぬっ……』

 

『でも悪女とかそういうの狭くて需要あるし、かなちゃんのメンタルなら平気だろうから頑張ってね』

 

『元祖悪女には言われたくないわよっ!!』

 

『おーほっほっほ! 今の私は令嬢系で売れているので無縁ですわ〜〜!』

 

『いつか悪役令嬢として叩き出してやろうかしら……』

 

 本当に私達は子供だった。まだそんな夢見がちなことを言っている余裕があるんだから。

 

 ライブは大成功。日本中は星野ルビーの次の躍動へと期待と夢を求めていた。

 次はどうなる。世界進出して、世界に『アイドル』という文化とジャンルを知らしめるのか。あるいはその演技力で役者として一段と活動幅を拡張させるか。もしくは凡庸程度にはなった歌唱力を成長させるのか。

 

 何にせよ、星野ルビーの今後に世間は注目が集まる。

 人気絶頂の星の輝き。世間は目を離すことも、離せるわけもない。私が忙殺される日々がまだまだ続く。

 

 スケジュールは分単位で刻まれる。それが2ヶ月先まで。

 休み自体は週に1回取れているが、ほとんど気絶するように眠っていて何かするわけでもない。深夜遅くに寝て起きたら夕方なんてことはザラにあった。

 

「ごめん先輩! お兄ちゃんのお見舞い行けそうにない!」

 

『しょうがないわよ。みんな『あの映画』をキッカケに一転してスターダムにのし上がったんだから』

 

『私も朝ドラ出演も決まったから忙しくなっちゃうし……どうしよう』

 

『じゃあ、しばらくは社長さん……もダメか。B小町の影響で手が離せないわね。MEMちょもB小町だから当然無理ね』

 

「誰か行けないかな?」

 

『私から『今ガチ』メンバーに頼んでおくよ。ゆきは東京から離れることは少ないから』

 

『私も役者仲間としてメルトあたりに頼み込んでおくわ』

 

『なら姫川さんとかもありか。私もララライの皆に掛け合ってみる』

 

「お願いするよ……」

 

 そうやってまた人任せ。

 お見舞いは友達任せ。食事もコンビニとか出前任せ。買い物もマネージャー任せ。

 

 ——復讐だってアクア任せだった。

 

 そうやって、ずっとずっと人任せだった。

 任せっきりで想像力なんてないから、自分が初めて目にするまで気がつくどころか考えもしなかった。

 

 アクアのお見舞いに行けたのは半年後だった。

 ようやく纏まった休みが取れた。たった3日とはいえ、これは貴重な大きな休みだ。これから年末年始の特番の撮り溜めや、紅白歌合戦の出演などでまた忙しくなる。

 

 その前に一度だけでもアクアに顔を見せて、アクアの状態を確認しよう。

 もしかしたらちょっとは症状が回復していて、私達のことも思い出してくれてるかもしれない。もしかしたらアクアの記憶よりも、せんせの記憶を思い出して、病院での出来事やママの出産までのこと、それにさりなのことを思い出してるかも。

 

 ……あっ、でもそうなったら精神的にマズイ扱いされるのかな。

 普通は転生なんてありえないもん。もしもアクアがせんせのことを口にしたら、それはそれでマズイかもしれない。

 

 

 

 ——なんて都合のいい妄想をしていた。本当反吐が出るほど夢見がちなバカで、自分で自分に嫌気が差す。

 

 

 

「アクア〜〜♪ 久しぶり〜〜♪」

 

 

 

 

 楽観的で明るい声で私は無遠慮に病室に入る。

 大量の手土産を両手にズカズカと。「忙しい中来たんだ」と言わんばかりに早足で忙しなく。

 

 だけどアクアを見て、その足が止まった。鎖にも繋がれたかのように一歩も前に踏み込めない。

 

 だって病院のベッドの上で静かに一人で待つアクアが——。

 いつ来るか分からない期待と不安を繰り返して、一人ぼっちで待ち続けるアクアが——。

 

 何を見るわけでもなく、窓枠の世界に想いを馳せるアクアが——。

 

 

 

「ルビー。久しぶりだね」

 

 

 

 昔の私(さりな)が重なった——。

 

 

 

「ぁ……あっ……ああっ……!」

 

 

 

 ごめんなさい——。

 ごめんなさいごめんなさい——。

 

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい——。

 

 

 

 

 

 謝ることしかできない、謝ればどうとでも思ってる自分(さりな)に、私(ルビー)に反吐が出そうになる。

 

 

 

 アイドルなんてくだらないことをして、ごめんなさい。

 一端の役者を気取って放っておいて、ごめんなさい。

 忙しさを理由に行くこともできず、ごめんなさい。

 

 

 

 

 

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい——。

 

 

 

 

 

「私——。『お母さん』と同じことしちゃってた——」

 

 

 

 

 

 その日、確かに私の中で偶像は『くだらない』ものとなった。

 アイドルという『星』が、私にとって石ころよりも意味がない物に落ちきった。

 

 

 

 

 

 ——アイドルやめよう。

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